ゴールデン*ラビットガールズ!   作:ルヴァンシュ

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 エピソード1、これにて終幕。


※告知事項※

・12000字強。時間のあるときにどうぞ。

・他、何かあれば書きます。


Through the Trapdoor area.7

【第53話】

 

 

Through the Trapdoor Area.7

  -二つの顔を持つ男-

 

 

[175]

 

「……やっぱり、貴女だったんですね」

 

 扉を潜り抜けた先。その先にあったのは広大な部屋。周囲が金色の壁に囲まれ、中心には奇妙な鏡が設置されていた。

 そして――鏡を食い入るように見つめる男が、そこには居た。

 その男は歪なターバンを被り、紺色のローブを身に纏った男――穂乃花は、その姿に見覚えがあった。

 

 

「――クィレル先生」

 

「…………マツバラ……」

 

 男――クィリナス・クィレルは、不思議そうな顔で穂乃花を見た。いつものビクビクしたような態度は影も形もない。顔も痙攣していない。

 

「…………っ」

 

 その双眼に宿るは漆黒の闇。教師であった頃の面影などまるで感じられぬ、闇に魅入られた姿。穂乃花は一瞬怯んだ。

 

「……何故お前がここにいるのだ。どうやってここまで来た」

「…………」

「……だんまりか」

「……それはこっちの台詞だよ、クィレル先生――クィレル。なんでこんなことを……」

「お前のように凡俗なる……マグル生まれには分かるまい。いつだってそうだ、愚鈍な愚か者は、明晰なる者の行動を理解しようとしない。いや、理解出来ないのだ。理解出来るだけの能が、貴様達にはありはしないのだから、な」

 

 クィレルは、指をパチッと鳴らした。すると、縄がどこからともなく現れ、穂乃花の体に固く巻きついた。念の為に言っておくが、亀甲縛りではない。

 

「っ!!!」

 

 穂乃花は解こうともがいたが、縄が解けるどころか、無理に動くことで足がもつれ、倒れこんでしまった。

 

「愚者ほどよく吠える――優れた才も持たないような者は、この石を手に入れるに値しない」

「っ…………」

「マツバラ、お前は首を突っ込み過ぎた。入り込んではいけない領域にまで足を踏み入れたのだ。分不相応な領域にまでな」

 

 クィレルは続ける。

 

「人には二種類ある。力を求めるに値する強き者、力を求めるに値しない弱き者――『あの方』は、そう仰っていた」

「っ……あの方?」

「"あの方"は偉大なお方だ……私の間違った考えを正してくれた――道を示してくれたお方――だから私は、忠誠を誓った!」

 

 クィレルは鏡を見つめ続ける。穂乃花の方など最早見ていない。

 

「我が君――『闇の帝王』は、今やその力を大きく失ってしまわれた。その力を再び取り戻すには、この賢者の石が必要なのだ」

「闇の帝王って……ふふっ……なんか思春期の男の子が考えそうな名前――」

「黙れ女子めが!!」

「くっ……!?」

 

 クィレルが杖を振るった。縄がさらに穂乃花の肉体に食い込む。

 

「っ……ふん、言うがいい、凡人め。そこで芋虫のように這いずり回るがいい。トロールのように醜悪なその姿こそ、マグル生まれにはお似合いよ」

「ふっ、ふ、ふふ……そうやって演説するしか出来ないの? 私を殺す事も、出来ないの?」

「っ〜〜〜〜!!?」

 

 クィレルが杖を振るった。縄がさらに穂乃花の肉体に食い込む。だが、気丈にも穂乃花は挑発を止めようとしない。

 

「ぐっ――そうやって、縄にばかり任せてっ、自分では動こうとは、しないの? 自分の手を汚すのがっ……ふふ……怖いのかな?」

 

「『クルーシオ!! 苦しめっ!!!』」

 

「っ――――!!!?!?!?」

 

 穂乃花の体に痛みが走る――肉体的な痛みと、精神的な痛み――気を抜くだけで狂いそうな激痛が、穂乃花の余裕を消し飛ばす。

 

「くっ……!!」

 

 クィレルは、悶え苦しむ穂乃花へ一瞬だけ申し訳なさそうな視線を向けると、鏡をこぶしで叩いた。

 

「もっと早くにお前を殺しておけば良かった……!! ここまで、こ、ここ、ここまで、き、きき、来てぇぇ!!」

「はぁっ――はぁっ――はぁっ――」

 

 息も絶え絶えな穂乃花。だが、クィレルもさっきまであった冷静さを失っていた。己の逆鱗に触れられ、そして、否応なく心の弱さを思い知らされた――どうしようもない程の苦痛を味わっていた。

 

「あ、ああ、あのぉ!! ハロ、ハロウィーンのとき、お、お前を殺して、殺しておけば良かったんだぁっ!! そうすれば、そうすればぁ、こ、こんなぁぁ――!!」

「はぁっ――ハ、ハロウィーン――?」

「ああそうだハロウィーンだホノカ・マツバラァァァ!!!」

 

 クィレルは顔を掻き毟る。掻き毟ったところから血が滲み出た。

 

「あのトロールは私が入れたのだ――私はトロールについては特別な才能がある――凡人ではない!! 私は、小心者などではないのだ!!!」

「っ……!!」

 

 穂乃花はクィレルを睨んだ。

 

「あのトロールを……入れたのは貴女……!?」

「ああそうだそうだともぉ!! 私は才能溢れる秀才なのだ天才なのだ――お前らとは、違――」

 

「貴女の、所為で――っ!!!」

 

「ひっ!?」

 

 穂乃花は鬼神の如き形相でクィレルを睨む。その迫力に、思わずクィレルは怯んだ。

 

「貴女の所為で――貴女の所為で――!!! カレンちゃんが!!! どれだけ危険な目に遭ったのか――分かってるの!!?」

「っ――そ、そんなことぉ!! わた、私が知るかぁ!! 誰がどうなろうと、し、知った事ではないわぁ!! 所詮あれは時間稼ぎよ!! あの隙に、私は石を手に入れようと――なのに、あの忌々しいセブルス・スネイプめがぁぁぁぁ……!!!」

「許さない……許さない……!!! 絶対に、許さないっ!!!」

「お前なぞに許してもらおうが許してもらえなかろうが、私には何の関係も無いっ!! この――この――穢れた血めぇぇっ!!!」

 

 クィレルは杖を振るった。縄がさらに穂乃花の身体に深く深く食い込んだ。

 

「ぐあっ……!!」

「どいつもこいつもあいつもそいつも!!! 私を!!! 馬鹿にしやがって!!!」

 

 クィレルは鏡を再び強く叩いた。

 

「くそっ、どうなってるのだこれはこれでッ!!! "石"は――"石"はどこだぁ!!!」

 

 クィレルは鏡を何度も何度も叩く――それはまるで駄々をこねる子供のように、幼稚に見えた。

 

「この鏡はどういう仕掛けなんだ……どういう使い方を……――我が君!! 我が偉大なる、"闇の帝王"!! この私を、助けて下さいぃ!!!」

 

 クィレルは張り裂けるような声で叫んだ。すると――突然、その声は響いた。

 

「その小娘を使え……クィレルよ」

 

「っ!!? 誰!?」

 

 穂乃花は縛られながらも周りを見回す――だが、クィレル以外の人影など見当たらない。

 

「…………分かりました……」

 

 クィレルは手を一回、パンと叩いた。すると、どれだけ足掻いても解けなかった縄が一瞬にして解け、地面に垂れた。

 

「なっ――」

「マツバラァァ!!! ここへ来いッ!!!」

「っ…………」

 

 穂乃花はなんとか立ち上がった。

 

「ここへ、来い!!!」

「っ……」

 

 ――ここで抵抗しちゃダメ。

 

 穂乃花は自分に言い聞かせる。

 

 ここで抵抗すれば、自由になった分、クィレルは本気で穂乃花を殺しにかかるだろう。二人の力量差は一目瞭然。間違いなく穂乃花は負ける。

 

 ――チャンスを――なんとか、なんとか、隙を突くんだ――!

 

 穂乃花は大人しく、クィレルの方へ歩いていった。

 

「鏡を見て、なにが見えるかを、言え!!」

「…………」

 

 ――嘘をつかなくちゃ。

 

 穂乃花は必死に考える。鏡になにが見えても、嘘を言えばいい――。

 穂乃花は鏡を見た。鏡の縁には英語で文字が刻まれている。

 

「…………!」

 

 暫く鏡を凝視していると――突然、鏡の中に写る自分の姿が、自分は動いていないのに動いたのだ。

 鏡の中の穂乃花は、おもむろにローブのポケットに手を突っ込むと、その中から血のように真っ赤な石を取り出した。紅色の石の中、小さな炎のようなものがゆらゆらと揺れている。

 鏡の中の穂乃花は、現実の穂乃花に笑いかけると、その石をまたローブのポケットに入れた。

 

「…………!?」

 

 するとその途端、穂乃花は自分のポケットの中に、重い何かが落ちるのを感じた。驚きに思わず目を見開く。

 

 

 ――松原穂乃花は『賢者の石』を手に入れたのだ。

 

 

「ど、どうだ!?」

 

 クィレルが焦ったように聞いた。

 

「なにが見えた!?」

 

 穂乃花は、慌てて平常心を保とうとする――動揺を、隠そうとする。

 

「き、金髪の海――カ、カレンちゃんの金髪の海の中で泳いでる姿が見える」

「はぁ!?」

「カ、カレンちゃんと一緒に――ま、まるで天国みたいだよ〜!」

「本当の事を言え!!」

「ほ、本当だもん!! 私の金髪好きを舐めてるの!?」

「くそっ、どけ!!」

「きゃっ!?」

 

 クィレルは穂乃花を突き飛ばすと、再び鏡の前に立った。

 

「どうすればいい……!? どうすれば……!!」

「くっ……」

 

 穂乃花は起き上がろうとしながら、ポケットの中身を右手で触れて確認した。

 ポケットの中には確かに石のようにごつごつとした何かが入っていた。つい数分前まで入っていたテニスボールとは、似ても似つかぬ感触。

 

「ご主人様ぁ!! 我が君ぃ!! ど、どうすれば――!!」

「……もうよい」

「へっ!?」

 

「 も う よ い 、 ク ィ レ ル 」

 

「ひっ!?」

「っ!?」

 

 再び、先程聞こえた謎の声。地獄から響いてくるような、恐ろしい、怨嗟に満ちた声――!

 

「お前は下がっていろ……俺様が話す……直に話す……」

「ご、ご主人様!! あっ、貴方様はまだ十分に力が――」

「この為なら……使う価値はあろう……!!」

「っ…………帝王の――仰せの通りに」

 

 クィレルは、鏡の方を向いたままターバンを解き始めた。

 

「っ…………」

 

 穂乃花は、まるでその場に縫い付けられたかのように、石になってしまったかのように、動けなくなった。目に見えぬ圧力が――穂乃花を、縛り付ける――!

 クィレルはターバンを解き続けた――そして、ついにターバンが全て地に落ちた。

 

 "それ"は――そこに居た。

 

「――――!!!!」

 

 穂乃花は声にならない悲鳴を上げた。

 

 クィレルの頭の後ろにあったのは、もう一つの顔であった。蠟のように白い顔、ヘビのような目鼻――恐ろしく、悍ましく、冒涜的な、禍々しい顔――!!

 

「マグルの小娘よ――」

 

 もう一つの顔は、冷酷に嗤う――格下の相手を、嘲笑うかのように――その恐怖を見抜いているかのように――。

 

 

「俺様は――ヴォルデモート卿である」

 

 

 

[176]

 

「…………っ!!」

 

 穂乃花は戦慄した。

 

 何故クィレルの後ろに顔が? ヴォルデモート卿? 誰? どうして賢者の石が私のポケットに? この鏡は一体? 数々の疑問が頭の中を駆け巡る。

 

「クィレルよ……このような小娘に遅れをとるとは……秀才も落ちぶれたものだな」

 

 ヴォルデモート卿と名乗るクィレルのもう一つの顔が言う。

 

「ご、ご主人様……わ、わわ、私は努力しました! この作戦は完璧だった筈……セブルス・スネイプ以外にはバレていないと思っていたのに!!」

「 愚 か 者 め が 」

「ひぃぃぃぃぃっ!!!」

 

 クィレルは自分側の頭を抱えた。それは奇妙な一人芝居の様であり、ある種の滑稽さを感じさせた。

 

「しかもよりにもよってマグル生まれとは――俺様の前に立ちはだかるのがお前のような穢れた血であるということに、俺様は苛立ちを、隠 せ な い ! ! 」

「っ!!!」

 

 穂乃花を凄まじい殺気が襲う。勿論何も見えない。何も見えないが、穂乃花は自分の心臓が握り潰されたかのような感覚を感じた。自然と崩れ落ちる。

 

「……俺様と謁見できる事を光栄に思え、穢れた血よ――有難く思え、愚かなる小娘よ――」

 

 顔は薄く嗤った。

 

 

「頭を垂れよ」

 

 

 

 

Through the Trapdoor : final

  -生命の業火-

 

 

[177]

 

「――――」

 

 こ、声が出ない――声が――。

 三頭犬の時なんか比じゃない――何、このプレッシャーは――?

 体も動かない――金縛りあったみたいに――。

 頭を垂れよ? 用はお辞儀?

 

 ……いや、考えるべきはそこじゃない。絶対そこはどうでもいい。考えるべきは、どうやって逃げるか――!

 

「このような姿を穢れた血に晒すというのは全く、生まれてこのかた最大の屈辱だ」

 

 多分、その内恐怖が一周回って動けるようになる筈――強迫観念に駆られれば、きっと動く! っていうか、動いてくれないと困る!!

 

「……俺様に抗おうというのか?」

「っ〜〜〜〜!!!」

「馬鹿な真似はよせ……幾らお前がマグル生まれの穢れた存在としても、ここまで辿り着いた勇気を、俺様は"ある程度"高く評価している――俺様はいつも、勇気を讃える」

 

 ――――っ!!

 

 勇気を讃える? 貴方になんて讃えられても何も嬉しくない――カレンちゃんに讃えてもらうならまだしも――!

 

「今ならまだその勇気に免じて見逃してやろう――俺様は寛大だ。さあ、その『石』を寄越せ」

「っ!!!」

 

 や、やっぱりバレてる……石のこと全部バレてるよ……!!

 

 私は無意識に石を強く握り締めた。

 

「俺様に知らぬことは無い。ポケットの中に入っているのだろう? さあ……寄越せ」

 

「――――い――――」

 

「ん?」

 

 

 嫌だ!!

 

 い、言ってやりたいけど声が……声が出ない……っ!

 駄目なのに――ここまで来て――やらないと――恐怖を克服しないと――みんなの努力が、全部、水の泡に――!!

 

「何度も言わせるな、『石』を寄越せ」

 

「――い――や――」

 

 弱気になっちゃ駄目!! 言わないと――言わないと――このまま何も出来ずに死ぬのは――嫌だ!!!

 

「――嫌だ」

 

「……最後のチャンスをやろう、小娘。―― 『 石 』 を 俺 様 に 寄 越 せ ! ! ! 」

 

 

「――――嫌だっ!! あ、貴方なんかに、や、やるもんか!!!」

 

「くっくっく」

 

 顔が嗤う――また、あの凍てつくような、殺すような、殺気――!!

 

 

「―― 殺 せ 」

 

 

「 ア バ ダ ケ ダ ブ ラ ! ! 」

 

 

「っ!!!」

 

 クィレルの杖が緑色に光ったと思うと、そこから緑色の閃光が放たれた!

 

 ――に、逃げなきゃ――

 

 即座に右に避ける――やった!! 身体が動く!!

 そのまま右側に転がり、扉を開けようとする――が、やっぱり鍵が掛かっている! 開かない!!

 

「――――っ!!!」

「殺せ!! 殺すのだ!!」

「我が君の仰せのままに――!! ボンバーダ・マキシマ!!」

「くっ――!!」

 

 次に放たれたのは灰色の閃光。また左に避ける――が、閃光が扉に着弾したと思うと、着弾地点が爆発した。

 

「なっ――!!?」

 

 何とか直撃は避けたものの――扉には大穴が開き、爆発によって吹き飛んだ瓦礫が次々と身体に突き刺さる――!!

 

「がっ――」

 

 瓦礫がぶつかり、突き刺さった衝撃で壁に叩きつけられた――肺から空気が全部吐き出された感覚を味わう。

 

「痛――――っ!!!」

「エクスパルソ!!」

 

 再び灰色の閃光が放たれた――すると今度は、閃光が目の前で大きな爆発を起こした。

 

 ――今度は、避けられなかった。

 

 周囲の壁が破壊され、自分もまた、吹き飛ばされるのを感じた――ローブが燃え上がり、身体中に壁の破片や瓦礫が突き刺さる。

 

 

「が――――はっ――――」

 

 

 幾重もの壁を突き破る程の爆風と衝撃――ようやく止まったと思った時には、もう身体が動かなかった。恐怖故とか、そういうのではない――物理的に、動くことが出来なかった。

 脇腹を細長い瓦礫が貫通し、私を縫い付けていた。左足は感覚が無い――太腿が大きく抉られ、削げ落ちている。神経が切られたのだろうか。

 

「――――――」

 

 身を捩るだけで、意識が飛びそうな苦痛が走る――壁にぶつかり続けた所為で身体中の骨が折れているのだろう。内臓も、多分ぐちゃぐちゃ。

 

「――――――」

 

 それでも、まだ何とか杖を握って入るけれど――今にも手から抜け落ちてしまいそうだ。

 

「――――――」

 

 右手に重みを感じた。賢者の石がポケットから滑り落ちたのだ。

 

「――――――」

 

 ――駄目だ、これだけは――これだけは――死守しないと――渡しちゃ駄目――

 

「――――」

 

 ――絶対駄目――何で?――守らないと――渡しちゃえ――駄目――楽になりたい――駄目――死にたくない――死にたくない――死にたくない――死にたくない――死にたくない――死にたくない――

 

「――――」

 

 

 ――死にたくない――死にたくない――石を渡せば助かるよ――石を渡したら殺されるよ――苦しまずに死ねる――蹂躙されて殺される――痛いのは嫌だ――もっと痛いよ――

 

 

「――――」

 

 ――――――――。

 

 

 ――――もう、いいよね。

 

 

 ――うん、もういい。

 

 ――もういいや。

 

 何でもいい、もうなんでもいい、らくになりたい、しにたくない、しにたい、らくにしにたい、はやくいしをわたしてしのう いたい のは いや やだ しにたくない しにたい

 

「――」

 

 ――こえがきこえる あしおとがきこえる

 

 

「至近距離から殺せ――次は外すな」

「勿論でございます、我が君――」

 

 

 ――ああ もう し が すぐそこまで きている

 

 ――わたし は がんばった

 

 ――むり だったんだ さいしょ から ちから に さ が ありすぎる かてる わけ なかったんだ

 

「――」

 

 

 ……なんだか てのひら が あたたかい

 

 みぎて が

 

 …………

 

 ……

 …………。

 

 ……ゆびが、うごく?

 

「――――」

 

 目で右手を見る。

 

 すると、賢者の石が橙色の光を放っていた――光はだんだん明るくなり、そして石の温度もどんどん上がっていった。燃えるかのように、熱い。

 

「――――――」

 

 段々と体力が戻ってくる――僅かにだが、傷も回復している?

 

 ――賢者の石は、生命を司どる石――。

 

 そういうこと?

 

 石が、力をくれている?

 

「――――かはっ」

 

 朦朧としていた意識が戻ってくる――と同時に大量の空気が肺に侵入し、咳き込んだ。

 

「けほっ、けほっ、っ――!!」

 

 煙の中に黒い人影が見える。クィレルだ。

 

 ――負けるわけにはいかない。

 絶対――ここまで来て――絶対――渡さない!!

 

 まだカレンちゃんにも、お別れの挨拶をしてない――死ぬわけにはいかないんだ!!

 

 賢者の石をポケットに再び入れ、杖を両手で握り締めた。

 

 

 ――負けて、たまるもんか!!!

 

 

 ――その時、杖が茶色い光を放った。

 

「…………っ!!」

 

 頭の中に突然謎の文字列が浮かぶ――分かった。あれだ。間違いない。自分でも理由は分からないが、確信があった。

 

 影が近づいて来る。姿が段々はっきりしてきた。

 

 

 ――来るなら来い。

 

 ――もっと、近くまで――。

 

 

 遂に煙から黒い影が消え、代わりにクィリナス・クィレルが現れた。

 

 クィレルが杖を構えた。

 

 まだだ。

 

 ギリギリ――ギリギリまで。

 

 クィレルが、杖を振った。

 

 まだ――!!

 

 

「 ア バ ダ ―――― ! ! 」

 

 

 今だ!!!

 

 

「『インプル・ハイポスタ!! 魂に色を付けよ!!!』」

 

 

「 ケ ダ ―――― !!?」

「クィレル!! 避けろ!!!」

「なっ――!!?」

 

 私の杖から放たれたのは小さな火花。目まぐるしく色を変え、周囲に飛び散った。そして、瓦礫、壁、床、破片――火花が当たった箇所が次々と、その時の火花の色に染まっていった。

 

 そしてそれは、回避しようと背を向けたクィレルの後頭部――ヴォルデモートと名乗るもう一つの顔に、直撃した。

 

 

[178]

 

「なっ――あ"あ"あ"あ"あ"あ"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"!!!!」

 

 顔が怒りを含んだ声で叫んだ。殺気が放たれる。今までの中で最も強い殺気――!!

 

「っ〜〜〜〜っ!!!」

 

 今にも泣き叫びたくなるような鋭すぎる殺気――今までの、比じゃ、なさすぎる!!

 

「貴様……きッッッさまァァァァァァァ!!! 穢れた血の分際でェェェ!! 俺様の顔に、泥を、塗りおったなァァァァァァ!!!」

「――――っ!!」

 

 た、ただ火に油を注いだだけ!?

 え!?

 えっ――ほ、本当にこれ色を付けるだけなの!?

 

 えぇぇぇ!!?

 

「殺せ!! 殺せ!! 惨たらしく!! 一撃で仕留めるな!! じわじわと苦しませ、殺 せ ェ ェ ェ ! ! ! 」

「も、申し訳御座いません我が君――」

 

「 黙 れ ッ ! ! 詫 び な ど い れ て い る 暇 が あ る な ら 、 こ い つ を 痛 め つ け ろ ! ! ! 」

 

「は、ははは、はいいいいい!!!」

 

 クィレルは杖を向けた――だ、駄目だ! 今度こそ駄目だ!!

 

 

「クルーシオ!!」

 

「っ――――――――ぎゃぁぁぁぁぁぁあああああァァァァァァ!!!?」

 

 

 あああああああああああああ!!!?

 

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い苦しい痛い苦しい痛い苦しい痛い苦しい痛い苦しい痛い苦しい痛い苦しい痛い苦しい痛い苦しい痛い苦しい痛い苦しい痛い苦しい痛い苦しい痛いああああああああああああああああああああああああああっ!!!!

 

「 も っ と だ ! ! も っ と や れ ! ! 」

「し、しかし我がき

「 や れ え え え え え え っ ! ! ! 」

 

「ク、クルーシオ!!」

「ぎゃあああああああああァァァァァァァぁぁぁぁァァァァ!!!?」

 

「クルーシオ!!」

「きゃぁぁあああぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁあ――!!!?」

 

「クルーシオ!!」

「ぎゃァァァァァァァぁぁぁああぁあ――!!?」

 

「クルーシオ!!」

「がぁぁぁぁあ――ぁぁ――!!」

 

「クルーシオ!!」

「ぎゃぁぁ――ぁ――」

 

「クルーシオ!!」

「がっ――――」

 

「クルーシオ!!」

「カ――――」

 

「クルーシオ!!!」

「――――」

 

 ――――――。

 ――――。

 

 ――。

 

 ――

 

 ――

 

 

[179]

 

「はぁっ……はぁっ…… ア バ ダ ――――」

「まだだ!! 首を絞めて殺せ!!」

 

 クィレルの脳裏に響く、怒りに満ちたヴォルデモートの声。

 

「で、ですが

「 首 を 絞 め て 殺 せ ! ! ! 最 後 の 最 後 ま で 苦 し ま せ ろ ! ! ! そ う で も し な い と 俺 様 の 気 が 収 ま ら ん ! ! ! 」

 

 非情なるヴォルデモートは、反論さえ許さない。

 

「こ、これ以上は――わ、我が君ぃ!!」

 

 クィレルは泣きそうな声で訴える。

 

 彼はここまで己の魂を売るつもりは無かった。ここまで残虐なことをするつもりは無かった。クィレルの中に一切の良心が無いと言えば、それは嘘になる。

 

 

 ――クィリナス・クィレルは秀才であった。だが、それ故に愚かであった。己の力を過信し、驕り、浅薄であった。

 

 ヴォルデモートが消滅したという話を聞いた後、彼はヴォルデモートを探した。休暇と偽り、闇の帝王の成れの果てを捜索した。

 

 ――闇の帝王から力を学び、闇の帝王をも超える存在となる。そうすれば、もう誰も自分の事を、小心者だと笑わない――!

 

 ヴォルデモートと渡り合い、あまつさえ、その主導権を握ろうとした――その愚行は、高くついた。

 

 結果、ヴォルデモートを見つけはしたものの、彼はヴォルデモートに取り憑かれ、その命を呪われた物へと変質させられてしまった。

 

 彼は幾度となく抵抗を試みた――だが、闇の帝王は余りにも強く、恐ろしい。もはや人の形を留めていない今であっても、その圧倒的な力の前では弱々しく頭を垂れるしかなかった。

 

 

「――愚かだ、クィレルよ」

 

 地獄の底から響いてくるような声。クィレルの身体は震えだす。

 

「もう少し賢ければ、長生き出来たというのに――」

「わ――我が君――?」

「もう、『お前の魂』には用済みだ」

「わ、我が君――」

 

「 死 ね ク ィ リ ナ ス ・ ク ィ レ ル 愚 か な る 我 が 奴 隷 よ 」

 

「わ、我が――き――き――――…………

 

 クィレルは、泣きながら訴える――だが、その声は次第に小さくなり、そして、完全に消滅した。

 

 

「はぁっ――はぁっ――はぁっ――」

 

 目から大粒の涙を流しながら、焦点の定まらない目で異様な光景を見つめる穂乃花。

 

 クルーシオ――磔の呪いは、対象を心の底から苦しめたいと思わなければ最大の効力を発揮しない。もしもクィレルがこの呪いを愉しんで実行していれば、今頃彼女は廃人と化していた。クィレルにはまだ迷いがあった――彼女はギリギリの所で、助かった。

 

「――――――…………はぁ――」

 

「――――っ!!!」

 

 動きを止めたクィレルが、否、『クィレルだったもの』が大きく息を吐いた。

 "クィレルの姿をした何か"は、にやりと笑みを浮かべた。口が裂けているのかと錯覚する程、邪悪な笑み。

 

「――くっくっくっく」

 

 クィレルの姿をした何かの目が、緋色に充血する。

 

 

「はははははははははははははははは!!!!」

 

 

「――――っ!!?」

 

 クィレルのような何かは哄笑した。嗤うだけで、周囲の空気が黒く、絶望に染まっていくような――。

 

「はははははははははは――――くくく」

「…………っ!!」

 

 充血した双眼が、穂乃花を睨む。穂乃花は恐怖で動けない。蛇に睨まれた蛙のよう。明らかにさっきまでとは雰囲気が違う。

 

「……ホノカ・マツバラ」

 

「!!!」

 

 クィレルのようなものが呟いた。

 

「それが、お前の名か――穢れたマグル生まれの、小娘」

「はぁっ――はぁっ――はぁっ――」

 

 穂乃花の息が荒くなる。

 

「――貴方は――クィレルじゃ――」

「クィレルは死んだ」

「っ!!?」

 

 クィレルの姿をした何かが言う。地獄の底から響くような、恐ろしい声。

 

「クィレルの魂はもう滅びた――"これ"はただの、クィレルの抜け殻だ」

「…………っ!!」

 

 

「俺様の名は、『ヴォルデモート卿』――この器はもう、俺様のものだ」

 

 

 

[180]

 

「がっ……!!?」

 

 クィレルの姿をした何か――ヴォルデモートは名乗るや否や、素早い動きで穂乃花に近寄り、軽々と首を摑み、持ち上げた。

 

「かっ――は――!!?」

「全くクィレルは甘かった。たかが小娘一人なぞに、情を抱きおって」

「はっ――っ――!!」

「その所為で、俺様がこうして動かなくてはならなくなった――だが、この方がお前の顔がよく見える――苦しみ、絶望している顔がな」

「っっ――が――!!」

 

 穂乃花は足をバタつかせ、ヴォルデモートの腕を摑み、引き離そうと抵抗する――だが、まるでビクともしない。ヴォルデモートは嗤う。

 

「ははははははは!! いいぞ!! もっと苦しめ!! もっと喚け!! もっと啼け!! 俺様を愉しませろ!!!」

「がっ――ぁ――!」

 

 穂乃花の意識が再び朦朧とする。白く混濁した意識――次々と記憶がフラッシュバックしてくる。走馬灯だ。

 

「ぁ――ぁ――」

「はははははは!!! どうした!!? もう終わりか!!? はははは!!! その程度か小娘!!! 穢れた血!!! 魔法族の穢れ!!! 恥晒しめ!!!」

「ぁ――――」

 

 口の端からは涎が垂れ、白目を向いている。足は力なくだらりと下がり、ヴォルデモートの手を掴んでいた右腕も、遂に垂れ下がった。杖が手から零れ落ちる。左腕も、今にも垂れ下がりそうになる――。

 

「――――」

 

「死ね!!! ホノカ・マツバラ!!! 苦しみ抜いて死ね!!! 後悔して死に屈伏せよ!!! 死ね!!! 死ね!!! 死 ね っ ! ! ! 」

 

「――」

 

 

《side Honoka》

 

 ――もう、今度こそ――駄目、かも――

 

 ――動けても――あと一回――

 

 ――嫌だ――こんな死に方――首絞めなんかで死ぬなら、カレンちゃんにやってほしかった――

 

 ――結局――私たちのやったことは――何だったの――?

 

 ――ただ――こいつを復活させただけ――?

 

 ――なんて――意味のない――

 

 ――カレン――ちゃん――

 

 

 ――ああ――

 

 ――もう――

 

 

 だ

 

 め

 

 

 

 

 

 

 ――本当に、それでいいの?

 

 

 ――良いわけない

 

 

 

 

 

 

 

 ――せめて

 

 せめて、一矢――

 

 ――報いて――やる――!!

 

 

 

 

 

 

 その瞬間――私は魂が燃え上がるのを感じた。

 

 

《side END》

 

「はははははははははは!!!」

 

 

「――――くっ……っあああああああ!!!!」

 

【挿絵表示】

 

「ははは――何!!?」

 

 高らかに嗤うヴォルデモート――その時、穂乃花の右手が、最後の力を振り絞り、ヴォルデモートの顔を全身全霊を込めて掴んだ。

 

「こいつ、まだそんな力が!!? だが、それが何になると――――!!?」

 

 掴む力は大したことはなかった。満身創痍の少女の力など、たかが知れている。

 

 

 ――掴む力は。

 

 

「が――ががががぁぁああああぁぁぁぁあああああががががごがァァァァァァ!!!? か、顔がァァァァァ!!? や、焼ける――焼け――がぁぁぁぁぁぁ!!?」

 

 

 ヴォルデモートの顔が焼けていく。穂乃花の手が触れた場所から橙色の煙が上がり、ヴォルデモートの顔を焦がし、焼き、灰と化していく! 魂さえ焼き焦がすような、痛みを超えた痛み――!!

 

 思わずヴォルデモートは腕の力を弱める――瞬間、穂乃花は完全に覚醒した!

 

 

「――うああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 

 左腕の力も戻り、左腕もまたヴォルデモートの腕を掴み、押し倒す!!

 

「がぁぁぁぁぁぁっがががぎがぎぐくけかごごごごがががあぁぁぁあああぁぁァァァァァァァあががががガガガがががあああ!!!? は、離せェェェェェ小娘ェェェェェ!!! がぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「離す――もんか――!!!」

 

 ヴォルデモートは手を振り回し、足をバタつかせ、抵抗する――だが、所詮その身体は抜け殻であり、死体同然。少女ながらも元運動部、覚悟を決めた穂乃花の力に、勝てる道理など無い!!

 

「焼ける焼ける焼ける焼ける焼ける焼ける焼ける焼ける焼ける焼ける焼ける焼ける焼ける焼ける焼ける焼けるヤケルヤケルヤカレヤケルヤケルヤケルヤケルヤケルヤケルヤケルヤケルヤケルゥゥゥゥゥゥぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 ヴォルデモートが叫ぶ。だが、穂乃花は怯まない! 既に顔の殆どが焼け爛れ、そして灰と化していた。原型をまるで留めていない。

 

「ガガガガガガガガガゴgggggggggaaababaaaaMaaaatttbBrrrrァァァァァァァ!!!!」

 

 ヴォルデモートの魂が、色を塗られ現世に固定化された魂が、呪われたその魂が、聖なる生命の業火を宿した穂乃花の右手によって、蒸発していく――浄化されていく――!!

 

 

「MMMMTTTTTTTBAAAAAARRRRRRR――!!!!」

 

 

 声にならない叫びを上げるヴォルデモート――その叫びは呪いめいて穂乃花の精神を蝕んでいく――だが、穂乃花はその力を緩めない! 呪われた魂を、煉獄の炎で焼き尽くす!!

 

 

「ガァァァァァァァァァァァァァァ――――ァァァ――――ァ――――――………

 

 

 闇の叫びはどんどん小さくなっていく。そして――ヴォルデモートの声が、遂に止んだ。

 

「はぁっ――はぁっ――はぁっ――」

 

 穂乃花は蒼白な顔で、手を離す。

 

 そこにあったのはヴォルデモートだったものの抜け殻――頭の無い、クィレルの死体。

 

「はぁっ――はぁっ――はぁっ――」

 

 穂乃花は、荒い息を吐き続ける。

 

「はぁっ――はぁっ――っ――――………

 

 再び意識が混濁する――そして穂乃花は、力尽きたように、前のめりに倒れこむと、そのまま気を失った。

 

 ポケットからは、紅の光を点す賢者の石が、顔を覗かせていた。

 

 

 ――松原穂乃花は、勝ったのだ。

 




 クィリナス・クィレル――死亡

 ヴォルデモート――生死不明

 松原穂乃花――意識不明

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