ゴールデン*ラビットガールズ!   作:ルヴァンシュ

53 / 77
※告知事項※

・挿絵について : 今回、文章だけでは全体像を把握し辛い事が予想されるため、各所に挿絵を挿入しております。挿絵表示『有』にされている方は『無』に変えて頂いた方がスムーズに読むことが出来ると思われます。お手数ですが、ご了承下さい。

・1万字以上です。

・何かあれば書きます。


Through the Trapdoor area.4

【第50話】

 

 

Through the Trapdoor Area.4

  -石の西洋将棋-

 

 

[163]

 

 ――チェス。

 9世紀頃西ヨーロッパに伝わり、17世紀頃に娯楽として広まって以来、ヨーロッパでは非常にポピュラーなゲームとなった。

 

 魔法使いのチェスは普通のチェスとは違う。駒はただ動かされるだけのものではなく、一つ一つが感情を持っている。また、その駒を獲る時はその駒自体が弾く。ある意味、マグルのそれよりも野蛮である。

 

 

[164]

 

「これは……」

 

 忍が呟いた。

 

 目の前にあるのは32個の石像。そして、チェス盤を模した台座。

 

「これは……どういうことなのでしょう?」

「スルーして進みマスか?」

「いえ……多分これはそういうことをすると動いてやられる類の物でしょうし……石像の数も一致してる……チェスをしろということでは?」

「Oh……チェスデスか」

「私チェスやったことないよ……」

「……どうするの、シノ」

 

 アリスが心配そうに忍を見た。

 

「どうするも何も、やるしかないでしょう――アリス、知恵を貸して下さい。私とアリス、二人で考えれば、勝てない戦いなどありません!」

 

 忍がそう宣言した瞬間、白い石像がその首を180度回転させて後方の四人を見た。どこまでも人工的で、人間的ではない動き――人型の皮を被りながらも、どうしようもなくそれは人ではない。四人は一瞬怯んだ。

 すると、石像たちは動き出し、盤外へと歩き出した。

 

「……え?」

 

 呆気にとられたような顔をするアリス。

 盤外の白い石像たちは、その掌を盤上に向けた。

 

「何デショウかね、これ」

「何だろうね、考えたくないけど何だろうね」

 

 カレンと穂乃花は引きつった顔で苦笑い。

 

「……シノ? これって……あの像たちの行動って……」

「…………私たち自身に、駒になれと」

 

 忍が言う。

 

「待って待って待って待って、ちょ、ちょっ」

 

 アリスの顔に恐怖の色が浮かぶ。

 

 ――魔法使いのチェス。

 それは恐ろしいものである。取られた駒は取った駒によって盤外へと弾かれる。弾かれるということは物理的に攻撃されるということであり、弾かれた駒の安全は保障できない。偶に壊れたりする。

 

 そしてこれも、魔法使いのチェス。

 

 つまり――。

 

「これ、全員生き残るのって……」

 

 

 ――全員でのクリアは、ほぼ不可能に近い。

 

 

「…………」

 

 忍は考える。

 

 ――私たちがチェス駒になるということは、つまり――あの石像に攻撃されるかもしれないということ。

 安全な場所から指揮できると思っていたのに――こんなことになるなんて。

 

「……アリス、キングをお願いします」

 

 忍が言う。

 

「……え? ……ほ、本当にやるの?」

「やるしかないでしょう。ここまで来たのですから、もう後戻りは出来ません――カレン、一番右端のルークへ。穂乃花ちゃんは、左のビショップに」

 

 忍が指示を出す。

 

「……任せて良いんデスね、シノ」

「私達、チェスのチの字も知らないからね」

 

 不安げなカレンと穂乃花。無理もない。最早これは取られる事が死に直結しかねないゲーム――自分達の命を、忍に預けるのと同義なのだから。

 

「……安心してください。何があってもみんなを取らせません。そして、私も取られる気は一切ございません」

 

 忍は、盤上に上った。Dの1――クイーンの場所である。

 

「私はクイーンになります。クイーンは取られないように立ちまわる駒――不肖司令塔である私が早々に取られれば、もう色々と終わりと思いますので」

「じゃあ、シノがキングになった方がいいんじゃないの?」

 

 アリスが聞いた。

 

「……これは個人的なことですが、アリスには絶対取られてほしくないので。チェスはキングを守るゲーム――即ち、アリスを守るゲームです。守る対象がアリスとあらば、俄然集中力が出るというものです」

「あ、そうなんだ」

「後、万が一にも私が取られた場合、私に代わって指示を出す人が必要ですよね? そういう意味でも、アリスはキング以外考えられません」

「そんな、取られるだなんて――」

「万が一ですよ、万が一。言ったでしょう? 取られる気は一切無いって」

「……分かった」

 

 アリスは盤上に上った。

 

「シノ、泥棒にならないでね」

「私はいつだって盗まれる側ですよ。――アリス」

「私だって、いつも盗まれてるよ。――シノ」

 

「アリス……」

「シノ……」

「アリス……!」

「シノ……!」

「アリ「私達も早く上がっちゃおうか」

「シ「このままだとまるで始まりまセンからね」

「ア、アリ「カレンちゃん、お互い頑張ろうね!」

「シ、シ「頑張るのはシノデスけどね!」

 

「言わせて頂けませんか!?」

「何で邪魔するの!?」

「私達これでも急がなきゃいけないんだからね!」

「早くしないと"石"がピンチなんデスよ!」

 

 閑話休題。

 四人全員が、盤上へと上った――すると、番外で待機していた石像達が動き出し、空いている陣地に並んだ。

 

「……すぅー……はぁー……」

 

 忍は深呼吸した。

 

 ――よし。

 ――これで、落ち着きました。

 

 深呼吸から一呼吸置き――忍は宣言した。

 

「それでは――始めましょう先攻は白です!!」

 

 忍にとって都合のいい条件を速効で取り付け、ついに、チェスゲームは幕を開けた。

 

【挿絵表示】

 

 

 

[165]

 

 ここで、チェスについて簡単にルールを説明しよう。本当に簡易的なので、詳しい説明が見たい方は某百科事典をどうぞ。

 

 チェスとは、全部で16ある自陣の駒を動かし、駒の一つである『キング』を『チェック・メイト』と呼ばれる状態にまで追い込むゲームである。そのルールは将棋に似ており、それ故『西洋将棋』と呼ばれる事もあるという。

 プレイヤーは自陣のキングを相手に取られてはならない。キングを守りつつ、相手を攻める――高度な戦略性が問われるゲームなのだ。

 

 

 では、次に駒の説明をしよう。

 

 『ポーン』――八個ある最多の駒。その意味は"歩兵"。初動のみ前方に一マスか二マスか選んで進む事が出来るが、それ以降は前方に一マスしか動けない。ただ、斜め前方に敵の駒がある場合はその限りではなく、その駒を取ると同時に斜めに一マス移動出来る。

 

 『ルーク』――右端と左端にそれぞれ配置されている駒。その意味は"城"。妨害する駒が無い限り、縦方向と横方向に制限なく進む事が出来る。まさしく縦横無尽。

 

 『ナイト』――ルークの隣にそれぞれ配置されている駒。その意味は"騎士"。この駒は他の駒の妨害を受け付けず、飛び越えて移動することが出来る。その動きは独特で、1×2のマスに移動する。

 

 『ビショップ』――ナイトの隣にそれぞれ配置されている駒。その意味は"僧正"。妨害する駒が無い限り、斜め方向に制限なく進む事が出来る。

 

 『クイーン』――キングの左隣に配置されている駒。その意味は"女王"。妨害する駒が無い限り、前後左右斜め方向に制限なく進む事が出来る。実質最強の駒。

 

 『キング』――クイーンの右隣に配置されている駒。その意味は"王"。前後左右斜め方向に一マスだけ動く事が出来る。この駒の逃げ場が無くなったとき、このゲームは決する。

 

 

 最後に表記の説明をしよう。

 

 チェスの盤は8×8のマスで構成されている。縦列はファイルと呼ばれA~Hの英語、横列はランクと呼ばれ1~8の数字で表記される。ポーンが動く場合はファイルとランクのみで表わされるが、ナイト、ルーク、ビショップ、クイーン、キングが動く場合、イニシャル、ファイル、ランクの順で表わされる。イニシャルは、ナイトがN、ルークがR、ビショップがB、クイーンがQ、キングがK。

 これは基本の表し方であり、他にも+やら×やら#がついたりするが、それはその都度解説する事にしよう。

 

 

 以上が、簡単なルールである。ここに表記していないルールが出てくるときは、それもその都度解説する。

 

 さて、前置きが長くなったが、そんな訳でゲームスタート。

 

 

[166]

 

 

《Turn White》

 

「まずは駒を展開しましょう――ポーンをEの4へ」

 

 忍が宣言すると、アリスの前方にあった石像が二マス前方に進んだ。E4。

 

「これでビショップが動く事が出来るようになりました」

「流石シノ」

「オーソドックスな手ですけどね」

 

【挿絵表示】

 

 

 

《Turn Black》

 

 白のポーンが動いた後、黒側もまた、ポーンをうごかした。E5。

 

「……まあ、そうだよね」

 

 アリスが言った。

 

【挿絵表示】

 

 

 

《Turn White》

 

「あのポーンは実に邪魔です――攻撃しましょう。ナイトをFの3へ」

 

 忍が宣言すると、カレンの横に居たナイト――馬に乗った騎士の姿をした石像――が、前方にある三つのポーンを飛び越し、大きな音を立てて先程動いたポーンの右斜め後ろに着地した。衝撃で盤上が揺れる。NF3。

 

「す、凄い迫力デス……」

 

【挿絵表示】

 

 

 

《Turn Black》

 

 白のナイトが動いた後、黒側はクイーン前方のポーンが一マス動いた。D6。

 

「……これであっちはビショップを動かせるね」

「それだけではなく、ポーンでポーンを守っています――あれを崩すには、一駒は犠牲にする必要がありそうですね」

 

【挿絵表示】

 

 

 

《Turn White》

 

「犠牲になって頂くなら、ポーン一択です。ポーンをDの4へ」

 

 忍が宣言すると、忍の前方に居たポーンが二マス進んだ。最初に動かしたポーンの左隣。D4。

 

「これで穂乃花ちゃんも動く事が出来るようになりました」

「両方のビショップが使えるようになったね」

 

【挿絵表示】

 

 

 

《Turn Black》

 

 白のポーンが動いた後、黒側はクイーンの隣にあるビショップが斜めに四マス進んだ。BG4。

 

「ナイトをピンしてきましたね」

「シノを狙うなんて万死に値するよ!!」

 

※解説※

 

 "ピン"とは、駒を間接的に使って相手の動きを制限することである。例えばこの場合、相手のビショップが狙っているのは一見すぐ近くにあるナイトのように見える。だが、ナイトを動かしてしまえば、ビショップはクイーンを取る事が出来てしまう。クイーンという最強の駒をこの序盤で失うのは余りの痛手。クイーンを失わないために、クイーンを守護するナイトが動くことは出来なくなってしまうのだ。

 

【挿絵表示】

 

 

 

《Turn White》

 

「……取り敢えずさっきのポーンには役割を果たして頂きます。ポーンをEの5へ」

 

 忍が宣言すると、D4に居たポーンがE5に居るポーンの方を向いた。そして――手に持った二本のサーベルで、E5のポーンを、まるでバターでも斬るかのように容易く斬り裂いた。

 

「「「「っ――――!!!」」」」

 

 三つに分割された黒のポーンは、激しい音を立てて盤上に落下――すると、何らかの魔法だろうか? バラバラになった石像の破片が宙に浮き、盤外へと飛び去ったではないか! 白のポーンはそれを見届けると、先程まで黒ポーンが居た場所に進んだ。D×E5。

 

「わ、わわ、私達も、もし取られたらあんな風に……っ!」

「あ、安心してください穂乃花ちゃん! 絶対取らせません! 絶対!」

 

※解説※

 

 ポーンが駒を取る場合、さっきまでポーンが居たファイル、×、移動後の座標、の順で表記する。

 

【挿絵表示】

 

 

 

《Turn Black》

 

 白のポーンが動いた後、黒側は先程動かしたビショップをFの3へと動かした。と、そこに居るのは白のナイト。ビショップは手にした聖書――を模した岩塊――でナイトを滅多打ちにした。岩と岩がぶつかる激しい音が鳴り響く。

 

「ひっ……」

 

 アリスが小さく悲鳴をあげた。ナイトの頭とその下の馬の頭は無残にも破壊され、跡形も残っていない。壊れたナイトと馬は浮上すると、盤外へと飛び去った。

 

【挿絵表示】

 

 

 

《Turn White》

 

「……色々ショッキングな光景でしたね」

「もうやだ……」

「弱音を吐くのはまだ早いですよアリス――仇打ちといきましょう。……これは、別に宣言しなくて良いですよね」

 

 忍はそう言うと、アリスの隣を離れ、黒のビショップが居る場所へと歩いた。ビショップは、盤外へと下りて行った。Q×F3。

 

「シノ!!?」

「私達は駒です――動かなくてはなりません」

「で、でも忍ちゃんが動くことなかったよ! そこのポーンを使えば――」

「ダブルポーンはあまり歓迎出来るものではありません。それに、ポーンが三つ揃っているこの状況を、あまり崩したくはありませんからね」

 

【挿絵表示】

 

 

 

《Turn Black》

 

 忍が動いた後、D6に居たポーンは斜め――E5のポーンを斬り裂き、Eの5へと移動した。D×E5。

 

「シノ、本当に本当に本当に気をつけて……」

「ええ、分かっています」

 

【挿絵表示】

 

 

 

《Turn White》

 

「さて、思い通りには動かさせてあげませんよ――ビショップをCの4へ」

 

 忍が宣言すると、アリスの右隣のビショップが左斜め前方へ三マス動いた。BC4。

 

「さあ、F7のポーンを守らなければ、チェックメイトですよ」

 

【挿絵表示】

 

 

 

《Turn Black》

 

 白のビショップが動いた後、キング側の黒ナイトが忍の三マス前方へと降り立った。やはり盤が揺れる。NF6。

 

「あの動き何とかならないのでしょうか」

「岩だからしょうがないね」

 

【挿絵表示】

 

 

 

《Turn White》

 

「……ここらでフォークを仕掛けようと思います」

 

 忍は左に四マス進んだ。QB3。

 

「シノー!!?!?」

「お、落ち着いて下さいアリス!」

 

 絶叫するアリス。それを宥める忍であった。

 

※解説※

 

 "フォーク"とは、一度に二つの駒を攻撃すること。例えばこの場合、クイーン前方にある黒ポーン、右斜め前方にある黒ポーンが同時に攻撃されたのである。

 

【挿絵表示】

 

 

 

《Turn Black》

 

 忍が動いた後、黒側はクイーンをキングの前へ動かした。QE7。

 

「やはりそこを守りますか」

「キングに近い方を優先したんデスね」

 

【挿絵表示】

 

 

 

《Turn White》

 

「ならば、攻撃あるのみです! ナイトをCの3へ!」

 

 忍が宣言すると、穂乃花の隣のナイトが跳ね、忍の右隣へと着地した。NC3。

 盤の破片が忍を襲う。

 

「ひっ……!」

 

 流石の忍もこれには怯み、悲鳴をあげた。

 

「Jesus !!!! 味方の癖にシノを攻撃するとかぁ!!! 裏切りも甚だしいよあのナイト!!!」

 

 流石にアリスもこれには怒り、怒号をあげた。

 

【挿絵表示】

 

 

 

《Turn Black》

 

 白のナイトが動いた後、黒側はC7のポーンを一マス進めた。C6。

 

「フォークを潰してきましたね」

「シノ、絶対あっちに動いちゃ駄目だよ」

「動きませんよ」

 

【挿絵表示】

 

 

 

《Turn White》

 

「……穂乃花ちゃん、頼みますよ」

「……えっ!? 私!?」

「右斜め前方へ四マス動いて下さい」

「う、うんっ」

 

 忍が穂乃花に指示を出す。指示通り、穂乃花は右斜め前方へ四マス動いた。BG5。

 穂乃花の眼前には大量の黒駒。

 

「ひぃっ……」

 

 早く終わってほしい、と心から願う穂乃花であった。

 

【挿絵表示】

 

 

 

《Turn Black》

 

 穂乃花が動いた後、黒側は忍の前方にあるポーンを二マス移動させた。B5。

 

「ふふふ、私がビショップを逃がすとでも思ったのでしょうか? そんな訳ないじゃないですか。無駄に試合を長引かせれば、勝負に勝って戦いに負けた、なんてことになりかねませんからね」

 

【挿絵表示】

 

 

 

《Turn White》

 

「恨みは別にありませんが――いやちょっとあるかも――とにかく、ナイトをBの5へ!」

 

 忍が宣言すると、その隣に居たナイトは跳ね上がり、そのまま、移動先にいる黒ポーンを踏みつぶした! N×B5!

 そして四散した破片のいくつかは、忍へと襲いかかる!

 

「きゃっ!?」

 

 忍はしゃがんで避けた。

 

「Jesus Jesus Jesus Jesus !!!!! 味方だからって何しても許されると思うなよナァァァイト!!!!」

「落ち着いて下サイアリス!! キャラ変わってマス!!」

 

【挿絵表示】

 

 

 

《Turn Black》

 

 白のナイトが動いた後、黒側はその斜めにあるポーンでナイトを取った。C×B5。

 

「やった! ざまあみろだよ! HAHAHAHAHAHA !!!」

 

 斬り裂かれるナイトを見て喜ぶアリス。それだけ、彼女のナイトに対する恨みは深かったのだ。

 

【挿絵表示】

 

 

 

《Turn White》

 

「さて、それじゃあまた頂きます。ビショップをBの5へ」

 

 忍が宣言すると、ビショップはナイトを斬ったポーンを撲殺、移動した。B×B5――。

 

「チェックです」

 

 ――ではなく、B×B5+である。

 

※解説※

 

 チェック(キングが攻撃されている状態)になった場合、いつもの表記の後に+をつける。

 

【挿絵表示】

 

 

 

《Turn Black》

 

 白のビショップが動いた後、黒側は白ビショップ(穂乃花でない)の前方にあるナイトをクイーンの隣へ動かした。ND7。

 

「やっぱりナイトって邪魔だね」

「アリス、目が怖いデス……」

 

【挿絵表示】

 

 

 

《Turn White》

 

「……丁度ナイトが来て下さったところですし、やってみましょう――クイーンサイド・キャスリング! ルークをDの1へ! そして、アリス!」

「とうとう動くんだね……分かったよシノ!」

 

 忍が宣言すると、ルークは右へ三マス移動した。そしてアリスも、ルークを中心として対象の位置へ移動した。O-O-O。

 

「え? 何で二つ動くの? 動かせるのって一個だけじゃなかったっけ」

 

 穂乃花が聞いた。

 

「このキャスリングっていうのは、ルークとキングがまだ一マスも動いていない時だけに出来る動き方なの。ルークがキングの左隣まで来て、その後キングはルークの左隣に動く――これがクイーンサイド・キャスリング。キングサイド・キャスリングっていうのもあるけど、それも基本的には同じ。殆ど左右反転させただけだよ」

「へぇ」

「これでルークがナイトを攻撃出来ました。アリスもより安全な位置へと移動させられましたしね」

「一石二鳥だね!」

 

【挿絵表示】

 

 

 

《Turn Black》

 

 二つの駒が動いた後、黒側はA8のルークをキングの真横まで動かした。RD8。

 

「守ってきたね」

「しかし容赦は致しません」

 

【挿絵表示】

 

 

 

《Turn White》

 

「消えて頂きます、ナイト! ルークをDの7へ!」

 

 忍が宣言すると、アリスの隣のルークがナイトの前まで進んだ。そして――こんな石像のどこにこんなギミックが隠されていたのだろうか? ルークはその城を思わせる身体の内部から大量の武器を放出、ナイトに次から次へと突き刺さり、ナイトは瞬く間に蜂の巣となった。R×D7。

 

「…………」

「……うわぁ……」

「あれは喰らいたくないデス……」

「城どころか、あれじゃ戦闘要塞だよ……」

 

 四人は戦慄した。

 

【挿絵表示】

 

 

 

《Turn Black》

 

 白のルークが動いた後、黒側は同じく黒のルークで白のルークを破壊、移動した。R×D7。

 

「…………」

「? シノ?」

 

【挿絵表示】

 

 

 

《Turn White》

 

「……カレン、アリスの隣へ」

「! 了解デス!」

 

 忍の指示に従い、カレンはアリスの隣へ移動した。RD1。

 

「……シノ、大丈夫デスよね? すぐ目の前にルークが居るんデスけど、大丈夫デスよね!?」

「カレンちゃんを犠牲にする事は、私が絶対許さないからねー!!」

「大丈夫です、二人とも――あのルークを動かす事は、こちらにチェックメイトさせてくれるも同然の行為です。なので今のところは、心配いりません」

 

【挿絵表示】

 

 

 

《Turn Black》

 

 カレンが動いた後、黒側はクイーンを一マス前方に動かした。QE6。

 

「……苦し紛れの一手、ですかね」

 

【挿絵表示】

 

 

 

《Turn White》

 

「……そろそろ最終局面ですね……ビショップをDの7へ」

 

 忍が宣言すると、忍の前方に居たビショップが斜め前方へ移動。ルークを撲殺し、移動した。

 

「チェックです」

 

 二度目のチェック。B×D7+。

 

「もう大分追い詰めてるね!」

「勝ちも同然デス!」

 

 穂乃花とカレンは勝ち誇ったように言う。だが。

 

「…………」

 

 忍の顔に、笑顔は無かった。

 

「シノ……?」

 

【挿絵表示】

 

 

 

《Turn Black》

 

 白のビショップが動いた後、黒側はクイーンの隣に居たナイトでビショップを潰した。N×D7。

 

「……ねえシノ」

「…………」

「……ねえ、今何考えてるの」

「…………」

 

 忍は、沈黙したまま答えない。

 

【挿絵表示】

 

 

 

《Turn White》

 

「…………」

 

 忍は、沈黙を破らない。だが、次に彼女がとった行動は、場の静寂を破るには十分すぎるものであった。

 

「っ――――!!?!? シ、シノッ!!?」

 

 アリスが叫んだ。

 

 忍がとった行動は、"まっすぐ前方へ歩く"というものであった。そしてそれは――。

 

「ま、待ってよシノ!!! 駄目だよ!!! そっち行ったら、シノ――取られちゃうよっ!!!」

「「っ!!?」」

 

「…………」

 

 事態の深刻さを理解した穂乃花とカレンが青ざめる。忍はアリスの制止を聞かず、ただまっすぐ、歩き続ける。

 

「シノ――待ってよ!!! 何で!!? シノ、何で取られようと――戻ってきてよ、シノ――」

「アリス、これがチェスです」

「っ!!!」

 

 忍が口を開いた。

 

「勝利を手にするためには、必ずと言っていいほど何かを犠牲にしなければならない――チェスとはそんな残酷なゲームだと、教えてくれたのは、アリスじゃないですか」

「っ――だっ、だけど!! まだチェックメイトする方法は考えればいくらでも――」

「私達に時間はありません。最速で、そしてより多くが先に進むには、これしかないのです」

 

 忍は歩みを止めない。

 

「……私を取るのは、恐らくナイトです。ナイトの攻撃方法はこの目で見ています――上から圧殺する。……なら、それを避ければ良いのです。成功すれば、きっと気絶で済むでしょう」

「……何言ってるのシノ」

「アリス、後の事は任せましたよ。次の私達のターンで、間違いなくチェックメイト出来るでしょう」

 

 忍は、Bの8へと辿り着いた。QB8+。

 

【挿絵表示】

 

 

「シノ? 今からでも遅くないよ? だからほら、戻ってきて――」

「カレン、次にあなたが相手のキングの所まで辿り着けば、チェックメイトです」

「シ、シノッ……」

「ねえシノ、早く」

「穂乃花ちゃん、金髪同盟副長として、ここから先皆を引っ張って行って下さいね」

「忍ちゃんっ……そんな縁起でもない事……」

「シノ、早く」

「もしも私が気絶しようが何しようが、私の事は放っておいて下さい。チェックメイトしたら、すぐに次の部屋へ。時間はもうあまり残されてい――」

「シ ノ ! ! !」

「――……」

 

 アリスは絶叫した。

 

「……アリス」

「わ、私の話聞いてよっ……何で? 何でシノが、こんな事……っ」

「……アリス。もしかして、私がここで死ぬとでも思っているのですか?」

「っ…………」

「……私は死にませんよ。それは保証します」

「信用できないよ……シノの嘘吐き……っ」

「……ええ、私は嘘を吐いてしまいました。本当に、申し訳ありません」

「……謝るなら、帰ってきてよ……シノぉ……」

「それは出来ません――だって」

 

 

《Turn Black》

 

「もう、手遅れですから」

 

「っ――――!!!!」

 

 黒のナイトが乗る馬が、足を曲げた。

 

「アリス。私はこんな所で死ねません。まだ死にたくありません。全人類を金髪に変えるまで、私は死んでも死にきれません」

 

 黒のナイトが、跳躍した。

 

「絶対に死にません――死んでたまるものですか!」

 

 忍が、動いた。

 

 忍は、ナイトが降ってくる場所から微妙にずれた場所へと避難した――そして。

 

「幸運を祈ります――みなさん」

 

「忍ちゃん!!!」

「シノ!!!」

「シノーーーっ!!!!」

 

 ナイトが、B8へと降り立った。N×B8。

 

 土煙が忍とナイトを隠す――そして、一瞬後。

 

「!!!」

 

 煙の中から何かが吹き飛ばされてきた。それはカレンの居る方向へ、一直線で飛んでくる。

 

「カレン!!! 受け止めて!!! それは多分――!!!」

「分かったデス!!!」

 

 ――とは言うものの、そのスピードは尋常ではない。受け止めようとするも、カレンもろともそれは盤外へ。カレンは転げ、"それ"――即ち気絶した忍は、カレンがクッションになったお陰で幾分か衝撃が緩和され、地面に軟着陸した。

 

【挿絵表示】

 

 

 

《Turn White》

 

「シノ!!!」

 

 起きあがったカレンは忍のもとへ駆け寄り、抱き上げた。斬り傷や擦り傷はあるものの、決定的な重傷は負っていない。カレンは安堵するとともに、忍を抱き上げたまま、盤上へ上った。

 

「カレンちゃん! 忍ちゃんは!?」

 

 穂乃花が言う。

 

「大丈夫デス。気絶してるだけで、ちゃんと心臓は動いてマス」

「よ、良かったぁ~」

 

「…………」

 

 アリスは放心状態のまま、動かない。

 

「……このまま、まっすぐ動けばいいんデスね」

 

 カレンは、忍を抱えたまま、真っすぐ前進した。

 

 Dの――1。

 

 カレンは、右にある巨大な石像に向かって、こう言った。

 

「――チェック・メイト」

 

 RD1――#。

 

 黒のキングは、頭頂部にある王冠を脱ぎ、カレンの足元に投げ出した。

 

 それは紛れもない、大宮忍がミネルバ・マクゴナガルに勝利した証明でもあった。

 

 

 

 ――ゲーム・セット。

 

 

 

[167]

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 扉が開き、三人は扉をくぐった。

 

 ――そう、三人。

 

 忍はもはやここからの戦いに参加するのは不可能であった。アリス達は気絶した忍を扉の横の壁にもたれ掛けさせて、そのまま、次の部屋へと向かったのであった。

 

「……アリス」

「何も言わないで」

「…………」

 

 アリスの目は殆ど死んでいた。だが、それでも尚進むのは、命を賭してまで自分達を勝利へと導いてくれた、忍の為。

 

 

 ――全ては、シノの為に。

 

 

 

 大宮忍――気絶。

 

 




[168]

「ブルルルルルルルルルルウウウウウァァァァァァァァァ!!!!!」

 次なる部屋に待ち構えていたのは、山の様な巨体、金鎚のような棍棒を持った生物――第五の関門は、クィリナス・クィレルが調教した、知性ある最強最悪の激昂の化身・醜悪なるトロールである!!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。