※告知事項※
・何かあれば書きます。
【第45話】
フラメルと賢者の石
[140]
――ニコラス・フラメル。
悠久の時を生きる偉大なる錬金術氏。アルバス・ダンブルドアとの共同研究により、彼は永遠を作り上げた。それは"賢者の石"と呼ばれ、かつてフラメルが作り上げていた"命の水"を固形化することにより、永久の保存を実現したものである。
[141]
「それは本当ですか穂乃花ちゃん!?」
「間違いないよ! カレンちゃんだって見たんだから!」
「私の目に狂いは無いデス!」
「うーん、イマイチ信じられないというか何というか……」
テストが終了した次の日。苦難を乗り越えた生徒たちを祝福するかのような快晴。陽の光が眩しい。
――湖の畔。
忍とアリスは穂乃花、カレンから昨日見たものの報告を受けていた。
「その話が本当なら、これは非常にマズいですね……賢者の石が狙われている、と」
「クィレル先生が……ちょっと信じ辛いなあ」
「本当だよ! 確かにこの目で見たんだよ!」
穂乃花が言う。
「あの顔は、絶対邪悪ななんかに魅入られた顔デシタ!!」
カレンが言う。
「……私怨ではありませんが、怪しいのはどちらかと言えばスネイプ先生の方と思うのですが……」
忍が言う。
「うーん……私もそう思う。だってあんなにシノを虐めるんだから、スネイプ先生の方がやりそうと思うけど……」
アリスが言う。
「本当デスよ! 信用してないデスね……」
「いえ、他ならぬ穂乃花ちゃんとカレンの言うこと――多少驚きましたが、信じていますよ。……でも、何で先生がそんな事を企んでるのでしょうか?」
「ハグリッドの話が本当なら、賢者の石は何人かの先生によって守られている……突破は容易い、かも」
「「「「…………」」」」
黙り込む四人。四人の重い空気とは対照的に湖のヌシである大イカは呑気に日向ぼっこをしている。
「……大イカって食べたらどんな味なんデショウかね」
「さあね……」
「「…………」」
空気が重い。
なまじ真実を知ってしまっているが故に彼女たちは危機感を覚えざるを得なくなっている。世の中、知らない方が良いこともあるのだと四人は思った。
「……事は一刻を争うかもしれません。先生に報告しましょう」
忍は立ち上がり言った。
「信じてくれるかな?」
「大丈夫でしょう」
「っていうか、これ多分ホグワーツのトップシークレットデスよね? どう言い訳しまショウ」
「その時はその時です。今は兎に角警告を――校長先生に言えば良いんでしょうか?」
「そうだね。ダンブルドア校長……校長……」
「……あの人かあ」
「あの人に言って大丈夫なんデスかねー」
「……多少ボケていらっしゃるようですが、まあ校長先生ですし……一応、まあ」
イマイチ乗り気でない四人。しかしそうは言ってもこれはホグワーツそのものに関わりかねない事。校長であるダンブルドアに報告するのは当然の事と言える。仕方ない。
四人は城内へ戻り、校長室へ向かった。その道中、玄関ホールでのこと。
「そこの四人、こんなところで何をしているのですか?」
「「「「!!」」」」
突然ホールの向こうから声。ミネルバ・マクゴナガルである。
「ヤバいデスヤバいデスヤバいデス!! 鬼が! 鬼が来マシタ!」
「落ち着いてカレンちゃん! マクゴナガル先生は厳しいけど鬼じゃないよ!」
「聞こえてますよそこの二人!!」
「ひいっ!!」
「す、すみませんー!」
鬼めいた地獄耳。やはり鬼なのでは、とカレンは思った。
「……マクゴナガル先生、私達ダンブルドア校長にお目にかかりたいのですが」
忍が言う。マクゴナガル先生を前に凄まじいメンタルである。アリスは感嘆した。
「ダンブルドアにお目にかかる? ……理由は?」
「それは言えません。秘密です」
「秘密?」
「内緒という意味デス」
「知ってますからお黙りなさいミス・クジョウ!!」
「スミマセンー!!」
自業自得以外の何物でもないのであった。
「……私はホグワーツの副校長です。その私にも言えないような用事と?」
「申し訳ありませんが、その通りです」
「…………」
忍は毅然とした態度を崩さない。マクゴナガルに引けを取らぬその姿は、まさに金髪同盟盟主に相応しい勇姿であった。マクゴナガルのお気に入りという立場を最大限に利用している。
だが、それは長くは続かなかった。マクゴナガルが発したその言葉によって、彼女たちの危機感は、さらに煽られることとなる。
「……ダンブルドア先生は、十分前にお出掛けになりました――魔法省から緊急のフクロウ便が来て、すぐにロンドンへと飛び発たれました」
「「「「っ!!?」」」」
ダンブルドアの不在――それは、賢者の石最大の危機を意味していた。
[142]
「校長先生がいらっしゃらないのですか!? この肝心な時に!!」
思わずアリスは叫んだ。マクゴナガルは怪訝そうな顔をする。
「ミス・カータレット。ダンブルドア先生は偉大な魔法使いですから、大変ご多忙でいらっしゃる――」
「それはそうかもデスが、こっちも重大な事なんデス!!」
「ミス・クジョウ、魔法省の件より貴女の要件の方が重要だというのですか? それがどんな内容かは知りませんが、とにかく今は――」
「"賢者の石"の件なんです!!」
「っ!!?」
穂乃花が遂にそれを口に出した。実際、こうでもしない限り警告も何もあったものではない。穂乃花の判断は正しいと言える。
突然現れた単語"賢者の石"。それはホグワーツにおけるトップシークレット。マクゴナガルは動揺を隠せず、驚いた顔をする。
「ど、どうしてそれを……!? 貴女たち、いったいどこで――」
「マクゴナガル先生、私達は賢者の石の危機を知らせに来ました。誰かが"石"を盗もうとしています。誰かは分かりませんが、兎に角知っているんです!」
「っ――ダンブルドア先生は、明日お帰りになります。貴女たちがどうして"石"の事を知ったかは分かりませんが、ご安心なさい。磐石の護りですから、誰も盗む事は出来ません」
「でも先生――!!」
「マツバラ。二度同じ事は言いません」
「っ……」
マクゴナガルはぴしゃりと言った。穂乃花はそれ以上何も言えなかった。
「これ以上の追求はお止めなさい。これは貴女たちが関わってはならないものです――ほら、四人とも外へ行きなさい。折角の良い天気ですよ」
そう言うと、マクゴナガルは去って行った。
「「「「…………」」」」
四人はその場から暫く動けなかった。
ダンブルドアが不在――。
「……よろしくないですよ、これは」
忍が呟いた。三人はそれに、頷く。
[143]
――夜。雲一つ無かった晴天はどこへやら、太陽がその身を地平線の彼方へと隠し、月が姿を現した瞬間、天は雲に覆われた。不吉な闇色の雲。
グリフィンドール寮・部屋1。
「そ、そんな事が……!」
若葉は口元を抑えた。
自分たちの部屋へと戻った忍たち。同じくルームメイトである小橋若葉に先程の出来事を話していた。
「……賢者の石が盗まれるなら今夜だよね」
穂乃花が言う。
「うん、私もそう思う……ダンブルドア校長が居ない今日は絶好の機会だもん。もしかしたら今頃……」
アリスが言う。
「じゃ、じゃあ食い止めませんと!! もしも盗まれてしまえば一巻の終わりですわ!!」
若葉が言う。
「食い止めると言っても、一体どうやって……幾らこの件を知っているとはいえ、私達はまだ魔法も満足に使えません。熟練の魔法使いと戦って勝てる見込みは……」
忍が言う。
「っ……どうしようも無いんデショウか……? 結局防げずバッドエンド……?」
カレンが言う。
五人を絶望が取り囲む。
賢者の石は永遠の命を付与する禁忌の石。どのような目的で、どちらが盗もうとしているのか、彼女たちの知るところではない。だが、ロクな事にならないであろう事は容易に想像がつく。
「「「「「…………」」」」」
黙り込む五人。
沈黙が部屋を支配する。
「…………こんな所で諦めていいのかな」
穂乃花は呟いた。
「いや、私たちが関わっちゃ駄目なことっていうのは分かってるんだけど……でも、今これを知ってるのは私たちだけだよね? だったら……」
「とは仰りますが……」
「先生たちに言っても信じてくれないだろうし……校長先生は居ないし……あの二人のどっちがどういう風に使うのかは知らないけれど、でも、知ってるからには、放っておけないよ」
「……それは確かに同感です――ですが、行くとしてもある程度対策は整えておかないといけません」
忍が言う。
「今から出来ることは少ないですが――しかし、やれるだけのことはやりましょう。まだ夜と言っても、深夜と言えるような時間になるまではまだ時間があります。その間に……」
「……え? 何? シノ行くの? 何か行く雰囲気になってるんだけど」
「アリス、行かないんデスか?」
「いや、シノが行くなら行かないわけないけど……何かこう……違和感みたいなのが」
「違和感?」
「うーん……まあいいや、今考えてもよく分かんないし」
「?」
作戦会議開始。
「さて、あの部屋に入るに当たって、まずトラップの対策を考えましょう」
忍がアリスの髪に埋もれながら言う。集中力が上がるらしい。
「まず確定していることは、最初の守りは"フラッフィー"という三つの頭を持った犬だということです。そしてそいつは音楽を聴くと眠ってしまう……」
「その辺りが打開策になりそうだね」
忍の下でアリスが言う。
「はい……穂乃花ちゃん、そのフラッフィーとやらと遭遇したんですよね。何か気付いたことはありますか?」
「うう、あんまり思い出したくないなぁ……確か、足が鎖に繋がれてたと思う。で、あの怪物の下に小さな扉が……」
穂乃花が言う。
「扉ですか……」
「そこからさらに奥がありそうですわね」
若葉が言う。
「そう言えばハグリッドが、他の先生も石を守ってるって言ってマシタね」
カレンが言う。
「そうですね。そのフラッフィーをクリア出来ても、問題はその次からです……」
「私たち、その内容も何も知らないからぶっつけ本番になるよね」
「はい。……そう考えると、テストって良心的なんですね」
「だからと言って勉強する気にはなりマセンがねー」
「同感ですわ」
「二人とも今回のテスト大丈夫だったの……?」
閑話休題。
「私たちが使える呪文って、どんなのあったっけ? 発光呪文、解錠呪文、太陽光呪文……」
「アリス、ルーマス・ソレム使えるんデスか!? 凄いデス!」
「真面目にやったら出来るよ……あと、浮遊呪文と永炎呪文、消火呪文とか」
「補助的な魔法しかありませんわね……」
「補助と言っても意外と役に立つものだよ、ワカバ」
「ええ。こういう探検じみた事をする時は特に」
「シノ、使えるの?」
「変身呪文と解錠呪文なら!」
「うん、だよね」
忍の変身呪文に対する情熱は半端ではない。だが、普通の呪文に関しては……お察しである。
「じゃあ次は誰が守ってるのかを考えない? そこからヒントが掴めるかも」
「ホノカ、ナイスアイディアデス!」
「カ、カレンちゃんに褒められるなんて……っ!! もう今夜死んでもいいですありがとう!!」
「命賭けてマスねホノカ」
穂乃花は、片膝を床に着き、顔の前で腕を組んだ。最初の方とはカレンに対する意識は違うものの、何だかんだこういう形(主従関係)に落ち着いたのだ。
「今夜死んでもいいかどうかは別として、確かにそれは良いアイデアですね――そうですね……私が思うに、各寮の先生は少なくとも守護メンバーに入ってると思うのです」
忍が言う。
「マクゴナガル先生、フリットウィック先生、スプラウト先生……で、スネイプ先生」
「スプラウト先生は植物を使った罠を張ってきそうですわ!」
「スネイプ先生は、何となく面倒臭いことをして来そうなイメージがありマス」
「フリットウィック先生とマクゴナガル先生は想像も付かないよ……特にフリットウィック先生。フリットウィック先生はバリエーションがあり過ぎるから」
「マクゴナガル先生は、頭を使うことを要求してきそうですね」
「後は……ダンブルドア先生とクィレル先生とかかな?」
アリスが言う。
「クィレル先生は、何かな? 授業も統一性がある訳じゃ無いし……分かんないな」
「ダンブルドア先生? 本当に仕掛けてるんデスかね……」
「仕掛けているとしたら、多分最後だね」
「石を直接守る魔法を掛けているに違いありませんわ!」
「いえ、ここは裏を突いてフラッフィーの次がいきなりダンブルドア校長という線も!」
守人を推測して、そこから対策を考える――とは言え、何人か想像も付かない先生が居るため、殆ど意味は無かった。が、用心にはなるだろう。
「では、次は何を持っていくかです」
忍は言う。
「まず透明マントは当然だよね――ちゃんと二つある?」
「はい、勿論あります」
忍はローブのポケットから二枚の折り畳まれた布を取り出した。透明マントである。
「夜の行進、必須アイテムだね」
「これに五人入るのはキツそうデスね……」
「はい。ですので、一枚につき二人ということになりますね私はアリスと、穂乃花ちゃんはカレンと」
有無を言わせず二人組を決めた忍。自分の欲望に忠実なのであった。
「……あれ? 私は?」
若葉が言う。
「私はどちらに入れば?」
「若葉ちゃんには、とても重要な役割を任せたいと思います」
「重要な?」
「はい。……私たちがここを出て行ったあと、果たしてここで何があるか分かりません。留守にする訳ですから――なので、若葉ちゃんにはこの部屋の警備をお願いしたいのです。言ってしまえば、お留守番です」
「な、成る程……確かにお留守番する人も必要ですわね! とても重要なことですわ!」
「引き受けてくれますか?」
「勿論ですわ!! 喜んで!!」
若葉は目を輝かせて言った。留守番に目を輝かせる人など、どこにいるのであろうか。まあ、その辺りは彼女の生い立ちとかそういう諸々が原因となっているが、それは今説明する事ではない。
「若葉ちゃんは話術に長けていますからね。仮に誰か来ても、私たちが居ないことは誤魔化せるでしょう、きっと」
「無理難題を吹っかけるね忍ちゃん……」
「他に持っていくものといえば……もう無いんじゃ?」
「無いデスね……アリス、あの石持って行ったらどうデスか?」
「何言ってるのカレン!? 幾らあんな何に使えばよく分からないような石って言っても、あれにはシノのイギリスでの思い出が一杯詰まってるんだよ!? それを持って行くだなんてとんでもないよ!!」
「…………」
クリスマスに貰ったあの石。あれは忍が嘗てアリスにあげた物であり、ただイギリス原産というだけのその辺の石である。
「……じゃあ、取り敢えずこのテニスボールを持って行くよ」
穂乃花は言う。クリスマスに貰った、別に思い出も何もないテニスボール。
「何かに使えるかもだし」
「カツラも持って行きマスか?」
「それはいらないと思う」
忍は壁に掛かってある時計を見た。時刻は既に深夜と呼べる時間となっている。
「……では、そろそろ行きますか」
忍が言う。
「……本当に行くんだね」
アリスが言う。
「ホグワーツを救えるのは私たちだけ――凄くカッコいいデス! ヒーローみたいデス!」
カレンが言う。
「カレンちゃんはいつだって私のヒロインだけどね!」
穂乃花が言う。
「皆さん、私は応援することしか出来ませんが――どうか、お気を付けて」
若葉が言う。
「ええ、必ず全員で帰りますよ――」
忍は透明マントを広げた。そして、宣言する。
「――金髪同盟、セカンドミッションの始まりです!! きん!」
「ぱつ!」
「きん!」
「パツ!」
「キン!」
「「「「「ぱつ!」」」」」
[144]
――賢者の石。
ニコラス・フラメルとアルバス・パーシバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドアの共同研究の末に生まれた奇跡の石。既にフラメルが開発していた"命の水"をダンブルドアの知識を使い固形化、"命"というものの結晶化に成功したのだ。
その内部には魂のような光が揺らぎ、内側から石を照らし、その所為で石は常に橙色に輝いている。その光は"生命の業火"と呼ばれ、使用した者に生命力を与えるという。
はい、三連続投稿二話目!!(しろめ)
いよいよ次回でカウントがゼロになります。そんな訳で予告を。
エピソード1、10/4(日)12:00より、毎日連続投稿。お楽しみに。