ゴールデン*ラビットガールズ!   作:ルヴァンシュ

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 いよいよ、メインストーリーが少し進展します。割と短めです。


※告知事項※

・何かあれば書きます。


キープ・アウト・ルーム・アウェイク

【第34話】

 

 

キープ・アウト・ルーム・アウェイク

 

 

[162]

 

 ――本塔四階、右側の廊下に決して立ち入ってはならない。そこには恐るべき魔法と死が待ち構えているであろう――

 

 

[163]

 

「遅くなっちゃったな―……」

 

 城の中を走る穂乃花。走りながら一人呟く。

 

「もう門限過ぎちゃってるよ~……素直に送ってもらえばよかったかな」

 

 以下、クィディッチ練習終了後の回想。

 

「はぁ……はぁ……ふっ……はははは……」

 

 二時間に及ぶ練習を終え、芝生に突っ伏した穂乃花とウッド。ウッドが狂ったかのように笑う。

 

「あのクィディッチ・カップ……ふはははは……今年……今年こそは僕達の寮の名前が入るぞぉ……ははははははは!!!!」

「……はぁ……はぁ……」

 

 穂乃花は疲れて相槌も打てない。狂笑するウッドを横目で見る。

 

「ははは……君……君はチャーリーより上手くなるかもしれないな……」

「はぁ……はぁ……たまに出てくるそのチャーリーって、誰ですか?」

「チャーリーを知らないのかい!?」

「はい!?」

 

 ウッドが飛び起きた。その挙動はバネめいていた。

 

「双子のウィーズリーと知り合いらしいから、とっくに知ってると思ってたんだが――チャーリーはあいつらの兄貴で、去年までグリフィンドールチームのキャプテンだったんだ」

「そんな人いたんですか……」

「チャーリーも君と同じくシーカーでね――凄く上手かったんだ」

 

 ウッドが懐かしむように言う。

 

「……あの人も、ドラゴンを追っかける仕事を始めなかったら、今頃はイギリスのナショナル・チームでプレイしてたろうに」

「ド、ドラゴン?」

「ああ。ドラゴン――ま、チャーリーについての話なら、双子の方が詳しいだろうから、あいつらに聞いてみなよ」

「はい」

 

 ――ドラゴンって……。

 

 その後もしばらく(一時間ほど)会話を続けていたが、二人とも疲れが取れてきたので、解散となった。

 

「それじゃあそろそろ俺は帰る――マクゴナガルに色々報告しなきゃだしな――待っててくれるなら、送ってこうか? どうせ同じ寮だし」

「いえ、大丈夫です。一人で帰れます」

「そうか? ……ま、それならそれで。じゃあ、俺は行くよ――迷うなよー!」

「お疲れさまでした~!」

 

 ウッドは駆け足で去って行った。

 

「……さて、帰ろう」

 

 回想終了。

 

 そんなわけで穂乃花は走っているのだった。あっちへ走り、こっちへ走り。

 あっちへ走りこっちへ走り――。

 

 …………。

 

「あれ? ……ここどこ?」

 

 さっきまでの出来事を回想している間に何が起こったのだろうか、それは誰にもわからない。少し前にあった事だろうがなんだろうが、"思い出す"という行為をすると人間は意識が飛んでしまうものなのだ――一つの物事にしか集中することが出来ない。

 

 ――まあ、つまり、要は。

 

「……迷っちゃったの?」

 

 流石は期待のシーカー。フラグもきっちりと取りこぼさない。

 

 

 

[164]

 

「ここどこ〜!!」

 

 穂乃花が叫ぶ。しかし答える者は誰もいない。ただ声が虚しく響くだけ。

 ホグワーツの広大さは尋常ではなく、把握している者が誰もいないほど。

 

 穂乃花はとぼとぼと歩く。

 

「ここどこ〜……これじゃあ寮に帰れないよ……」

 

 立ち止まっていても仕方ないので、取り敢えず進む穂乃花。

 

 廊下は暗く、明かりがない。

 先がまるで見えない――この先に行き止まりでもあれば引き返せるのだが、行き止まりがあるような気配さえない。

 行き止まりがある気配どころか――。

 

「……この先に、なんかありそう」

 

 何かがあるような、得体の知れない気配――それは覚えていない悪夢のように、穂乃花に纏わり付いて不快感を与えてくる。

 

「……戻ろうかな」

 

 穂乃花は呟く――だが、歩みを止めない。

 

 人は好奇心の生き物である。己の好奇心を満たすためならまるで手段を選ぼうとしない。まるで正解を選ぼうとしない。

 穂乃花も同様である。この先に何があるのか、何が待ち構えているのか――悲しいかな、彼女はこの先にあるものの危険性をまるで分かっていない。

 

「ギニャーオ」

 

「でもここで引き返す訳には――!?」

 

 穂乃花は突然の鳴き声に足を止めた。猫だ。猫の声がする。

 

 ゆっくりと振り向く――そこにいたのは痩せこけた猫だった。出目金で、灰色の毛並み――ホグワーツ管理人・フィルチの忠臣にして愛猫、ミセス・ノリスである。

 

「…………」

「な、なんだ猫か……心臓が壊れるかと思ったよ〜……」

 

 穂乃花は力が抜けたのか、その場にへたり込んだ。

 

 ――だが、ミセス・ノリスの前で隙を見せてはならない。

 

 彼女はミセス・ノリスの凶悪性を知らない。そして飼い主である『アーガス・フィルチ』のことも――。

 

「二"ャャァァァァァァァーーーーーッッッ!!!!!」

 

「!!?!?」

 

 突然、ミセス・ノリスがけたたましい鳴き声を上げた。それは宛ら防犯ベルのようであり、廊下中どころか城中に響いたのではないかと思えるような音であった。

 

「ひ、ひっ――!!」

 

 穂乃花はすぐさま立ち上がると、全力で駆けた。嫌な予感がする。引き返せば、絶対にロクなことにならない!

 

「ニャャァァァァァオ」

 

 背後からまだ声がする。すると、ミセス・ノリスの声に混じり、何者かの足音のようなものが混じった。

 

 走りながら穂乃花は戦慄した。何で? 何でこんな目に遭わなければならないの? ただ迷っただけなのに!

 

 先程の楽しい気分から一気に最悪な気分に変わる――例えるなら、楽しくハイキングしていたのに、帰りになって突然豪雨が襲ってきたような感覚。

 穂乃花は走った。必死になって走った――足元に血の飛沫のようなものが落ちていたが、そんなものを気にする余裕は無かった。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ」

 

 息が切れつつも走る。箒を持ったままで走りにくいが、しかし立ち止まれば絶対に後悔する。

 

 ――後から考えれば、ある意味ここで立ち止まっておけば良かったのかもしれない。そうすればまだ彼女はあの場所に行き着くことは無かった――運命から逃れることが出来たかもしれなかったのだから。

 

 走る、走る、走る――だが、走り切った先にあったのは大きな扉。鍵は掛かっていない。

 

「――――っ!!」

 

 部屋があるということは隠れる場所が出来たということ。それと同時に、もう残された選択肢が一つしか無くなったということ。

 だが、明らかにこの部屋は雰囲気が違う――ただそこに居るだけで感じる禍々しい気配。そしてそれと同時に、ふいにダンブルドアの言葉を思い出した。

 

『とても痛い死に方をしたくない者は、今年いっぱい四階の右側の廊下には入らぬことじゃの』

 

「…………まさか」

 

 嫌な考えが頭をよぎる――その瞬間、

 

「袋の鼠という奴だな……え? くくく……」

「!!」

 

 ランタンの光と共に近付いて来る影。だんだんと大きくなってくる。フィルチが近付いているのだ。

 

「流石可愛いノリス……あとでたっぷりご褒美をあげるからね……」

「ニャアァ……」

 

「〜〜〜〜!!」

 

 猫撫で声で呟きながら近付いてくる。

 

 ――もう、一刻の猶予もない。

 

 穂乃花は意を決し、その部屋の中へと飛び込んだ。そして、音を立てないように閉め、扉に耳を当てて外の様子を伺う。

 

「…………」

 

 心臓の音が五月蝿い。カレンにメールアドレスを聞いたときのあの緊張には遠く及ばないが――。

 

「……ない……逃げ……か……」

「……ャー……」

 

「…………!」

 

 よく聞き取れないが、断片的に聞こえてきた情報によれば、どうやらフィルチはもう逃げられたと考えたらしい。その証拠に、少しずつ足音が遠ざかっていく。

 

「…………っはぁ〜〜……」

 

 力が抜け、扉を背にしてへたり込んだ。

 

「もう駄目かと思ったよ……」

 

 穂乃花は呟いた。

 

「……早くこっから出ないと……っていうか寮に帰らないと……」

 

 とは言うものの、クィディッチ、逃走、色々な要素が合わさって、まるで動けない。こんな状態で動いても、どうせすぐ見つかる――もうちょっとゆっくりしてから行こうかな。

 

 少し意識が遠のき掛ける――だが、そんな能天気なことを考えてられるのは、一時だけだった。

 

「「「……grrrrrr……rrr……」」」

「!?」

 

 穂乃花は一瞬で覚醒した。

 

 犬? 狼? ライオン? 何かの獣の声がする。しかも獰猛そうな。

 

 ――どこに――?

 

 そう思ったとき、目の前にドロドロとした液体のようなものが落ちた。

 

「ひっ!!?」

 

 白濁した液体――どこから降ってきた? 穂乃花は上を見た。

 

「「「GRRRRRrrrrrrrrrrrr……」」」

 

「――――」

 

 穂乃花の顔から血の気が引いた。

 

 そこに居たのは、血走った赤い目、黄色い牙を"それぞれの頭"に持った犬――部屋を覆い尽くすほど巨大な、三つの首を持つ犬のような怪物であった。

 

 

[165]

 た、たすけを――。

 助けを呼ばないと――フィ、フィルチさんでもなんでもいいから、助けてもらわないと――。

 

「――――」

 

 だ、駄目だ。声が出ない。あ、足も動かない。と、というか、体が動かない。

 

 ――何なの?

 ――何で?

 

 ――何でこんな目に遭うの――何でこんなのが学校にいるの!?

 

「「「グルルルルルルルル」」」

 

「わ――わ、わたし、お、おいしくないよ、ほ、ほんとだよ、お、お、おいしくないから、ね? ね、た、たべないで、おねがいします、おねがいし、します」

 

「「「グルルルルルルルルルル!」」」

「ひぃぃっ!!?」

 

 ――我ながらなんて下手な命乞い。そりゃ、こんな命乞い聞いたら誰でも怒るよね、そうだよね、そうだよね、って納得できないよ!!

 駄目だ、訳分からなすぎて訳分からないこと言ってる……こういうときこそ冷静に考えないといけないのに!

 

 でも、考えたところで、体が全く動かない! 意味ない! もう無理! 死ぬ!

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、た、たすけて、たすけて、たすけて、たすけて、たすけて、たべないで、たべないで、たすけて、たすけて、たすけて、たべないで、たすけて、たべないで、たすけて」

 

 もう私に出来ることは命乞いしか残されていないのでした。でも、聞き入れてくれるはずもなく、

 

「「「グルルルルァァァァアアアア!!!」」」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃぃぃ!!!! たべていいですたべていいですたべていいですたべていいですけどころさないでくださいいいぃぃ!!!」

 

 我ながら本当何言ってるの!? 食べられたら死ぬんだって!! 殺さないでくださいって……矛盾しすぎてるよ!!!

 

 あ、あ……。

 

 ギリギリまだ冷静な部分を使って怪物の足元を見る――と、鎖が見えた。

 どうやらこの怪物、鎖に繋がれているらしい――そりゃあこんなの鎖に繋いでなかったら城中暴れまわるよね、そうだよね!

 

「いやぁぁぁぁ!!!!」

 

 恐怖で立ち上がる――あれ!? か、体が動く! きょ、恐怖が一周回ってなんか動く! やばいよ! 自分で何考えてるのか全っ然分かんない!!

 ああもうなんかスカートの中が湿ってるような気がしてるけど――知らない! 涎の所為! あの犬(みたいな何か)の涎の所為だから! これ以上の追求は許さないから!!

 

「「「グルルルルァァァァァアアアアァッッッ!!!」」」

 

「いやぁぁぁぁああああぁぁぁ!!!!」

 

 私は箒を万力の如き力で握りしめると(主観)、箒に乗った!

 校内で箒に乗るのは禁止されてるけど――緊急事態だから仕方ないよね!

 

「「「グルルルルァァァァァアアアアAAAAaaaarrrrrrrrrrrraaaaaッッッ!!!!」」」

 

「さようならごめんなさいもうにどときませんすいませんでしたぁぁぁぁ!!!!」

 

 全力で地面を蹴り上げ、扉を押し開けて猛スピードで逃げた! 背後で扉がガチャンと音を立てて閉まった――同時に、あの怪物の声も聞こえなくなった。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ――」

 

 な、なんだあれ、なんだあれ、なんだあれ、なんだあれ、なんだあれ!!

 こわい、こわいこわいこわいこわいこわいこわいホグワーツ怖い!!

 

 ああ、もう一生分の恐怖を味わってるよ私……スピードを維持したまま、八階の『太ったレディ』の絵まで辿り着いた。幸い、誰にも見られなかったらしい。

 

 ……あそこが本塔4階っていうのが分かって良かった……人間万事塞翁が馬。

 

「まあ、いったい何処へ行ってたの?」

 

 レディが驚いたように聞く。

 

「な、なんでもないよ……ぶ、『豚の鼻』」

 

 肖像画がぱっと前に開いた。……ああ、怖かった……。

 

「ホノカ!!」

「!?」

 

 だ、談話室に入るとカレンちゃんが抱きついて来た! や、やった! なんかよく分からないけどやった! 神様仏様ありがとう私もう食べられてもいいよ!

 

「遅かったデス……心配してたんデスよ!」

「ご、ごめんね、カレンちゃん。ちょっと道に迷ってただけなの……」

「そうデスか? ホノカはドジっ子デスねー」

「あははは……」

 

 ああ……カレンちゃんを見ると安心する……カレンちゃん天使。

 

 カレンちゃんと一緒に回段を登る――いつも思うけど、カレンちゃんと一緒に眠れるなんて、夢のようだよ〜!

 あ、そうだ! さっきまでのは夢だったんだ! 悪い夢だったんだ! そう! そう思おう! あははは――

 

「……ホ、ホノカ? その背中、どうしたデス?」

「え?」

 

「ち、血が出てマスよ……?」

 

「……え?」

 

 え?

 

 え?

 

 え?

 

 ……背中を触る――ローブが破れている。中の服も破れている。そして――微かな痛みが走った。

 

「いたっ」

 

 慌てて触れた手を見る――そこには、確かに血がべっとりと付いていた。

 

 ――カレンちゃんの顔は蒼白だったけれど――私の顔は、どんなだったのだろう?

 

 夢じゃなかったと分かった私の顔――少しでも、血の気があったのだろうか?

 

 

 




 恐怖描写ってのは書いてて実に楽しいですね!

 それはどうでもいいですが、ようやく三頭犬がお出ましですね。そして、文庫版の賢者の石1巻分が終わりました。さあ、こっからは原作準拠ですよ!


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