ゴールデン*ラビットガールズ!   作:ルヴァンシュ

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 授業篇第8回、ラストエピソードです。授業篇らしからぬ長さなので、暇なときにでもどうぞ。


※告知事項※

・1万字以上。

・何かあれば書きます。


松原穂乃花と飛行訓練 その2

【第32話】

まじょとほうきとふしぎな玉

  -飛行訓練-

 

 

[154]

 

 ――飛行訓練。

 

 グリフィンドールとスリザリン合同の授業。教授は『マダム・フーチ』。主な受講場所は『校庭』。一年生だけが受講する教科で、毎週木曜日に実施される。

 飛行訓練はその名の通り、箒を用いた飛行を学ぶ教科。将来ほぼ必須となる箒での飛行を会得するためにも、必要な教科である。しかし、箒を用いて空を飛ぶのは難しい。最初から完璧に飛べる生徒は中々居ないだろう。だが、もしもその才があるならば――。

 

 

[155]

 

 飛行訓練はその日の午後3時半から行われた。グリフィンドールとスリザリンの一年生たちは、ホグワーツ校庭に集まった。

 広大なる校庭の一角、平坦な芝生の敷かれたエリア。そこには28本の箒が地面に整然と並べられていた。

 

 この箒の名は『流れ星(シューティングスター)』。1955年に『ユニバーサル箒株式会社』から発売された箒。最も安いが品質も悪く、年月が経つにつれ劣化していく。ユニバーサル箒株式会社は一昨年頃倒産し、ホグワーツにあるこの箒は、一昨年買い替えたとはいえ劣化が激しい。

 

「箒か……中々の形と独創性だ。私が居た世界には箒で空を飛ぶ技術は無かった……」

「どこの吸血鬼デスカ」

 

 箒を見ながら呟く翼。ポーカーフェイス気味な彼女、いまいち感情が表情から読み辛いが、結構興奮している。それに珍しくツッコむのはカレン。

 

「これは、もう触っても良いのか?」

「ツバサさん焦り過ぎデス」

 

 触りたくてうずうずしている翼。珍しい一面であった。

 

「……さん付け禁止」

「Oh !! じゃあ、ツバサで良いデスね」

「うん」

「じゃあ私はウイングって呼ぶー!」

 

 ラベンダーが言う。

 

「別に良いけど」

「イエーイ、ウイーング!」

「ウイングVさーん!!」

 

 真魚も登場。ファンが多い翼。

 

 一方こちらは。

 

「…………」

 

 薫子には、別にそういう事はない。

 

 そもそも薫子はまだ自分が漫画家であるということを公表していないし、単行本も出ていないので誰にも知られていない。

 一応、出版社に作品を出してはいるのだが……翼のようにはいかないのが現実である。

 

 因みに、翼、薫子、そして小夢、琉姫が魔法界に来たのは、実は残りの19人よりずっと早い段階であった。具体的には、ホグワーツの手紙が届く10ヶ月ほど前からである。

 始めの方は慣れるのに時間が掛かったが、慣れていくうちに漫画家活動をこちらでも始めて――まあ、その辺の話はおいおい。

 

 閑話休題。

 

 鐘が鳴った。

 

「よし、授業開始だ! 触っても良いよね!」

 

 ずっと疼いていた翼が動く。チャイムが鳴ると同時に、箒に触れた――。

 

「何をしているんです!!」

「!!」

 

 ――慌てて手を引っ込める翼。

 

 いきなり怒声をあげながら校庭に現れたのは女だった。白髪を短く切り、鷹のように黄色く鋭い目をした魔女。彼女こそ、飛行訓練教授でありクィディッチ審判『マダム・フーチ』である。

 

「勝手に箒に触れないでください!! 指示も無しに――次に指示を受けずに触れようとしたら、減点ですよ!!」

「は、はい! すみません」

 

 その様子を見て笑うスリザリン生(マルフォイ一派)。事あるごとに笑うその姿はまさしく笑い袋。

 

「私は飛行訓練を担当します、フーチです」

 

 はっきりとした声。厳格そうに見える。

 

「では、これより飛行訓練を始めます!」

 

 フーチが生徒を見回す。

 

「何をぼやぼやしているんですか!!」

 

 再び怒る。

 

「皆さん箒の側へ立って!! さあ、早く!!」

 

 急かしてくる。せっかちな性格のようだ。

 生徒は急いで箒の隣に立つ。非常にスピーディーである。

 

「右手を箒の上に突き出して!! ほら、急いで!!」

 

 急いで手を突き出す――何をそこまでに急ぐことがあるというのか。

 勿論それには理由がある――生徒がそれで納得出来るかどうかは不明だが。

 

 彼女――マダム・フーチは大のクィディッチ好きである。クィディッチという魔法のゲームに魅了され、その選手に魅了された。

 彼女は試合内容もそうだが、それ以上に選手がどのように飛んでいるかに重きを置いている。それはプロの選手に対しても同じだし、また、生徒に対しても同じだ。

 このクィディッチでは才能もまた重視される。フーチは早く見つけたいのだ。クィディッチ選手となるに相応しい才能を持つ者を――早く見たいのだ、そのプレイを。

 その為には、1秒さえも惜しい。1秒でも早く選手を見つけ、0コンマ1秒でも早くその才能を育て上げ、一瞬でも早くその選手のプレイを見たい――その一心、その一心だけなのだ。

 

 ……まあ、勿論そんなことをフーチが言うわけもなく、無駄に速い進行に不満を抱く生徒たちであった。

 

 閑話休題。

 

 フーチは掛け声をかけた。

 

「そして、『上がれ!』と言う!! はい!!」

 

『『『『『『『『上がれ!』』』』』』』』

 

 全員が叫んだ。

 

 しかしながら、この辺りでもう選別が始まっているのだろうか? 一発で箒が飛び上がって手の中に収まったのは、半分も居なかった(穂乃花、理世、翼、胡桃、美紀、ウェイン、マルフォイ、ザビニ、ダフネ、リー)。地面を転がっただけの者も居れば(例:若葉)、ピクリとも動かない者(例:ネビル)、勢い余って箒が額にぶつかった者(例:心愛)なんかも居た。

 

「うう……思ったより難しい……イメージと違う」

 

 心愛が呻く。勢い余って額にぶつかった者は他にも何人か居た。尚、全員グリフィンドール。

 

 次にフーチは、箒の端から滑り落ちないように箒に跨る方法を実演して見せ、生徒たちの列の間を回って箒の握り方を直したりした。因みに、どうもマルフォイの握り方は間違っていたらしく、指摘された。ゴイルとクラッブはそれを見て笑っていた。

 

 全員を見終えると、フーチが言った。

 

「では、いよいよ飛行に移ります! 私が笛を吹いたら地面を強く蹴ってください! 箒はぐらつかないように押さえ、2mくらい浮上して、それから少し前屈みになって す ぐ に 降りてきてください! 笛を吹いたらですよ!! フライングしたら減点しますからね!!」

 

 またもや減点宣告。しかし、スネイプに比べれば優しいものである。スネイプならば一々宣告する前にどんどん点数を削っていくだろう。因みに、ここまでまだ1点も減点されていない。スネイプならば(以下略)。

 

「では、行きますよ――1、2の――」

 

「う、うわああああああ!!?」

 

 フーチが笛を吹く――直前である。

 

 なんと、生徒の一人が笛を鳴らす前に地面を蹴ってしまったのだ! それは誰か? 何を隠そう、ネビル・ロングボトムである。緊張と怖気という2大要素に一人だけ地上に置いてけぼりを食らいたくないという気持ちが加わり、ついやってしまったのだ。

 

「こ、こら!! 戻って来なさい!! ミスター・ロングボトム!!」

 

 フーチが大声で呼ぶ――だが、ネビルは降りてこない。どころか、どんどん高度が上がっていく! 6m――10mにも到達! おお、なんということであろうか、ネビル自身にも、箒をコントロール出来ていないのだ!

 

「ネビル・ロングボトム!! 何処へ行くつもりなんです!!?」

「知らないよおおおおお!!!」

 

 箒はネビルを振り落とそうとするが如く左右に揺れる。当然、振り落とされまいとネビルは箒にしがみついている。その顔は真っ青だ。

 

「今すぐ戻ってらっしゃい!!!」

 

 フーチは叫ぶ――だから、それが出来れば苦労しない!

 

 箒の暴走は止まらない。箒は左右に揺れながら空中を蛇行運転し、急ブレーキを掛けたり急カーブを掛けたり急加速を掛けたり――乗り手に対する反逆、ここに極まれり。

 

 それでもなんとか掴むネビル――しかし、何事にも限界というものがある。

 箒は空中回転を始めた。天地無用。宛ら地球儀のように回転する――そして遂に。

 

「うわああああああああ!!?」

 

 ネビルに限界が来た。箒に弾き飛ばされ壁に激突、そのまま真っ逆さまに落ち、そして――。

 ガーン――ドサッ、ボキッという不吉過ぎる音を立てて、ネビルは草の上にうつ伏せになって墜落、箒は遥か彼方『禁じられた森』の方角へと消え去った。

 

「みんなどいて!!!」

 

 ネビルが墜落した場所へと走るフーチ。その顔はネビルに負けず劣らず蒼白である。

 呻き声を上げるネビル。

 

「どれ、見せて――なんとまあ、手首が折れてるわ」

 

 フーチは言った。

 

「起きなさい、ロングボトム」

 

 ネビルは呻きながらも、フーチの肩を借りてなんとか立ち上がった――あれだけの高度から落ちて手首が折れただけとは、凄まじい幸運である。

 高さが分かりにくい方は、大体3階建のビルの屋上から飛び降りたようなものと考えてくれれば良い。

 

「全員足を地面につけて待ってなさい!! この子を医務室に連れて行きます! その間、動いてはいけませんよ! もしも箒一本でも飛ばしたら、クィディッチの"ク"の字を言う前に、ホグワーツから出て行ってもらいますからね!!」

 

 フーチとネビルは城の中へと入って行った。

 

 2人がもう声の届かないところまで行った途端、マルフォイが大声で笑いだした。

 

「はっはっは!! あいつの顔を見たか!? あの大マヌケの!! はっはっは!! この思い出し玉を握れば、尻餅のつき方でも思い出すだろうになあ!! はっはっは!!」

「「…………」」

「笑えよ!!」

「「ははははは」」

「よし、それでいい」

 

 笑い、煽りながらマルフォイがその手に持つのは、なんとネビルの思い出し玉。ネビルが落としたものを、隙を突いて拾ったのだ。

 

「ちょっと、やめてよマルフォイ」

 

 パーバティが言う。

 

「はっはっは!!――ん? なんだい? へえ、ロングボトムの肩を持つのかい」

「パーバティったら、まさか貴女がチビデブの泣き虫小僧に気があるなんて知らなかったわ」

 

 パンジーが冷やかす。

 

「玉……」

 

 穂乃花が呟いた。

 

「おい」

 

 翼が動いた。

 

「いい加減にしなよマルフォイ――その思い出し玉を、私に渡せ」

「黙れ! 誰がやるものか! お前になんか僕は用が無いんだよ――はっはっは!! こいつはロングボトム自身に見つけさせることにしよう!!」

 

 そう言うや否や、マルフォイは箒に跨ると飛び上がった。見つかったら退学確定だというのに、なんとリスキーな行動であろうか。

 

「はっはっは!! 追ってこないのか!? この思い出し玉がどうなってもいいのか!? はっはっは、木の上に置こうか? それとも屋根の上か? はっはっは!!」

 

 煽りながら空高く飛び上がるマルフォイ。

 

「くっ、あいつ――!」

 

 翼は箒を掴もうと動いた。

 

 それを見て、穂乃花は呟く。

 

「玉が――!」

 

 

[156]

 

 

《side Draco》

 

 僕の作戦は完璧だ。間違いない。

 

 今日の朝あの女に負けたのは、あれだ、何かの間違いだ。きっとそうだ、そうに違い無い。このドラコ・マルフォイが、女なんかに遅れを取るわけがないんだ。

 

 あの女――オオミヤなら、きっとこの僕を追ってくるだろう。あいつは狂ってる。どこまでも僕の金髪を追ってくるんだ――だから、それを利用してやる。

 

 見た所オオミヤは空を飛ぶのは未経験のようだ――僕がオオミヤに負けたのは飽くまでも、あれが地上だったからだ。地に足がついた状態だと、あいつはニンジャみたいに素早く、気配を消して動くことが出来る。だからあいつに勝てないんだ。

 だけど空中ならどうだ? どう考えたって僕に利がある。僕は箒を自由自在に操れる――少なくともあいつよりはな――そんな僕が、どうやってあいつに負けるというんだ? はっはっは!! 逆に教えて欲しいね!!

 

 勝つのは僕だ!! あの特急での屈辱以来、ずっと復讐したかったぞオオミヤ――遂に、僕たちの戦いに終止符が打たれる訳だ!!

 

「ちょ――止めなよ――ダメ――退学になるわ――」

 

 お!? 声が聞こえるぞ! あいつらが低いところにいる所為でよく聞こえないが――これは、来たな!

 くくく、ここまで上手くいくと逆に恐ろしいよ……全く僕って奴は、天才だ!!

 

 箒に跨り、誰かがここまで上がってくる。

 はっはっは!! 来たな!! 遂に来たな!! はっはっは!!

 

「はっはっは!! 遂に来たな!! この時をずっと待っていた――今度こそ、お前を地獄に叩き込、誰だお前!!?」

 

《side END》

 

 

 マルフォイの顔が驚愕で固まる――何故だ? 確かに作戦は完璧だった! なのに、何故――!?

 

 マルフォイの双眼が見つめるその人物とは――茶髪で、右の方に小さな三つ編みを作った少女――即ち、松原穂乃花であった。

 

「玉を――思い出し玉を、返して!」

 

 空中でふらふらと危なかしげに揺れながら、穂乃花が叫ぶ。

 

「――――」

 

 言葉を失っているマルフォイ。相当驚いているのだろう。

 だが、すぐに調子を取り戻し、

 

「は、はっはっは!! やなこった! っていうか何でお前なんだよ!! オオミヤじゃねえのかよ!!」

「忍ちゃんは箒に乗ろうとしたけど、失敗したよ!」

「くっそ滅茶苦茶惜しかったんじゃねえか!!」

 

 悔しそうに吐き捨てるマルフォイ。

 

「兎に角、玉を返して!!」

「だから何でお前なんだよ!? オオミヤじゃないにしても、あの流れから行くとあいつだろうが!! あの、なんだっけ!? ほら、あの漫画家だよ!!」

「翼ちゃんなら箒に乗ろうとしたけど、でも私の方が早かったの!」

「マジでなんでお前なんだよ!!!」

 

 困惑したように叫ぶマルフォイ。

 

「何故って……そこに玉があるからだよ!! 玉があるところに私あり! 金髪同盟、松原穂乃花、見参!!」

「やっべ違うベクトルの狂人に目ェ付けられた」

 

 マルフォイの目には最早ハイライトが無い。死んだ魚のような目である。もしくは冷凍イカのような目と言おうか。

 

 ――松原穂乃花は玉キャラである。

 いきなり何を言うのか、玉キャラって何だよとか言われるかもしれないが、玉キャラは玉キャラなんだから仕方ない。玉キャラは玉キャラであって玉キャラ以上の何物でもなく玉キャラ以下の何物でもない。玉キャラと言ったら玉キャラなのだ。さあ、玉キャラという文字がゲシュタルト崩壊してきましたか?

 

 金髪同盟、松原穂乃花。彼女が好むのは金髪(カレン)と、球技。こと"玉"が関わることに関しては、普段の数倍の力を発揮する。玉乗りだって出来るのだ。

 穂乃花は一目見たときから、この思い出し玉に心を奪われていた。一目惚れである。それこそが彼女が動いた理由であり、それだけで彼女が動くのに十分な理由なのだ。玉の為ならなりふり構わぬその姿勢――まさしく玉キャラの鑑である。

 

 閑話休題。

 

 マルフォイは手に持った思い出し玉を握りしめる――こうなったら、もうヤケだ。

 ――やってやる。オオミヤじゃなかろうが何だろうが知ったことか。それに、こいつの言うことを信じるならば、こいつも金髪同盟とかいう狂った集団の一員。もしかしたら、こいつもオオミヤみたいに襲ってくるかもしれない。危険の種は、早めに排除しなければ――!

 そう咄嗟に判断した――が、その時。

 

「玉を返して!!」

 

 穂乃花がマルフォイに向かって槍めいて突進! 危ういところでマルフォイは一回転して躱す。再び向き直る。位置が逆転した。

 

「返してよ!」

「ちっ――はっはっは!! そうか! 返して欲しいか! なら――取れるもんなら取るがいい、ほら!!」

 

 マルフォイは叫ぶと、思い出し玉を城壁に向かって放り投げた! マルフォイ自身は稲妻のように地面に戻る!

 

「た、玉が――!!!」

「はっはっは!!」

 

 マルフォイが哄笑する――すると穂乃花は思い出し玉をサルベージするため、放り投げた思い出し玉に向かって全速力で突進した。

 彼女自身、無意識下の行動である。どうやって全力を出しているかもちゃんと分かってない。ただ、目の前を放物線を描きながら飛ぶガラス製の玉を壊したくないだけ――その一心だけであった。

 

 思い出し玉は止まらない。だが、穂乃花も止まらない。加速し続ける。あと少しで壁に激突してしまう。グリフィンドール塔の壁――近くに窓がある。もしもここで掴めなかったら、割れるのは玉だけでは済まないかもしれない。

 

 ――それでも、彼女は加速する。

 

 ギリギリまで加速する――あと少しで届く、だが、それと同じく窓にもあと少しで届いてしまう――!

 

 穂乃花は精一杯腕を伸ばす――届いた!!

 

 穂乃花は素早く空中の思い出し玉を手中におさめると、その場で即座に加速と勢いを殺し、急ブレーキを掛ける。勿論これも、無意識下の行動だ。

 そのまま穂乃花は地面へ無事着陸、手にはしっかりと思い出し玉が握り締められていた。

 

「嘘……だろ……」

 

 マルフォイが呻いた。

 

「流石穂乃花ちゃんです!」

「流石ですわ!」

「凄いよホノカ!」

「ホノカやるデス!」

「えへへ……」

 

 グリフィンドール全員(+真魚&メルジーナ)から拍手喝采を受ける穂乃花。照れているかのように、はにかむ。

 

「何でだよ……何で……」

 

「ドーラコ」

「ひぃぃぃっ!!?!?」

 

 背後を見ると、そこには大宮忍。

 

「あ――あ――」

「なんて悪いことをするんですか? 私はそんな風に貴方を育てた覚えはありませんよ?」

「――――」

 

「そうそう、そうだよね〜」

 

 箒から降りた穂乃花が、マルフォイの前方から迫る。

 

「あとちょっとでこんな綺麗な玉が割れちゃうところだったんだよ? どうしてくれるつもりだったのかな〜」

「――――」

 

 マルフォイは何も見ていない。恐怖で何も見えていない。

 

「これは少し」

「おしおきが」

「必要」

「みたいですね」

 

 迫り来る金髪同盟ツートップ。

 

「きん!」   「ぱつ!」

 「きん!」 「ぱつ!」

「きん!」 「ぱつ!」

「きん!」「ぱつ!」

「「きん! ぱつ!」」

 

 おお、なんと禍々しい掛け声か! 最早マルフォイにとってこの声は絶望の象徴。にじり寄り、這い寄ってくる狂人たち。

 

 2人の手がマルフォイの頭に掛かる――ああ、もうこれまでなのか。屈してしまうのか。

 

「ホノカ・マツバラ……!!」

「「!!」」

 

 城の方から声がした。心神喪失状態のマルフォイ以外が振り向く。

 城の中から走って来たのは、マダム・フーチではない。グリフィンドール寮監、ミネルバ・マクゴナガルだ。

 

 先程穂乃花が急ブレーキを掛けた場所を覚えているだろうか? そう、あそここそ、グリフィンドール塔最上階にあるマクゴナガルの研究室だったのだ。マクゴナガルの研究室の窓から、マクゴナガルは今しがた穂乃花が行なったことを見てしまったのだ。

 

「まさか――こんなことはホグワーツで一度も――」

 

 マクゴナガルは言う。

 

「よくもまあ、こんな大それたことを――ヘタをすれば首の骨を折ったかもしれないのに――」

 

 ショックで言葉が絶え絶えである。

 

「せ、先生! 穂乃花は悪くありません――」

「お黙りなさい、ミス・カツキ」

「でも、ドラコが――」

「くどいですよ、ミス・オオミヤ! マツバラ、さあ、一緒にいらっしゃい」

 

 唖然としたように、呆然としたように、茫然とした足取りで穂乃花はマクゴナガルについていった。

 

 それは宛ら、死刑宣告の様であった。

 

 

[157]

 

 ――やってしまった。

 

 マクゴナガルの後ろをただ淡々とついていきながら穂乃花は思う。

 

 ――こんなことになるなんて――自分を抑えるべきだった。なんであそこで我慢出来なかったのだろう? なんで、こんなことに。

 ――折角、忍ちゃんやアリスちゃん、若葉ちゃん、それに、カレンちゃんとも同じ部屋で過ごせるようになったのに――黄金の毎日が、金髪を見て過ごせる毎日が、続く筈だったのに。

 

 ――なんで――。

 

 取り留めもなく、ただひたすらに後悔し続ける。ただ、マクゴナガルについて来ただけ。周りの風景など目に入らない。いつの間にか呪文学教室の前に来ていたことなど、分かる由もない。

 

 マクゴナガルは扉をノックすると、扉を開け、中に首を突っ込んだ。

 そこでは今まさに呪文学の授業中であった。5年生だ。全員が振り向く。

 

「フリットウィック先生。申し訳ありませんが、暫く『ウッド』をお借り出来ませんか」

 

 マクゴナガルが言う。

 

「え? はい。構いませんよ」

「ウッド、来なさい」

 

 呪文学の教室から現れたのは、屈強な少年だった。突然呼び出され、何事かという顔をしていた。彼の名は『オリバー・ウッド』。

 

「2人とも、私についていらっしゃい」

 

 そう言うなりマクゴナガルはどんどん廊下を歩き出した。ウッドは珍しいものでもみるように穂乃花を見ている。当の穂乃花はうわの空。同行人が増えたことにも気付いていない。

 

「お入りなさい」

 

 マクゴナガルは人気のない教室を指し示した。中ではポルターガイストの『ピーブズ』が黒板に下品な言葉を書き殴っていた。

 

「これはこれは先生閣下、何かご用事で?」

 

 意地の悪そうな甲高い声でピーブズが言う。

 

「ええ、用事ですピーブズ。出て行きなさい」

「そこにいるのは……一年生ちゃんかい!? ヒューッ! かぁぁぁわいいねぇぇぇ!!」

「消えなさいロリコン」

「あ? 誰がロリコンだって!? このb」

 

「 出 て 行 き な さ い 、ピ ー ブ ズ ! ! ! 」

 

 禁句を吐きかけたところを一喝。ピーブズはチョークをゴミ箱に投げ(外れた。ノーコン)、捨て台詞を吐きながら出て行った。

 

 マクゴナガルは扉を閉めると、2人に向き直った。

 

「マツバラ。こちら、オリバー・ウッドです。ウッド、『シーカー』を見つけましたよ」

「えぇ!!?」

 

 少し曇っていたウッドの表情が一気に晴れ晴れとしたものに変わった。

 

「本当ですか!?」

「間違いありません」

 

 マクゴナガルはきっぱりと言う。

 

「この子は生まれつきそうなんです。あんなものを私は初めて見ました。マツバラ、初めてなんでしょう? 箒に乗ったのは」

 

 穂乃花は黙って頷いた。何が何だか分からないし、いつの間にか1人増えているが、退学処分だけは免れるのかも……?

 

 マクゴナガルはウッドに先程起こったことを説明している。

 

「この子は、今手に持っている玉をかすり傷ひとつ負わずにキャッチしたのです。15mもの空中で、投げられた玉を――投げられた?――壁際ギリギリでキャッチしたのです。追突もせず、急ブレーキを掛けて! 『チャーリー・ウィーズリー』だってそんなことは出来ませんでしたよ!」

 

 段々とマクゴナガルの口調が熱を帯びてくる。ウッドはそれを聞き、快晴の如き笑顔になると、即座に穂乃花の方を向いた。

 

「マツバラ!! 『クィディッチ』の試合を見たことあるかい!!?」

 

 興奮したようにウッドが言う。

 

「ウッドはグリフィンドール・チームのキャプテンです」

 

 マクゴナガルが説明する。それでも、何が何だか、分からない。

 

「あ、あの」

「体格もシーカーにピッタリだ!」

「ひゃあっ!!?!?」

 

 ウッドは穂乃花の周りを歩きつつボディチェックしつつ観察している。

 

「身軽だし……すばしっこいし……これは、相応しい箒を持たせないといけませんね? 先生。『ニンバス2000』とか、『クリーンスイープ7号』とかどうでしょう?」

「私からダンブルドア先生に話してみましょう。一年生の規則を曲げられるかどうかですが――まあ、曲げて見せましょう。是が非でも去年よりは強いチームにしなければなりませんからね。あの最終試合でスリザリンにペシャンコにされて、私はそれから何週間もセブルス・スネイプの顔をまともに見られませんでしたよ……」

「その件につきましては、申し訳ありませんでしたぁぁぁ!!」

 

 まるで話が見えてこない。何が何だかまだ分からない。グリフィンドール・チームのキャプテン? シーカー? はい?

 

「……あの、さっきから何の話をしているんですが?」

「ある意味、貴女の処罰についての話です」

 

 マクゴナガルが厳格な目つきになってマツバラを見た。だが、その目の奥に光る興奮をまるで隠せていない。

 

「貴女の先程の行為を見て、私は確信しました。貴女は最高のシーカーになれると」

「シーカー?」

「クィディッチ――魔法界のスポーツです。毎年このホグワーツでは、各寮から選ばれた選手で作り上げられたチームがこのクィディッチで優勝を競い合います。普段の点数制の寮対抗杯、あれのスポーツ版と思ってくれていいでしょう」

「……つまり、そのチームの1人に」

「そう、貴女を選抜します」

 

「!!」

 

 ようやく事態を把握した穂乃花。

 

「そ、そんな! 私なんかが――」

「いいえ、貴女だからですよ、ミス・マツバラ」

「私なんて……そんな……さっきのあれが出来たのは、殆ど無意識でしたし、代表なんてとても荷が――」

「無意識であれが出来た? ならばそれは才能以外の何だと言うのです? マツバラ」

「……才能」

「才能が無ければ、無意識下でもあのような行動はとれません。マツバラ、貴女は練習を積めば、最高のシーカーになれる素質を持っています! 私が言うのですから、間違いありません!」

 

 再び熱を帯び始めるマクゴナガル。

 

「そう、これは処罰です! ミス・マツバラ! グリフィンドール・チームに入りなさい! 貴女が居れば、私たちのチームはより強固なものとなるでしょう!!」

「…………!!」

「俺からも頼むよ、マツバラ!! 去年のような雪辱は、もう味わいたくないんだ!!」

「…………っ!!」

 

 穂乃花は2人の真剣な表情を見て、考える。

 

 ――本当に、私なんかが力になれるの?

 ――2人とも、ただ誤解しているだけなんじゃないのかな?

 ――もしそうだとしたら――

 

 ――…………。

 

 ――でも。

 

――「ホノカならやれるデス!」

 

 ――そうだ!!

 ――カレンちゃんが期待してくれている――他ならぬカレンちゃんが!! カレンちゃんの目に狂いなんてある訳ないんだ!!

 

 ――なんだ。だったら、私の取るべき行動は、たった1つじゃないか――。

 

 穂乃花は背筋を伸ばす。その目には、先程までのような迷いはもう無い。

 

「分かりました。どこまで力になれるか分かりませんが――なります! シーカーに!」

 

 オリバーとマクゴナガルは穂乃花の目を見た。そして、にっこりと微笑んだ。

 

「こちらこそ、よろしく。マツバラ」

「はい! よろしくお願いします!」

 

 オリバーと握手する。

 

「マツバラ、貴女が厳しい練習を積んでいるという報告を聞きたいものです――さもないと、処罰を変えるかもしれませんよ」

「ははは……」

「……期待していますよ」

「はい!」

 

 マクゴナガルが告げた。

 

 こうして、穂乃花の運命が幕を開けた。その玉めいた才能が切り拓くのは熾烈なる運命か、はたまた苛烈なる運命か、その結末は、まだ誰にも分からない。

 

「それで、誰がその玉を投げたんです?」

「あっ、それは――」

 

 ドラコの死刑宣告もまた、意外と近い。

 

 




 っしゃあ授業篇終わったァ!!(天文学から目を逸らしながら)

 それはそれとして、はい、こっからは今までのテンションに戻るとともに、更新頻度がどっと下がる可能性が高いでしょう。
 そして、ようやくこのPart.1、いよいよストーリーが本格的に動き出します。穂乃花たちの運命や如何に!? どうぞお楽しみに。

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