美月転生。~お兄様からは逃げられない~ 作:カボチャ自動販売機
七月。
三学期制を採用している国立魔法大学付属の各高校は、定期試験が終わると一気に、夏の九校対抗戦準備に雪崩れ込む。
ここ第一高校でも、例外ではない。
「達也」
「レオ……どうしたんだ、皆揃って」
達也が指導室を出ると、レオとエリカが待ちくたびれた様子で達也の元へやってくる。
深雪は九校戦の準備で忙しいようで、どうしても先に生徒会室へ行かなければならない、という事情で、ここにはいなかったが、二人の後ろには、ほのかと雫まで心配そうな顔を並べて立っていた。
二科生でありながら風紀委員に選ばれ、美月の起こした新入部員勧誘週間での『剣術部壊滅事件』(実際には壊滅どころが桐原一人を沈めただけなのだが、噂が一人歩きしている)の影に隠れてはいるが、数々の武勇伝を残しており、その抜擢が伊達でなかったことを示した達也は、全校的な有名人になった。
その達也を囲うようにして、十人が十人とも認めるだろう陽性の美少女であるエリカ、そのエリカにこそボロカスに貶められてはいるが、ゲルマン的な彫りの深い顔立ちと卓越した運動神経で、女子生徒の間では「ちょっと気になる男の子」の地位を確立しているレオ、それに加えて、容姿も十分美少女と評される範囲で一年一科生の中でも特に成績優秀な二人である、ほのかと雫。
これだけのメンバーが、一科、二科の枠を超えて
指導室は教職員用フロアにあり、生徒が使う教室は同じ棟の同じ階にはないが生徒が全く通らないという訳でもなく、通りかかった同級生も上級生も、こっそり、あるいはジロジロ、あるいはさり気なく、見て行くのは仕方のないことであった。
これでも今は、主席入学、今年度新入生総代、生徒会役員の肩書に加えて、稀代の美少女である深雪がいない為か、視線の纏わり付き具合がいつもに比べて、まだ、大人しい方なのである。
とはいえ、そんなものを気にしている様な人間はこの場にはいない(慣れてしまったとも言えるが)。
至って自然に、レオは達也の言葉に答えた。
「どうした、ってのはこっちのセリフだぜ。指導室に呼ばれるなんて、一体どうしたんだよ?柴田さんの方はともかく達也まで」
どうやらこの友人たちは、自分を心配して集まってくれたらしい、達也はそう理解すると同時にレオの『美月はともかく』という言葉に苦笑いを漏らした。残念なことに美月はあまり関わりがなかったレオにさえ既にそういうキャラを確立してしまった様だった。
「美月は知らんが、俺は実技試験のことで尋問を受けていた」
「……尋問とは穏やかじゃねえな。何を訊かれたんだ?」
「要約すると、手を抜いているんじゃないか、って疑われていたようだな」
「何それ? そんなことしたって、達也くんには何のメリットも無いじゃない。バッカみたい」
点数を上げる為の不正ならともかく、わざと悪い点数を取ることに何の意味もない。そもそも疑う前提からしておかしいのだが、今回ばかりはそうとも言えないのが、達也の成績であった。
「でも、先生がそう思いたくなる気持ちも、分かる気がする」
「それだけ達也さんの成績が、衝撃的だったということですよ」
第一高校の、というより魔法科高校の定期試験は魔法理論の記述式テストと魔法の実技テストにより行われる。
語学や数学、科学、社会学等の一般教科は、普段の提出課題によって評価される。
魔法師を育成する為の高等教育機関なのだから、魔法以外で生徒を競わせるのは余計なことだ、と考えられているのだ。
記述式テストが行われる魔法理論は、必修である基礎魔法学と魔法工学、選択科目の魔法幾何学・魔法言語学・魔法薬学・魔法構造学の内から二科目、魔法史学・魔法系統学の内から一科目、合計五科目。
魔法実技は処理能力――魔法式を構築する速度――を見るもの、キャパシティ――構築し得る魔法式の規模――を見るもの、干渉力――魔法式がエイドスを書き換える強さ――を見るもの、この三つを合わせた総合的な魔法力を見るものの四種類。
成績優秀者は、学内ネットで氏名を公表され,一年生の成績も、無論、公表済みだ。
理論・実技を合算した総合点による上位者は、順当な結果となった。
一位は深雪、二位が愛梨、三位がほのか。雫は五位。
氏名公表の対象となる上位二十名、全て一科生であり実技のみの点数でも、総合順位から多少順位の変動が見られるが、やはりランクインしているのは一科生のみだった。
しかし、これが理論のみの点数になると、大番狂わせの様相を呈してしまう。
一位、司波達也。二位、司波深雪。三位、吉田幹比古。四位が愛梨、五位がほのか、八位に雫、十七位にエリカ、レオと美月はランク外。
確かに一科生と二科生の区分けには実技の成績が大きな比重を占めているが、普通は実技が出来なければ理論も十分理解出来ないものだ。
感覚的に分からなければ、理論的にも理解できない概念が多数存在するからである。
にも関わらず、トップスリーの内、二人が二科生。
これだけでも前代未聞なのだが、更に達也の場合、平均点で――合計点ではなく――二位以下を十点以上引き離した、ダントツの一位だったのだ。
これでは教師陣が達也が手を抜いているのではないか、と疑っても仕方のないことだろう。
「達也さんが手抜きなんて、するわけないのに!」
「でも先生はあたしたちみたいに、達也くんの人となりを直接知ってるって訳じゃないしね。普通に考えたら、いくら理論と実技は別だといっても、限度があるもの」
「そうだな。向こうは端末越しにしか俺たちのことを知らない訳だし……」
ヒートアップしていく三人に、苦笑い気味に達也が割り込む。
「手抜きじゃないことは理解はしてもらえたよ。その代わり、転校を勧められたが」
「転校!?」
血相を変えて叫んだのはほのかだったが、他の三人も似たような顔をしていた。魔法科高校において転校などということは早々あるものではなく、それこそ数年に一人でも珍しいくらいなのである。驚くのも無理はないことだった。
「勿論断ったよ。第四高校は九校の中でも特に魔法工学に力を入れているから、俺には向いているんじゃないか、と言われたが、俺には一高を離れる気はないからね」
ホッと胸を撫で下ろしたほのかだったが、憤慨を顕にするレオとエリカに顔をひきつらせる。
普段、喧嘩――という名の恒例行事――の多い二人ではあるが、その実、思考回路は同じようなものなのではないか、とほのかは薄々気が付き始めていた。
「……実技が苦手だから、実技が出来なくても良い学校に行けってのは、学校として自己否定じゃねえのか?成績が悪くてついて行けない、ってんならまだしも、達也は実技でも合格点はクリアしてるじゃねえか」
「目障りなんでしょ。下手すりゃ、センセイたちより達也くんの方が魔法について良く知ってるから」
「少し落ち着けよ、二人とも」
放っておくと何処までも燃え上がってしまいそうな勢いの二人。達也が消火活動に入ろうとしたその時――
「あれ?皆して何してるの?」
――そんな空気を全く気にした様子もなく、美月はケロッとした顔で輪に乱入してきた。
達也が入っていたのとは別の指導室から出てきたのである。
「……もしかしてだけど、ぼく微妙なタイミングで出てきちゃった?」
珍しく気まずそうに美月が様子を伺えば、もう二人の怒りはどこかへ行ってしまったのか、先程までの空気はすっかり霧散していた。
「いや、これ以上ないくらいのタイミングだったぞ」
「そ、そう?えへへ」
珍しく達也から素直に褒められて照れている美月にエリカはため息を漏らす。
「はぁ……それで、あんたは何だったのよ?」
「それが酷いんだ。今日の三限目、遅刻しちゃったんだけど、その時先生に校内を迷子になってて遅れましたって言ったら呼びだされた……」
「は?もう七月よ!?そりゃ教師だって疑うわよ!」
七月、それも、もう定期試験も終わり、後は夏休みを待つばかり、というこの時期に、未だ校内で迷子になる、なんていうことは、到底信じられる話ではない。
美月がえげつないレベルの方向音痴であることを知っているエリカはそれが本当のことだと分かるが、教師にはそれが分かるはずもない。嘘だと思われるのは仕方がないだろう。
「あ、ううん、疑われてたわけじゃないんだよ、ぼく常習犯だから」
「ドヤ顔止めなさい!って、じゃあなんで呼び出されたのよ」
昼休み、愛梨やエィミが一緒にいる時は良いのだが、二人はあまり過保護なのも良くないだろうと、移動教室の際、美月を一人で行動させたりするのだが、まず時間にたどり着けない。魔法科高校は、テロ対策として、校内の構造が複雑になっているということもあり、美月には迷路のようなものなのだ。
「……カウンセリング受けさせられた……こんなに迷うのは、精神的病なんじゃないかって疑われたらしい……」
「ぶっ、あははは!何それ!バカみたい!」
「な!そんなに笑わなくたって良いじゃない!ぼく結構困ってるのに!」
お腹を抱えて笑うエリカに、珍しく頬を赤く染めてぶすっとしてしまう美月。
「ごめんごめん、だって迷子でカウンセリングさせられるなんて面白すぎるでしょ」
涙すら浮かべて笑っていたエリカが、お腹痛いなんて言いながら謝ってきても、誠意は全く感じられない。実際、エリカは謝った後も笑い続けていた。
「それで、カウンセリングの結果はどうだったんだ?」
「……どうもなかったよ。遥ちゃんとお茶して終わった。ただありえないくらいの方向音痴なだけだって、笑われたけど」
未だ、頬を膨らませている美月に、達也が訊ねるとむすっとした態度はそのままに、答えた。
どうやら、エリカにぶすっとした態度を取ったのは、既にカウンセラーの小野遥から、同じように笑われていたからだったらしい。
「そ、そういえば、もうすぐ九校戦だね!深雪がぼやいていたよ、作業車とか工具とかユニフォームとか、準備する物が多いって!深雪も出場するのに、大変だよね!」
美月を可哀想に思ったのか、露骨に話題を変えたが、雫の目が輝き、話題は九校戦へと移された。
「今年は三高に一条の御曹司が入ったらしいから、いくら一高でも油断は出来ない」
「へぇ……一条って、十師族の一条だろ」
「そりゃ、強敵かも。それにしても雫、随分詳しいのね?」
エリカの問いかけに答えたのはほのかだった。
「雫はモノリス・コードのフリークなのよ。だから九校戦も毎回見に行ってるのよね?」
「……うん、まあ」
モノリス・コードという競技は、全日本選手権と魔法科大学の国際親善試合以外では、九校戦でしか行われておらず、モノリス・コードのフリークであるならば、九校戦を毎年チェックしているだろう。
雫は、ほのかの問いにやや照れながらも頷く。
「ぼくも去年は観戦したよ!……途中までだけど」
「そういえば、行ってたな。知り合いの応援だと言っていたが、今思えばあれは会長達だったのか」
「うん。と、言っても摩利さんと知り合ったのは会場でだから、応援自体は真由美さんの応援に行ったんだけど。真由美さんと摩利さん、アイドルみたいだったよ、ファンが気合い入ってて」
当時、目の前で見たファンの姿を思い出し、若干遠い目の美月。まさか九校戦でサイリウムの川を見ることになるとは思っていなかったのだから仕方がない。
「あの二人は近年の人気選手だから。特に熱狂的なファンが多いんだよ」
「まあ、あの二人ならファンが出来るのも分かるけどね。ぼくも二人を見て一高に入学しようって決めた様なものだし」
「あんたの家からなら一高が一番近いわよね?達也くん達と同じ中学校だったんでしょ?」
美月の何気ない言葉に反応したのはエリカだった。美月を家まで送ったことのある(正確には送らさせられた)エリカは、美月の家を把握しており、通学には全く不便がなく、むしろ生徒の中では近い方であることを知っていた。故に、美月が一高を受験することは極自然のことであり、九校戦を見て決めた、という言葉に違和感を感じたのである。
「うん、でもぼくは元々魔法科高校に進学するつもりは無くて、九校戦を観戦して魔法科高校を受験することにしたから」
「あ、美月の家は一般家庭だったわね。そういう人珍しいからすっかり忘れちゃってたわ」
エリカは自身がガチガチの魔法師家系であり、周囲の生徒も皆、少なからず魔法に関わりを持つ家の者であることが多く、魔法科高校以外の高校、という選択肢を完全に失念していた。
未だ、魔法師を危険視、あるいは差別する者も存在する中、一般家庭で育った人間が魔法師となることは珍しかった。そもそも教育にお金のかかる魔法師は、ある程度の財力がなければ目指すことさえ難しいからだ。
「九校戦は、魔法競技を目にすることができる数少ない舞台だからな。それを見て魔法師の道へ進む者も少なくないだろう」
「今年は見る側じゃなくて、参加する側ですから、今から色々考えちゃいます」
「今年はスポンサーも力を入れているって話だし、いつも以上に盛り上がるんじゃないかしら」
九校戦は魔法大学付属高校間の、謂わば身内の交流試合ではあるが、テレビ中継される程の人気を誇り、その影響力は大きい。その人気にあやかろうとする企業も多く、九校戦には大手のスポンサーも付いていた。
「今年は、オープニングセレモニーでアイドルを呼んだり、宣伝ポスターのデザインに、有名イラストレーターを起用したりしているらしいよ」
雫の情報に、びくりっ!と美月の肩が大きく跳ねたが、それに気がついたものはいなかった。
「だからってわけじゃないけど、なんだか今年はいつもの九校戦通りにはいかない気がする……」
毎年九校戦を観戦しているからなのか、直感的に感じた雫の予感が的中していたことが分かるのは、それから数日後のことだった。
――波乱の九校戦への秒読みは、もう始まっていた。
――その後の美月さん――
(´・ω・` )ゴメンヨ 愛梨「ごめんなさい、やっぱり移動教室で美月を一人にするのは駄目だったわね」
(。>д<)美月「止めて、謝らないで!逆にツラいから!」
(〃^ー^〃)エイミィ「まずは近いところから始めよう!今日はすぐ近くの教室だし大丈夫だよ!」
(*≧∀≦*)ヨーシ 美月「そうだね!じゃあ二人とも行ってくるね!」
美月は迷子になった。
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明日も0時に投稿します。