美月転生。~お兄様からは逃げられない~ 作:カボチャ自動販売機
「……今、どういう状況だ」
それは、剣道部と剣術部の諍いに対しての発言だったが、口にしてから、しゃがみ込むエリカと、それを覗き込もうとする美月の攻防を見て、それに対しても、お前らもどういう状況なんだ、と疑問が湧いてきた。
「……達也くん、遅いわよ!どうしてくれるのよ!」
未だ、しゃがみ込んだまま、顔の上半分を上げて、達也に文句を言うエリカの顔は赤く、若干涙目で、これは本当に何かあったのか、といよいよ首を傾げることになった。
とはいえ、今は風紀委員としてこの騒動が
「美月、お前も来い。風紀委員だろ」
「わっ、ちょっと!」
「えっ!あたしも!?」
美月の手を掴むと、顰蹙を買いながら人混みを掻き分けて、なんとか中が見える所まで移動する。
すると、そこにいたのは対峙する男女の剣士だった。
女の方は、ついさっきまで試合に出ていた女子生徒。胴はまだつけているが、面は取っている。セミロングストレートの黒髪が印象的な、なかなかの美少女だ。あの技にこのルックス、この美少女に憧れて、剣道部に入る、なんて新入生がいてもおかしくはないだろう。
「わぁ、正統派剣道美少女って感じの人だね」
「……何、鼻の下伸ばしてるのよ」
美月に引っ張られて、一緒にやって来たエリカが、ボソッとそんなことを言うと、美月が目を輝かせてエリカに絡んでいく。
「あれー?妬いてるの?可愛いー!」
「や、妬いてないわ!勘違いすんな、バカ!」
顔を赤くしたエリカを、美月がからかう、という構図に目を丸くする達也。
一体何があったらこの短時間でこうなるというのか。
頭を抱えそうになるが、どうもそんな暇はないらしい。
口論の末、男女の剣士が試合を始める様だったからだ。
「心配するなよ、壬生。剣道部のデモだ、魔法は使わないでおいてやるよ」
「剣技だけであたしに敵うと思っているの? 魔法に頼り切りの剣術部の桐原君が、ただ剣技のみに磨きをかける剣道部の、このあたしに」
「大きく出たな、壬生。だったら見せてやるよ。身体能力の限界を超えた次元で競い合う、剣術の剣技をな!」
女子生徒の方には、防具をつけていない相手へ打ち込むことに対する躊躇もあっただろう。
先に動き出したのは、男子生徒。
いきなりむき出しの頭部目掛けて、竹刀を振り下ろしたのだ。
竹刀と竹刀が激しく打ち鳴らされ、二拍ほど遅れて悲鳴が生じた。
竹と竹が打ち鳴らされる音、時折金属的な響きすら帯びる音響の暴威。
二人が交える剣撃の激しさは、既にこの体育館の雰囲気を殺伐としたものに塗り替え、観客は声を出すことさえ出来ずに、その試合を固唾を呑んで見守る。
「……女子の剣道とはここまでのものだったのか」
女子生徒の剣捌きに、思わず感嘆の吐息を達也が漏らせば、なんとか調子を取り戻したらしいエリカが驚いた様に補足の説明をくわえる。
「一昨年の中等部剣道大会女子部の全国二位で、当時は美少女剣士とか剣道小町とか随分騒がれてたけど……私の知っている壬生紗耶香とは、まるで、別人。たった二年でこんなに腕を上げるなんて……」
壬生紗耶香、というらしい女子生徒は千葉の娘であるエリカをも驚嘆させる程の実力者のようだった。
実際、エリカによると、相手の男子生徒――名前は桐原武明――は一昨年の関東剣術大会中等部のチャンピオンであり、正真正銘の実力者。
その、桐原を相手にして互角以上の試合を繰り広げているのだから。
「……面白そうじゃない」
鍔迫り合いで一旦動きの止まった両者が、同時に相手を突き放し、後方に跳んで間合いを取ったタイミングで、戦闘狂の気があるのか、どこか好戦的な気配を放ちながらエリカが呟く。
「どっちが勝つかな……ぼくは、壬生先輩が勝つに一票だけど」
そんなエリカとは裏腹に、純粋に勝負の行く末が気になるのか、そんな呟きを漏らす。
「俺もそう思う。現状、明らかに壬生先輩が有利だろう」
美月の呟きを拾って、達也が答える。
「なんで?」
「平手の勝負でも、竹刀捌きの技術だけなら壬生先輩に分があるだろうに、桐原先輩は面を打つのを避けている。最初の一撃は受けられることを見越したブラフだろうな。魔法を使わないという制約を負った上で、更に手を制限して勝てるほど、実力に差は無い」
「女の子に手加減するのは、男として当然でしょ。むしろ女の子相手にガチとか、ドン引きだわー」
達也はガチでやるタイプだよね、と美月にジトッとした目を向けられ、状況による、と曖昧な答えを返す達也。
実際、中学生の時、美月との勝負に全力を尽くした過去がある。否定は出来ない。
「おおぉぉぉぉ!」
そんな、美月達の会話が聞こえているわけもないが、会話が途切れたタイミングで、この立ち合い初めての雄叫びを上げて、桐原が突進した。――両者、真っ向からの打ち下ろし。
「まあ、そうなるか」
桐原の竹刀は紗耶香の左上腕を捉え、紗耶香の竹刀は桐原の右肩に食い込んでいる。
桐原は真剣なら致命傷。対して沙耶香の方は行動不能に陥る程ではない。
明確なルールの決まった試合ではなかったが、勝者がどちらなのかは、誰から見ても明らかだった。
「くっ!」
左手一本で紗耶香の竹刀を跳ね上げ、桐原は大きく後方に跳ぶ。
「……真剣なら致命傷よ。あたしの方は骨に届いていない。素直に負けを認めなさい」
凛とした表情で勝利を宣言する紗耶香。
その紗耶香の指摘が正しいことを、感情が否定しようとしても、剣士としての意識が認めてしまっていることに、桐原は顔を歪める。
「は、ははは……」
そして、突如、桐原が虚ろな笑い声を漏らす。
瞬間、達也の中で、危機感の水位が急上昇した。
離れて見ていた達也でさえ感じたのだ。対峙を続ける紗耶香は、それ以上の脅威を肌で感じ取ったのだろう。
改めて構え直し、切っ先を真っ直ぐに向け、桐原を鋭く見据えている。
「真剣なら?俺の身体は、斬れてないぜ?壬生、お前、真剣勝負が望みか?
だったら……お望み通り、『真剣』で相手をしてやるよ!」
桐原が、竹刀から離れた右手で、左手首の上を押さえた。
見物人の間から悲鳴が上がり、青ざめた顔で膝をつく者さえいる。それも無理はないだろう。
ガラスを引っ掻いたような不快な騒音。
それが、
魔法。
竹刀を、『真剣』に、人の命を奪うことの出来る武器へと変える魔法。
振動系・近接戦闘用魔法『高周波ブレード』。
一足跳びで間合いを詰め、左手一本で竹刀を振り下ろす桐原。
片手の打ち込みに、速さはあっても最前の力強さはない。女の紗耶香でも、受けることは出来ただろう。
が、沙耶香はその一撃を受けようとせず、大きく後方へ跳び退った。
その竹刀を受けることは出来ないから。
紗耶香の胴に、細い痕が走っている。
桐原の竹刀が、かすめていたのだ。それだけで、固い胴に痕が走ったのである。
沙耶香の頬を冷たい汗が伝う。
その様子に、追撃をかけようと、再び竹刀を振り下ろす桐原。
が――
「
その眼前に、美月が割り込んだ。
――それだけで、桐原の意識は闇の中へと落ちていった。
静まり返る体育館。
「……何か文句がある奴は出てくると良いよ。――今ここでこいつみたいになる覚悟があるならね」
飛び出そうとしてた剣術部の部員達が、まるでその場に縫い付けられたかのように動けなくなり――
「――こちら第二小体育館。逮捕者一名、気絶していますので、担架をお願いします」
――達也の淡々とした報告だけが、静まり返った体育館で、やけに大きく響いた。
――そのころの四葉家――
バタバタ ヾ(≧∇≦)〃チラッ 真夜「ここのところ問題が多くて困るわね!当主としての仕事が多くて!」チラッ
ブツブツ(。_。) 水波「……ここの仕事はキャンセル……、いえ、これは平行して出来る……今月はこの三件の仕事は確実にやってもらうとして……残りの六件は達也様と相談して決めるのが良いですね……」
バタバタ ヾ(≧∇≦)〃チラッチラッ 真夜「ああ、忙しいわ!」チラッ
( ̄。 ̄ )ボソ...水波「……うざ」
Σ( ̄ロ ̄lll)真夜「水波ちゃん!?今、うざって言わなかった!?」
( ・∇・)葉山「例の反魔法師運動の件、ブランシュが第一高校にも手を伸ばしている様ですが」
ヾ(。 >﹏<。)ノ真夜「うう、使い用があると思って残しておいたけど、腹いせに潰してやるわ!葉山さん、すぐに手配してちょうだい!」
( ・∇・)葉山「かしこまりました」
こうしてブランシュは、静かに処理されたという。
◆
はい、本編でのブランシュの件は全カットです。
後々本編でも少しは触れるとは思いますが、ブランシュに活躍はないです。
あんな殺伐とした雰囲気、書けないからね!