美月転生。~お兄様からは逃げられない~   作:カボチャ自動販売機

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第五十四話 美月とエリカ

――すまないが、しばらく美月を頼む。決して目を離さず、手でも繋いでいてくれ

 

「エリカ、どうかしたの?」

 

頭を抱えて、しゃがみ込んだエリカを、美月は心配そうに覗き込んだ。

 

 

「なんでもないわよ……」

 

 

何やら立て込んでいるらしい達也からの返事に、美月のお守りをすることが決定してしまったエリカは、『自由に、気ままに、何の約束にも縛られず』、なんてモットーはどこへ行ってしまったんだ、と遠い目。

面白半分で一時的に達也との連絡を絶ってしまったことを絶賛後悔中であった。

 

 

「あ、そういえば、エリカはクラブを見て回ってたんだよね?さっきは囲まれて逃げてきちゃったし、ゆっくり見て回りたいなら協力するよ?ぼく、一人で見回りしてても詰まらないし」

 

 

さて、達也くんが来るまで、この問題児をどうしてくれようかと、考えていると美月から提案があった。

エリカとしては、正直もう二人きりで美月といたら身が持たなそうだ、とさえ思っているのだが、美月の人懐っこい笑みを見てしまうと、どうにも断ることが出来ない。

達也くんにも頼まれちゃってるし、と誰に言い訳をしているのか、頭の中で自己完結すると、エリカは美月の提案に乗ることにした。

 

 

「一緒に回るのは良いけど、協力、ってどうするのよ?」

 

 

エリカの疑問に美月は、どこか演技めいた、わざとらしい動作で両手を広げる。

 

 

「問題です。ぼくは風紀委員なわけですが……さて、何が使い放題でしょうか?」

 

 

エリカが呆れた顔で答えに辿り着くまで、一秒とかかることはなかった。

 

 

 

 

 

「うわ……本当にさっきの騒ぎが嘘のように誰も勧誘に来ないわね」

 

「ふふん、ぼくを褒めたまえ」

 

 

胸を張ってドヤ顔をした美月に、エリカは、はいはいすごいすごい、と適当に返すが、美月は満足気である。

とりあえず、構ってもらえれば満足なようだ。

 

 

「これ、どうやってんのよ?まさかまた魔法じゃないなんて言わないでしょうね」

 

「さっき魔法使うよ、って言ったじゃん。ぼく一人ならともかく、エリカまで、となると流石に無理だよ」

 

「一人なら魔法なしでも出来るのね……」

 

 

相変わらず、校庭一杯、校舎と校舎の間の通路まで埋め尽くしたテントに、勧誘の声やら、クラブ紹介の声やらで賑やかではあるが、先程まであれほど群がってきていた勧誘は一切なく、楽は楽なのだが、これも魔法ではない、なんて言い出したらどうしようかと考えていたのだが、その危惧は半分正解、と言ったところだった。

 

 

「これ、隠密系の魔法なんだけど、周囲から見えなくなってるとか、認識されなくなってるとかじゃなくて、あくまで意識を逸らしているだけだから、あんまり大声とか出しちゃうと効果無くなっちゃうから」

 

「あんたって、忍者かなんか目指しちゃってる娘?あの武術とか、今の魔法とかさ」

 

「忍者にだけは死んでもならない」

 

「そ、そう?」

 

 

エリカの軽口に、予想外に真面目な顔で否定する美月。余程、忍者というものに良い思い出がないのかもしれない。

 

 

 

そんな二人が隠密の魔法のおかげで、労せず辿り着いたのは、第二小体育館、通称『闘技場』。ここでは、剣道部の演武が行われており、『剣』の家に生まれたエリカは勿論、『剣』のCADを持つ美月としても興味がある。

二人の行き先がここに決まるのも自然なことではあった。

 

 

「魔法科高校なのに、剣道部があるなんて意外よね」

 

「そう?剣道部って無い方が珍しいくらいじゃない?」

 

 

美月の何気ない返しに、じとっとした目を向けるエリカ。えっえっ?と困惑している美月にため息を吐くと、説明を始める。

 

 

「魔法師やそれを目指す者が高校生レベルで剣道をやることはほとんどないのよ。

魔法師が使うのは『剣道』じゃなくて『剣術』、術式を併用した剣技だから。小学生くらいまでなら剣技の基本を身につける為に剣道をやる子も多いけど、中学生で将来魔法師になろうって子たちは、ほとんど剣術に流れちゃうの」

 

「へー」

 

「へーって、武道経験者なら大抵知ってるようなことなんだけど?」

 

「ぼくそんなどっぷり武道に浸かってたわけでもないし、元々、護身用に習っていた感じだからね、全然知らなかった」

 

「護身用って……」

 

 

あのレベルの武術をただの()()()と言い切る美月に、もはや呆れを通り越して悟りの域にあるエリカはスルーという手段を持ってして対処した。

美月の扱いが分かってきたようである。

 

 

「不満そうだね」

 

 

レギュラーによる模範試合は中々の迫力だった。

中でも目に止まったのは女子部二年生の演武だ――決して美月が女好きだから目に止まったというわけではない――。

エリカとほとんど同程度の体格でありながら、二回り以上大きな男子生徒の打撃を力ではなく、流麗な技で受け流し、互角以上に打ち合っている姿は、華があって、美月でなくても目に止まることだろう。

実際、観衆もほとんどが彼女の技に目を奪われていたのだから。

 

が、エリカは違った。

彼女が、殺陣のように(・・・・・・)鮮やかな一本を決めて、一礼するのと同時に不満げに、鼻を鳴らす音が美月のすぐ傍で聞こえたのだ。

 

 

「まあね。つまらないでしょ、こんなの。手の内の分かっている格下相手に、見映えを意識した立ち回りで予定通りの一本なんて。試合じゃなくて殺陣よ」

 

この試合は、クラブを宣伝するためのデモンストレーション。それで当然だということは、頭では分かっているのだが、納得できるかというと、それは別の話なのだ。

 

 

「おお、流石はエリカ!剣のことには厳しいね」

 

「……あたしが、あの(・・)千葉の娘だって知ってたんだ」

 

 

エリカのことは魔法界でもそれほど広くは知られていない。それを看破されている、となれば警戒の一つもするだろう。

が、その警戒が、美月のきょとんとした表情と共に放たれた一言によって、驚きへと一変する。

 

 

 

「え、何それ?ぼくはエリカが、ぼくの会った中では断トツで最強の剣士だから言っただけだけど」

 

「なっ!?」

 

 

最強の剣士。

自分がそれだとは、欠片も思ったことはないが、自分が才ある人間だとは自覚している。

美月の会った中では、というのなら、まあ、そういうこともあるのだろう、という程度には剣の道を極めているのだ。

 

が、エリカは美月の前で、剣を振るったことはない。

増して、千葉の名の意味を知らなかったというのなら、それをどうやって見極めたというのか。

 

 

「言ったでしょ、ぼくは目が良い(・・・・)からね」

 

 

驚いた様子のエリカに、美月はドヤ顔で言うが、それはもう目が良い(・・・・)というレベルではない。

 

 

 

「だから――エリカが寂しそうな顔をしていたら、すぐに分かるんだなー」

 

「……そんな顔してないわよ」

 

 

そして、美月の言葉に、エリカが凍りつく。

まるで、自分の全てを見透かされたような、無遠慮に心の深いところに踏み込まれたような、そんな気がして、エリカはつい、強がってしまう。

 

 

「強がらなくてもいいのに」

 

 

――そんな心情さえ、看破されてしまって、エリカはもう黙り込むしかなかった。

 

 

「良いんだよ、甘えても。ぼくはいつでもウェルカムさ」

 

 

 

エリカは、四六時中一緒にいる、いつも連れ立って行動する、ということが出来ないのは、人間関係に執着が薄いからだと、分析していた。

でも、それは本当は違う、ということもまた、知っていた。

 

 

本当は、不安なのだ。

 

 

愛想が良いように見えて、内心では、人との距離感を測りかねている。

だからずっと一緒にいるということが出来ない。相手が自分をどう思っているのか、どうして欲しいのか、それがわからないから。

 

 

これは、出来る限り人との接触を絶っていた幼少期の弊害なのだろう。

愛される、ということを、ほとんど知らずに育った、弊害。

人に甘えることなど、出来るような家庭環境ではなかった。

 

千葉の名に恥じぬように、自分の生まれを背負えるように――『千葉エリカ』という仮面を付ける。

 

『千葉エリカ』――明るくて、愛想が良く、誰とでもすぐに仲良く出来る、少しお調子者な少女。

でも本当は、人見知りで、一人が好きで、出来るなら放っておいて欲しいとさえ思う内気な少女だ。

 

 

「……甘えたりしないわよ」

 

「んふふ、そういうツンデレなところも可愛いよ」

 

「ツンデレじゃないわ!」

 

 

エリカの軽快なツッコミ。

『千葉エリカ』ならきっとこうするから。

 

 

 

「なら――ぼくには本当のエリカ、見せてほしいな」

 

 

真っ直ぐに、目を見て言う美月。

それがまるで、本当に自分のことを想ってくれているような気がして、本当の自分を見てくれているような気がして――

 

 

 

「こ、こっち見んな!」

 

 

 

――真っ赤になった顔を見られないように、その場にしゃがみ込んで顔を隠した。

熱い。今までにないくらい、本当に顔から火が出ているのではないか、というくらいだ。

今、こんな顔を見られたら、きっとどうにかなってしまう。

 

 

 

「剣術部の順番まで、まだ一時間以上あるわよ、桐原君!どうしてそれまで待てないの!?」

 

 

顔を隠そうとするエリカと、それを見ようとする美月。二人の攻防の背で、そんな大声が聞こえて、二人は思わず振り返った。

 

 

そして、目が合う二人。

 

 

「……何よ」

 

「いや、可愛いなって」

 

「や、やっぱりこっち見んな!」

 

 

 

やっと赤みが落ち着いてきたところに、また紅がさして、エリカは言うだけ言って、また元の姿勢に戻ってしまった。

それに美月は、心底可愛いものを見た、というように、悶えていて、体育館全体が殺伐とした雰囲気に包まれる中、この二人の空間だけが、別の、どこか桃色のものを漂わせていた。

 

当然、隠密の魔法など、疾うの昔に効果を無くしていたのだった。

 

 

 

 

 





――いつかの美月と九重八雲――


(^ー^)八雲「そうだ美月君、面白い術を教えてあげよう」

( ☆∀☆)美月「術!?どんなの!?」

( ・∇・)八雲「相手の力を利用して、相手を意のままに操る術さ。この書にまとめられているから、まずはこれを読んでみると良いよ」

Ψ( ̄∇ ̄)Ψ美月「わーい、ありがとう!……ふむふむ、力の流れを自身の力でねじ曲げ……」





(-。-;)八雲「(ふぅ、これでしばらく大人しくなるだろう。いやー、達也君に頼まれて預かったものの、言うこと聞かないし、ドロップキックしてくるし、困ったよ。こんな本読んだくらいで、出来るようになるわけないけど、僕も休憩したいからね)」

(*^ー^)ノ♪美月「よーし、大体分かった!先生!ちょっと実験台になって!」

(^_^;)八雲「良いけど、そんなすぐ出来るようには……ってあれ!?僕回ってる!?」


ヾ(@゜▽゜@)ノ美月「あははは!楽しいー!」


こうして美月は、また一つ、技を覚えたのであった。

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