美月転生。~お兄様からは逃げられない~ 作:カボチャ自動販売機
午後の授業が終わって、大層ダルそうに風紀委員会本部へ向かおうとしていた達也を呼び止めたのは、偶々視界に入ったから。
なんとなく、呼び止めてみただけ。
「達也くん、クラブ決めてないんだったら、一緒に回らない?」
「エリカか……珍しいな、一人か?」
「珍しいかな? 自分で思うに、あんまり、待ち合わせとかして動くタイプじゃないんだけどね」
明るい栗色のショートカットで、深雪とはまた違う陽性の美少女であるエリカだ。
達也にしてみれば、出会ってそう長くないとはいえ、周囲に人がいない、という状況が珍しく感じられたのかもしれない。
「未亜は何か用事があるみたいで、授業終わってすぐに、どこかに行っちゃったから、面白そうなトコないか、ブラブラ回ってみるつもりなんだけど」
「レオも、もう決めていると言ってたな」
「山岳部でしょ? 似合いすぎだっての」
「まあ……確かに似合ってるな」
「うちの山岳部は登山よりサバイバルの方に力を入れてるんだって。もう何て言うか、はまりすぎ」
エリカは、何処と無くつまらなさそうに悪態をついており、達也はそれに肩をすくめる。
「とういうわけで、達也くん、どう?」
本人に言えばむきになって否定されるのは明らかなのだが、断ってしまうには少し、寂しそうな表情をしている。
別に断固として断る理由はなく、そもそもこれだけの美少女からの誘いを断れる男はそうそういないだろう。
「実は、早速、風紀委員会でこき使われることになってな。あちこちブラブラするのは結果的に同じなんだろうけど、見回りで巡回しなきゃいけないんだよ。それでも良ければ、一緒に回るけど?」
「うーん……ま、いっか」
エリカはさぞ不本意そうに、勿体ぶって答える。
が、その割には笑みを浮かべており、その不本意そうな仕草は、ポーズでしかない、ということが達也には丸分かりだったのだが、それを口にしない程度には達也にもデリカシーがあった。
美月相手なら、何の遠慮もなく口にしていたのだが。
「じゃ、1-Eの教室に集合ね」
「ああ、長引くようならまた連絡するよ」
集合場所と時間を決めて、二人は別れ、それから数十分。
約束の時間を僅かに過ぎた現在、エリカは教室にはいなかった。
校庭一杯、校舎と校舎の間の通路まで埋め尽くしたテントは、さながら縁日の露天。
そこら中のテントからの勧誘の声が混じり合い、目がチカチカしそうなくらい色々なものが乱雑に並べられている。
「お祭り騒ぎね、文字通り……」
エリカは達也との約束を一方的にないものとして、ゆったりと校庭を歩いていた。
その校庭のあまりの賑わいを見て、ぼそりと独り言を呟く。
そしてそんな自分に気付いて、独り笑いの衝動に呑まれそうになるが、ぐっと堪える。
エリカは元々、独り言が多い方であるが、入学式からずっと、この癖は影を潜めていた。
まだ入学式から日が経っていないというのもあるが、一人になる間がなかったというのが大きいだろう。
一人が珍しい。
今日の午後、そう達也はエリカを称したが、エリカに言わせれば、それは全くの見当違いだ。
中学生時代も、その前の小学時代も、彼女は一人でいることの方が多い少女だった。
人間嫌い、という訳ではなく、どちらかといえば、愛想は良い方。誰とでも、すぐ仲良くなれるのが、すぐ疎遠になってしまう。
その理由をエリカ本人は、四六時中一緒にいる、いつも連れ立って行動する、ということが出来ず、人間関係に執着が薄いからだと、分析していた。
比較的仲良くしていた友人からは、醒めている、気まぐれな猫みたいだ、と揶揄され、仲違いした友人からは、お高く留まっていると言われたこともある。
その類い稀な美少女ぶりから纏わりつく男は絶えなかったが、長続きした男もまた、いなかった。
エリカのモットーは、『自由に、気ままに、何の約束にも縛られず』。
彼女の複雑な家庭環境、縛られ過ぎた環境が、彼女をそうさせたのかもしれない。
「エーリーカ」
一人、宛もなくフラフラと歩いていたエリカに、独特なイントネーションで声がかけられる。
達也経由で知り合ったばかりの友人、美月だった。
両手を後ろで組んで、キラキラと人懐っこい笑みを浮かべており、尻尾をパタパタと振っているような気がして、思わず苦笑いが漏れた。
「美月、風紀委員はいいの?」
エリカは美月にそう訊ねたが、風紀委員は見回りで巡回をしなくてはならない、ということを達也から既に聞いていたのだから、この質問に意味はなかった。
美月もまた、見回りで巡回中、なのだろうから。
「なんか問題が起こるまでは好きにフラフラしてれば良いんだってー」
返ってきた答えは概ね予想通り。
そして、美月がここにいる、ということは、そろそろ達也もここにやってくることだろうな、とそんなことを考えていると、携帯端末が短い電子音を鳴らした。
確認してみると、達也からメッセージが届いており、ああ、これは怒らせちゃったかな、と苦笑いしながらメッセージを見てみると、そこには全く予想外のことが書かれていた。
――もし美月を見かけたら確保しておいてくれ
メッセージと美月を交互に見る。
「あれ?どうかした?」
「いやーなんでもなーい」
エリカは、これは面白いことになりそうね、とイタズラを思い付いたかのように笑うと、
「美月、見回りしながらで良いから、一緒にクラブ回らない?」
美月の答えは、考えるまでもないだろう。
美月は達也以上に、美少女からの誘いは断らないのだ。
◆
クラブの勧誘というのは、密かに出回っている入試成績リストの上位者、競技実績のある新入生を取り合うものだ。
必然、魔法技能の劣る二科生にとっては、縁のないものとなる――はずなのだが。
「これは酷い」
「ちょっと美月!見てないで助けなさいよ!」
「いやー、女の子同士の組んず解れつって良いなって」
「馬鹿なこと言ってないでなんとかしなさい!風紀委員でしょ!」
エリカを中心に群がる女子生徒。
引っ張り合い、後ろから抱きついて拘束、と、もはや勧誘ではなく、ただの奪い合いとなっており、正に戦争のような雰囲気になっていた。
美月としては、一人の美少女に女子生徒が群がって、ペタペタと身体を触り合っている――そんな生易しい雰囲気では決してないのだが――様子は、心踊るものがある。
が、その中心であるエリカとしては堪ったものではない。
「チョッ、どこ触ってるのっ?やっ、やめ……!」
「んー、そろそろ助けてあげようかな。もうちょっと見ていたいけど、流石に止めないと後で摩利さんに怒られそうだし」
エリカが、かなり切羽詰まった声を出し始めたところで、美月はやっと救出に動き出した。
「はいはいごめんねー」
そう言いながら、美月はエリカを取り囲む人垣に入っていくと、ちょいちょい、と指先で女子生徒に触れていく。
すると、触れられた女子生徒がくるんっと回転して、あらぬ方向を向き、エリカを奪い合っていた女子生徒達がまるで美月に道を開けるように、勝手に避けていって、いつの間にか、エリカの正面にぽっかりと空間が出来ていた。
「なんで!?」
「体が勝手にっ!?」
そんな、女子生徒達の困惑をそのままに、美月はエリカの手を掴む。
「走るよ!」
突然のことに、唖然としているエリカの返事を待たずに、美月はエリカを引っ張って走り出し、人混みを華麗にすり抜けて、校舎の陰まで来たところで、エリカの手を離した。
「あははは、楽しかったね!」
「何にも楽しくないわよ!もう!酷い目にあった!」
女子生徒に揉みくちゃにされたからなのか、人混みの中を走り抜けてきたからなのか、髪は酷く乱れ、ブレザーは片側に大きくずれて、真新しい制服のあちこちに皺が寄っている。
その右手には完全に解けてしまったネクタイが握られており、当然、ネクタイを抜き取られた制服の胸元が、はだけてしまっていた。
僅かに日焼けした、しかし、それでも尚、元々の白さを残した肌が大胆に晒され、スッキリした鎖骨のラインどころが、下着がチラリと見えている。
そんな、ぶつくさと文句を言いながら服装を正すエリカを、美月は、眼福とばかりに鑑賞している。
女の子同士の特権なのである。
「それにしても美月、あれ、どんな魔法よ?」
ネクタイを締め直し、すっかり落ち着いたところで、エリカはそう美月に訊ねた。
単純な興味本意だったが――だからこそ、美月の答えには驚愕を隠しきれなかった。
「えっ?魔法じゃないけど?」
「はぁ!?そんなわけないでしょ!?」
きょとん、と首を傾げている美月を、ガタガタと揺らすエリカ。
あの光景が魔法ではない、なんてことは到底信じられるものではなかった。
まるで指揮者のように指を振って、自由自在に女子生徒を操作している様は、魔法以外の何物にも見えなかったのだから。
「ほ、本当だよ!魔法は使ってないって!」
「じゃあ、どうやったらあんなことが出来んのよ!?」
「説明する!説明するから揺らさないで!うぅ、なんか出ちゃう……」
本格的に目を回している美月を解放すると、ふらふらーと座り込んだ美月に、で?、と説明を促すエリカ。
涙目で見上げる美月も完全にスルーである。
どうやら、救出が私情で遅れたことに、多少なりともご立腹の様であった。
「合気道みたいなものだよ。力の流れを
絶句。
それは、達人、天才、と呼ばれるような一握りの
それを、美月は意図も容易くやってのけたという。
武道を嗜むものとして、絶句せざるを得なかった。
「ぼくは目が良いからね。何の警戒もされていない状態だったし、あれくらいは簡単だよ」
「目が良いって、限度があるでしょ……」
達也くん、あんたなんて化け物、あたしに紹介してくれてんのよ、と、お門違いなことを考えながら、エリカは一つ、ため息を吐いた。
それは、いつかの達也と同じような心境だった。
「ぼくも
「……遠慮しておくわ」
エリカはどこか遠くを見ながら、携帯端末の電源を入れて、慣れた手つきで操作すると、達也にメッセージを送った。
――さっさと引き取りに来なさい!
それは、心からの叫びだった。
――そのころの深雪さん――
生徒会室にて。
(´Д`*) 深雪「(今日は美月の初仕事なのよね……大丈夫かしら……)」ピーッ!
( ・∇・) 深雪「(もう!こんな状況なのに風紀委員なんて……でも、校内にいた方が安全だとお兄様もおっしゃっていたのだから、きっとこの方が良いのよね!)」ピーッ!
(#^ω^)深雪「(そう考えれば美月が風紀委員になったのも悪くなかったのかしら……でも美月が風紀委員になったのってあの女の――)」ピーッ!ピーッ!
(;゜Д゜)!! 真由美「深雪さん!?エラーを連発しているな、とは思ってたけど、何事!?」
((((=゚Д゚=;)))) あずさ「さ、寒いです!か、会長!なんとかしてください!」
深雪が我に帰った時、そこには抱き合って凍えている真由美とあずさがいたという。