美月転生。~お兄様からは逃げられない~ 作:カボチャ自動販売機
小さな感動がそこにあった。
予鈴が鳴るまで続いたエリカとレオの口論だったが、それもオリエンテーションが終わる頃には、まるでなかったかのように元通り……とはならなかったものの、一段落はついたようだった。
オリエンテーションが終われば、今日の午前の予定は終了、昼食を挟んで午後の日程に備えることになるのだが、食堂が開くまで、まだ一時間以上ある。
達也は教室で資料の目録を眺めているつもりだったが、魔法課程に馴染みの薄い新入生の戸惑いを少しでも緩和する為に、実際に行われている授業を見学する時間が今日・明日と設けられている。
本格的な魔法科教育は高校課程からであり、魔法科高校中、最難関校に数えられているとはいえ、普通中学からの進学生も多い。専門課程には、そんな生徒たちが見たこともないような授業もあるからだ。
達也は当然、『魔法課程に馴染みの薄い新入生』ではなかったが、レオに付き合って、工作室、通称『工房』の見学をすることにしたのだ。
「私たちもご一緒させていただいても良いですか?」
そこに同行の申し入れをしてきたのは未亜だった。後ろには、エリカもいる。
これは、また一悶着ありそうだ、という達也の予感はすぐに現実のものとなった。
「あんたみたいなのが工房にいっても、物壊すだけなんじゃないの~?」
「それはお前だろ!どう見ても肉体労働派なんだから、闘技場へ行けよ」
「その言葉、そのままアンタに返すわ」
案の定始まった口喧嘩。
今回は未亜も困惑気味で、この状況を止められるのは達也しかいなかった。
「二人とも止めろよ……会ったその日だぞ?」
仕方なく、溜め息混じりに達也が仲裁に入ったが、そう簡単には止まらない。
「へっ、きっと前世からの仇敵同士なんだろうさ」
「あんたが畑を荒らす熊かなんかで、あたしがそれを退治するために雇われたハンターだったのね」
「さ、無意味な口喧嘩はそこまでにして、行くぞ。無駄に時間を浪費するだけだ」
埒が開かないと見た達也は強引に軌道修正を図った。
そうでもしなくては、この二人は何時までもここで口喧嘩をしていそうな勢いだったからだ。
「そうですよ!もう教室に残っているのも私たちくらいですし……」
キョロキョロと辺りを見渡して未亜がそう口にすれば、レオとエリカは不機嫌そうな眼差しで睨み合って、すぐに、互いに、そっぽを向いた。
◆
第一高校の食堂は高校の学食としてはかなり広い方になるが、新入生が勝手知らずという事情から、この時期は例年混雑する。
とはいえ、専門課程の見学を早めに切り上げて食堂に来た達也たち四人は、それほど苦労することもなく四人がけのテーブルを確保した。
見学の感想だったり、初めての学食の味に、色々と評価をしたりして、談笑をしながら、達也が半分ほど食べ終わった頃、クラスメイトを引き連れた深雪が達也を見つけてやって来た。
四人がけと言っても達也たちが座っているのは、長椅子の対面式で、細身の女子生徒なら片側に三人は座れる。
当然、達也と一緒に食べようとする深雪。
座れるのは彼女一人なのだが、深雪のクラスメイト、特に男子生徒は、勿論、彼女と相席を狙っていた。
ここで深雪がここに座ることを良しとするわけがない。
狭いとか邪魔しちゃ悪いとかそれなりにオブラートに包んだ表現から始まり、頑なにここに座ろうとする深雪に、段々とエスカレートしていき、深雪さんには相応しくないだとか、一科と二科のけじめだとか、言い始めた頃には達也は食事を食べ終えていた。
今にも爆発しかけていたレオやエリカ、怯えている未亜を見て、さっさとここを立ち去ってしまおうと、急いで食べ終えたのである。
そんな兄の様子を見て、深雪は達也たちに目で謝罪し、歩み去った。
「何アレ!ムカつく!」
「けっ、同感だ」
珍しく、というか初めて意見が合ったのがこんな場面とは皮肉なものだが、この時点で二人には一科生に対するフラストレーションが大分溜まっていた。
そしてそれに追い討ちをかけるように、午後の実習見学中にも事件は起きる。
通称『射撃場』と呼ばれる遠隔魔法用実習室では、3年A組、生徒会長・七草真由美の所属するクラスの実技が行われていた。
遠隔精密魔法の分野で十年に一人の英才と呼ばれ、数多くのトロフィーを第一高校にもたらしているだけでなく、容姿端麗。
当然のように、彼女の実技を見ようと、大勢の新入生が射撃場に詰め掛けることとなった。
見学できる人数は限られているわけで、こうなると、一科生に遠慮してしまう二科生が多い中で、堂々と最前列に陣取った達也たちは当然のように、悪目立ちした。
突き刺さる一科生の嫌悪するような視線は、決して居心地の良いものではなく、なんとか堪えたようではあったが、レオとエリカは、爆発の寸前といった具合で、取り扱い注意な状態に仕上がった。
そうなれば、一つのきっかけで簡単に爆発する。
「いい加減に諦めたらどうなの? 深雪は、達也くんと一緒に帰るって言っているんだからさ。他人がいちいち口を挟むことじゃないと思うんだけど」
深雪を校門の前で待っていた達也ら一行に、深雪にくっついて来たクラスメイトが難癖を付けたのが発端となり、まず、爆発したのはエリカだった。
ちなみにそのクラスメイトは女子であり、エリカとその女子の口論に、横入りする度胸のある男子生徒は一科生にはいなかったようで、傍観に徹している。
すでに遠慮や良識はこの場から立ち去っているのか、二人の口論はヒートアップしており、男子達に女子への恐怖を刻み付けるには十分過ぎた。
「別に深雪はアンタたちを邪魔者扱いなんてしてないんだから、一緒に帰りたいんだったらついてくればいいのよ。大体さ、深雪と一緒に帰りたいなら、深雪の意見を尊重するのが普通でしょ。それともわざわざ私たちを除け者にするのに何か意味があるわけ?」
理不尽な言いぐさに、少々強い口調で容赦なく正論を叩きつける。
しかしその正論が、一科生には大層気に入らなかったらしい。
「僕たちは彼女に相談することがあるんだ!」
「そうよ! 司波さんには悪いけど、少し時間を貸してもらうだけなんだから!」
傍観に徹していた男子生徒が口を開いたのを皮切りに、堰を切ったように飛び出す一科生の一方的な要求。
「ハン!そういうのは自活――自治活動のこと――中にやれよ。ちゃんと時間が取ってあるだろうが」
「相談だったら予め本人の同意をとってからにしたら?
深雪の意思を無視して相談も何もあったもんじゃないの。それがルールなの。高校生にもなって、そんなことも知らないの?」
無駄なところで良いコンビネーションを発揮するレオとエリカ。どうしよう、どうしよう、と右往左往している未亜だけが、唯一の救いだった。
「うるさい! 他のクラス、ましてやウィードごときが僕たちブルームに口出しするな!」
レオとエリカの言葉にいよいよキレたらしい一科生がいよいよ幼稚なことを言い出したところで、エリカが
「はあ?同じ新入生でしょ?今の時点でアンタたちブルームが、あたしらより、一体どれだけ優れているっていうのかしら?」
エリカの台詞は、ある意味でこの学校のシステムを否定するものだが、道理はエリカにある。
それが分かっているからこそ、今のシステムに安住する者は、生徒、教師の区別なく、感情的に反発する。
「……あらら」
まずいことになった、と達也が思った時にはもう何もかもが遅かった。
学外における魔法の使用は、法令で細かく規制されているが、CADの所持が制限されている訳ではない。
CADは今や魔法師の必須ツールだが、魔法の行使に必要不可欠なわけではなく、CADが無くても、魔法は使えるため、意味がないからだ。
故に、CADを所持している生徒は、授業開始前に事務室へ預け、下校時に返却を受ける、という手続きになっていて、学校内でCADの携行が認められている生徒は生徒会の役員と一部の委員のみであるが、下校途中である生徒がCADを持っているのは、別におかしなことではない。
「どれだけ優れているか、知りたいなら教えてやる!」
だがそれが、同じ生徒に向けられるとなれば、非常事態だ。
「特化型デバイス!?」
特にそれが、攻撃力の高い特化型なら尚のこと。
小型拳銃を模したCADの『銃口』がレオに突きつけられる。
CADを抜き出す手際、照準を定めるスピード、それは明らかに魔法師同士の戦闘に慣れている者の動きであり、その生徒が口先だけでなかったことの証明となった。
魔法は才能に負う部分が大きいが故に、血筋に大きく依存する。
優秀な成績でこの学校に入学した生徒であれば、入学したばかりであっても、親・家業・親戚などの手伝いといった形で実戦経験のある者も決して少なくはない。
彼は恐らく、そういった者の一人だった。
達也は右手を突き出す。
手を伸ばしても届かない距離であったが、この場合物理的な距離はあまり関係ない。
『
圧縮されたサイオンの塊をイデアを経由せずに対象物に直接ぶつけて爆発させ、そこに付け加えられた起動式や魔法式と言ったサイオン情報体を吹き飛ばすことで、魔法を無効化する超高等対抗魔法。
しかし、この場では、その魔法が使われることはなかった。
「ヒッ!」
悲鳴を上げたのは、銃口を突きつけていた少年が悲鳴を上げたのはCADを、彼の手から弾きとばされたからだ。
そしてその眼前では、伸縮警棒を振り抜いた姿勢でエリカが笑みを浮かべており、誰がやったのかは明らかだった。
「この間合いなら身体を動かした方が速いのよね」
「それは同感だがテメエ今、俺の手ごとブッ叩くつもりだっただろ」
残心を解いて得意げに説くエリカに答えたのは、CADを掴みかけた手を危ういタイミングで引いたレオだった。レオもまた、エリカと同じように、一科生がCADを取り出すのを察知して、動き出していたのだ。
「あ~らそんなことしないわよぉ」
「わざとらしく笑ってごまかすんじゃねぇ!」
警棒を持つ手の甲を口元に当てて「オホホホホ」などと、ごまかす気があるのかどうかも定かでないごまかし笑いを振りまくエリカだったが、実際、レオの手をブッ叩く気はなかった。
かわせるか、かわせないかくらいは身のこなしを見ていれば分かる。
「アンタってバカそうに見えるけど、腕の方は確かそうだし、かわせるって分かってたから本当に叩く気なんてなかったわよ」
バカにしてるだろ!と反論するレオに、だからバカそうに見える、って言ってるじゃない、とエリカが返せば、会ったその日だというのに、お決まりとなった口喧嘩が始まってしまう。
そんな二人に、誰もが呆気にとられていたが、特化型デバイスを叩き落とされた生徒の背後で、女子生徒が一人、腕輪形状の汎用型CADへ指を走らせていた。
組み込まれたシステムが作動し、起動式の展開が始まる。
――しかしそれが、魔法となって現実世界に顕現することはなかった。
「止めなさい! 自衛目的以外の魔法による対人攻撃は、校則違反である以前に、犯罪行為ですよ!」
女子生徒のCADが展開中だった起動式は、サイオン粒子塊の弾丸によって砕け散った。
魔法師からCADへ、そしてCADから魔法師へ、というサイオンの流れを妨害されると、CADを用いた魔法は機能しなくなるわけだが、サイオン粒子を、展開中あるいは読み込み中の起動式に撃ち込むことで、起動式を形成するサイオンのパターンを攪乱されると、効力のある魔法式が構築されず、魔法は未発のまま霧散する。
今のが正しくそれであった。
サイオンそのものを弾丸として放出する、魔法としては最も単純な術式ではあるが、起動式のみを破壊し術者本人には何のダメージも与えない精緻な照準と出力制御は、射手の並々ならぬ技量を示しており、誰にでも出来ることではない。
「あなたたち、1-Aと1-Eの生徒ね。事情を聞きます。ついて来なさい」
警告を発し、サイオン弾で魔法の発動を阻止したのは、生徒会長・七草真由美だった。
声の主の姿を認めて、エリカたちを攻撃しようとしていた女子生徒は、魔法によるもの以外の衝撃で蒼白となっている。
常に、にこやかだった顔は、こんな時であっても、それほど厳しさを感じさせないが、冷たい、と評されても仕方のない、硬質な声で命じた、真由美の隣に立った女子生徒、風紀委員長の渡辺摩利は別だった。
ここで抵抗の素振りでも見せれば、即座に実力が行使されることは想像に難くない、そう思わせるような威厳が彼女からは感じられた。
――面倒なことになったな
反抗心からではなく、雰囲気に呑まれて動けなくなった同級生を横にして、達也はそんなことを考えていたが、ここで何時までも突っ立っているわけにはいかない。
達也は深雪を従え、摩利の前に歩み出たのだった。
( ̄ω ̄;)美月「あれ?ぼくの出番は……?」
( ̄ヘ ̄;)深雪「あるわけがないでしょ」
(;´∀`)美月「えっ、なんか深雪冷たくない?」
(。 >﹏<。)深雪「美月なんて、出番のない寂しさを味わえば良いんだわ!」
Σ(゚口゚;)//美月「深雪さん!?なんで涙目なの!?」