美月転生。~お兄様からは逃げられない~   作:カボチャ自動販売機

37 / 81
第三十五話 愛梨と謎の少年

『でも、それなら三校の方が近いよね?なんで一高?』

 

『……秘密よ』

 

 

愛梨は、数日前から住んでいるマンションの一室に帰宅してすぐ、ベッドにそのまま倒れこんだ。

あまり行儀の良くないことであるのは分かっているが、今はそうしてベッドに沈んでいたかった。

 

 

 

「言えないわよ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんて……」

 

 

口に出してみると、それがとても恥ずかしいことに思えて、紅くなった頬を隠すように、枕に顔を埋めて足をバタつかせる。

 

 

 

「仕方ないじゃない、好きになってしまったのだから……」

 

 

誰への言い訳なのか、そんなことを不貞腐れた顔で呟きながら、愛梨は、ある少年との出会いを、愛梨にとっては大きなターニングポイントとなった運命の日を、思い出していた。

 

 

 

 

愛梨は明日開かれるリーブル・エペーの大会に出場するべく、この東京の地に大会前日の今日、足を踏み入れた。

金沢に住む愛梨からすれば、今回の大会はアウェーであったが、数々の優勝経験から、また、彼女自身の気質から、彼女は緊張とは無縁であり、今日一日のオフをショッピングでもして楽しむつもりだった。

 

この地ではろくに練習できる施設にあてはなく、そもそも前日に焦って練習をするのは二流だ。師補十八家は高貴でなくてはならない。常に優雅に、悠然と。

 

一色愛梨は中学生ながらに、自分の生まれに強い誇りを持っていた。

だから、努力できたし、結果を残せた。

 

しかし、愛梨は中学生であって、女の子だった。

たまの休日、それも、中々来ることのない東京の地でショッピングとなればそれなりにテンションも上がる。

 

結果、気がつけば両手にいっぱいの手荷物が増えていた。

家に直接配達をすることができるシステムもあったのだが、お年頃の愛梨はなんとなく、自分のいない時に買った服が家に届くというのが嫌だった。

特に見られて疚しいものはないのだが、そういうお年頃なのである。

 

両手の紙袋に入っているのは、そのほとんどが衣服であり、一着一着はそう重くはないが、数が増えれば重くなるのは当然で、それなりの重さになっていた。

それが二つだ。

 

そして、愛梨がその二つの紙袋のあまりの重さに、家に送ってしまうかどうか悩み始めたころ、それは起こった。

 

 

愛梨が先程までいたショッピングタワー。

雑誌やテレビなどで良く紹介され、愛梨が密かに憧れていたそのショッピングタワーで火災が起きたというのだ。

ショッピングタワーから飛び出してきた大勢の人に街は慌ただしくなり、警察や消防が駆けつけたころには、すっかり野次馬が周囲を陣取っていた。

 

あれよあれよという間に押し寄せてきた野次馬に呑まれた愛梨。

すぐにこの場を離れなかったことを若干後悔しつつも、この荷物を持ってこの人混みを歩くのは億劫だと判断した愛梨はしばらく、事態が落ち着くのを待った。

すると、火災が誤報であったという情報と共に野次馬は解散していき、愛梨もそれに乗じてその場を離れた。

 

未だいつも以上に人の多い大通りを態々歩くのは愚行、すこし脇道に反れれば少しの遠回りで人混みを避けることができる。

人混みにうんざりしていた愛梨はこの名案に自分を褒めたいくらいだった。

土地勘のない愛梨だったが、文明の利器に力を借りれば迷うことはない。

すいすいと、但し、両手の荷物には若干の後悔を覚えつつも、愛梨は想定通り人混みを抜け出して、時折携帯端末で場所を確認しながら歩いた。

 

 

 

 

「……大通りを避けてきた口か……ここは危険だ、離れた方が良い」

 

 

 

そんな順調だった愛梨の歩みを止めたのは一人の少年だった。

自分と同い年程度のように見えるのだが、その落ち着いた声質のせいか、不思議と何歳も年上のように感じる。いや、実際年上なのかもしれない。

 

とはいえ、なんの説明もなく、危険だから離れろ、と言われ、はい、そうですかと素直に聞き入れる愛梨ではない。

 

理由を説明するよう、少年に詰め寄ろうとしたところで──少年のすぐ横で、一発の銃弾が弾けた。

 

 

 

「くそ!来い!こっちだ!」

 

 

 

少年に手を引かれて走り出す。

あんなに苦労して運んできた紙袋は二つとも、その場に捨て置いた。そんなものを気にしている余裕はなかったのだ。

 

 

 

「何なの……一体何が」

 

 

愛梨の口から漏れたのは疑問だった。

 

─狙われた?誰が?私が?

 

愛梨は師補十八家の令嬢であり、名前も容姿もそこそこ知られている。

リスクとリターンを考えれば、襲撃される可能性はないに等しいが絶対にないわけではない。

襲撃の可能性を考えなくてはならない程度には可能性はあった。

 

しかし、今回に関して言えば、狙われているのは恐らく自分ではない。

 

愛梨は息を整えつつ、隣の少年を盗み見た。

 

 

「狙われているのは俺だ。君は隙をみて逃げろ」

 

 

心臓が跳ね上がった。

心を読まれているのかと錯覚してしまうほどに、少年の言葉は愛梨の疑問に的確に答えたからである。

 

この少年は一体何者なのか。

 

愛梨の感心は襲撃者の正体よりも、そちらに傾きつつあった。

 

 

 

「3……いや、4人か……魔法を使わずに奇襲したとして、はたして上手くいくかどうか……」

 

 

 

すぐ近くにいた愛梨でさえ良く聞き取れないほど小さな声で、少年が何事かを呟く。

 

ふと、少年と目があった。

 

愛梨はじっと少年を盗み見ていたわけだから、少年が愛梨をみれば目が合うのは当然なのだが、愛梨は何か恥ずかしいところを見られたような気がして顔を赤くした。

 

 

「合図したら走れ」

 

 

そんな愛梨のことなどまるでないかのように、少年はそれだけ告げて突然走り出した。

すると少年の走り出した方から覆面の男たちが現れ、驚いたように銃を乱射した。

少年は壁を使って飛び上がると、銃弾に当たることなく、覆面集団の背後へと周り、一人を無力化した。

しかし、敵は四人、一人を無効化したところで相手はまだ三人もいる上に武装までしているのだ。

 

 

危ない!

 

そう思いはしたが、体は動かなかった。

確かに愛梨は、この距離で、すぐに少年を助けられるような魔法は持ち合わせていなかったし、この時点では、恐らく出来ることは特になかっただろう。

愛梨が現時点ですぐに使用することが出来た魔法は、首のネックレス型CADに入っている『知覚した情報を直接精神で認識し、肉体に命じることができる』魔法のみであったからだ。

それでも、声に出すことくらいは出来たはずなのだ。()()()()()()()()は出来たはずなのだ。

なのに、まるで体が言うことを聞かない。

 

 

愛梨のその困惑は、次の瞬間には驚愕に変わる。

 

 

少年を狙う残り三人の拳銃が突如としてバラバラに()()されたからだ。

 

驚く(覆面で表情は見えないがそんな雰囲気だった)覆面の男たちは、それが決定的な隙となり、瞬く間に少年に無力化された。

 

 

「走れ!」

 

 

少年の叫びが、自身に向けられたものであると認識できるまで、一瞬タイムラグが生じる。

目の前の光景が、自身への困惑が、愛梨の思考力を鈍らせていた。

それでもなんとか指示通りに体は動いた。

少年とは反対方向に全速力で走り抜ける。

 

そこに、先程と同じような覆面をした男が二人、道の脇から飛び出してきた。

 

勝てない相手ではない。

武装しているとはいえ、相手は非魔法師。

師補十八家、一色家の令嬢、『エクレール(稲妻の)・アイリ』こと、一色愛梨が遅れを取る相手ではないのだ。

分かっている、勝てるのだ、負けるわけがない。

 

自信はあった。

数々の大会で優勝してきた彼女には自分に確固たる自信が。

それが崩れていく。

 

動けない、何も出来ない。

 

初めて感じる本気の殺意、目の前の『死』に押し潰される。

 

 

─なんで!

 

 

頭では分かっているのに、思うように動けない。それは落胆となって愛梨を縛る。

今まで積み重ねてきたトロフィーは、結局のところ飾りでしかなかったというのか。

 

 

─そんなはずがない!

 

 

愛梨を動かしたのは誇りだった。

こんな自分は許せなかったし、過去の自分をこの一瞬の自分が否定してしまうことだけはしたくなかった。

今の自分があるのは、自分の努力だけでなく、友人やライバル達と切磋琢磨してきた結果だ。

過去の自分を否定することは、その友人やライバルのことも汚してしまうような気がした。

それだけは、してはならない。

自分の行動で他者を貶めることは、汚すことは、断じてしてはいけない。

自分は、師補十八家、一色家の一色愛梨なのだから。

 

 

男たちが拳銃を構え、引き金を引き、放つまで、一秒とかからないだろう。

訓練された彼らには何千、何万と繰り返してた動作だからだ。

それを、混乱からスタートの遅れた愛梨は越えていく。

 

愛梨は魔法によって、目で見るより速く、知覚した情報を直接精神で認識し、肉体に命じることができるがゆえに、知覚してから動作するまでのタイムラグが0に等しいからである。

愛梨は銃弾が放たれる前に二人の拳銃を蹴り飛ばすと、そのまま一人に掌底を放った。

愛梨の高い身体能力と、魔法が、圧倒的速度を生み出している。

 

 

─いける!

 

 

恐怖から解き放たれた愛梨は実力を十分に発揮できており、自身の確かな力に笑みを浮かべた。

それは、油断というべきものだったのだろう。

 

愛梨は、()()()()()()()()()()()()を知覚していなかったのだ。

 

 

 

「危ない!」

 

 

少年の声が響いた時には、既に銃弾が放たれた後だった。

いかに、『エクレール(稲妻の)・アイリ』と称される愛梨であっても、全くの知覚外から放たれた銃弾を、避けることは既に不可能であった。

 

目の前に銃弾が迫っている。

動きがスローモーションのようにゆっくりと動いているように感じるのは、死が間近であるがゆえなのだろう。

 

 

回避行動は取っているものの、間に合うはずがない。

銃弾は一寸の狂いもなく愛梨の眉間を貫く──はずだった。

 

愛梨の目の前で銃弾が粉々に砕ける。砂のように、霧のように、見えないほどの小さな粒に()()されたのだ。

 

そして三人目の襲撃者の背後から、先程まで自分の後方にいたはずの少年が現れ、ただの一発の拳で、襲撃者の意識を奪った。

 

 

 

「……大丈夫か?」

 

 

 

明確な死のイメージから解放された愛梨は、助かったという安堵感から腰を抜かし無様にも、その場に座り込んで立つことが出来なかった。

いや、立つことができないのは、安堵感だけが理由ではないだろう。

 

 

 

自分に手を差しのべる少年。

自分を救ってくれた、恩人。

 

 

 

 

かつてない胸の高鳴りが、愛梨を惚けさせていたのだ。

 

 

 

 




( ̄ω ̄;)愛梨「一高に入学したものの、まだ()とは会えていないのよね……」

(;・ω・)愛梨「まさか、入学していないなんてことはないわよね……?」

( ;∀;)愛梨「今考えると、勢いで一高に進学したけど……かなり無計画だったのね……恋は盲目……恐ろしい魔法だわっ!」







(;´∀`) ??「愛梨は意外と天然じゃからな……」

(;´Д`) ? 「やっぱり一人で送り出したのは失敗だったのでは……?」






あの少年は一体何者なんだ……(棒)
次話で正体が明かされます!
そして、あとがきの最後の二人も次話で登場します!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。