美月転生。~お兄様からは逃げられない~ 作:カボチャ自動販売機
二科生をウィードと呼ぶことは、建前としては禁止されているわけだが、実際のところ、公然たる蔑称として、二科生達にすら定着している。
一科生と二科生の違いは指導教員の有無であり、教員の個人指導を受けられない点を除けば、一科と二科のカリキュラムは同一であるのだが、一科生が何らかの事故によって魔法を使えなくなり、退学した者の『穴埋め要員』でもあるため、二科生自身が自分達をスペア部品のようなものだと認識してしまっているからだ。
まあ、達也もそれは百も承知、分かった上で入学したのだが、今回達也に向けられた視線や、聞こえてくる罵倒は、一科が二科を見下す、といった類いのものとは少々毛色が違うようだった。
──くそ、朝から見せつけやがって……!
──二科生のくせに、入学式から彼女連れとか……爆発しろ!
携帯端末でお気に入りの書籍サイトへアクセスしていた達也だったが、この今にもどこからか魔法が飛んできそうな空間で呑気に読書していられるほど図太くはない。
端末の画面の端には現在の時刻が表示されており、入学式まであと三十分であることを確認する。
既に講堂は開場されている時間であり、移動するには丁度良いころだった。
今、達也の座っているベンチのある中庭はどうやらクラブの部室として使われている準備棟から、入学式の行われる講堂へ通じる近道のようで、上級生が多く通る。
もう少し人通りの少ない、目立たない場所にしておけば良かったと、少しの後悔を胸に抱きつつも、移動しようするが、達也の膝の上には気持ち良さそうに眠る美月の頭があった。
「美月、移動するぞ」
頭を擦って起こそうとするが美月は何やら口をモゴモゴとさせ、何と言っているのか小さく寝言を漏らしており、起きる気配はない。
無理矢理起こすことも出来るのだが、達也はこういう時の対処法を既に心得ていた。
「美月、新しい仕事だ」
耳元でそう呟けば、反応はすぐだった。
「仕事!?水波ちゃんぼくもう無理だから!?死んじゃうから!?」
大慌てで起き上がると、何に謝っているのかどことも知れぬ方向にペコペコと頭を下げている。
「美月落ち着け」
「へ?ん?……あっ!達也またやったでしょ!この起こし方は止めてって何回も言ってるじゃん!」
「これが一番効率的なんだ」
「効率の問題じゃないよ!ぼくの心の問題だよ!」
鬼のように仕事を詰め込まれていた美月は寝ている間に、勝手に仕事を受けたことにされ、朝起きたら新しい仕事が山積みになっている、なんてことが多発したため、『仕事』『閉め切り』『電話の音』に強く反応するようになってしまい、達也はそれを利用して、美月を起こすという悪魔の技を生み出し、多用していた。
「次やったら許さないからね」
「分かったよ」
ちなみに、このやり取りは既にこれで十数回目。
達也曰く、『
悪徳商法も真っ青な屁理屈である。
「そろそろ時間だから、講堂に行くぞ」
落ち着けない原因は美月であって、達也一人ならば問題はないのだが、美月を一人にするとそれこそ大問題になる。
美月を一人にして問題を起こされるくらいだったら、大人しく場所を移動する、というのが達也の考えだった。
「了解、ただ、ぼく喉渇いちゃったからちょっと飲み物買ってくるね」
一瞬、一緒に付いていこう、と考えた達也だったが自動販売機は目と鼻の先、目の届く範囲だ。あまり過保護なのも良くないだろうと、一人で行かせて、達也はもう一度ベンチに腰を下ろした。
まるで、子供を初めてのお使いに送り出す親のような思考である。
「新入生ですね?開場の時間ですよ」
美月を送り出してすぐに達也はそう声をかけられた。
フワフワした巻き毛の長い黒髪をシンプルな白いリボンで飾った、美月ならすぐにでも飛び付きそうな美少女で、小柄ながらも均整の取れたプロポーションは、彼女の蠱惑的な雰囲気を確固たるものにしている。
ただ、達也にとっては彼女の類い稀な容姿よりも、左腕に巻かれた幅広のブレスレットの方が気になっていた。
彼女の腕に巻かれているのは、普及型よりも大分薄型であるものの、明らかにCADであるからだ。ファッション性も考慮された最新式のCADだろう。
CADは魔法発動を飛躍的に高速化する現代魔法師の必須ツールで、一秒以下の簡易な操作で魔法を使うための起動式や呪文など、面倒な行程を全て代替するなのだが、この学校では、
基本的に、ということは例外もあるということで、その例外が生徒会の役員と一部の委員会のメンバー。
つまり、彼女は左胸の八枚花弁のエンブレムを見るでもなく、一科生で、その中でも優秀な、
「講堂の場所は分かりますか?」
「はい、把握しております」
「そうですか、なら安心ですね。
毎年迷子になる新入生がいるものですから、生徒会でこうして見回りをしているんです」
入学式のデータは会場の場所も含めて、入学者全員に配信されており、携帯端末に標準装備されたシステムを使えば、案内を読まなくても、何も覚えていなくても、迷うことはないだろう。それでも迷子者が毎年出るというのは、この学校の広さ故か、入学式という場での緊張故か。どちらにせよ、そんな間抜けを晒す予定は達也にはなかった。
「あっ、申し遅れました。私は第一高校の生徒会長を務めています、七草真由美です。
『ななくさ』と書いて『さえぐさ』と読みます、よろしくね」
口調と言葉遣いが、段々砕けたものになってきている点から、随分と人懐こい性格のようだが、達也は警戒を強めた。
彼女が十師族の一家、それも四葉と対を成して最有力と見なされている『七草』の娘だからだ。
とはいえ、名乗られたからには名乗り返すのが礼儀であるし、必要以上に警戒する必要はない。
「自分は司波達也です」
達也としては至って普通の自己紹介をしたつもりだったのだが、真由美は目を丸くして驚いている。
一瞬、怪訝に思ったが、彼女が生徒会長であれば深雪と既に面識があるのだろう、ということに思い至り納得した。
それは
「あなたが、入学試験、七教科平均百点満点中九十六点の司波達也くんなのね」
ところが驚きの理由は意外なところにあったらしい。
「魔法理論と魔法工学に至っては合格者の平均点が七十点に満たないのに、両教科とも小論文を含めて文句なしの満点。
前代未聞の高得点だって先生方の間では貴方の話題で持ちきりよ」
どうやら真由美は『司波深雪の兄である司波達也』、に驚いたのではなく、『司波達也』に驚いていたのだ。
入試の結果をいくら生徒会長とはいえ、一個人が知ってしまっていることに若干の不安を覚えつつも、隠すことでもないのだから正直に答える。
「ペーパーテストの成績です。情報システムの中だけの話ですよ」
魔法科高校生の評価として優先されるのは、テストの点数ではなく、実技の成績。
現に、少々ペーパーテストの危うかったらしい美月も一科生として入学を果たしている。
「謙遜しなくてもいいのに。そんな凄い点数、入学試験と同じ問題を出されても、私にはきっと無理だろうし。こう見えて私、理論系も結構上の方なんだけどね」
達也がこの手放しの称賛を、素直に受け止められる性格だったのなら、きっと彼がこの場で二科生に甘んじていることはなかっただろう。
達也はペーパーテストの成績よりも実技が
優先されることの合理性も理由も理解して納得している。
謙遜でもなんでもなく、この驚異の入試結果を大したことだとは思っていなかった。
それどころが、入試にペーパーテストを設けること自体にあまり意味がないとさえ感じているのだ。
いや、
と、そこまで考えたところで達也はふと気がついた。
真由美と話しはじめて優に五分は経っている。
だと言うのに、飲み物を買いに行ったはずの美月が戻ってこないのだ。
自動販売機の付近には既に姿はなく、周辺を見渡すも、影も形もなかった。
達也はため息を吐きたくなるのをなんとか堪えながら、真由美と別れることにする。
「申し訳ないのですが、そろそろ時間ですし連れがいますので」
「そう?それじゃあ
「はい、失礼します」
真由美はまだ何か話したそうにしていたが、達也がここに入学する以上、話す機会などいくらでもある。
だからこその「またね」なのだろうと、達也は勝手に解釈し、美月の捜索へと向かったが、実際、真由美の意図は別のところにあった。
「……なんだか彼とは深い関わりを持つことになりそうなのよね」
彼女の視線の先の達也は少し急ぎ足で歩きながら、周囲に視線を巡らせており、その口元が少しだけ緩んでいるのが見えた。
「……ここどこ?」
そのころ美月は、一人涙目で学園をさ迷っていた。
前話のつづきです。
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82・名無しさん
それにしても、月柴美って色々謎だよな
83・名無しさん
公開されているプロフィールってどんなだったけ?
84・名無しさん
月柴美、って名前と作品一覧だけ
出身や生年月日どころが、性別すら明かされてない
85・名無しさん
デビューからまだ数年ってのもあるだろうけど、ほんと情報少ないな
86・名無しさん
>>85情報少ないって割に、作品一覧がヤバすぎる件について
87・名無しさん
>>86そこなんだよな。覇権アニメの『神斬り』は社会現象にもなったビックネームだし、『愛ゼロ』も『黒マジ』も相当売れてるし
88・名無しさん
>>87デビューからしてヤバイ。イラストレーターの枠を完全に越えてる
89・名無しさん
なんかあれだわ、流石だわ
90・名無しさん
流石です、月柴美様!
91・名無しさん
>>90なんだそれwでも言いたい、流石です月柴美様!
以下、流石です、月柴美様!の嵐が続く。
つづく
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(´・ω・`) 深雪「……私の台詞取られた……」