――朝。目覚ましのアラーム音で、目が覚める。
枕元の目覚まし時計にチョップをかまして停止させ、脳を働かせ始める。ええっと、今日って何曜日だっけ? 平日だとすれば、学校に――
「……って、ああ」
――可愛らしい緑色のパジャマを身に付けた自分を見て、思い出す。そうだった、今の僕は長月だ。
「やっぱり……夢じゃないんだよな」
勿論、この後に及んで夢だと信じていたわけでは無いけれど、それでも、少々の期待くらいはあった。が、その期待は、今の内に捨てた方が良さそうだ。
「はあ……」
――あまりにも現実離れした状況と、艦娘たちと実際に出会い、触れ合えるという、夢のような事態に誤魔化されていたが、良く考えれば不安だらけだ。長月という一艦娘として、ここでうまくやっていけるのかどうかという不安は当然として、深海棲艦との戦闘で、命を落としたりしないのかも不安だし、それ以前に、ごく最近まで平和に暮らしていた僕が、マトモに戦えるのかどうかという不安もある。更に言えば、僕は果たして元の世界に帰れるのかという不安だってあるのだ。ぱっと思いつくだけでも、相当量の不安だ。
「……考えてどうにかなることじゃない、か」
課題は多い。が、悩んだからといって、解決するわけでも、光明が見えるわけでも無さそうであることは、はっきりしている。
とりあえず、一旦思考を放棄して、僕は布団から這い出してベッドから降りる。皐月は――まだ寝ていた。今の内に、着替えておこう。
「――ほら、起きろ。朝だぞ」
着替えやらを手早く済ませ――
「えへへぇ……もう食べられないよぉ……」
「いつの時代の寝言だ」
使い古しも良いところな寝言を呟く皐月にツッコミを入れつつ、ベッドを蹴飛ばした。
「……はれ? ボクのケーキは? スイーツパラダイスは?」
「夢だ」
寝ぼけ眼を擦りながら呟く皐月に、現実を突きつける。というか、食べ物は食べ物でも、デザート系だったのか。いや、かなりどうでも良いけど。
「えー……じゃあ、もっと食べときゃ良かった……」
夢だと気づいた瞬間、皐月は露骨に残念そうな顔をする。スイーツ、好きなんだろうか。まあ、この歳頃の女の子で、嫌いな方が稀だろうけれど。
「良いから、早く着替えろ。もう朝だぞ」
でもまあやっぱりどうでも良い。どっちかというと、寝起きの皐月がかわいらしいとか、そっちの方が重要だ。既に、その程度で動揺を表に出したりしない程度には、慣れてきたけど。
「んえ……? あ、ほんとだ」
「わざわざ嘘で起こすか」
皐月がもぞもぞとベッドから這い出す姿を確認してから、僕は部屋のドアに手をかける。
「あれ? どこ行くのさ?」
「朝食を食いに行く。食堂で良いんだよな?」
「良いけど……いや、ボクだって朝は食べるし、待っててくれたって――」
「待ちきれん。じゃあな」
強引に皐月の言葉を切るようにして、僕はそのまま部屋から出る。「ひどいや長月ー!」という叫びを背に受けるが、無視だ。
「……さすがに、同じ部屋で生着替えは、ちょっと」
――まあ、ぶっちゃけると、そういう理由だった。先に着替えておいたのも、皐月が着替える前に部屋を出るために他ならない。朝食云々は、方便みたいなものだ。
でも、腹が減っているのは本当だ。ああ言った手前、食堂に――
『あー……あんまし使わねえからなこれ。よくわかんねえや。おーいヴェル、これで良いんだったか?』
――唐突に、寮の廊下に提督の声が響いた。天井に備え付けられた、スピーカーかららしい。
『……司令官。それ、もう放送入ってるよ』
続けて、艦娘と思しき声も聞こえる。提督、ヴェルって呼びかけてたし、ヴェールヌイか?
『マジか。やっべえ、チャイム鳴らしてねえ。……まあだが、良いだろ別に』
良いんだろうか。よしんばチャイムを鳴らさないことが良くても、放送機器の扱いがおぼつかないのはダメじゃないだろうか。
『えー……駆逐艦長月! 聞いてたら執務室まで来い! 以上だ!』
提督は乱暴に用件を伝え、直後にブツリという鈍い音が響いて、それっきりスピーカーからの声は途絶えた。
「……って、え?」
……今呼ばれたの、もしかして僕?