駆逐艦長月――もとい、長月(偽)が大湊警備府に着任した日の、午前。大湊警備府近海にて。
「――電探に感あり! 前方に軽巡四、駆逐二からなる敵艦隊よ!」
警備中の艦隊の一隻、特Ⅲ型駆逐艦一番艦、暁が叫ぶ。
「了解。――聞いたかい、みんな。敵だ。これより本艦隊は、前方の敵艦隊へ突撃、これを迎撃するよ。全艦、第一戦速、宜候」
「宜候!」
旗艦である、特Ⅲ型二番艦響改、ヴェールヌイが号令をかけ、艦隊全員が速度を上げる。
「ねーえ、そいつら、やっちゃって良いの?」
「……ああ。骨も残さず、殲滅してやれ……」
物騒なやりとりをする、睦月型駆逐艦五番艦文月と、同九番艦の菊月。
「――見えた!」
艦隊はぐんぐんと敵艦隊に接近し――すぐに、駆逐艦の射程圏内にまで到達した。
「ボクの砲雷撃戦、始めるよっ!」
――先陣を切っていた、睦月型駆逐艦五番艦、皐月が叫び、両手に装備した十二・七センチ連装砲を構えて、敵艦隊目掛けて乱射する。放たれた砲弾の多くは海面へと没し水柱を立てるが、数発の砲弾が敵駆逐艦に命中し、三隻を中破させる。
「やりぃ!」
「『やりぃ』、じゃないよ。弾薬を、無駄にし過ぎだ」
ガッツポーズをする皐月を追い越しながら、ヴェールヌイがツッコミを入れる。
「えー、当てたんだから良いじゃんかー」
「資材のやりくりに頭を悩ませる、司令官と
ヴェールヌイは、淡々と文句を言いつつも、細いコンテナにグリップをつけたような形状をした、五十三センチ艦首魚雷発射ユニットの引き金を引く。明石謹製の高性能魚雷が同時に四発海面に投じられ、凄まじい雷速で敵軽巡へと突っ込み、喫水下で炸裂し撃沈する。
「そうは言ってもさ、当たんないんだもん……」
「だったらー、もっと近付いて撃てば良いのにー」
――言いながら、とてつもない速度で、敵艦隊へと突っ込んでいく文月。当然、至近距離まで接近された敵艦隊は、迎撃すべく主砲を放つ。
「ひょいっとー」
しかし、文月は、気の抜けるような掛け声と共に、そのことごとくを回避する。
「えーい!」
そのまま、零距離まで接近した文月は、敵軽巡に主砲を押し当て、躊躇い無く発射した。直後、すぐさまスクリューを逆回転させて後退し――目と鼻の距離で、敵軽巡の爆発から難を逃れる。
「ねー? これなら、外さないでしょー?」
「いや、真似出来ないから……」
けろりとした表情で言ってのける文月に、皐月は飛来する敵砲弾をかわしつつ、怖れ半分、呆れ半分といった表情を浮かべる。
「……だが、距離を詰めろというのは、もっともな意見だと思うぞ……」
そう言って、回避行動を取りながら様子をうかがっていた菊月が、前に出る。迫り来る砲弾をかわしつつ、敵艦隊との距離を詰める。
「――悪いが、ここが貴様らの墓場だ」
僅かに数メートル程度まで接近した菊月は、両手に構えた二丁の主砲を同時に放ち、中破していた駆逐艦二隻を撃沈した。
「……まあ、ざっとこんな――」
「――菊月っ! 後ろっ!」
――敵駆逐艦の一隻が、菊月に照準を合わせる。
「しまっ――」
振り返った時にはもう遅く、回避は間に合わない。せめてもの足掻きに、菊月は腕を手前で交差させ、防御姿勢に――
「――近付かなくても当てられるのが、一番だと思うわよ?」
――電探による補助も合わさった、暁の精密砲撃により、菊月を狙っていた敵駆逐艦は機関部を射抜かれ、一撃で海中へ没した。
「……余計な真似を。駆逐艦の砲撃程度、耐えられた……」
「ふーん。『しまっ――』なんて言いながら、顔を青くしてたのは誰だったかしら?」
からかうような口調の暁に、菊月は唇を噛みしめる。しかし、紛れも無い事実なので、反論は不可能だった。
「さっきも言ったけど、君たちが燃料や弾薬を浪費したり、損傷を受けたりしたら、困るのは司令官と私なんだ。君たちの一挙一動は、君たちだけの責任では済まない。菊月に、皐月――それに、無茶な戦い方をする文月も。少しはその辺りを、弁えてほしいな」
無表情かつ淡々とした口調で、ヴェールヌイは言う。
「しかし、やはり接近するのは命中率を高めるためには効果的だ……」
「しっかたないじゃんかー、ヴェールヌイや暁と比べれば、ボクらはまだまだ新人なんだよ?」
「だってー、ああする方が楽しいしー」
――が、睦月型三人衆は、異口同音ならぬ異口異音で、それぞれに不満を述べた。
「……どうしてこう、睦月型はアクの強い子しかいないんだろうか」
「……適正の問題じゃないかしら」
ヴェールヌイと暁は、揃って溜息を吐く。
「警備任務ついでに、経験の浅い艦の指導をするのは構わないけど、出来ればもっと素直な――っと」
――固まっていた五隻の付近に、敵砲弾が飛来する。着弾前に全員が素早く散開し、回避した。
「まだ、一隻残っていたんだったね。――皐月。君だけ一隻も撃沈していないだろう。少しは良いところを見せたらどうだい?」
「言われなくても!」
やや煽るような口調のヴェールヌイの言葉を受け、皐月が前に出る。
「……散々言っておいて、結局無茶をさせるのね」
「――彼女たちの責任は、彼女たちだけのものではない。それはつまり、私と司令官がなんとかすれば、彼女たちの責任はとても軽いってことだ」
暁は少し呆れたような顔で言い、ヴェールヌイは暁にだけ聞こえる程度の声量で答えた。
「珍しく、甘いわね?」
「まさか。危険が無いわけじゃない。ただ、無茶をする経験というのは、ある程度積んでおいた方が良いってだけさ。自分の限界を、把握出来るからね。そうすれば、今は無茶をするべき局面なのかどうかの判断が、可能になる」
ヴェールヌイは、あくまでも無表情で淡々と語る。
「……司令官が、あなたにあの子たちを任せた理由が、なんとなく分かったわ。なるほど、適任ね」
「そうかい? まあ、他ならぬ
「――うわぁ⁉︎」
――二人の会話に割り込むように、やや遠くから聞こえる皐月の悲鳴。
「――どうした、皐月!」
それまで無表情だったヴェールヌイの面持ちに、初めて焦りが混じる。柄にもなく声を上げ、主機――いわゆる、推進機――を稼働させ、悲鳴が聞こえた方向へと、全速力で駆ける。
「無事か⁉︎」
「……え? いや、ボクはなんともないけど」
――が、皐月に特に外傷は無い。最後の敵駆逐艦についても、皐月の目の前で黒煙を上げて停止しており、既に脅威では無くなっている様子だ。
「……急に大声を出さないでくれ。何かあったかと思ったじゃないか」
その様子を確認したヴェールヌイは、すぐに元の無表情に戻ると、少し不機嫌そうな声で言う。
「ああ、ごめんごめん。――何かあったのはボクじゃなくてさ。こっち」
頭を掻きながら、皐月はあまり反省の色が感じられない謝罪をし――目の前の、敵駆逐艦の成れの果てを指差した。
「こいつが、どうした?」
「……口の中。見てみてよ」
皐月の言葉に従って、ヴェールヌイは敵駆逐艦の残骸の、だらしなく開いた口を覗き込む。
「――これは」
――人の、腕が。
喉の奥から、伸びていた。