いっそ、場所だけ教わって、中には入らず帰って来るという手段を取ろうかとも思ったんだけど――皐月はご丁寧にも一回部屋に戻り、自分と僕の分の着替えを持って来たのだった。ああ、入るんですね。はい。
まあ、ずっと風呂に入らないというわけにもいかないだろうし、そうなると初日たる今日の内に慣れておいた方が良いよな、うん。
「……はあ」
――
「さ、ここだよ」
悩んでいるうちに、どうやら辿り着いたらしい。顔を上げると、目の前には、見るからに公衆浴場めいた建物があった。
よーし、覚悟を決めろ僕。理性を全開にするんだ。それにほら、僕、長月が好きなことからも分かるようにロリコンだし、駆逐艦さえいなけりゃなんとか――って、隣にいるわ。駄目じゃん。
「一日の疲れを癒すなら、やっぱりお風呂だよね」
僕の内心など知るよしも無く、皐月はうんうんと頷きながらドックの戸を開く。
「ああ、うん、そうだな! 風呂は良いよな!」
半ば自棄になりつつ、僕も後ろに続いてドックへと入る。靴を脱いで上がり、暖簾をくぐると、そこは脱衣所だった。
「……長月、大丈夫? なんか、険しい顔してるけど」
「……大丈夫だ、問題無い」
訳がない。大有りだ。
「そう? なら良いけど」
そろそろ、僕の奇行にも慣れて来た様子で、皐月はさほど気にした風も無く服に手を――
「――っ!」
――って、不味い。もし皐月の生脱衣シーンなんか至近距離で見たら、多分僕の理性は一瞬でブレイクする。もれなく皐長のようで皐長では無い何かが展開されることになるだろう。
理性を振り絞って目を逸らし、僕も服を脱ぐ。裸が見たいなら、
「ここのお風呂は広いんだよー」
「そ、そうか。楽しみだな」
適当に返事をしつつ、僕は無心で服を脱ぎ、今日二度目の全裸になる。
「準備出来たみたいだね。じゃ、入ろっか」
「あ、ああ――」
――覚悟を決めて、僕は振り返る。
「……何してんの?」
――皐月の姿を視界に入れないように、俯きながら。
「……ちょっと、首が痛くてな」
無理のある言い訳をしてみた。
「さっきまで普通にしてたじゃんか」
もっともなツッコミを入れられた。
「……すまん、気にしないで貰えると助かる」
「……はあ」
下を向いているので分からないが、多分、皐月はまた訝しげな視線を僕に向けていることだろう。当然だ。誰だって怪しむ、僕だって怪しむ。
「ま、分かったよ。長月が変わってるのは、今日一日でよーく理解したし」
嫌な納得のされ方だが、この際贅沢は言えない。皐月が歩き出したのを確認して、僕は俯いたままの姿勢でその後に続く。
――前方から、ガラガラという音が響いた。皐月が、浴場に続く戸を開けたんだろう。
「ほら、広いでしょ……って、それじゃ見えないか」
呆れたように呟く、皐月。いやまあ、うん。そりゃ呆れもするだろうけど。絶賛俯き中だし、僕。
「……前、向いたら?」
「……そうだな」
さすがに、この姿勢を続けるのも無理がありそうなので、仕方なくゆっくりと視線を上に向ける。ただし、皐月の身体を視界に入れないように。
「確かに――なかなか、広いな」
浴場の内装は、簡単に言えばスーパー銭湯に近い。いくつかの浴槽と、何列にも並んだ洗面台、サウナに、露天風呂。
「でしょー?」
呟きながら、皐月は振り返って僕の前に飛び出し――
「……あ」
――結局、皐月の裸体をばっちり見てしまった。
「僕は、あの角っこにある泡がぶくぶくって出てくる奴が好きでさー。ジャグジーって言うんだっけ?」
視界を逸らさなくてはと思いつつも、身体が動かない。下手をすれば
「……何見てんのさ、えっち」
――さすがに気付かれた。
「い、いや、そういう意図は無いぞ!」
目を逸らしつつ、嘘をついてみた。
「ま、そりゃそうだよね。女の子同士だし」
納得された。助かった。
いや、でも――案外、耐えられるもんだな。はっきり言って、見たら身体が勝手に動いて押し倒すくらいのことは覚悟していたけど。まあ、よく考えてみれば、銭湯で男湯に入ってくる幼女とかに遭遇したことはあるし、僕の理性をもう少し信頼してやるべきだったか。
それはそれとして、非常に精神衛生上よろしく無いので、あんまり見ないに越したことは無さそうだけど。その辺は男の身体じゃなくて助かった。何故とは言わないけれど。
「じゃ、後は各自好きに入る、ってことで!」
そう言って、皐月はてとてとと走っていった。おいおい、転ぶなよ?
「……というか、かけ湯をしろ」
率直なツッコミを呟いた時には、既に皐月が浴槽に飛び込むところだった。せめて飛び込むな、子どもか――いや、子どもなのか。
とりあえず皐月はほっといて、かけ湯をしてから洗面台に向かう。辺りには、僕や皐月以外にも複数の艦娘が、惜しげも無く裸体を晒して闊歩しているが、なるべく意識しないようにする。駆逐艦には、どうしても目が行ってしまうが、気合いで我慢する。頑張れ、僕の理性。
「……ふう」
なんとか、理性を保ったまま洗面台まで辿り着いた。鏡の上に付けられたシャワーを手に取り、蛇口を捻って全身に温水を被る。よし、まずは髪を――
「……どう洗うんだ?」
――まずい、僕長髪にしたことなんて無いぞ。
でも、基本的に髪の洗い方なんて長かろうと短かろうと大差無いだろう。シャンプーを付けて擦れば良いだけだ。きっと。
見様見真似で、僕は緑の髪を洗っていく。結論から言えば、一応洗うことは出来たけれど――正直、滅茶苦茶面倒だった。
「切るかな、髪……」
割と本気で思いつつ、今度は身体を洗う。ある一部分――どことは言わない――を洗う時は、若干の興奮を催したけど、今は我慢だ。そういうことがしたいなら、人気の無い場所でするべきだろう。
「――よし」
色々と困難がありつつも、全身を洗い終えた。正直、普段の数倍面倒で、長月の身体を洗うというシチュエーションを楽しむよりも、面倒臭いという感想が先に来る。これからは、毎日のようにこれを続けなければいけないのかと思うと、若干気が滅入るくらいだ。いっそ、隔日でも良いんじゃないか?
「まあ……今は、風呂に入るか」
――その辺を考えるのは、今じゃなくても良いだろう。そう思い、近場の適当な浴槽に向かい、浸かる。
「お、おおっ……⁉︎」
――すげえ、なんか疲れが抜け出る。眼が覚めると長月になってたり、正体がバレないように気を使ったり、理性をフル稼働させたりと、色々と精神的に疲弊していた僕だったけど、一気に癒された。
「あー……こいつはいいな……」
そのまま、十分に身体が暖まるまで、浸かり続け――上がった頃には、すっかり身体や心が軽くなっていた。
「あ、長月。どうだった?」
そこに、ちょうど皐月がやって来る。無防備に裸を晒す皐月の姿に、再度邪な気持ちが頭をもたげるが、今の僕はスーパー長月――いや、中身は僕だし、スーパー長月(偽)か? ともかく、その程度の邪心、抑え込むのは訳無い。
「凄いな、この風呂は。一気に疲れが取れたぞ」
「でしょー? ……じゃ、身体洗いに行こっか」
言って、皐月は洗面台の方へと歩き出す。
「……いや、私は先に洗ったぞ」
――が、僕はもう先に洗っている。
「……え、長月って、先に身体洗うタイプ?」
「まあ、そうだな」
別にこだわりがあるわけでは無いけど、基本的には先に洗う方だ。
「そっかー……折角、洗いっこしようかなって思ったのに」
「……そうか。残念だったな」
――図らずも、命拾いした。洗いっこなんてイベントが発生した日には、さすがに理性が危ない。何しろ、合意の上で相手の身体に触れるわけで、手が勝手にあんなところやこんなところに行ってしまう恐れが、非常に高い。
「私は、先に上がっているよ」
「……うん、分かった」
残念そうな顔の皐月を尻目に――問題を起こさずに済んだ安堵感と、一抹の残念さを胸に、僕は浴場を後にする。
ああ、くそ。皐月の身体、まさぐりたかったなあ……。