「長月、突撃するっ!」
「ボクの砲雷撃戦、始めるよ!」
「悪いが、ここが貴様らの墓場だな!」
「さあー、水雷戦隊の本領発揮だよー!」
――
「暁の出番ね、見てなさい!」
「さて、やりますか」
暁とヴェールヌイは、それぞれ単独行動をとって、左右や後方から接近する敵艦隊の迎撃に当たる。
「敵艦、撃破した!」
「こっちも、片付いたよー!」
襲い来る深海棲艦達に、片っ端から砲弾を浴びせ、魚雷を喰らわせる。勿論、敵からの反撃は、回避しつつ。
「なかなか、いい調子だね!」
「そうね――でも、まずいわ」
次々に敵艦を撃破していく
「どうした、暁?」
「――付近に、大規模な敵空母機動部隊の反応あり。偵察機が、こっちに向かってきてる」
「交戦は、避けられそうにないか」
「そうね。ここじゃ隠れる場所もないし、偵察機を撃墜したとしても、こっちの居場所が発覚することに変わりはないし」
「なら――仕方ないな」
会話をしつつも敵の迎撃に当たっていたヴェールヌイが、最後の一隻を撃ち抜いたところで、こっちに視線を移す。
「陣形変更、輪形陣だ。各艦は、対空戦闘の用意を」
指示を出しながら、ヴェールヌイが先頭に出る。事前に決められた配置通りに、僕も移動する。僕の位置は、左端だ。
「――敵攻撃隊、接近!」
「了解。対空射撃、始めるよ」
全員、一斉に砲を空に向け、砲撃を開始する。
敵艦載機の数は、鳳翔さんとの訓練の時よりも圧倒的に多い。けれど、やることは同じだ。とにかく、爆撃や雷撃が可能な位置に、敵艦載機を近づけないように。それさえできれば、攻撃は喰らわないはずだ。
「――この数を、空母や防空特化艦なしは、さすがに厳しいな」
「そもそも、ヴェールヌイや暁はともかく、ボクらはまともな対空兵器なんてないんだってばぁ!」
けれど、それは言葉にするほど簡単なことではないらしい。皐月はまだしも、ヴェールヌイまでそう言うということは、現状が相当に悪いということなのだろう。
「……だったら」
――肩に担いだ五十一センチ砲を、ちらと見る。
駆逐艦の主砲や、睦月型の対空機銃程度よりも、こいつの対空弾の方が、ずっと強力だろう。でも、さっきのような反動をもう一度受けたら、今度無事かはわからないし、無事で済んでもしばらく隙だらけだ。それに、吹き飛ばされたように巻き込まないように、みんなから離れる必要があるし。少なくとも、今すぐ撃つというわけにはいかない。
けれど、切り札になり得ることに違いはない。いざという時は、もう一度撃つ覚悟を――
「――航空戦、開始!」
――そんなことを、考えた瞬間。上空に、新たな艦載機が現れる。けれど、それは敵のものではない。零式艦戦、間違いなく味方の艦戦だ。零戦は機関砲を放ち、次々に敵機を撃墜していく。
「味方空母? 一体誰が――」
「私ですよ、ヴェールヌイちゃん」
真後ろで、声がする。
「――鳳翔さん⁉︎」
――声の主は、鳳翔さんだった。
「鳳翔さん、今日はもう、訓練で――」
「大丈夫、提督に許可は頂いています!」
ヴェールヌイの言葉は、鳳翔さんに遮られる。
――何を言おうとしたかは、見当がつく。鳳翔さんは確か、一日一時間しか艤装を使えないと言っていた。そして、鳳翔さんは既に今日、僕との訓練で艤装を使っている。正確な時間は分からないけれど、五分や十分なんて長さではなかったはずだ。もう、残り時間は長くないだろう。
「――やるときは、やるのです!」
でも。そんなことは、誰よりも鳳翔さん自身がわかっているはずだろう。少なくとも――僕に口出しできるようなことじゃ、ない。
「……鳳翔さん。空の方は、任せていいかな」
ヴェールヌイもきっと、同じような判断をしたのだろう。言い返すことはせず、代わりに一つ問う。
「ええ、勿論」
「――
迷いなく答える鳳翔さんに、軽く敬礼をしてから、ヴェールヌイはこちらを向いた。
「このままじゃ、埒があかない。敵機動部隊を、直接叩きに行こう」
「なるほど、大元を叩こうってわけね」
「そういうこと。鳳翔さんが抑えてくれている今なら、突撃できる」
確かに、このまま対空射撃を続けていても、敵空母が健在な限り、状況は好転しない気がする。だから、こっちから叩くってことか。
「ならば、行くしかあるまい」
「つまり、あいつらやっちゃうーってことでしょ? いいよー!」
「ま、そろそろ対空射撃も飽きてきた頃だし?」
「そうだな。やろう」
みんなの反応を確認して、ヴェールヌイは小さく頷く。
「――艦隊、単縦陣」
そして、僕たちは指示通りに陣形を変更し――
「――
ヴェールヌイの雄叫びを合図に、突撃を開始した。
――そこからは先はもう、なんてことはなかった。
僕たちは当然のように敵空母機動部隊を撃破し、その後迫り来る敵艦隊のことごとくを撃退し続けた。
『――戦闘海域の全艦娘に告ぐ。海域の全深海棲艦の撃退を確認した』
――そうして、弾薬が尽きかけた頃に。そんな無線が、聞こえてきて。
『俺たちは、勝ったぞ』
安心して、気が抜けて――
――気がついたら、ベッドの上だった。
「……またか」
既にこれで三度目だ。二度あることは三度あるとは言うが、少しは頻度というものを考えて欲しい。
ただ、今回は今までと違い、病室ではなく自室のベッドだった。そこは進歩したと言えるだろうか。いや言えるわけがない――
「――よォ、おはようさん」
――ずいっ、と顔を覗き込まれた。
「うわっ⁉︎ ……ああ、司令官か」
「『ああ、司令官か』じゃねえよ、このどアホ」
丸めた紙で頭を叩かれた。ぽこん、と軽い音がする。
「何をする」
「何してんだっつーのは、こっちが聞きてえよ……」
盛大にため息を吐く、提督。
「――俺も大湊を任されてそれなりに経ったが、さすがに着任翌日に無断出撃かましたのは、お前さんが初めてだよ」
「……あ」
そうだ、忘れてた。僕無断出撃したんじゃん。そりゃ怒られるわ。
「まあだが、部下の勝手な行動は、ひとえに俺の監督不行き届き、教育不足だ。責められるべきは俺であって、お前さんじゃねえ。少なくとも、お前さんになんらかの処分が下るっつーことにはならん」
あれ? もしかして、怒られない――
「――が、俺が個人的にお前さんを怒るかどうかってのは、また別の話だ」
――なんてことはなかった。ですよね。
「別に俺は、体調が快復したってさえ言ってくれりゃ、出撃させるのは吝かじゃあなかったんだぜ? ――ただ、事前にそう伝えてなかった俺に落ち度があるって言われれば、確かにその通りだ。全艦出撃を命じてるわけで、わざわざ俺に確認を取るまでもないっていう理屈もつけられるしな。だから、無断出撃自体には、強くは言わん」
「……には、か」
「には、だ。お前さん自身、心当たりあんだろ?」
……うんまあ、物凄くあります。
「装備の無断借用。百歩譲って、その行為自体に目を瞑ったとしても、使った装備が問題だな。――お前はなんだ、モニター艦か? いや、そんなレベルじゃねえな。あの砲は、戦艦でさえ、大和型と長門型以外は、反動を吸収しきれないから使うべきじゃねえって、明石の奴も言ってたのによ……それを駆逐艦が持ち出して、しかも撃ちやがったって? 何を考えてんだ、なんて聞くまでもねえな。お前さん、何も考えてないだろ」
ひどい言われようだ。でも反論できない。
「問題点は二つ。一つは、貴重な試製兵器を勝手に持ち出して、海にでも落っことしたり、お前さんが沈むなりして、失われたらどうしてくれんだ。あるいは、無理な運用で調子がおかしくなるって可能性もある。ただでさえ実験段階の装備だからな。そして――もう一つ。あんなもんぶっ放したら、普通は間違いなく反動なり重量なりに耐えられず、自滅しちまうだろうが。駆逐艦なんか、巡洋艦レベルの装備でもその可能性があるってのに、あんなもんぶっ放そうなんて、自殺志願者のすることだな。確かに、説明しなかった俺も悪い。が、考えりゃわかるだろ? それとも、お前さんはそんなことも想像できんのか?」
「いや、ええと……済まなかった」
謝る他ない。いや実際、今考えてみれば相当バカなことしてるな僕は。
「済まなかったで、済まない――はずなんだがなあ、普通は。お前さんはなんだかんだ無事だし、装備も無事。それに、お前さんのおかげで助かったと、ヴェルのやつも言ってたし、防衛自体も大きな被害なしに成功した。結果だけ見りゃ、何も問題ねえんだよ。いや、喜ぶべきことなんだがな」
微妙な表情の、提督。
「……まあ、なんだ。今回は、たまたま上手くいっただけだって、よく覚えとけ。無茶や勝手をするなとは言わんが、やるならやるで俺に一言言え。俺ぁそこまで頭が固いつもりもねえし、よっぽどじゃなきゃ許してやるからよ」
「……わかった」
確かに、うん。さすがにちょっと、勝手が過ぎた。
「わかったなら、良い。この話は終わりだ。六警の奴らはもう、朝飯食いに行ってるから、お前も行ってこい」
そう言って、提督は部屋から出て行った。……というか、もう朝なのか。今気づいた。
「……まあ、そういうことなら、急がないとな」
僕は、ベッドから立ち上がる。
――正直に言って、この世界、この状況に慣れたとは、まだまだ言い難い。しかも、昨日みたいなことに、再び巻き込まれないとは限らない。いや、きっとまた、困難な事態に直面することが、あるはずだ。
「――けど、まあ」
それでも。