――どれくらい経ったんだろう、目が醒めた。
身体の調子はどうだろうと、試しに、脚を動かそうとしてみる。――まだまだ痛みはあるが、さっきよりは随分とマシだ。とは言え、我慢してまで動かす必要は、今のところないんだけど。
「……何時だろうか」
部屋を見回すが、時計は見当たらない。自分用のスマホも、自室に置いたままだ。時間を確認する手段がない。外を見ると、もう真っ暗になってるし、結構遅い時間だとは思うんだけど。
「そろそろ、何か食べたいな……」
何時間眠っていたかはわからないが、それなりに空腹感がある。まあ、安静にしていろと言われているんだし、待っていれば食事は誰かが持ってきてくれるだろう。多分。
だがしかし、それにしても暇だ。今度誰かが来たら、部屋からスマホを持って来てもらおう――
「――起きていますか?」
――廊下から、誰かの声がした。
「ああ、起きているぞ」
とりあえず、返事を返す。誰だろう。女性の声だが――少なくとも、皐月やヴェールヌイを始めとした、第六警備隊のメンバーではない。
「少し、あなたに話したいことがあります」
声の主は、部屋へと入ることなく、言葉を続ける。
「それは、いいんだが……入ってこないのか?」
「ええ。私のことについて、まだ詳しく伝えるわけにはいきませんから」
……どういうこっちゃ。
「……それで? 話とは、なんだ?」
正直、今すぐ立ち上がって廊下に出て、相手の顔を確認してやりたい気持ちで胸がいっぱいなんだけど、残念ながらまだ立ち上がれるほど身体の調子はよくない。なので、素直に話を聞くことにした。まあ、そうするしかなかっただけだけど。
「――単刀直入に言いましょう」
そして、扉の向こうの女性は――
「
――とんでもないことを、言い出した。
「…………は?」
えっと、待って。ちょっと、待って。
この世界に呼んだ、張本人? いやいや、えっ、えっ?
「疑っていますか?」
「いや、その……えっと?」
疑うとかどうとかいう問題じゃない。理解が追いつかない。確かに、僕がこの世界に来たのは、ただの自然現象で起きたことであるとは考えにくいけれど――それにしたって、その元凶が、今扉の向こうに?
「まあ、疑いようもないでしょうが。まさか、自分は本来別世界の住民であるなどと、誰かに話したりなんてしていないでしょうし、よしんば話していたとして、信じてもらえないでしょう。つまり、あなたが本来は別の世界にいたはずの存在であると知っている時点で、私の話を疑うことはできないはずです」
女性は、僕の困惑をよそに、淡々と話を続ける。
「確かに――ああ、その通りだ」
話を聞いているうちに、思考が整理されて、いくらか冷静になってきた。彼女が言っていることに、嘘はない。それはわかる。
わかるからこそ――
「だとしたら、教えてくれ。私は――いや。
――全てが、事実だとするならば。彼女の目的が、わからない。
「勿論、お話しします。そもそも私は、そのために来たんですから。もっとも、今話せる範囲で、ですが」
そう質問されるのはわかっていた、といった雰囲気で、女性は語り出し――
「――あなたを呼んだ理由、それは他でもありません。この世界を、救うためです」
――とてつもなく、スケールの大きいことを言い出した。
「どういう意味だ」
「そのままの意味です。詳細については、今はまだ、伝えられません」
思わず訊き返すが、返答は要領を得ない。
「なんだよ、それ。僕はその、『この世界を、救うため』とやらのせいで、こんなところでこうしてるんだぞ。詳しい説明を受ける権利があるはずだろ」
だが、はいそうですかと簡単に引き下がれるような状況ではない。別に、今すぐ帰せと言いたいわけじゃないけれど――何か目的があるというなら、その詳細を知りたいと思うのは、当然だろう。
「……すみません」
けれど、返ってきたのは、謝罪の言葉だけだった。
「……はあ。じゃあ次。なんで、僕なんだ」
そのまま同じ質問を続けても、得られるものはなさそうだと判断して、質問を変える。
「そうですね。幾つかの条件を満たしていたから、というのはありますが……実際のところ、たまたまあなただった、と言うべきでしょうね」
「たまたまかよ……」
え、じゃあ何か。ただの偶然のせいで、僕はなんか死にかけたりしてるわけか。さすがに結構腹が立ってきたぞ。何かしようにも、身体が痛くて何もできないけれど。
「じゃあ、長月の身体なのは、なんでだよ」
まあいい、次の質問だ。怒鳴ったり叫んだりするくらいはできるだろうけど、そんなことしてもなんの解決にもならないし。
「それも、ほとんど偶然ですね。都合がよかったのが、長月の身体だったので」
おいおい、偶然だらけか。いやまあ、長月のことは好きだから、別に、そこについては文句を言うつもりはないけれど。
いやでも、長月が好きな身からすると、むしろ皐月あたりになって、長月と友達になる展開のほうが幸せだったんじゃないか? いやいや、そもそも戦力的に考えれば、戦艦や空母なんかの方が――あ、やっぱ色々不満あるわ。言ってもしょうがないから、言わないけど。
「で、結局あんたは、具体的に、僕に何をして欲しいんだ?」
そんなことを考えつつも、疑問を減らすべく、僕は質問を続ける。
「――あなたがしたいように、して欲しい。本来この世界にはあり得ない、イレギュラーであるあなたの行動は、きっとこの世界を変える」
……相変わらず、的を得ない回答だ。全然具体的じゃないじゃないか。わけがわからない。状況が状況じゃなければ、厨二乙とでも言ってやりたいところだ。
「それで――事が済んだら、僕はちゃんと、帰してもらえるのか?」
しかし、そんな思いをぐっと飲み込んで――かなり、大事な部分を尋ねた。
「ええ、勿論です」
「……それを聞いて、安心したよ」
――確かに、この世界はこの世界で、悪くはない。死にかけること、死ぬかもしれないことを除いて、だが。それに、長月の身体もまあ、ちょっとは慣れてきた。けれど、僕にだって、元の世界に未練くらいはある。
もっとも、いつか気が変わることもあるかも知れないけれど、そうなったらそうなったで、その時考えればいいだけだ。
「まあ……そうだな。訊きたいことは、そんなもんか。本当は、あんたは何者なのかとかも訊きたいんだけど、教えてくれないんだろ? 姿も見せてくれないくらいだしな」
「よくお分かりで」
即答された。まあ、何者なのかを明かすつもりがあるなら、最初から顔を合わせて話をするだろうし、当然だろう。
「いずれ、もっと多くをお話しできる機会があれば、その時に、また。それまで私は、あなたを影から見守っています」
言い終わると同時に、扉の向こうから足音が響き出す。
なんというか、好き勝手なことを言われただけのような気がする――
『――緊急事態発生。警備府近海で、大規模な深海棲艦の艦隊が発見された』
――突然、天井のスピーカーから、放送が流れてきた。
『動ける艦娘は、全員速やかに出撃準備を。また、整備班及び医療班以外の非戦闘員は、万一に備えて近隣住民の避難誘導を――』
――ええっと。
もしかしなくても、やばい状況じゃないか、これ?