それからも、しばらく脳内で『覚めろ』を連呼し続けた僕だったが、ついに目が覚めることはなかった。
――いや、現実逃避は止めよう。これは、現実だ。夢なんかじゃない。
「はは……」
思わず、乾いた笑いが漏れる。長月を愛し過ぎたら長月になってました――なんて、笑う以外どうしろって言うんだ。泣いてみるか? 泣き顔の長月も、それはそれでオイシイが。
――まあ、泣いても笑っても、今の僕は長月だ。ならば、長月として振る舞うしかない。艦娘として、生活するしかない。むしろ、この状況を楽しむべきだろう。夢にまで見た艦これの世界だ。自分自身が長月になるというのは、想定外だが。
「っと――ここだな」
考えているうちに、目的地までたどり着く。駆逐寮二階、五号室。提督から伝えられた、自室だ。とりあえず、ノックしてみる。
「はいはい、入って良いよー」
室内から、返事が返ってくる。多分、提督が言っていた、同型艦だろう。誰だろうかと考えつつ、僕は部屋のドアを開く。
「――あ! もう大丈夫なの?」
室内にいたのは、黄色い髪を後ろで二つに結った、元気そうな艦娘。確か、彼女は――
「――皐月か?」
「うん! ……って、よく知ってるねな。司令官から聞いたの?」
「まあ、そんなところだ」
――ゲームで知ってた、とは言えない。言っても信じて貰えるはずがない。
「私は、睦月型八番艦、長月だ」
「あー、長月だったのかー。睦月型ってところまでは分かったんだけど、何番艦かまでは分かんなくてさ……ま、これからよろしくね、長月!」
言って、皐月は右手を差し出す。僕も同じようにして、握手を交わす。
「あ、柔らか――」
「え? 何?」
「い、いや!」
まずい、つい本音が出た。
「それにしても、イ級の中から長月が出て来た時は、さすがにびっくりしたよ。話には聞いてたけど、実際に見るのは初めてだったし」
「……そういえば、皐月が助けてくれたんだったな。ありがとう」
提督の言葉を思い出し、僕は皐月に礼を言う。もしそのままだったら、どうなっていたのだろう? 消化されていたのだろうか? それは大分怖い。
「お礼なんて良いって。それより、これからはルームメイトなんだからさ。仲良くしよ?」
言って、にっこりと笑う皐月。純粋で明るく、子どもっぽい笑顔だ。
「……かわいい」
「え?」
「な、なんでもない!」
さっきから本音が漏れすぎだろう、僕。
「んー……? まあ、いっか。それより長月、お腹減ってない?」
訝しげにしつつも、持ち前の前向きさからだろう、さほど気にした様子も無く、皐月は話題を切り替える。
「……正直、かなり減った」
――言われてみて初めて気付いたが、僕、超腹減ってる。
ふと外を見ると、空はもう赤みを帯びている。ああ、もうそんな時間なのか。それは腹も減るだろう。
「あはは、まあ、ここに来てから何も食べてないだろうしね。ちょうどおゆはん時だし、一緒に食べに行こ?」
「ああ、そうしよう」
そんなやり取りをして、僕と皐月は、食堂へと向かった。