暁やヴェールヌイと、談笑――という言葉が適切かどうかは、微妙なところだが――しているうちに、気が付けば昼食休憩の終了時間になっていた。僕たちは練習海域へと戻り、訓練を再開する。
「まずは、雷撃訓練だ。と言っても、さっきの様子なら、あんまり必要なさそうだけどね」
「いや、あれは無我夢中だったからな。もう一度できるかは分からん」
正直、どうやって戦ったのか、よく覚えていないくらいだ。
「何、できるさ。――手持ち式ではない火器の発射方法の要領は、航行と同じだ。どれだけ鮮明かつ繊細にイメージできるかどうかが、精度に直結する。さあ、標的に向かって撃ってみて。私にしたように、なるべく放射状を意識しながらね」
「了解した」
標的の方に身体を向けて、魚雷の発射体勢に入り、言われた通りに、魚雷が発射される光景を想像する。すると、足首の魚雷発射管はすぐさまそれに応え、魚雷を発射する。海に放たれた魚雷は、緩やかに放射状に広がっていき――標的付近で炸裂して、水柱を立てた。
「うん、いい感じだ。問題なさそうだね。じゃあ、次は対潜訓練――の、つもりだったんだけど。すまない、爆雷投射機の手配ができなくてね。また後日だ」
「うん? 爆雷なら、ここにあるじゃないか」
言って、僕は腰の爆雷を指差した。
「そうだけど、それの扱いは、練習も何も無いからね。ただ、潜水艦の近くで、切り離せばいいだけだ。投射機の場合は、狙いを付けるのに慣れが必要だから、練習させておきたかったんだけど、ないものは仕方がない」
「まあ、私たちの担当海域は、潜水艦なんて滅多に出てこないし、後回しでも大丈夫よ」
「そうなのか」
ヴェールヌイと暁がそう言うなら、僕は従うだけだ。この世界で目覚めてから、まだ一日も経っていないのに、自分で判断できるはずもない。
「そういうわけで、対潜訓練は飛ばして――次は、対空射撃の訓練だ。もっとも、ただ空に向かって砲や機銃を撃つだけでは、大した訓練にはならないから、空母の人を呼んである」
「おお、それは楽しみだな。艦名は?」
空母艦娘は、軽空母まで含めれば、駆逐艦ほどではないにせよ、かなりの人数がいる。一体、誰だろうか。
「それは、本人に直接聞いて。――ほら、もう、すぐそこにいるよ」
ヴェールヌイが言う通り、近くから機関部の音と、波を切る音が聞こえてくる。僕は、音の方向に振り向いた。
「――すみません、遅くなりました」
そこにいたのは、赤系の和服と黒の袴を身につけ、和弓を携えた艦娘――
「……鳳翔さん?」
――というか、鳳翔さんだった。
「ふふ。長月ちゃん、こんにちは」
鳳翔さんは、僕のすぐそばで停止して、軽く微笑んだ。
「訓練に付き合ってくれる空母は、鳳翔さんだったのか」
「はい。訓練のお手伝いくらいなら、まだまだやれますからね」
確か、半引退と言っていたけれど、どうやら艤装を扱うこと自体はできるみたいだ。
「……知り合いだったの?」
「夜、お店に来てくれたんですよ。長月ちゃん、また夜中にお腹が空いたら、いらしてくださいね?」
「ああ、そうさせて貰おう」
鳳翔さんの料理、美味しかったし。いや、決して食堂の料理が不味いというわけじゃなく、鳳翔さんの料理が別格だったのだ。
「あら、長月ってば。着任早々、夜更かししてたの? あまり、感心はできないわね」
「仕方ないだろう。腹が減って眠れなかったんだ」
暁の言葉に、言いわけをする僕。もっとも、
「私としては、翌日に影響さえ出さないなら、別にいいんだけど……でも、司令官には見つからないようにね? 立場上、何も言わないわけにはいかないだろうから」
「……その忠告は、少々遅かったかな」
既にバッチリ見つかってます、僕。
「……大丈夫だった?」
「ああ。そもそも、鳳翔さんの店に案内してくれたのは、司令官だしな。だから、大丈夫だ。……いや、でも」
「でも?」
――喉まで出かかった言葉を口にすべきか、少しだけ迷って。
「――見逃して欲しければ、
――そういえば、情けをかけるような相手でもないことを思い出して、遠慮なく言い放った。ただでさえ駆逐艦の嫁がいるのに、他の駆逐艦まで引っ掛けようとしやがってあのロリコン。いや、ロリコンはブーメランだけど。
「――
「ああ、本当だ。無論、断ったがな」
冗談だと言っていたことは、あえて伝えない。そもそも、冗談だろうとセクハラはセクハラだ。
「そうか……済まなかった。私から、灸を据えておく」
ヴェールヌイはそう言って、軽く頭を下げる。思っていたより、冷静な返事だ。
「……演習弾くらいなら、当たっても死なないだろうし」
「撃つつもりか⁉︎」
――全然冷静じゃなかった!
「冗談さ。司令官のセクハラは、今に始まったことじゃない。安心して、本当にそんなことをできるような度胸なんて、司令官にはないから」
「断言するのも、それはそれでどうなんだ……」
嫁からヘタレと断定される提督。若干哀れに思うが、同情はできそうもない。
「本当、司令官はえっちよね。何度言っても、頭をなでなでするのをやめてくれないし」
暁は、呆れた様子で言う。でも多分、それについては、性的な感情はないと思う。
「まあ、司令官の処遇については、帰ってから決めるとして。そろそろ本題に戻ろう。――鳳翔さん、お願い」
「はい、分かりました」
僕たちの話を、やや苦笑い気味の表情で聞いていた鳳翔さんだったが、ヴェールヌイに呼びかけられるとすぐに表情を引き締め、矢筒から矢を一本、取り出した。
「風向き、よし――」
そのまま、弓の弦に当てがって引き絞り――
「――航空部隊、発艦!」
――空へと放たれた瞬間、矢は艦載機へと姿を変えた。
「おお……!」
初めて見る、空母が艦載機を発艦させる姿に、若干テンションが上がる。かっこいい。
「――主砲を対空弾に切り替えるには、右横のセレクターを、『空』の位置に合わせればいい。背部艤装には、七・七ミリ機銃も装備されている。自由に使って、艦載機を撃ち落としてみて」
「分かった。対空射撃、用意――」
言われた通りにセレクターをいじって、上空に主砲を向け――
「――撃ち方、開始!」
――艦載機に照準が合った瞬間、引き金を引く。さすがに、的が小さいだけあって直撃はさせられなかったが、艦載機近くで砲弾が炸裂し、爆発に巻き込まれて破損した数機が、海上へと墜落した。
「よし!」
なかなかの結果に、思わず小さくガッツポーズをする僕。
「――艦爆隊、艦攻隊、攻撃始め!」
――だが、そうそう上手く、ことは運ばない。
「へ? ――う、うわぁっ⁉︎」
上空から爆弾が降り注ぎ、海中からは魚雷が向かってくる。慌てて機関を起動して、ギリギリのところで難を逃れた。
「きゅ、急に何を――」
「すみません。ヴェールヌイちゃんから、沈めるくらいのつもりでやって欲しいと言われまして」
そう語る鳳翔さんの目は、マジだった。やべえ、殺される。
「実戦では、無抵抗で撃ち落とされてくれる艦載機なんて存在しない。こうでもしないと、訓練にはならないよ。――ああ、それと。鳳翔さんへの直接攻撃は、禁止だから。駆逐艦の射程圏内で待機している空母なんて、実戦ではいない」
「いやいやいや! 実戦、実戦って! もう少し、段階を踏むとかはないのか⁉︎」
確かに、実戦で対応できるようにするためには、こういう訓練がいいんだろうけど、それにしたってもうちょっとこう、やり方があるだろう! さっきの模擬戦のこともそうだけど!
「――君ならできるさ。
しかし、ヴェールヌイはそう言って、グッとサムズアップをするだけだった。
「……はは」
そりゃ、皐月もああ言うだろうとか、ウダーチってどういう意味ですかとか、色々と言いたいことはあったけど――
「第二次攻撃隊、発艦!」
「ああ、全く! やればいいんだろう、やれば!」
――まずは、この状況をどうにかする方が、先だろう。