長月(偽)だ。駆逐艦と侮るなよ。   作:萩鷲

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気が付いたら大分投稿が遅れてました。申し訳ない。


特訓は続き-1

 暁やヴェールヌイと、談笑――という言葉が適切かどうかは、微妙なところだが――しているうちに、気が付けば昼食休憩の終了時間になっていた。僕たちは練習海域へと戻り、訓練を再開する。

 

「まずは、雷撃訓練だ。と言っても、さっきの様子なら、あんまり必要なさそうだけどね」

「いや、あれは無我夢中だったからな。もう一度できるかは分からん」

 

 正直、どうやって戦ったのか、よく覚えていないくらいだ。

 

「何、できるさ。――手持ち式ではない火器の発射方法の要領は、航行と同じだ。どれだけ鮮明かつ繊細にイメージできるかどうかが、精度に直結する。さあ、標的に向かって撃ってみて。私にしたように、なるべく放射状を意識しながらね」

「了解した」

 

 標的の方に身体を向けて、魚雷の発射体勢に入り、言われた通りに、魚雷が発射される光景を想像する。すると、足首の魚雷発射管はすぐさまそれに応え、魚雷を発射する。海に放たれた魚雷は、緩やかに放射状に広がっていき――標的付近で炸裂して、水柱を立てた。

 

「うん、いい感じだ。問題なさそうだね。じゃあ、次は対潜訓練――の、つもりだったんだけど。すまない、爆雷投射機の手配ができなくてね。また後日だ」

「うん? 爆雷なら、ここにあるじゃないか」

 

 言って、僕は腰の爆雷を指差した。

 

「そうだけど、それの扱いは、練習も何も無いからね。ただ、潜水艦の近くで、切り離せばいいだけだ。投射機の場合は、狙いを付けるのに慣れが必要だから、練習させておきたかったんだけど、ないものは仕方がない」

「まあ、私たちの担当海域は、潜水艦なんて滅多に出てこないし、後回しでも大丈夫よ」

「そうなのか」

 

 ヴェールヌイと暁がそう言うなら、僕は従うだけだ。この世界で目覚めてから、まだ一日も経っていないのに、自分で判断できるはずもない。

 

「そういうわけで、対潜訓練は飛ばして――次は、対空射撃の訓練だ。もっとも、ただ空に向かって砲や機銃を撃つだけでは、大した訓練にはならないから、空母の人を呼んである」

「おお、それは楽しみだな。艦名は?」

 

 空母艦娘は、軽空母まで含めれば、駆逐艦ほどではないにせよ、かなりの人数がいる。一体、誰だろうか。

 

「それは、本人に直接聞いて。――ほら、もう、すぐそこにいるよ」

 

 ヴェールヌイが言う通り、近くから機関部の音と、波を切る音が聞こえてくる。僕は、音の方向に振り向いた。

 

「――すみません、遅くなりました」

 

 そこにいたのは、赤系の和服と黒の袴を身につけ、和弓を携えた艦娘――

 

「……鳳翔さん?」

 

 ――というか、鳳翔さんだった。

 

「ふふ。長月ちゃん、こんにちは」

 

 鳳翔さんは、僕のすぐそばで停止して、軽く微笑んだ。

 

「訓練に付き合ってくれる空母は、鳳翔さんだったのか」

「はい。訓練のお手伝いくらいなら、まだまだやれますからね」

 

 確か、半引退と言っていたけれど、どうやら艤装を扱うこと自体はできるみたいだ。

 

「……知り合いだったの?」

「夜、お店に来てくれたんですよ。長月ちゃん、また夜中にお腹が空いたら、いらしてくださいね?」

「ああ、そうさせて貰おう」

 

 鳳翔さんの料理、美味しかったし。いや、決して食堂の料理が不味いというわけじゃなく、鳳翔さんの料理が別格だったのだ。

 

「あら、長月ってば。着任早々、夜更かししてたの? あまり、感心はできないわね」

「仕方ないだろう。腹が減って眠れなかったんだ」

 

 暁の言葉に、言いわけをする僕。もっとも、長月(じぶん)の胃袋の容量を見極められなかった、僕自身の責任ではあるんだけど。

 

「私としては、翌日に影響さえ出さないなら、別にいいんだけど……でも、司令官には見つからないようにね? 立場上、何も言わないわけにはいかないだろうから」

「……その忠告は、少々遅かったかな」

 

 既にバッチリ見つかってます、僕。

 

「……大丈夫だった?」

「ああ。そもそも、鳳翔さんの店に案内してくれたのは、司令官だしな。だから、大丈夫だ。……いや、でも」

「でも?」

 

 ――喉まで出かかった言葉を口にすべきか、少しだけ迷って。

 

「――見逃して欲しければ、()()をしろと言われたな」

 

 ――そういえば、情けをかけるような相手でもないことを思い出して、遠慮なく言い放った。ただでさえ駆逐艦の嫁がいるのに、他の駆逐艦まで引っ掛けようとしやがってあのロリコン。いや、ロリコンはブーメランだけど。

 

「――Ну()да(ダー)? ……失礼。それ、本当?」

「ああ、本当だ。無論、断ったがな」

 

 冗談だと言っていたことは、あえて伝えない。そもそも、冗談だろうとセクハラはセクハラだ。

 

「そうか……済まなかった。私から、灸を据えておく」

 

 ヴェールヌイはそう言って、軽く頭を下げる。思っていたより、冷静な返事だ。

 

「……演習弾くらいなら、当たっても死なないだろうし」

「撃つつもりか⁉︎」

 

 ――全然冷静じゃなかった!

 

「冗談さ。司令官のセクハラは、今に始まったことじゃない。安心して、本当にそんなことをできるような度胸なんて、司令官にはないから」

「断言するのも、それはそれでどうなんだ……」

 

 嫁からヘタレと断定される提督。若干哀れに思うが、同情はできそうもない。

 

「本当、司令官はえっちよね。何度言っても、頭をなでなでするのをやめてくれないし」

 

 暁は、呆れた様子で言う。でも多分、それについては、性的な感情はないと思う。

 

「まあ、司令官の処遇については、帰ってから決めるとして。そろそろ本題に戻ろう。――鳳翔さん、お願い」

「はい、分かりました」

 

 僕たちの話を、やや苦笑い気味の表情で聞いていた鳳翔さんだったが、ヴェールヌイに呼びかけられるとすぐに表情を引き締め、矢筒から矢を一本、取り出した。

 

「風向き、よし――」

 

 そのまま、弓の弦に当てがって引き絞り――

 

「――航空部隊、発艦!」

 

 ――空へと放たれた瞬間、矢は艦載機へと姿を変えた。

 

「おお……!」

 

 初めて見る、空母が艦載機を発艦させる姿に、若干テンションが上がる。かっこいい。

 

「――主砲を対空弾に切り替えるには、右横のセレクターを、『空』の位置に合わせればいい。背部艤装には、七・七ミリ機銃も装備されている。自由に使って、艦載機を撃ち落としてみて」

「分かった。対空射撃、用意――」

 

 言われた通りにセレクターをいじって、上空に主砲を向け――

 

「――撃ち方、開始!」

 

 ――艦載機に照準が合った瞬間、引き金を引く。さすがに、的が小さいだけあって直撃はさせられなかったが、艦載機近くで砲弾が炸裂し、爆発に巻き込まれて破損した数機が、海上へと墜落した。

 

「よし!」

 

 なかなかの結果に、思わず小さくガッツポーズをする僕。

 

「――艦爆隊、艦攻隊、攻撃始め!」

 

 ――だが、そうそう上手く、ことは運ばない。

 

「へ? ――う、うわぁっ⁉︎」

 

 上空から爆弾が降り注ぎ、海中からは魚雷が向かってくる。慌てて機関を起動して、ギリギリのところで難を逃れた。

 

「きゅ、急に何を――」

「すみません。ヴェールヌイちゃんから、沈めるくらいのつもりでやって欲しいと言われまして」

 

 そう語る鳳翔さんの目は、マジだった。やべえ、殺される。

 

「実戦では、無抵抗で撃ち落とされてくれる艦載機なんて存在しない。こうでもしないと、訓練にはならないよ。――ああ、それと。鳳翔さんへの直接攻撃は、禁止だから。駆逐艦の射程圏内で待機している空母なんて、実戦ではいない」

「いやいやいや! 実戦、実戦って! もう少し、段階を踏むとかはないのか⁉︎」

 

 確かに、実戦で対応できるようにするためには、こういう訓練がいいんだろうけど、それにしたってもうちょっとこう、やり方があるだろう! さっきの模擬戦のこともそうだけど!

 

「――君ならできるさ。Удачи(ウダーチ)

 

 しかし、ヴェールヌイはそう言って、グッとサムズアップをするだけだった。

 

「……はは」

 

 そりゃ、皐月もああ言うだろうとか、ウダーチってどういう意味ですかとか、色々と言いたいことはあったけど――

 

「第二次攻撃隊、発艦!」

「ああ、全く! やればいいんだろう、やれば!」

 

 ――まずは、この状況をどうにかする方が、先だろう。


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