「――おう、来たな」
呼び出しの通りに執務室に向かうと、そこには相変わらずくたびれた感じの提督と、駆逐艦『ヴェールヌイ』が待っていた。
「君が長月か。
ヴェールヌイは言って、敬礼をする。……らずり? ぷりすた? どういう意味だろう。疑問に思いつつも、とりあえず敬礼を返す。
「――初めまして、っつー意味だ。おいヴェル、いきなりロシア語なんか使っても通じるわけねえだろ?」
僕の疑問が伝わったのだろう、提督が通訳してくれる。ああ、初めまして、なのか。
「だろうね。でも、ロシア語は良い響きだろう? 私自身ロシアに縁があることもあって、つい使いたくなるんだ」
「つい、ってお前な。……ま、このやり取りも一度や二度じゃねえんだけどよ」
ため息を吐く提督。しかし、その表情は、本気で困っている様子では無さそうだった。
「良いじゃないか。この警備府だけでも、何十もの艦娘がいるんだ。ロシア語混じりで話すなんていう、分かりやすい特徴がある方が、すぐに覚えて貰えるだろう? 英語混じりで話す、金剛さんみたいにね」
「確かに、金剛は一回話したら嫌でも記憶に残るけどよ」
それについては、首を縦に振るしかない。もっとも僕の場合、艦娘の容姿や名前は既に頭に入っているから、今更覚え直す必要は無いんだけど。
「――まあ、そんなことは置いておこうよ。それよりほら、長月に用事があったから、呼び出したんだろう?」
「誰のせいで、話が逸れたと思ってやがんだ……」
提督はため息を吐きつつ、執務机の上から書類を一枚手に取った。
「ま、お前さんを呼んだ要件は二つあってな。――長月!」
「は、はいっ⁉︎」
――急に叫ぶ提督に、殆ど素で返事を返してしまう。まずいまずい、長月を演じきれ、僕。
「おめーは今日から、第六警備隊の所属だ」
動揺している僕に、提督は書類を手渡した。
「――第六警備隊の主任務は、近海警備を兼ねた、艦隊の練度向上だ。比較的安全な海域で実戦経験を積んで、一人前の艦娘に育つのが、当面の君の任務だよ」
「詳しいんだな。……ああ、そうか。秘書艦だものな」
ヴェールヌイの説明を受けながら、書類に目を通す。『駆逐艦長月を、大湊警備府第六警備隊所属とす』と手書きされ、判が押されただけの、かなり簡素なものだった。これ、提督が書いたんだろうか。
「それもあるけど――私は、第六警備隊の旗艦だからね」
「そうなのか? 訓練が必要そうには見えないが」
ヴェールヌイといえば、駆逐艦響を七十レベルまで育て上げて初めて改装出来る、いわゆる『改二』という存在だ。今更、あえて訓練を積む必要があるような練度では無いだろう。いや、それはゲームの話だけど、この世界でだって、練度の低い艦娘が改二にはなれないだろう、多分。それにそもそも、ヴェールヌイは秘書艦だし、新人とは考えにくい。
「いや、私自身の練度の向上のためじゃないよ。指導のために、高練度の艦娘が一隻か二隻、一緒に編成されることになっているんだ」
「なるほど。そういうことか」
言われてみれば、新人しかいないような艦隊では、戦闘どころか、訓練すらままならないだろう。特に僕は、『艦これ』から得られる知識以上のことは知らないわけで、戦い方についてはさっぱりだ。その辺りを教えてくれる人がいるのは、素直にありがたい。
「――要件の一つは以上だ。それで、もう一つが、ほれ」
提督は言って、僕にカードとスマホを渡す。
「片方はキャッシュカード。お前さん用の口座から金を引き落とすためのもんだ。給金については、あー……後でヴェルにでも説明して貰え。もう片方は、まあ、ただの携帯電話だな。無いと不便だろ?」
「おお、ありがとう」
確かに、お金がないと色々困るし、日常用の連絡手段くらいは欲しいと思っていたところだ。
「お前さん自身への要件は以上だ。第六警備隊としての任務は……ま、後でヴェルを通して伝える。とりあえず今は、下がって良いぞ」
「了解した」
スマホとキャッシュカードを、制服の内ポケットにしまってから提督に敬礼し、踵を返して執務室を――
「――あ、そうだ。長月、朝食はとったかい?」
――出ようとしたところで、ヴェールヌイに声をかけられた。
「いや、まだだな」
そもそも、食堂に行こうとしたところで呼び出されたのだ。だからこそ、これから食べに行こうと思っていたんだけど。
「じゃあ、ちょうど良かった。六警のみんなで食べないか? 顔合わせついでにね」
「ああ、良いぞ」
僕も、どんなメンバーか気になっていたところだし、好都合だ。
「あ? おいヴェル、俺の朝飯は?」
「食堂で食べるか、雷か電にでも頼んでくれ」
「俺はお前の作った飯が食いたいんだよ」
「それじゃあ、冷蔵庫に昨日の残りがあるから、自分であっためて食べて」
……提督への対応が、若干辛辣な気がする。まあ、秘書艦やってるくらいだし、嫌いだからってわけじゃないだろうけど。
「――じゃあ、行こうか」
「あ、ああ」
不満気な顔の提督を残して、僕とヴェールヌイは執務室を後にした。