Fate/eternal rising [another saga]   作:Gヘッド

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何で守ったんだ?

 セイバーは生前と同じことをしている。彼女は生前、義父の愛を信じなかったばかりに、所持していたグラムの力を暴発させて義父を殺してしまったという過去を持つ。

 

 今もまた彼女は信じていなかったのだ。彼女は俺たちを信じることができなかった。嫌われたくないという人の業の一つがそのような結果を生んでしまった。

 

 セイバーはその事実を気付いていなかった。そして、今、彼女はそれに気付かされた。

 

「私が変わっていなかった————?」

 

「ああ、そうだよ。お前は変わってるって思ってたのかもしんねぇけど、実際は何にも変わってなかったんだよ。歩いてるように見えて、ずっとただ足踏みしてただけなんじゃね?お前はさ」

 

 彼女はスカートの裾を手で握り締める。

 

「そんな私を見て、惨めだったですか……?」

 

「は?いや、何でそうなんだよ。俺は単に……」

「じゃあ、何で言わなかったんですか⁉︎私に教えてくれてもいいじゃないですか⁉︎時には言わないと分からないってことだってあるんですよ—————⁉︎」

 

 その言葉は彼女の心の叫びだった。ある意味これは彼女にとって一種のトラウマ。義父にその愛を口にしてもらえば信じれたものを、その言葉がないばかりに彼女は怒り狂った。

 

 彼女にとって教えてもらえないというのは過去のトラウマと類似する。それが彼女にとって一番嫌なことだった。

 

 彼女は真剣な眼差しで俺を見る。その目には怒りの感情が宿っていた。

 

「なら、一つ言わせてもらうけど、今回はお前、生前の自分の立場と同様であると同時に、義父と同じ立場であるってことも理解してるか?」

 

 義父と同じ立場。それは信用を裏切るということ。

 

 彼女は俺の言葉に何も言い返せない。

 

「お前は俺たちを信じなかったから、何も言わなかった。それと同時に、俺たちがいつか自ら打ち明けてくれるって信じてたのに、お前は何も言わなかった。確かにお前は何も変わってない。ただ、義父と同じ経験はしただろ?」

 

「……何が言いたいのですか?」

 

「いや、特に。まぁ、お前は俺たちの気持ち分かるだろ?信じてたのに、その信頼に裏切ったっていうお前でも、裏切られた体験もある。どうだ?裏切った気分になって」

 

 結局のところ、俺は彼女を信じていて、でも彼女はそれに応えなかった。確かに言葉にはしてない。セイバーなら分かってくれるって思ってたからそう信じていたらだけのこと。

 

 だが、それは言葉にすべきものではないとも思う。今、俺は言うべき時が来たと思ったから言ったまでだが、本当は最後まで言うつもりもなかった。言わなければ分からないというのも正論だが、言ってしまっては信じる意味もないとも思う。

 

 彼女がいつか言うということを俺たちは信じているのであって、そこを俺たちが潰してはならない。彼女が自らの意思で俺たちに告白すれば、それは彼女の成長にも繋がった。

 

 まぁ、今回はそれがうまく決まらなかったわけだが。

 

 彼女は頭を下げた。

 

「……その、ヨウ。ゴメンなさい」

 

「いや、謝んなよ。別に怒ってもねーから。怒ってるとすれば一々クソみてーな理由で躊躇ってることぐらいだよ。嫌われる嫌われないなんて考えてんじゃねーよ。つーか、そんなんで誰が嫌うよ。少なくとも俺はそんなんで嫌いになったりしねーよ」

 

「えっ?でも、その、私がいたせいで、鈴鹿さんが……」

 

 俺はまた彼女の大きなおデコにデコピンを撃つ。

 

「ぅ痛ッ!」

 

「バーカ。鈴鹿がなんだってんだ。あいつはそもそもこの現世にはいるはずのない存在。十年前に消滅してるのが普通なんだよ。だから、あいつにとってはむしろ十年間も生きられただ。死んだじゃねぇ」

 

「でも、それは鈴鹿さんとしての見解で、ヨウは……」

 

「別にいいよ。本当は母親さえいなかったんだ。むしろ、いてくれてありがとうってことだよ。それに、この聖杯戦争が終わったら、この聖杯をぶち壊すつもりだし。その時に鈴鹿がいたら、やりづらいだろ」

 

 鈴鹿がその時になっても、この現世に存在していたなら、俺は多分聖杯を壊せずに終わるだろう。そしたら、またこのクソッタレな殺し合いが続く羽目になる。何かの弾みがない限り、俺は鈴鹿を殺すことなんてできなかったから、そう考えるとあれで良かったのかもしれない。言い方は別として、彼女があそこで消滅したから俺は進めると思える。

 

「まぁ、悲しみはケッコーデカイけど、それはあくまで俺的に考えてだ。あいつ的には有終の美ってやつ?いい感じの最期だったんだ。だから、あれ以上の終わりなんてものはもうねぇよ—————」

 

 過去は振り返らない。あの時にもう涙は流し切った。

 

「だから、謝る必要ない。いや、謝んないでくれ。俺はあれで納得してるし、変に思い返したくもない」

 

 俺は立ち上がった。尻に着いた埃を手で払う。

 

「よし、行くか。祠を探しに」

 

「行くって、見当はついてるんですか?」

 

「おいおい、ナメんなよ。俺、地元民だからな。見当の一つや二つはあるよ」

 

 俺は彼女にそう伝えると、茂みの中に入って行く。

 

「あっ、待って下さい」

 

 セイバーもその後を追っていった。

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

「ハァ、ハァ……」

 

 冬の寒さを物ともしない熱気を帯びている。額から滲み出た汗は目の横を通り過ぎて顎から滴り落ちる。荒い息とペダルを漕ぐ音が静かな街の中で生じていた。

 

 グリップをギュッと握りしめ、後ろを振り返る。そこにあの肌黒の大男の姿も、妙な黒い煤の煙もなく、ほっとひと安心した。

 

「ちょっと、私がせっかく時間稼ぎしたんだから、頑張って逃げなさいよ。全然逃げてないじゃないの」

 

 彼の目の前にサーヴァント・アサシンが実体化する。アサシンは少し不機嫌そうな目つきで彼を見るので、彼は荒い息をゆっくりと整えながら、彼女に笑いかけた。

 

「これでも全速力なんだけど。全身汗でびっちょり。もうくたくたで、疲れたよ」

 

 優しい笑顔を見せる自らのマスターに彼女はため息を吐きながらも、口角が上がっていた。

 

「まぁ、少しはゆっくりしてもいいんじゃない?敵はまだ来ないわよ。戦意喪失って感じかしら?」

 

「それって逆にヤバくない?バーサーカーたちがヨウのところに行っちゃったら、負けは確実だよ?」

 

「いや、大丈夫じゃない?だって、バーサーカーたちはヨウたちやグラムが何処にいるのか分からないだろうし」

 

「ああ、そうだね……」

 

 その後、セイギは沈黙した。あることに気づいたようで、顔が真っ青になってゆく。

 

「……あれ?ヨウたちにグラムの居場所教えたっけ?」

 

「え?今、なんて言ったの?」

 

「いや、その、なんか、グラムの居場所を教えてなかったような気がして……」

 

「それってヤバくない?」

 

「ヤバいで済むなら、いい方だよ」

 

 セイギは慌てて携帯を取り出した。耳に携帯を押し当てて、電話先が出るのを待つ。

 

 しかし、耳の先から相手の声は聞こえてこない。

 

「ダメだ。ヨウ、出ないや」

 

「電波が届かないんじゃない?祠でしょ?」

 

「うん。あそこは確かに電波届かなそうだしね」

 

 祠、そこはツクヨミを祀る祭壇であり、聖杯へ直接繋がることができる数少ない場所の一つである。

 

 セイギはヨウに黙って敵を分離させていた。グラムは祠へと、そしてバーサーカーはセイギたちの後を追ってきている。

 

 セイギは自転車のサドルに腰を深く乗せると、ペダルを漕ぎ始めた。

 

「う〜ん、でも、グラムとバーサーカーの分離作戦は上手くいったかな。ヨウには何にも伝えてなかったし」

 

「上手くいったんじゃないの?あと、ヨウに前々からこのことを教えていたらセイバーちゃんにも話しちゃうと思わない?」

 

 アサシンはセイバーに対して若干の不信があった。別にアサシンはセイバーの人柄という面では嫌うことなどないが、しかしそれでもセイバーはサーヴァント。本来なら敵対するはずの存在。それに、セイギとアサシンも気付いていたのだ。

 

 セイバーとグラムが二人合わせて騎士(セイバー)というクラスに当てはまるということに。

 

 つまり、セイバーに教えて信用しても、そのセイバーと一心同体のような関係にあるグラムがどのような手段を使ってくるか分からない。それこそ、セイバーの肉体を乗っ取るかもしれない。

 

 だから、実質的にセイバーを信用できなかった。それが理由でヨウにも直前まで何にも言わなかったのだ。

 

 悪いことをしたと思っている。だが、これしか方法が思いつかなかった。

 

 一番最適だと思う勝利への道はこれだけだった。

 

 セイギはアサシンに向かって笑みを作る。全然嬉しそうでも、楽しそうでもない笑み。ただ相手を不安にさせまいと作った笑みだった。

 

「—————ゴメンね。僕にはこんなことしかできないや」

 

 アサシンに謝る。そうされると、アサシンは視線を少しだけずらす。

 

「あなたが謝る必要なんてないの。それに、これは私も望んでいること。私はこれで良いと思ってるし、あなたにも、そして彼らにも一番だって思ってるから」

 

 優しい暗殺者(アサシン)。そんな彼女の言葉に少しだけセイギの顔が曇った。そして、ボソッと独り言のようにこう呟く。

 

「—————僕にはどれも一番だなんて選べないよ」

 

 しんみりとした空気が流れてしまった。セイギはその流れを断とうと、自転車のペダルに足をかけて漕ぎ出した。

 

「まぁ、僕はやれることをするだけだから」

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 一方、無人の街には大男と少年がいた。尻もちをついた少年はゆっくりと立ち上がる。尻に付いた埃を手で払いながら、セイギが逃げた道を見る。

 

「見えない、か」

 

 そこにセイギが自転車を漕ぐ姿はなく、逃げられたと理解した。

 

「クソッ、あいつら何なんだ?いきなり目の前に現れたかと思えば、バーサーカーを挑発しやがって」

 

 少年は地団駄を踏む。だが、少年の筋肉が全然ついていない足が何度コンクリートの道路を踏みつけようとも、一切の傷はつかない。

 

 地面に無惨にも落ちている鎖と分銅はその間にゆっくりと消滅してゆく。それはアサシンの宝具であり、宝具の一部が壊されたということ。

 

 だが、少年はそれを見ても、快い気分にはならなかった。むしろ、怒りが湧いてきたのだ。その怒りの矛先はバーサーカーに向く。

 

「そもそも、お前があんな挑発に乗っていなければ、こんなことにならなかったのに!昔の仲間を侮辱されたから?知らないよ、今は僕の言うこと聞けよ!僕のサーヴァントだろ!」

 

 彼は自らのサーヴァントな怒りを見せる。バーサーカーはその怒りに落ち込む様子も怒る様子も見せない。動かず、じっと少年を見つめている。理性がないからなのか、理解できないからなのか、何も言わない。少年の心の中を覗き込むようである。そして、少年はその様子にさらに怒りを覚える。

 

 だが、少年は気付いていた。それは、自身の怒りが矛盾に満ちたものだということに。

 

 今、彼はバーサーカーに対して怒りを露わにしているが、そもそもそれが何に対しての怒りなのか実際のところ見出せてない。彼は確かにバーサーカーのせいで大変な目にあっている。だが、それでもバーサーカーは少年を守った。そこから考えるに、バーサーカーに決して不義があったわけではない。

 

 そもそもバーサーカーをバーサーカーとして召還したこと自体がまず少年の決断であり、理性が働いていないからといって怒るわけにもいかない。そして、バーサーカーの真名を知っていて、それでもなお召還したのだから挑発に乗ったことを責めるわけにもいかない。

 

 少年は怒りを覚えてはいるのだが、その怒りを何にぶつけたら良いのか分からないから、バーサーカーにぶつけているだけ、そして、それをバーサーカーも知っている。その上でバーサーカーは全てを受け入れている。

 

 それをつくづくと少年は実感してさらに悔しく思える。まるで自分が小者みたいに思えるからだ。

 

「お前が、お前が悪いんだ!」

 

 少年はバーサーカーの大きな足を小さな足で蹴る。しかし、バーサーカーはそれに痛がる姿を見せないから、また心の中にモヤモヤとしたものが生まれてしまう。

 

 何の根拠もないのに怒りの原因を擦りつける少年。それは召還されてから幾度とあったことだった。

 

 少年は己の力を誇示するかのようにバーサーカーに暴力をぶつける。それでもバーサーカーはその全てを物ともせずに耐えてきた。

 

 少年はバーサーカーを踏みつけるのを止めた。そして、セイギが逃げた道に向かって歩き始めた。バーサーカーはそれを見て、そっと少年の五歩ほど後ろを歩く。

 

 しかし、少年は立ち止まった。それに合わせて、バーサーカーも立ち止まる。

 

「—————お前、何であの時、僕を助けたんだ?」

 

 ずっと疑問に思っていた。何故、あの時バーサーカーは咄嗟に自分を守ったのかと。

 

 少年はいつもバーサーカーに酷く当たっていた。だから、バーサーカーは自分のことを好きなはずがない。そう信じていた。そして、そうであってほしいと願っていた。自分はみんなの嫌われ者でいればいい。少年はずっとそう願っているのである。

 

 しかし、だからこそあのバーサーカーの行動には疑問を抱かざるを得なかった。

 

 バーサーカーは何故こんな自分を助けたのだろうか。何故あの怒りに身を任せていたバーサーカーが冷静になってまで少年を守ったのか。

 

 分からなかった。いくら考えても少年は何も思い浮かばなかった。その理由が、彼の思いが。

 

 バーサーカーはじっと少年を見つめている。その姿に少年は苛立ちを見せる。

 

「お前は何で僕を守ったのか訊いているんだ!何か言えよ!このクソポンコツ!」

 

 罵声を浴びせる。だが、やはりバーサーカーはピクリともしない。

 

 少年はまるで自分を相手にしてもらってないように思えた。バーサーカーは英雄で、少年はただの少年。圧倒的な格の差をもってして、バーサーカーは自慢げに自分の前に立っているのだと考えた。

 

 だが、分からない。何故、バーサーカーは自分を助けたのかが。あの時、一瞬味わった死ぬかもしれないという絶望を跳ね除けた理由がどうしても知りたかった。

 

 もし、バーサーカーはこの聖杯戦争で負けたとしても、英雄の格としては一流。他の聖杯戦争でも召還される可能性はゆうにある。だから、この聖杯戦争で頑張らなくても、別に他の聖杯戦争で頑張ればいいだけの話で、少年を守る理由など本当にゼロに等しいのだ。

 

 気まぐれなのだろうか。だが、バーサーカーがそんな気まぐれなど持ってはいないだろう。

 

「教えろよ!何で、何で、僕なんかをお前が助けたんだよ—————⁉︎」

 

 怒号が街中に響く。バーサーカーはその響きに合わせるかのように腹の底から声を出した。

 

「■■■■■■■■—————!」

 

 静かな咆哮が質問の答えだった。だが、少年にその答えなど分かるわけもない。

 

「……いいや、どうせお前は話せないし」

 

 少年はまた前を向く。大男に背を向けて、歩き出した。ゆっくりと、泥沼に浸かっているかのように遅い足取り。下を向きながら少年はずっと考える。

 

 自分の後ろを歩くこのサーヴァントは何故、自分にこうも従うのかと。


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