Fate/eternal rising [another saga] 作:Gヘッド
前回、まさかのセイギくんがやらかしちゃいましたが、さて今回はどうなるのか〜。
「ハァ……、ハァッ……」
荒い息でも青年は漕いでいるペダルの速さを下げない。冬の凶器とも言える冷たい外気の中を物凄いスピードで駆け抜ける。この市に張られている結界のおかげで道に人がいないからといって、彼は時速数十キロの速さで赤日山に向かって移動していた。
ドンッ、ドンッ—————
後ろから鈍く大きな音が追いかけてきている。彼は後ろを振り向きたいが、そんな暇もなくただひたすらペダルを回す。分かるとすれば、後ろにいる灼熱の身体を持つ大男があまりにも速い自転車の速さに追いついているということ。
セイギは背中の方から熱気を感じている。それが証拠だった。本気で自転車を漕いで逃げても、バーサーカーからは逃げられそうもない。
だが、それでもここまで数分ほどそのバーサーカーには追いつかれていない。それは何故か?
「アサシン、第三陣
無人の街中で叫んだ。すると、その返答は近くの民家から聞こえた。
「ハ〜イ!準備万端よ、アラヨッと♡」
民家の屋根の上に立っているアサシンは右手と左手を合掌をするように合わせた。そして、目を閉じたまま顔を夜空に向ける。白く伸びた首筋に一筋の魔力の光が走った。
「第三陣魔術罠発ッ動〜‼︎」
すると、セイギとそしてバーサーカーを中心とする半径約百メートルほどのコンクリートの大地が紫紺の色を放つ。
「またか⁉︎止まれ、止まれ!バーサーカー!」
バーサーカーの肩にしがみついている少年は全力疾走している自らのサーヴァントに大声で命令する。だが、どうしたことか、この少年の言葉が今のバーサーカーには一切通じない。いつもなら、命令には従うはずなのに、今回ばかりは全然従わないのだ。
バーサーカーは一心不乱にセイギを追いかけているという様子である。セイギに対しての殺意が剥き出しになっており、そう簡単に止められるようなものではなかった。
だが、そのバーサーカーの行く手を罠が止めようとする。街中のありとあらゆるものが彼を邪魔した。道路わきに設置されているガードレールや看板、カラーコーンなどはバーサーカーの身体に体当たりし、街灯は中腹部が折れて進路を阻害し、頭上にある電線は切れてバーサーカーの身体に絡まる。
しかし、バーサーカーはそれら全てを物ともせず前進する。前にある障害はその強靭な肉体で木っ端微塵に粉砕し、絡まる電線はその炎の身で燃やして進む。この大男にとってこれらの障害は合わせてもたった数秒のタイムロスにしかならないのであった。
「あ〜、やっぱりこれらも難なく突破か……。じゃあ、これはどう?」
アサシンはまた手と手を合わせた。そして息を吐く。
すると、紫紺の光を放つ地面から無数の魔力の手が現れた。その手はバーサーカーに迫ってくる。
「うわぁぁぁっ、バ、バーサーカー、あれを止めろ!」
少年が叫ぶ。すると、バーサーカーはくるりと後ろを振り向く。そして、手に持つ大剣をかざす。
「◼︎◼︎、■■■■■■■—————‼︎」
獣のような咆哮が街全体に響いた。空気が震え、大地が震え、海が震え、命あるものが震える咆哮。バーサーカーのその姿はかつての威光とは程遠いものであり、嘆きのような感情が滲んだ言葉ならぬ声だった。
そしてバーサーカーは振りかざした剣を大地に突きつけた。
すると、剣を刺した所から黒い煙が漂い始めた。その煙の規模は徐々に広がり、魔力で作られた手がバーサーカーに触れるという時には辺り一面が黒煙で覆われていた。
その煙はセイギの所にも広がっていた。全速力で赤日山に向かっている彼よりも黒煙の広がる速さが上なのだ。
「火山が噴火したときの煙みたいだな。これは煤か?」
セイギが自身を覆う黒い煙を冷静に分析していたが、とあることに気づいた。
「セイギ!その煙を吸っちゃダメッ‼︎」
珍しくアサシンが声を荒げる。彼女は屋根の上にいるため、空気より重い黒煙を吸うことなく俯瞰していたが、黒煙のあることを察知したためセイギに声をかけたのだった。
しかし、その心配は必要なかった。
「大丈夫、気づいてる。ちょっと吸っちゃたけど、そのちょっとだから、なんとか大丈夫!」
彼はちらりとバーサーカーの方を振り向いた。
バーサーカーの目の前にまで魔力の手が伸びていた。だが、バーサーカーと少年にあと少しで触れられるというところで手が止まった。そして、その魔力でできた手は爛れ始めた。固体が液体になるように、段々と手の形をしていた魔力が溶け始めたのだ。
魔力を溶かす黒煙。生命力をも焼くその力には相応しいものだった。
「やっぱりか……」
セイギはそう呟いた。自分の予想が的中していたからだ。
バーサーカーは全てのトラップを破壊すると、またぎょろりとセイギを睨む。セイギはその視線に気づくと、また大急ぎで赤日山に向かってペダルを漕ぐ。その後をまたバーサーカーは血眼になって追う。
「あらら、セイギ、体力ではヨウに劣っているのが現状だし、逃げきれるかしら?」
逃げる者と追う者を傍観しているアサシンは冷静に状況を確認している。彼女は手許にある鎖鎌をバーサーカーに重ね合わせて見た。
「これで援護とかしたほうがいいかしら?ん〜、でも、ヘタに近づくのは得策ではないし、そもそも街中だから、あんまり被害を出すのもどうかって話だから……。これは結構八方ふさがりなのかも?」
その言葉は主従の契約を結んでいるセイギにも聞こえた。セイギは若干バテた声でアサシンに声をかける。
「八方ふさがりとか言わないでよ!結構キツイんだから!」
「でも、第四陣、第五陣の魔術罠はさっきの黒煙でやられちゃったのよねぇ〜。やらないとダメ?」
「ちょっとでいいから、時間稼いで!」
「ふふふ、了解」
アサシンは不敵な笑みを浮かべた。屋根から屋根へと飛び移り、隙あらばバーサーカーの首を狙おうという算段か、バーサーカーの目の前に現れた。
「ハロー、大男とショタっ子くん。お姉さんと一緒にイイことしない?」
「■■■■■—————‼︎」
バーサーカーはそこを退けとでも言っているかのようである。しかし、アサシンは彼女の背後にいる青年の時間稼ぎ。素直に受け入れるわけもない。
「はぁ〜、ダメねぇ。イイ女に遊びましょうって言われても遊ばないなんて、ダメな男ね。あなた、夜遊びしたことある?」
彼女が話を長引かせようとしていると、バーサーカーは痺れを切らしたのか、アサシンに襲い掛かった。しかし、怒りに身を任せた攻撃からは武勇という鍛錬の賜物を見出すことができない。アサシンは攻撃をやすやすと交わし、また挑発した。
「話を待てない男はダメね。焦らされて待てない男と一緒で、そんなあなたと過ごす夜はつまらなそう。それに、すぐに暴力を振るう男もダメ。少なくとも今の私はそういう趣味じゃないし、そういう趣味の男は自分の快楽しか考えていない。てんでダメね。そんな巨体だから、てっきり夜の方も強いのかと思ったのは私の見間違いかしら?」
「■■■■—————!」
バーサーカーは一心不乱に大剣を振り回す。コンクリートは砕け、鉄柱は切断され、瓦礫が宙を舞う。
怒りに身を任せたバーサーカー。そんなバーサーカーは気づくことがないだろう。アサシンの狙いには。
「うわぁっ、やめ、やめろっ!バーサーカー!うわぁぁっ、イテッ!」
バーサーカーの肩にしがみついていた達斗はついに自らのサーヴァントの動きの振動によって振り落とされてしまった。地面に叩きつけられた少年は尻をさすりながら、立ち上がる。
その瞬間、アサシンはニタリと笑った。手に持っていた鎖鎌の分銅をその少年に向けて投げつけたのだ。
「—————えっ?」
わずかゼロコンマ数秒程度の時間、たったそれだけの瞼を開くのに等しい時間。その時間がぎゅっと濃縮されて達斗を襲う。それは俗に言う走馬灯というやつだろう。世界がゆっくりになって、達斗はその瞬間、生物としての直感が働いた。
ああ、自分はここで死ぬのだと。
彼は悔しかった。自分を一人にした世界に一矢報いたかったのに、それすらできずに自分は世界に見捨てられたまま死ぬのかと。
(僕はもうダメなのか……な……)
彼がそう思った時だった。声が聞こえた気がした。それは力強く、野太く、低い声だった。そして、温かい声だった。
そんなことは絶対にさせない、という声が聞こえた気がしたのだ。
ドスンッ—————‼︎
重いものが落ちたような効果音が響いた。それはバーサーカーの大剣が地面に向かって振り下ろされたからだった。叩きつけられた大剣のそばには切断された鎖と歪んだ分銅が無惨にも地に落ちている。
アサシンはその状況に笑みが消えた。しかし、怒りや憎しみなどという感情が宿っているわけでもない。ただ、新たに生じたバーサーカーに対しての疑問が彼女の笑みを消したのだった。
「—————ねぇ、なぜあなたはその子を守ったの?」
アサシンはバーサーカーに質問を投げかける。しかし、バーサーカーは狂化のスキルのため意思疎通をすることが基本的に不可能。それを知っていてもなお、アサシンは尋ねたのだ。
「あなたはその子にいいように扱われているだけなのよ?あなたは所詮道具でしかないってこの子は思っているはず。なのに、どうしてさっきまでの怒りよりもその子の命を優先するの?」
バーサーカーは少年を守るような仕草をとった。それを見て、アサシンは「そう」と言う。
「あなたにとっては過去の大切な仲間よりも今を生きる子の方が大事なのね?それは少し幻滅、ね。あなたも私と一緒の根っからの嫌われ者、反英雄だと思ったのだけれど、それは単なる私の思い違いだったのかしらね」
アサシンは彼らに背を向けた。
「まぁ、セイギが逃げる時間ぐらいは稼いだつもりだから、あなたたちとお遊びしているつもりはないし、私は去るわ。さぁ、追って来なさいな。正義の悪役さん」
彼女はそう言い残すと霊体化し、姿を消した。
立ちすくむ少年とバーサーカー。怒りが和んだのかバーサーカーは空を見上げ、天高くに登る同胞たちに咆哮の鎮魂歌を捧げた。
「■■■■■■■■—————」
獣の咆哮に大地が共鳴する。木霊するその強く、そして柔らかな叫びは少年の心を揺らした。
「……何なんだよ……、お前は」
少年はボソッと呟いた。その言葉の先は目の前で自分に膝をつくサーヴァントと、少年自らに対して。
「なんで助けたんだよ—————」
彼はまだ分からない。何故、自分なんかにこの大男が命をかけるのかが。
今の少年には分からないだろう。この大男の懺悔が、後悔が、同情が。まだ分かるまい。
少年にヒビが入った瞬間だった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
神零山付近。一軒家の住宅がちらほらと見えるが、山に近づくにつれて段々と目に入る家の数が少なくなってきた。
目的地まで移動していたら、遠くの方から変な音が聞こえてきた。ドスンと何か重いものが落ちたような音や、獣の雄叫びのような声。
「セイギたちでしょうか?」
「ああ、だろうな。でもありゃヤバそうだな」
「大丈夫なんですか?セイギたちのところに行かなくて」
セイバーはさっき俺に訊いた質問をまた再度訊いてくる。
「いや、だから言ったろ?俺とあいつが一緒にいたら、例えバーサーカーを倒したとしてもグラムが聖杯を手に入れることは必須。それに、あいつはグラムのところに行けって俺たちに言ったんだ。行って損はねぇだろ?俺たちはグラムを倒すために今いるんだから」
「それはそうですけど……でも……」
彼女がそうなる気持ちも分からなくはない。そもそも俺たちはセイギが魔術師としてどれほど凄いのかという根本的なところを知らない。それに、あのバーサーカーのこともある。あのバーサーカーは結構ヤバい気がする。サーヴァントであるセイバーでさえ、力で圧倒的な負けだったのだ。そんなセイバーよりも力の弱いアサシンはそのバーサーカーに対抗できるのか不安なのだ。
不安要素はまだまだある。そのあまりにも膨大な不安要素を押し込んで、信じるしか俺たちに道はない。
「大丈夫だろ。まぁ、勝てるんじゃね?」
あくまで他人事。この聖杯戦争において幼馴染であっても、同級生であっても、それらを念頭においてはならない。これは命の賭け事。あくまで俺とセイギは共同戦線というだけの話なのだ。死んだら、死んだで悲しんでやる。だが、責任は感じるつもりは一切ない。
セイバーは俺の顔を覗き込む。
「そう言いながらも、一番心配してるのはヨウじゃないんですか?」
「うるせえな。そういうのは心の底に留めておくもんなんだよ。言っちゃダメなやつだかんな」
「そうですね。はい、やっぱり、ヨウは優しいですね」
彼女は微笑みかける。その笑顔に何度救われたか分からないけど、正直言って、今その笑顔を見るのはツライ。
「まぁ、俺は天下一のヤサ男だからな」
「あっ、認めた」
「おう。もう一々否定すんのダルいわ」
俺は前にそびえる山を見る。その山はやはり縦にも横にも大きい。その広大な面積を改めて実感し、少しめまいがした。
「なぁ、セイギはさ、神零山にグラムがいるって言ってたんだけどさ……、その……」
「えっ?なんです?まさかですけど、その……」
「ああ、うん。そう。この山の何処にいるのか分かんない」
実はセイギに、グラムがここにいると言われた時、その他の説明は一切受けていないため、グラムが何処にいるのかという重要な情報を俺は知らない。かと言って、セイギは今、何やら大変そうだし、そんなあいつに電話したらブチギレるだろう。
つまり、この山の何処かにいるグラムを俺たちだけで探さなければならないのだ。この広大な山から俺たちだけで見つけ出す。
「……無理だろ」
「あの、ヨウ、そういうこと言わないでください。気が滅入ってしまいます」
「いや、もうすでに気力ねぇよ」
とにかく山をずっと傍観しているわけにもいかない。俺たちはグラムを見つけ出さなければならないので、とりあえず山の中に入ってみる。
それから少し歩いて、俺はある場所に着いた。
「ここは……」
「まぁ、神零山に来るとなるとここは抜かせないな」
「観光スポットみたいに言わないでください」
「いや、でも俺の人生一から巡ったら、絶対にここは欠かせない」
そこは鈴鹿がいつもいた場所だった。木は切り倒されて、切り株があちらこちらにある。禿げた木々に囲まれた平らな土地。
「ここでいつもあいつと勝負してたからな」
小さい頃からあいつは俺の隣にいた。爺ちゃんよりも剣を教えてくれたし、剣の腕前では鈴鹿が俺の中で一番だった。
最初はずっと彼女に刃を向けていた。木刀や竹刀で彼女にいつも挑んでは負けて、その度に悔しい思いをして。その悔しい思い出がいつからか、かけがえのない大切な人として認識して言った。今となっては、彼女は俺を暇つぶしとして遊んでいたのではないと知っている。彼女は俺に母親としての愛を向けていたのだと気付いている。
「まぁ、人生の中でずっと永遠の関係なんて無いに等しいんだろ。大体の絆とか愛とかはそーいう美しいものには何かしらの終わりがあるんだと思うね。だから、別に悲しいけど、そんだけだ—————」
俺は切り株に腰を下ろした。目の高さが少し下がっただけなのに、星がぐっと離れたような気がした。
「ヨウはもう少し欲を出してもいいんじゃないでしょうか。少しばかり、ヨウは控えめになろうと努力している節があります。そんな生き方では、きっと人生損しますよ」
人生を先に終えた先輩としてのアドバイスを受けた。生きてる年数はそう違いないかもしれないけど、彼女は俺が経験したことのない死を体験している。だからそれなりに彼女のアドバイスは役に立つものだろう。
でも、そのアドバイスを実践してみるのは少し持ち越しだ。今はまだその時なんかじゃない。
「ま、やれるときにやってみるわ」
よっこいしょ、と踏ん切りをつけて立ち上がった。これから行く場所を決めた。
いや、行く場所ではない。探す場所である。
「なぁ、セイバー。お前は市長さんの話を覚えてるか?この山の何処かにツクヨミを祀っている場所があるって話」
「そりゃ、まぁ、覚えてますよ。そこに行くんですか?でも、私たちはその場所を知りませんよ」
「だから、そこを探すんだよ。今から俺たち二人で」
セイバーは俺の突飛な案に驚き、そして呆れている。もちろん、そんな表情をされると予想していた。
だが、俺もそれなりに理由があってそう言ったのだ。
「鈴鹿はさ、なんでこんな場所にいたんだと思う?」
「え?それは、ここが山の中では珍しく傾きがないからじゃないですか?」
「あ〜、まぁ、確かにそれもあるかもしれんが、それだけじゃないだろ。だって、鈴鹿はどうやって十年もの間、ずっと現界してた?」
「それは聖杯に直接アクセスして、そこから少しだけ魔力を得ていたからじゃないんですか?」
「ああ、そうだ。だからさ、そう考えるとある可能性が見えてこないか?」
彼女は腕を組んで考える。そして、彼女もそのある可能性を見出した。
「祠はこの近くにある—————?」
「そういうことよ」
ツクヨミにより聖杯の魔力が溢れないようにされている。なら、そのツクヨミの祠からなら聖杯の魔力を得ることができるのではないのだろうか。ツクヨミは直接的に聖杯に触れていて、そのツクヨミの祠に干渉すれば少しばかりか聖杯の魔力を盗めるはず。
鈴鹿がいた所にその祠があるのではないだろうか。
「でも、そこにグラムがいる保証はあるんですか?」
「ああ、それか?だって、聖杯の中身が溢れないようにしているのがツクヨミで、そのツクヨミがいる所が例の祠だよ。その祠さえ壊せば、魔力は溢れ出す。そして、その魔力にグラムがあの不幸を呼び寄せる力を注ぐんだよ。そしたら、もう分かるだろ?」
グラムの不幸を呼び寄せる力。それは魔龍ファーヴニルから奪い取った黄金の指輪が宿す呪いで神をも殺しかねないほど禍々しい力のことである。
その力を使えば、一国は潰せる。溢れ出る禍々しい力はどこまで広がるのがは範囲が広すぎて想像できないが、最悪で大陸の半分に存在する生命をゼロにすることも可能だろう。
俺の話を聞くセイバーは俺の話に何処か気になる点があったようである。
「一つ気になることがあるんですけど……。グラムって、何故その祠までいかないといけないのですか?別に行かなくとも彼女が聖杯なのですよね?なら、彼女がその祠に行く意味なんて無くないですか?」
少し痛いところを突かれた。それは別に弁解できないというわけではない。それはしっかりとちゃんとした確証がある。
だが、彼女にその理由をあまり言いたくはない。彼女に言ってしまうと彼女がどうなってしまうのか分からないからだ。
しかし、セイバーは俺の返答を期待した目で見てくる。この様子では嘘はつけなさそうだ。
「—————セイバー、お前さ、今から俺が言うことにショックを受けるかもしれない。それでもお前は聞く覚悟があるか?」
彼女は縦に頷く。その揺らぎない覚悟のある目は俺にため息を吐かせた。
「じゃあ、言うけどさ、あいつはどうやって聖杯とリンクしたと思う?」
「そ、それは、ここの近くにあるであろう祠に行って、聖杯とラインを結んだんじゃないんですか?」
「まぁ、そう考えるのが普通だわな。でもさ、そしたら一つおかしい点に気付くんだよ。それは、鈴鹿がここにいたっていうことだ。鈴鹿がここにいたってことは、祠の方にいつでも目が届くってこと。だから、グラムが祠の方に行ったら、鈴鹿と戦闘になってるはずだし、どっちかが死んでるはずなんだよ。でも、どっちも死んでなかった」
「じゃあ、ヨウはグラムが祠で聖杯とリンクしたのではないと言いたいのですか?じゃあ、どうやってグラムは聖杯と繋がったのですか?」
その彼女の質問に答えねばならないのは少し辛いところがあった。だが、その質問に答えるのが俺の義務であり、それを言ってしまえば俺以上に彼女が悩み苦しむのは目に見えていた。
俺はセイバーを指差した。
「—————お前だよ、セイバー。お前という存在が聖杯へのパイプとなったんだ」
セイバーは言葉を失った。そして、下を俯く。その姿は彼女も少し勘付いていたのだろう。ただ、そうじゃないと自分に言い張って、その真実を虚言に仕立て上げていた。
だけど、やはり真実は真実であって、嘘にはできなかったのだ。
「グラムは肉体化してお前のもとから離れた。その時点でお前との契約は破棄されて、グラムはお前の宝具なんかじゃなくなった。だから、お前とグラムは別の存在だって考えていた」
「でも、それは違うと?」
「そうだ。お前とグラムは別の存在なんかじゃなかった。いや、つーか、グラムそもそもがお前の一部なんだよ。お前の中に眠る負の感情、まぁ、怒りだな。その怒りの感情がグラムという怨念じみた剣に吸われて今のグラムがいる」
「私とグラムが一緒と……?」
「そうだ。だっておかしいだろ?なんであいつはあんなにお前に似ている?別にアーチャーの肉体でも良かったはずなのに、何故グラムはお前の肉体に似た身体になることを選んだのか謎じゃないか?そこから考えるに、あのグラムはそもそもお前なんだよ、お前の一部がグラムなんだ」
「私がグラム……ですか」
「まぁ、そういうこと。サーヴァントはこの腐った殺し合いのために、聖杯の力によって形を伴って召還される。だから、そこにはパイプが存在するんだ。セイバーという
もちろん、このことにしっかりとした確証はない。だが、目の前にいる彼女の目はその可能性を否定するものではなかった。
「なぁ、セイバー。お前さ、やっぱりそのことに気づいてたよな—————?」
俺は彼女に訊くと、彼女は一度口をつぐんだが、俺の目を見て口を開いた。
「……知っていました。そのグラムが私をパイプとして、聖杯から魔力を得ていたことくらい。でも、私にはどうすることもできなかった。私は魔術に関しては素人であって、魔力操作もろくにできない。だから、グラムが私を使って聖杯に繋がることも止められない。私は何もできませんでした……」
珍しく弱気になる彼女。それは重大な事態を誰かに打ち明けることなく、心の底で止めていたからだった。そのせいで、みんなにはさらに迷惑がかかることを知っていたのに、その勇気が彼女にはなかった。
鈴鹿も、アーチャーも救えたかもしれない。そうセイバーに言おうと思ったが、彼女は予想以上に心を傷めている。俺はその言葉を飲み込んだ。
「セイバー、今回はさ、みんな言わなくても薄々気付いてた。お前がいるから、グラムがいるんだって。でも、それを正々堂々と真正面から本気で言う奴はいなかった。何でだと思う?」
彼女は口を開かなかった。ただ、ずっと申し訳なさそうに俯いているだけだ。
「俺を含めて、みんなお前に言ってほしかったんだ。グラムはもう一人の自分だけど、それでも倒すために協力してくれって。その一言が俺たちはほしかった」
「でも、そんなことを言ってしまったら……」
彼女は自らの胸ぐらを掴んだ。苦しみを顔に浮かべる。
「—————私はみんなに嫌われる……。ヨウに嫌われる……」
胸を掴む手は小刻みに震えていた。嫌われるということへの恐怖、好かれたいという執着が何処ぞと人間らしく、浅ましい。
「—————そんなことにお前は怖がってんのか?」
俺は彼女に静かに怒った。声を荒げたわけでもなく、険しい顔を見せたわけでもない。彼女を見つめ、彼女の心に話しかけただけでも、心の中で音なく湧き上がる怒りを隠すことはできなかった。
その言葉を言ったあと、自分で自分は馬鹿だと蔑んだ。あれほど信頼するなと、期待するなと人に言ってきたのに、信頼されていないとなると怒りを見せてしまったことにだ。
「……すまん、忘れてくれ」
俺は何を謝るのか、彼女に声をかけた。彼女はうつむきながら、はい、とだけ答えた。
「……あ〜、まぁ、あれだよ。お前はさ、俺はともかく他のみんなを信用してねーってことだろ?」
「そっ、そういうわけじゃ……」
「いいや、そういうことになる。嫌われるのが怖いんだろ?つーことはさ、それごときで嫌うとでも思ってたってことだろ?」
「そ、そう……です……」
彼女は手をモジモジとさせて、縦に頷く。
ずっと暗い顔をする彼女。そんな彼女を見ていて、俺はむしゃくしゃした気持ちになる。
俺は親指と中指を重ね合わせた。そして、その指を彼女の広いおデコに向けて
ペシッ—————!
「イタァッ‼︎」
大きなおデコの中央が赤くなっており、そこをセイバーはしかめっ面で覆った。
「い、痛いじゃないですか!んもぅ、バカッ!」
「いや、馬鹿はおめーだろ。みんなに信頼もできねーし、それに、お前は生前とまた同じことしてんじゃねーか—————」
生前と同じこと。それは彼女が自らの義父を信じなかったからこそ起きた悲劇。それは彼女の早とちりとも、運命のいたずらとも見て取れる。
だが、別にそんなことはどうでもいい。真相は何であろうが、彼女が義父を信じなかったという結果が招いたことである。
そして、今も彼女はそれと同じ道を辿っているように思えるのだ。
「お前はあの時、信じなきゃなんない人を信じられなかったんだろ?その時と、今、お前はまったく一緒じゃないか?お前はまた同じことしてるんだぞ—————?」