Fate/eternal rising [another saga]   作:Gヘッド

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はい!Gヘッドです!

今回の話は多分意味ちんぷんかんだと思います。

今回は第一ルートにはあんまり関係のない話ですが、この物語、ましてや聖杯については関係ありありの話です。




この世界の月城陽香に用は無い

 大通り沿いの小洒落た喫茶店に入って昼食を摂っていた。

 

 俺は皿の上に乗った分厚いピザパントーストを口いっぱいに頬張る。表面はトマトソースが染み込んでいてしっとりとしており、裏面はまさにトーストといったような食感で、歯で噛むときにサクッと口の中で音がする。口の中に広がるトマトの酸味とトーストの上に乗っかったチーズの風味がパンにベストマッチな状態で、ヨダレが止まらず顎は動き続けている。噛めば噛むほどパンの中に染み込んだ旨味が風味となり鼻を突き抜ける。

 

 まぁ、要するに美味いということ。

 

 ピザパントーストを満足しながら食べていると、セイバーの所にも料理が来た。

 

「ワァッ!美味しそう!」

 

 セイバーは汚れのない笑顔を見せつけてきた。喜びという感情を全面に出したようなその笑顔は幼児の笑顔のように幼い表情だった。気持ちがすぐに表情に出るということなのか、これほどまでに扱い奴はそう簡単には見つからないだろう。

 

 セイバーの目の前に運ばれた料理はパンケーキ。ふっくらとスポンジのような厚みがある丸いパンケーキが三層に重なっている。頂上には大きめのバターが置いてあり、そのバターが焼きたてのパンケーキの熱に溶かされていて、とろりとした透明な液体が徐々にパンケーキの表面上に伸びてゆく。

 

 セイバーは第一層にナイフとフォークを入れる。この現世で習得したナイフとフォークを器用に使いパンケーキの一部を切り取り、口に運ぶ。セイバーの嬉しそうな顔から味はなんとなく想像できた。きっと、パンケーキにバターという素朴な味でも、その素朴な味の中にある美味しさに彼女の舌は悶絶しているのだろう。

 

 第一層を食べ終えたセイバーは次にパンケーキと一緒に付いてきたハチミツを満遍なく掛けた。垂らされるハチミツは部屋の照明の光を反射しながらゆっくりとパンケーキに当たり九十九折のような形を作りながら、やがてバターと混ざってゆく。そのバターとハチミツにまみれたパンケーキを舌に乗せる。その舌はバターとハチミツに侵され、極楽の甘さに痺れていた。

 

「……旨そうに食べてるな」

 

「だって美味しいんですもん。女の子って甘いものは別腹なんですよ。知ってました?」

 

「いや、俺も甘いものは別腹だけどな」

 

「えっ?ヨウっておん……」

「さすがにそれは無理があるだろ。何なら見るか、男の証」

 

「んなっ⁉︎へ、変態!」

 

 まぁ、街中まで来てそんな奇行をするつもりはない。そんなことをするためにここに来たのではないし、そんなことして警察にお世話になったら俺の人生は色々と終わる気がする。

 

「でも、そんなことして豚箱入んのか、それとも聖杯戦争で死ぬのかだったらちょっと迷っちゃうけどね」

 

 その言葉は少しだけ場の空気を重くさせた。セイバーは申し訳なさそうにチラリと横目で俺を見る。

 

「そこは迷ってしまいますよね。ヨウは生きたいですもんね」

 

 警察に捕まってしまえば、俺は警察に守られるんじゃないかとも考えたこともある。聖杯戦争で死ぬのか、生き恥を晒すのか。そこで迷ったこともある。本当のこと言えば、今でも少しだけ迷ってる。だって、死ぬってことが怖いんだから。

 

 死ぬってことが怖い。それは俺が生きているには無くてはならないもので、言ってしまえば一種の宿命のようなもの。前に向かって歩くとき、その死への恐怖も俺を付けてくる。絶対に俺から離れないもの。

 

 何で死ぬのが怖いのか、それはきっと分からないから怖いんだ。死ぬってことを体験した人なんて俺の近くにはセイバーくらいしかいないし、そもそもセイバーの説明じゃ全然分かんないし、かと言ってヨシ、死んでみよう、なんて馬鹿げたこともできるわけがない。ただ分かるのは死んだら漠然とした終わりが自分を包み込み、自分って存在さえも分からなくなるんだろうってこと。

 

 分からない恐怖に俺は今でも打ち勝てない。

 

 だけど—————

 

「迷ってても、俺はお前と一緒に戦う。それはもう決めたんだ。死ぬとかそんなんマジでよく分かんないけど、それでも俺が信じようって思ったことは分かる。その信じようって思いは紛れも無い本物で、それを俺は証明させたい。セイギと、アサシンと、そしてお前と—————」

 

 色んな事があったけど、その色んな事から紡ぎ出した答えは結果的に一つしかない。

 

「—————本気で俺はお前を信じてる。勝てるって信じてるから」

 

 信じるとは何とも荒唐無稽な行為である。しかもそれが未来のこととなると、あまりにも馬鹿げた話で以前の俺なら今の俺を嗤っただろう。

 

 だけど、俺は信じたい。セイバーっていう一人の少女が、太陽が未来を明るく照らしてくれるっていう、俺のそうあってほしいって願いを—————

 

「—————はい」

 

 目を細めな下を向く彼女の頬や耳先は赤く染まっていた。彼女は長い睫毛を偶に動かしては俺を見る。

 

「変わりました、ね—————」

 

「俺のこと?」

 

「はい。なんと言えばいいのか分からないんですけど……、より信用できるっていうか、人らしいというか、親しみやすいというか……」

 

 変わった。確かに俺は変わった。それは俺自身がそう思えているからだ。自分でも変わったなと感じることが多々ある。

 

 だが、どこがどのように変わったのか分からない。それは人の反応を鏡として見なければ自分でも分からないのに、セイバーは分からないという。

 

「—————でも、私はそんなヨウが一番良いと思います」

 

「そうか?そんなこと、あんまり言われたことないからな、照れるわ」

 

「エヘヘヘヘ」

 

「いや、お前が照れてどうすんだよ」

 

「エヘヘヘヘ、だって、つい嬉しくって……」

 

 本当に嬉しそうな顔でにやけている。幸せというものを顕現したかのような彼女の表情は俺も少しだけ笑顔にさせた。

 

「私たち、やっと二人三脚で歩けるいいコンビになったなぁ〜、と—————」

 

 彼女の言う通り、俺もそう思う。今が多分今までで一番良いと感じる。最初は彼女とぶつかってばっかりで、和解をしてもやっぱりぶつかる。段々角が取れて、合わさるようになってきてもセイバーはセイバーのことを、俺は俺のことを考えていた。それでいざこざとか、葛藤みたいなのもあったけど、今はもうぴったし合わさっている。

 

「—————お前がいて今の俺がいる」

「—————ヨウがいて今の私がいる」

 

「そういう……」

「こと、ですよね?」

 

 互いの顔を見て笑う。彼女の笑顔は本当に朗らかで淀みのないそれはもう可愛らしい笑顔だと思えた。その笑顔の前で俺もつられて笑っていると考えると、幸せだなって感じる。

 

 ただ、その幸せが続いてほしいと思う俺とそうあってほしくない俺が心の中でいがみ合っているというのは彼女には秘密にしたい。

 

 —————せめてこの状態を最後まで保てればその後は泣くなりしてこの胸の靄を消そう。

 

 あと何時間お前といられるのか。限られた時間の中で俺はお前を悲しませない。

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 午後四時、手には店の袋が多く握られていた。色々な店に行っては、思い出を摘むように沢山の商品を買っていた。服や調理器具、ペンダントに漫画など欲しい物を買えるだけ買っていた。今までそんな買い方をしたことはなかったけれど、これはこれで良いものかもしれない。

 

「いや〜、買いましたね」

 

「ああ、買ったな。まぁ、大体俺のための買い物だったけどな」

 

「それはそうですよ。だって、私のための買い物はすぐに意味なくなっちゃいますよ」

 

「冷たいこと言うなよ」

 

 そよぐ冷たいビル風は俺の首元を少し撫でる。その冷たさに俺の身体はぶるりと震えた。

 

「そうですね。ごめんなさい。それはNG、ってことですか?」

 

 そのことはもうNGにした。少なくとも俺とセイバーの二人だけの時は絶対にそれは言わないことにした。約束、そんな守られると決まってもない掟を俺とセイバーの二人の間に交わした。

 

「まぁ、でも、何か欲しい物ないのか?あるんだったら、なんか買ってやるよ」

 

 俺がそう言うと、彼女は少しだけ驚いた表情をする。

 

「そ、そんな、いいですよ。私なんかが何か買ってもらっても、それをちゃんと活用できないでしょうし……」

 

「そういうことじゃねぇのよ。俺への負担とか、そういうの考えなくていいから。そりゃ、確かにバカ高いもんは買えないけど、別にそんな高くなきゃ買ってやるから。いいぜ、何でも言って」

 

 優しく彼女に言ってみたが、彼女の様子はどうやら変わらないようだ。

 

「—————大丈夫です。私、特にこれといって欲しいってものはありませんから」

 

「そうか、余計なお節介だったな」

 

 彼女の言葉は少しだけ胸に突き刺さった。もう、この世に未練はないと言っているように聞こえた。その言葉が嬉しいと思う俺とそう思わない俺がいて、その喧嘩が胸を痛くする。

 

 未練を少しでも無くしてやろうと思ったが、もう未練はないらしい。

 

 だが、それでいい。それでいいのだ。お前はそれでここから立ち去るべきなのだ。

 

「じゃぁ、帰るか」

 

 俺の掛け声に彼女はこくりと縦に頷いた。

 

 帰りのバスに乗る。バス内はほどほどに人がいて、俺たちは五人がけの最後列に座った。窓側にいるセイバーは目を深く閉じた。疲れを出すように息を吐く。そして、窓枠に頭を付けて力を抜く。

 

「少し、寝てもいいですか」

 

「ああ、いいよ夜のために少し休んどけ」

 

「はい」

 

 落ち着いた声で返事をすると、彼女はすぐに静かになった。息の音しか立てず、胸は大きく隆起する。俺の肩にこつんとつけた頭。乱れた細く白い髪の先端が彼女の口の中に入っている。俺はそっと彼女の髪をかきあげた。その時、ビル群に隠れていた夕日が姿を現した。バスの走行により夕日の姿がビル群から引っこ抜かれたのだ。その夕日は彼女の横顔をライトアップする。白い髪は夕日の脆い光を通し、色白な肌が白玉のようである。

 

 ふと、そんな姿の彼女を目にし、頰に手を伸ばしてしまった。だが、あと数センチというところで俺の腕は石化したように動かなくなった。

 

 動かぬ彼女。そんな彼女に俺は何をしているのだと自問する。そして、静かに手を引いた。僅か数センチの距離が俺には月と太陽の距離のように思える。遥かに遠い距離に竦んだ。

 

 その時だった。一人の杖をついた老婆が歩み寄ってきた。老婆は俺の目の前まで来ると静止して、こう訊いた。

 

「お隣、よろしいですか—————?」

 

 老婆はにっこりと明るい笑顔を作りながら尋ねる。別に特に断る理由もなく、どうぞと無愛想に言った。

 

 この老婆、妙に既視感があった。だが俺はこの老婆のことを知らないし、たとえ俺が忘れていても老婆は覚えていないだろう。だって、きっと俺のことを知っていたら老婆はこんなわざとらしく隣に座ろうとしない。

 

 ん?そもそも何故俺の隣に座ったのだ?

 

 素朴な疑問が湧いた。しかし、そんなことを考えていても特に何かなるわけでもなく、すぐに老婆への妙な既視感のことは忘れた。

 

 老婆は俺の隣に座ると、肩に頭を凭れるセイバーを見た。

 

「彼女さん?」

 

「いえ、全然違います」

 

 なんかちょっとムキになってしまった。赤の他人から見ればセイバーは俺の彼女と見えるのかという理解に少し苛立ちを覚えてしまう。

 

 老婆は少しムキになった俺を見透かしているかの如く、ふふふと笑う。

 

「いつの時代も変わらないわねぇ。あなたたちみたいな二人組は必ず何処かに居るのね。微笑ましいわ」

 

「いえ、だから違います」

 

 俺が否定しても、老婆は自らが決めたことを曲げない。そうだと決めたのなら、そうなのだと。

 

「—————私は人の心を見透せるの。それも正確に。今もあなたたちの心を覗いているから、あなたたちが本当はどうなのか、互いにどう思い合っているのか、どんな関係なのか、全て分かるわ」

 

 その言葉に背筋が気味悪く反応した。背中に氷をつけられたようなゾワッとした感覚がやって来た。

 

「あなたは優しくて、誠実で、でも何処か自分のことを負い目に感じているせいで遠慮していて、だからぶっきらぼうに振舞って。それであなたは内心で自己嫌悪に陥っている」

 

「そうですか?まぁ、優しくて誠実なのは認めますが、自己嫌悪に陥ってなんてないですよ」

 

「そうかしら。あなたはそういうのが自分だって設定してないかしら」

 

 老婆の話を聞いていて、俺はそんなことはないと思った。しかし、それは老婆が主張する俺の遠慮とも言えること。

 

 見透かされている。本当にそう思えてしまった。

 

「確かにその精神は決して悪いものではないわ。だから、あなたのその輝く素晴らしさも何もかもが全て分かる。あなたの頑張りも、苦しみも、感じた喜びも成長しているってことも全て—————」

 

 表情は一切変わらない。淡々と俺のことを詳細に説明しているが、何故そこまで俺のことが分かるのかと疑問を抱く。

 

「でも—————」

 

 逆説を入れる。

 

「—————あなたはまだ()()()()()いない。このまま頂点に立っても、あなたは人の頂点であり、それを()()()()頂点にはならないでしょうね」

 

 何の話をしているのか、正直俺にはさっぱり分からなかった。ただ、老婆の目つきがさっきまでの優しそうな目では無い、威圧感のある目だった。

 

「あなたは誰ですか—————?」

 

 単刀直入に聞く。すると、老婆は俺の質問を笑う。

 

「—————それを知るのは今ではないわ。もっと時が経って、あなたが()()()に成ったときよ。それが何年後かは私も分からない。京、垓、いえそれ以上の永久(とわ)に近い時をまた待っているわ。()()()()で、()()()()()()()()になれるといいわね

 

だから—————

 

死になさい、用無しは要らぬ—————」

 

 老婆の声が心の中に響く。その声は俺の身体中で木霊し、ずっとその声が気持ち悪いほど聞こえた。

 

 頭が痛い。突如として襲ってきた頭痛に俺はうずくまる。頭が裂けるような痛み。まるで脳みそが頭蓋骨を突き破るかのようである。

 

 その時だった。謎の痛みに頭を抱え苦しんでいた時、太陽が完全に沈んだ。その瞬間、俺の目の前は真っ白になった。

 

 自分という存在も何処か遠くへ行ってしまうような—————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウワッ⁉︎」

 

 目を開いた。目にはさっきまでのバスの車内の風景が映っている。俺の肩にはセイバーの頭がもたれかかっており、スヤスヤと幸せそうな眠りについていた。

 

 悪夢を見た。俺はそう思った。俺は今さっき見ていた景色と違うが、どうやらこの目の前にある世界は本物だろうと思えたからだ。さっきの世界が夢だったと気付いた。

 

 恐ろしい夢だった。俺は頭が痛くなり、苦しくなる夢。

 

 そう、恐ろしい夢を—————

 

「……えっ?」

 

 恐ろしい夢を見ていたはず。ああ、確かに見ていたはずだ。なんか、根本的な恐怖を植え付けられたような気がするはず。

 

 なのに、何故だ?何故、何も思い出せない?

 

 時という川の流れに記憶が流されたかのよう。ただあれほど衝撃的で、恐ろしい夢を俺は忘れてしまった。

 

 夢だから?そんな簡単なことで忘れられるようなものではなかった。だって、あれはもっと鮮明で、現実にいるような感覚がして……。

 

「現実に?もしかして……」

 

 俺は窓の向こうに目を向けた。

 

 そこには太陽がなかった。太陽は地の下へと落ちて、もう夜の世界だった。

 

 夢の中で太陽が沈む。それだけ、その断片的なことだけ覚えていた。その断片的な記憶は夢の中の出来事と一致していた。

 

 偶然の一致。それが少しだけ怖かった。夢と現実の出来事が偶々同時に起こったとも考えられるが、俺は何故かそんなはずはないと感じる。

 

 まるで俺の目の前で実際に起きているような感覚だったからだ。

 

 俺はただの悪夢への恐怖に駆られていた。呼吸が自然と荒くなっていた。すると、セイバーは俺の異変に気付いたのか、体を起こした。

 

「どうしたのですか?ヨウ、汗がすごいですよ」

 

 セイバーに言われて、自分の首元を触る。首には汗がびっしょりとついていて、尋常な汗の量じゃないことぐらいセイバーでも分かった。

 

「いや、その、ちょっと、怖い思いをしたんだ」

 

「怖い思い?敵に襲われたのですか?」

 

「いや、そうじゃないんだ。そうじゃ……」

 

 話の途中で、俺の口がふと止まった。頭が口で喋ることを放棄してまで、今の自分の現在状況を把握しようとしている。ただそれでも俺の脳は何にもすることができず、呆然と前を見ていた。

 

「俺は何で怖がってんだ—————?」

 

 そもそもの根本的を忘れた。まるでポッと頭の中から記憶が消えたかのようである。俺の記憶能力を疑うが、それでも俺が体験した恐怖はそんなすぐに忘れるようなものではないということだけ覚えている。

 

「どう……しました?」

 

 セイバーは心配している。頭を抱え、戸惑い、冷や汗を流す俺が普通の状態の俺ではないと気付いたのだ。

 

 だが、俺には説明のしようがない。まるごと何者かにあの時の記憶が奪われたかのように、何も説明できない。説明できるとすれば—————

 

「—————太陽が沈んで、ホッとした」

 

「えっ?」

 

「怖かった、怖かった。物凄く、怖かった。何故かよく分かんないけど、何かが怖かったんだ。だけど、太陽が落ちて、苦しみとか恐怖から解放されるような感じがして……」

 

「ヨ、ヨウ?本当にどうしたんですか?」

 

「分からない。分からないけど、物凄く怖いんだ。死ぬほど、怖い思いをした……はず……」

 

 揺れる声で彼女に説明する。震える体を抑えようと、自分の腕でもう片方の腕を掴むけれど、全身が恐怖で震えていてどうしようもなかった。ただ、みっともない姿をセイバーに見せていた。

 

 セイバーはそんな俺を見かねてか、俺の手を握った。温かい感触が伝わる。

 

「大丈夫です。私がいます。何で怖いのか分かりませんが、安心して大丈夫です。私がついていますから—————」

 

 その手の温かさは恐怖に怖気付く俺に少しだけの勇気を与えた。その手がなかったら俺はどうにかなっていたのかもしれない。だが、彼女がずっと握っていてくれたお陰で、バスを降りるころには震えは止まっていた。

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 時は少し遡り、太陽が落ちる少し前、国道沿いをあの金ピカアーチャーが歩いていた。アーチャーの黄金の鎧に西日の光が当たり、眩く反射している。

 

 アーチャーが道路を歩いていると、一台のバスが彼の隣を横切った。その瞬間、彼は異様な雰囲気を感じ取った。

 

「この感じ、まさかッ—————⁉︎」

 

 金ピカアーチャーは通り過ぎたバスを振り返り睨む。その時の形相は彼の普段の顔からは想像もつかないほど恐ろしい表情だった。

 

「余を走らせるとでも言うのですか?全くお人が悪い」

 

 彼はそう呟くと、過ぎ去ったバスに追いつこうと走る。常人の姿をしていても、中身はサーヴァント。バスに追いつくほどのことはパラメーターが低いアーチャーでもできる。

 

 アーチャーは走りながら右手に黄金の弓矢を具現化させた。宝具である。

 

「あなた方に対して使いたくはないのですが、さすがにそれは行き過ぎた行為だと考えますがなッ‼︎」

 

 アーチャーは立ち止まり即座に弓に矢を番えた。そして、バスに向けて矢を放つ。

 

王の黄金矢(クシャエータ)—————‼︎」

 

 彼の指から離れた矢は眩い光を発光しながらバスに向かって飛んで行く。金色の閃光が線となっていた。

 

 その時、太陽が沈んだ。そして、アーチャーの放った矢はバスに当たる前に眩い光を放ち消えた。バスはその光に気付かぬかのように、アーチャーを残し先へと進んで行った。

 

 彼はため息を吐く。

 

「全く、あなた様が変なことを致しますから、余は走らねばならなくなってしまったではないですか」

 

 彼の会話の相手はさっきバスが通った所に立っている一人の老婆。老婆はアーチャーを見るとふふふと笑う。

 

 そして、その老婆は突然自ら発光した。体内から、肌から直視できないような強い光を放つ。そして、段々と光は弱まってゆく。すると、老婆がいたはずの所に何故か着物を着た若く美しい一人の女性が立っていた。

 

「貴様、この妾に何をする—————?」

 

 扇を開き、顔を隠しながらアーチャーに尋ねる。アーチャーはその女性に跪き、こう答えた。

 

「あなた様があの少年に手を出そうと致しますから、止めた次第でございます。この国の神よ—————」

 

 彼が女性のことをそう口にすると、女性はアーチャーを鼻で笑った。

 

「貴様は何だ?妾の邪魔をしようというのか?妾の邪魔をするというのなら、消すぞ」

 

「いえ、しかし、それではこの世の因果律が壊れてしまいます。例え世界が()()崩壊することになろうとも、因果律を壊せばこの聖杯戦争が起こらなくなるのかもしれないのですぞ」

 

「うるさいわ、そんなの全ての世界を歩んでいる妾にはとうに知っておること。だが、しかし、それでも待ちきれぬ。まだか?まだなのか?棗の血を継ぐ者はまだ成らないのか—————⁉︎」

 

 美しい女性は声を荒げる。

 

「まだ成らないでしょう。しかし、それも辛抱のうちでございます。この聖杯戦争、あなた様の悲願が叶うことはないでしょうが、それでも世界は変わらないことはない。着実に変わっていっている。そうでございましょう?」

 

 美女は悔しみに駆られたのか、自らの唇を噛む。そこから血が流れ、一滴彼女の血が落ちた。その血をアーチャーは見逃さなかった。彼は全力疾走で美女から落ちた血を受け取りに行く。そして、アーチャーはスライディングをしてまでも、その血を地につけさせることはなかった。

 

 美女は自分の足元にいきなりスライディングをしてきたアーチャーを鋭い眼光で見る。

 

「貴様、キモいな」

 

「はっ、その神からの一言、至極の喜びに値します」

 

「……キモい」

 

「有り難きお言葉!」

 

 美女は横たわるアーチャーを踏み付ける。

 

「その一動作が喜びでございます!」

 

「キ、キモいぞ!」

 

「有り難きお言葉‼︎」

 

 何処ぞのSMクラブの風景のように土下座して踏みつけられている。アーチャーは地べたに膝をつけたまま、美女の方を向く。

 

「—————まぁ、さすがにあれはやり過ぎですぞ。()()()()()月城陽香には意味がないと言って、消すというのはそもそもの趣旨が違えております」

 

「分かっておる。だが、やはりまた世界の寿命を一周せねばと考えると、どうしても悔しくて堪らんのだ」

 

 その美女の表情は冷たかった。ただ悲痛な現実を目にして、気力の欠片もなかった。

 

「なぁ、妾はいつになったら死ぬことができるのだ—————?」

 

「—————さぁ、知りませぬ。神も知らぬことは、私が知る由もございません」

 

「そうか……」

 

 美しい女性はただため息を吐く。募らぬこの死への想いが実らない。

 

「ところで、このような時に失礼なのですが、パ◯ツはいておりませぬな?見えてますぞ」

 

 アーチャーは鼻血をだらだらと流しながら下心のある目で美女を見る。美女はそれに気付くと、より一層強くアーチャーを踏みつけた。

 

「こんのッ、変態‼︎」

 

「あはッ!神々しい神による踏みつけ!有り難きッ‼︎」





王の黄金矢(クシャエータ)、ついに宝具名が出ましたね。まぁ、一応、分かりやすいとは思いますが……。

そして、聖杯戦争に現れた神、神は死にたいと言っていますが、果たしてどういうことなのか。

聖杯戦争のそもそもの本来の意味についての言及のようなものです。


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