Fate/eternal rising [another saga] 作:Gヘッド
自分が分からない。時々そういう感覚に襲われることはないだろうか。まるで自分の心が自分のものではないような感覚がして、何で自分はこんな事をしているんだろうと振り返ることが良くあるのだ。
自分の心のはずなのに、何故か自分自身がその気持ちを理解していない。誰かの気持ちを理解する以前に、自分が分からない。
そんな状況を良いことに、俺は安堵していた。どうせ俺は分からないのだと、分からないなら分からないままで良いのだと。そう思って、本当の気持ちを見つめまいとしていた。
本当の気持ちを見つめてしまったら、俺がどうなるか分からなかったから怖かった。自分の心を理解するということは、自分の今後の行動を理解するということで、その先を知りたくなかったのだ。
だから、駄々をこねて、知らないを突き通していた。それで、この
だけど、逃げていてばかりではダメなのだ。逃げることは悪いことではない。ただ、逃げてばかりで見ようとしないことはダメなこと。何事も時が過ぎるに連れて、やらなければいけない時はやってくる。
それが今なのだと気付かされた時、俺の前に彼女がいた。彼女は俺の心を知りたいと願う。
今、俺は自らの心を知ったような気がした。それを知った時、自分の今までの行動全てに納得がいって、俺は聖杯への願いを知って。
心底イラついてる—————
俺はこんな俺が嫌いだ。何故、彼女の願いを守りたいと言いながら、俺の願いは彼女の願いとは正反対なのか。それが許せない。そんな願いは全員が傷つく願いになるかもしれない。そんな願いを叶えてほしいだなんて思う俺が憎たらしい。
だから、嫌なんだ。こんな俺が嫌いで、でも仕方がなくて、辛い。
手を伸ばす勇気もない俺のことは、誰よりも、何よりも、嫌いだ—————
「もう、いいだろう?これ以上、言いたくないんだ」
素直に告げると、彼女は縦に頷きそれを了承してくれる。そして、彼女は寝返り、俺に背中を向けた。
その時の彼女の顔は少しだけ嬉しそうな顔をしていたように見えた。
「嬉しそうだな。人がすんごい嫌な気持ちだってのに」
「嬉しくなんかないですよ……。でも、本当のこと、私にちゃんと言ってくれた。それが、すごく嬉しい」
背を向けた彼女はエヘヘと照れ笑いをしながら、矛盾した喜びに耽る。生前の彼女はこんなことさえも出来なかった。相手が抱く自分への思いをちゃんと直に聞きたかったのだ。それが、千年以上の時をかけて、今ここでやっと実現した。簡単なことだけれど、彼女にとってそのことの実現は嬉々とするものがあるのだろう。
彼女のその何気ない笑顔を見て、俺は少しだけ心の中にあるモヤモヤとしたものが消えたことに気づいた。彼女の幸せそうな笑顔が、俺にとって至福となり変わっているのかもしれない。
「信用してくれるか—————?」
「—————はい」
静かに喜びを噛みしめる彼女の頭を撫でる。暗闇の中でも、その独特の色の髪の識別はついた。細く長いサラサラとした彼女の髪が下に垂れている。
信用する。それは彼女の人生から言えば、一番の信頼を勝ち取ったとも言える言葉。俺は期待や依存されるのは得意ではないし、好きじゃない。だけど、それでも彼女のためなら頑張ろうかなと思えてきた。そうして、俺の心の中に風化しないほど濃い思い出を残そうと決めた。
さっきまで、俺は彼女との思い出をなるべく作りたくなかった。どうせ俺とセイバーは一緒にいたとしても、いつまでも一緒にいられるわけではない。つまり、いつかは別れなければならないということ。その別れが辛いから、それまでの思い出を作らないようにしていた。
やらずに後悔するより、やって後悔なんて言い文句もあるけれど、そんなことする勇気もなかった。
—————だけど、やっぱり彼女の笑顔が俺を変える。
俺は彼女とこのままダラダラといるだけではダメなのだ。彼女は今ここにいて、彼女が俺の隣いる時間は有限。その有限の時間を思いっきり彼女と一緒にいることに使う。
もっと、彼女を笑顔にしたいと切実に強くそう願うんだ—————
前は仲間だからとか、なんだとかで彼女を守っていたからだけど、今は違う。もっと別の何かが胸に芽生えている。
「よし、今度こそ寝るか」
本日何回、寝ようと言っただろうか。結局、全然寝れてない。眠気は然程あるほどで、さして死ぬほど眠いというわけではないが、明日のもしかしたらのために早めに寝ておこう。
微かに甘い香りが漂う。しかし、隣で女の子が寝ているというのに不思議と緊張はない。ただそんな彼女の丸みを帯びた体が目の前にあると、肌と肌を重ねたくなる。性的欲求とは少し違う、何か別の思い。恋しい、そんな思いなのかもしれない。
瞼を下ろす。視界は遮られ、ただでさえ暗かった景色に光という概念そのものが消えてしまった。暗いというよりも、そもそも無い。無の世界がそこにあった。
その無の世界の中で、俺は腕を掴まれた。その腕に何か丸く大きなものが乗せられる。ふさふさとした長く細いものが押し付けられているようで、腕に圧迫感がある。
「なぁ、鬱血しちゃいそうなんだけど」
「—————ちょっと、少しだけ、このままでいさせてください」
彼女の明るい声が聞こえた。両手で俺の腕を握り、離れない。腕に血が溜まりキツいと感じたのだが、彼女の笑顔が腕の上にあると思うと少しだけ我慢できそうな気がする。
眠い。段々と思考が停止してゆくようだ。それでも、俺の胸のバクバクとした心音は止まることを知らず、高鳴っている。胸から血が吹き出してしまいそうなほどの高鳴りは、意識がなくなるまで目障りなほど聞こえた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
明かりが瞼を通り抜けている。俺は固くなった瞼をゆっくりとこじ開けた。天井には明かりがついていて、その明かりが俺の目を眩ます。いきなり強い光が目に入り、目を細め、手で光を遮断するように仰ぎながら体を起き上がらせた。
窓から乾いた空気を通ってきた太陽の光が部屋の床に差している。部屋から見える外の空は雲一つない快晴。どうせ冬の快晴なので、太陽の力は十分に発揮されることなく空気はひんやりと冷たいのだろうが。
隣を見る。そこにセイバーの姿がない。俺が起きた時にはもう部屋の明かりは点いていたので、彼女は早くに起きているのだろう。
ベッドから降りて、部屋を出る。廊下の床は冬場、凶器へと変貌する。足の指の感覚を麻痺させ、かかとを悴ませ、足が冷たさで震える。足の指と指を擦りながら、寒さを紛らわす。一階に降りて、俺はある異変に気づいた。変な匂いがするのである。別に悪い匂いというわけではないのだが、嗅いだことのないような匂い。
「え?この匂い……、台所から?」
俺は自分の領域である台所まで足早に移動する。移動した、台所に近づくにつれてコンコンと軽快なリズムが聞こえる。これはきっと、包丁とまな板の当たる音。
もしやと思い、ひょっこりと覗いてみる。すると、なんとセイバーが台所に立っているのだ。右手には包丁、左手は猫の手。大根カッティング最中のようである。
「おう、何してんのさ?」
一応、彼女の前に出る。彼女は俺を見ると、ちょっと恥ずかしそうにする。
「その、朝食を作っているんです」
彼女の手元には味噌、人参、油揚げなどなど朝食の食材が置いてある。
「ああ、どうした?急に朝食を作るとか言い出して」
「あっ、いや、その……、今までの、か、感謝の気持ちを込めて……、私が作ろうかなぁ〜と……」
「いや、別に大丈夫だそ。朝食作るくらい朝飯前だ。そんなん、テキトーになんか野菜切って、鍋ん中入れて、味噌を溶くだけだろ。それに炊飯器の中の米を茶碗に乗せるだけ」
「そっ、そういうことじゃないんです!わた、私が真心込めてヨウのために作るから意味があるんです!」
「真心より味だろ。味。どんなに愛情こもった料理でも糞みてぇな味だったら元も子もねぇだろ」
「そ、それはそうですけど……。で、でも、大丈夫です!きっと上手くできます!だって、生前は私が料理をしてたんですから!」
いや、そういう問題じゃねーよ。そもそものお前の料理スキルそのものが心配なんだよ。例え生前に料理をしていようがなかろうが、今の時代の料理が果たしてお前にできるのかというところなんだよ。正直言って、信用できない。
「ちなみに聞くが、生前はどういう料理を作ってた?」
「え〜っと、ウサギの丸焼きとかですかね」
「えっ?ウサギの丸焼き?」
「はい。ヨウでも簡単にできますよ。山でウサギを捕まえて、皮を剥いで、解体して、あとは焼けばいいんです」
物凄い情報が彼女から飛び出してきたように思えた。その情報を聞いた瞬間、頭の中が一瞬フリーズした。
ウサギの丸焼き?まず、そこで躓く。何だ、その大雑把な飯は?いやいや、料理をする上で、繊細さや正確さは重要である。なのに、ウサギの丸焼き⁉︎何を考えているのだ?ここでそんな大雑把な料理を作られても困る。
それにセイバーの口から出たウサギの丸焼きの作り方があまりにもショッキング過ぎる。何だ?ウサギを山で捕まえる?無理無理、絶対に無理。そんなことしたら、動物愛護法とかで俺も捕まっちゃう。さらに、皮を剥いで、解体?何を言っている?そんなスキルを常人は持ってねーよ。簡単とか言ってるけど、俺からしてみれば最難関だわ。
セイバーが笑顔でウサギを解体している姿を想像してみた。もちろん、手元は想像の中でモザイクをかけてはいるものの、とてつもなく恐ろしい。
「……セイバー、怖っ‼︎」
「ええっ⁉︎何で私、怖がられるんです?」
「理由も分かってないところが本当に怖い」
セイバーはもしかしたら小動物に対してのグロ耐性が遥かに強いのではないかと思えてしまう。そう思うと、セイバーも数々の修羅場をくぐり抜けてきたのだなと認めることができた。
「と、とにかく、ヨウは手伝わないでください!私一人でヨウの分の朝食を作りますから!」
「いや、でも、やっぱり不安だからな。じゃあ、お前、味噌汁の作り方分かるか?やっぱ、朝だし、味噌を出してんだから、味噌汁作るんだろ?」
俺が尋ねると、セイバーは胸を張った。
「ふん、もう味噌汁の作り方は熟知してます!この世界に召還されてから、三週間もヨウの味噌汁をずっと見てきましたからね!流石に覚えました!」
「俺を見てて覚えた?ずっと見てたのか?」
「—————なっ⁉︎そ、そういう変な意味じゃありませんから!ままま間違えないでくださいね!」
セイバーを弄る。セイバーは顔を赤くしながら、必死に弁解しようとする。その弁解を聞くことなく、俺はテレビに目を向けた。
「あっ、ヨウ、私の話を聞いてください!」
「おうおう。美味しい飯作ってくれたら聞いてやるよ」
「なっ⁉︎ヨウに十分ナメられているってことですね!わ、分かりました。じゃあ、私、頑張ります!剣は捌けなくても、私の包丁捌きがどれほど凄いかみせてあげます!」
「はいよー。まぁ、料理は包丁が上手けりゃできるってわけでもねーけどな。あと、セイバー、お前フラグ立ててない?」
「そ、そういうのは言わない約束です!」
「あっ、そうなの?」
初めて知った約束を一応守る。まぁ、セイバー、頑張ってるみたいだし、そんなに酷い失敗はしないんじゃないかな?
そんなわけで、セイバーの料理の監視を止めて、テレビの方に視線を移す。朝のテレビは面白そうなものやってないので、なんとな〜くニュースを見ていた。(いや、決してニュースが嫌いなわけではないが、これといってみたいというわけでもない。ただ、暇だったら見る程度)
そしたら、なんとニュースにこの織丘市のことが報じられているではないか。これは織丘市の一市民として見なくてはなるまい。
「昨夜、織丘市内でまた火災が四軒発生しました。場所は織丘市西側に流れる蛇龍川の近くにある一軒家が四軒、火災により全焼。火災に巻き込まれた全員が煙を吸うなどで病院に運ばれましたが、命に別状はないとのことです。今回も、例の連続放火魔と関連があるのか……」
ニュースキャスターの話が続いている。まぁ、ニュースの話を要約すれば、火災がまた発生しているということ。それも連続放火魔による火災の発生で、段々と被害に遭っている人たちは増えている。
「なぁ、セイバー。この火災ってさ、あのバーサーカーのガキじゃね?」
「家陶達斗君?その子ですよね?」
「ああ。そいつ。この連続放火魔って、あのガキに違いないと思う。ほら、あいつさ、赤日山の小屋を燃やした犯人じゃん?だからさ、今回も同じ手口で……とか?」
「でも、それに何の意味があるのです?意味なくそのようなことをしてはいけないのでは?そしたら、監督役が彼を倒せという命令が下されると思います」
セイバーはやはりちょっとあの少年を庇護しようとする。彼女が意図的にしようとしていなくても、彼女は自分に似ているあの少年を否定的に見れないらしい。
「なぁ、そういやさ、俺たちって監督役に遭ってねーけど、監督役ってどんな奴なんだ?」
「あ〜、そうですね。どんな人なんでしょうね。私たち会ってませんし……」
そんな話をしていたら、玄関のカギがガチャリと開いた。
「げっ⁉︎や、ヤベェ、爺ちゃんだ!セイバー!今すぐ消えろ!」
「え?今ですか⁉︎今、お料理中です!」
「う、うるせぇ!爺ちゃんは一般人なんだから、お前が見られちゃマズいんだよ!」
というか、そもそも女を家に入れてる時点で、そもそもヤバい。
「ん?どうしたんじゃ、ヨウ?包丁で手でも切ったのか?」
爺ちゃんはひょっこりと台所に顔を出す。その時には何とかセイバーを霊体化させ、平然を装うことができた。
「いや、べ別に何でもないよ。くしゃみがさ、あはは……」
必死にその場を取り繕う。爺ちゃんは不思議そうに俺を見ながらも、台所を後にした。爺ちゃんの背中が見えなくなると、胸をなで下ろす。
「危ねー、バレるかと思ったぁ〜」
「もう、ヨウのお爺さんはいなくなったみたいですね!じゃあ、朝食作り再開と致しますか」
「いやいや、ダメだろ。爺ちゃん、いつ来るか分かんねぇし」
「ええええっ⁉︎そんな、あんまりです!せっかくここまで頑張ったのに!」
「おう、そうだな。頑張った頑張った。だから、後は俺に任せろ。お前の何倍もめちゃめちゃ上手く作ってやるから」
彼女は嘆いた。
「ええ〜、そんなぁ〜!」
はい!Gヘッドです!
段々とセイバーちゃんの新妻感がプンプンと漂っておりますが、そこはご了承ください。
さぁ、そろそろ次のルートに進みたいなと作者は思いますが、何だかんだ言って、まだまだ続きます。
あと十話ちょいで終わる予定?
目標は今年中にこのルートを終わらせよう!