Fate/eternal rising [another saga]   作:Gヘッド

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決めた望みと本当の望みは矛盾する

「よし、寝るか」

 

 俺はベッドの中に潜り込んだ。ベッドはソファのように柔らかくはないが、その若干の硬さは何故か睡眠を妨げることなく、安眠へと促す。

 

 嗚呼、なんて素晴らしいのかベッドとは。この疲れきった体の芯から疲れを取ってくれる。

 

 まぁ、今日は特に何にもしてないんだけどね。

 

 気持ちいいベッドの上ですぐに俺は眠りに落ちそうだった。だが、一つ不快なことがあるのに気が付いた。

 

「天井、眩ッし。明かりが……」

 

 天井についた照明は夜にも関わらず嫌なほど強い光を放っていて、目を閉じても瞼を通して光が見えてしまう。基本仰向けで寝るスタイルの俺にとって、横向いて眠るとか夢見悪いし、うつ伏せなんて以ての外。まぁ、簡単に言ってしまえば、明かりがついた状態で寝れねぇ、ってこと。

 

「セイバー、ライト消して」

 

 寝ながらセイバーに声をかける。だが、セイバーは応答せず、天井の電気はついたまま。不思議に思って起き上がって彼女の方を見る。

 

 彼女は布団の上で目を深く閉じている。胸はゆっくりと上下に起伏し、静かに寝息のようなものをたてている。

 

「ぬ?寝ている?」

 

 また声をかけると、彼女はのそりと起き上がる。半開きの目を俺に向けた。

 

「起きてます」

 

「あっ、起きてらっしゃいましたか……。すいません、どうぞ寝てください」

 

 眠りに落ちる寸前に起こしてしまったようである。さすがにその辛さは俺も知っているので、つい素直に謝ってしまった。しょうがない。眠りに落ちる寸前の彼女に天井の電気を消せという苦行をさせるのは俺の人間としての優しさが反対している。俺はベッドから降りて、天井の電気を消した。

 

 真っ暗な部屋の中、セイバーの寝息の音が足元から聞こえてくる。暗い部屋に差す光は皆無で、視覚という概念がないような世界に感じられた。

 

 ベッドに戻ろうと数歩歩いたら、何かを踏んだ。

 

「イダィッ‼︎」

 

 寝息を立てていたセイバーは突然やって来た痛みに悶え出した。暗闇の中、彼女がそこら辺をのたうち回っているのが分かった。きっと身を丸くして、自分の足先を手で覆っているんだろう。

 

「……あっ、その、ごめんね。悪意はなかったんだ」

 

 つい踏んでしまったので謝った。もちろん、本当に悪意はなく、たまたま俺の足の下に彼女の足があり、それを知らずに踏んでしまっただけである。

 

「痛いじゃないですか!ちゃんと前見て下さいよ!」

 

「いや、本当に悪い。今回ばかりは謝るわ。だけどな、前見ても見えねぇものは見えねぇんだよ」

 

 若干開き直る俺。そんな俺に怒号を飛ばすセイバー。目の前が真っ暗で見えないが、セイバーは俺のことを凄い形相で睨んでいるんだろうか。

 

 セイバーのため息が聞こえた。うんざりしているという感情表現は少し心に響くものがある。

 

「もう、いいですよ。どうせヨウはそう言って私を苛めるんですから……。どうせそう言っても、また懲りずに私を苛めるんですよね……」

 

「いや、だから、悪かったって。不可抗力というか、なんと言うか……。まぁ、しょうがない、的な?」

 

「的な、じゃないですよ!せっかくいい感じに眠れそうだったのに、今ので起きちゃったじゃないですか!」

 

「寝れない?独りが寂しいのか?なら、俺の脇、空いてるぞ」

 

「そういう冗談じゃなくて!もう、ヨウなんて嫌いです!」

 

 ガーン‼︎俺の幼気なガラスのハートがバリバリと分子レベルまで粉砕されてゆく。これは多分、復元不可能かもしれないほど、結構ショック。

 

 人に直接嫌いと言われると案外心に傷つく。陰口を言われるより、直接言われた方がいいなんて言う者もいるが、直接言われるとそれはそれで傷つくもので、どちらかと言えば自分が気づかない陰口の方がまだマシなんじゃないかと思えた。

 

 セイバーはグチグチとうずくまりながら悪口を言っている。若干自虐的で、多分凄い怒っているんだと思う。

 

「ゴメンな—————」

 

 優しく彼女に語りかける。彼女はふてくされながらも、静かにこう言った。

 

「もう、いいです。別に怒ってませんし……」

 

 そう言う時は大体怒っている。先生起こりませんから、正直に言いなさいと言って怒るパターンと一緒で、怒ってないからとか言いながら怒っているんだよ。

 

 それで俺はもう散々な目に……。そう、それはついこの前、俺が学校をサボった時。

 

「おい、どうして昨日学校に来なかった?先生、怒らないから言ってみろ」

 

「いや、その……実は……」

 

 聖杯戦争が理由で学校に来れなかったなんて白葉には言えないので、しょうがなくそこで嘘の理由を作ったら、なんか後でキレられた。

 

 そんなこともあるので、今回は謝りまくる作戦でいこう。

 

「いや、怒ってるべ?」

 

「怒ってないです!」

 

「ほんと、ゴメンな」

 

「だから、怒ってないです!」

 

「マジ、ゴメン……」

 

「怒ってないって言ってるでしょ!」

 

「ああ、分かった。ゴメ……」

「怒ってない!」

 

 ついセイバーを弄るのが楽しくて、調子に乗ってしまった。セイバーは本当に怒っている。分かりやすいその顔は弄り甲斐のある顔で、つい止めようと思っても止められない。

 

「止められない止まらない、これぞ人が調子に乗る故の副作用……」

 

「何言ってるんですか?」

 

 暗闇の中、うっすらと見える彼女の輪郭が俺に向かってそう言う。俺はその輪郭をじっと見つめる。すると、彼女の口調は不思議になる。

 

「……えっ?どうしたんですか?何か言ってくださいよ」

 

「ん?ああ、いや、なんか、こういうさ言い合いってあと何回あんだろうなってふと思ったんだよ—————」

 

 言葉にしてはダメなことを口にしたとその時瞬時に理解した。ぼんやりとしか見えない彼女の輪郭が悲しみを強く帯びていると感じた。丸まった背中、斜め下に傾けた首、動きが遅くなった身体。突然俺たちの間に無音が流れる。その無音は悲しみや苦しみという感情を含んでいて、何も聞こえないというのが耳を痛くする。いきなり言葉が枯渇したような感覚に襲われ、喉にも痛みが生じて、その痛み全てが胸に伝わり、胸は崩壊しそうになった。

 

 もしかしたら、彼女とこうして平和に話せるのは最後なのかもしれない。それを改めて知って、この刻一刻と過ぎてゆく時間が惜しくなる。手で掬った水は手の隙間から滴り落ちることが必然で、手には水が残らぬように時を止めることはできず、この平和を心の中で焼き付けるしか方法はないのだ。

 

 そう考えると、感慨深い。やはり考えぬようにと思っても考えてしまうことだし、彼女と別れるということは必然的なものであって、結局のところ俺たちは心が苦しくなる。

 

「そういうこと、言わないでくださいよ……」

 

「ああ、そうだな」

 

 俺は体を横にする。この夜彼女の顔をもう見ないと決めた。そうでないと、俺は多分また考えてしまう。一時間に一回、五十分に一回と段々と彼女のことを考える間隔は短くなってゆき、しまいにはこうやってずっと考えてしまっている。

 

 どうしたんだ、俺は。そう自分に言い聞かせて、考えを改めさせる。

 

 彼女を見るな。

 

 そうでないと、俺は—————

 

 その時だった。ベッドの隣で何か物音がした。セイバーは何かしようとしているようだ。ちらりと彼女の方を見る。

 

「ちょっといいですか—————?」

 

 彼女はベッドの傍に立っている。俺の方をじっと見つめていた。なので、俺は彼女の方に背を向けて返答する。

 

「何だ?」

 

「その—————い、一緒に寝てもよろしいですか?」

 

 大胆な発言。ウブな彼女にしては思い切った行動である。どういう意図があるのか分からないが、彼女の悲しみに帯びた目に見つめられていた俺は断ることが出来なかった。

 

「どうしたよ、急に。まぁ、いいけど」

 

 俺はベッドの奥の方に身を寄せた。そして、手前の方で何かがベッドに乗る感覚がした。身体にその僅かな振動が伝わり、すぐ後ろには彼女がいるのだと察した。

 

 その距離たった十五センチ。筆箱に入ってる定規一本離れたところに彼女はいる。彼女の吐息は俺の耳を熱くさせ、彼女が少しでも動くとベッドを通じて振動が伝わる。

 

「一つ、聞いてもいいですか?」

 

「ん?別にいいけど」

 

「ヨウはさっき、自分の望みは私が望みを叶えること、って言いましたよね?」

 

「ああ、そうだな。それがどうした?」

 

「それがちょっと気になるんです。ヨウ、本当の望みは何なのですか—————?」

 

「は?いや、だから、それは、お前の望みを叶えることだよ」

 

「……本当、ですか?」

 

 彼女は静かに訴えかけるように尋ねる。彼女は自分の望みが俺に応援されているのに、何故その真偽を確かめるのだろうか。

 

「ヨウはどうもそんなこと思っていないように思えるのです」

 

 核心を突くような一言。自分が応援されているはずなのに、何故かその応援の偽りを信じる彼女。俺のことは余程信用されていないのかと思ってしまった。

 

「どうしてそう思ったんだ—————?」

 

 自分の背の前にいる彼女に訊く。

 

「どうして……。それは、単純におかしいのです。だって、聖杯は掴むことができれば何でも望みを叶えられる。なのに、何故ヨウはその望みを叶えようとしないのか、何故私の望みを叶えることを優先するのか。それがすごく引っかかるんです」

 

「それは俺がお前の望みを叶えたいと思うからだよ」

 

「それは何故ですか?」

 

「……アーチャーに頼まれたからだよ」

 

「それはおかしいです。だって、ヨウはそんな人じゃない」

 

 俺でもないくせに俺はそんな人だと語る。その語る内容は俺の思う俺とは少し違う。

 

「アーチャーの生き様に感銘を受けたつーか、なんつーか。だから、あいつの願いを俺が叶えるんだ。そんで、あいつの願いはお前の願いを叶えること、そんだけだ」

 

「嘘、嘘です。だって、そんなことしてヨウは何の得を手にするんです?ヨウは自分のことしか考えない自己中心的で、酷い人で、他者のことよりも自分を優先させる人。だから、そのヨウがあんなこと言うなんて、すごくおかしいなって……」

 

 散々に言われた。やれ、俺は自己中心的だの、酷い人だの、他者よりも自分を優先させる人だのと。まぁ、あながち間違ってはいない。

 

 だが—————

 

「確かにそうかもしんねぇ。だけど、お前は俺の全てを知ってるつもりか?いいや、知らないな。だって、俺とお前はまだ三週間しか一緒にいなかったんだ。お前は俺の何を知っている?どうせお前は俺のこと何も知らねぇよ—————」

 

 棘のような言葉を突き放すように投げかけた。だが、それは全て故意によるもの。俺がわざと彼女を傷つけようと思い、そんな言葉を発した。歯を食いしばりながら。

 

 俺がそんな冷たい言葉を放つと、彼女は俺の服の背中をぎゅっと握る。その距離はもうゼロ。

 

「—————私は、知ってます!ヨウを、月城陽香という一人の人間を知ってます!だって、私は三週間、あなたの隣にずっといたじゃないですか」

 

 隣にずっと。いつだって、どこでも、俺の隣には彼女がいた。それを彼女は必死にアピールしてくる。

 

「ヨウ。私の方を、こっちを……向いて、くだ……さい—————」

 

 今さっきの必死なアピールとは違い、小さな篭った声で俺に言う。頭を俺の背中に突きつけ、何かに頼っていないとダメなようである。

 

 信頼というのは一種の依存。依存というマイナスの意味で使われやすい言葉をプラスの意味にしたものが信頼といっても過言ではない。

 

 だが、俺はその信頼がとてつもなく邪魔だった。止めてほしかった。苦しかった。

 

 その信頼はいつしか期待となり、俺を縛り付けるから。それがすごく嫌なんだ。セイギや雪方はいつも俺に何かを期待する。その期待に俺は応えられないし、そもそも期待なんてかけてほしくない。それはセイバーも例外ではない。

 

「俺はお前に期待し過ぎだ。止めてくれって言ってるだろう。俺はお前の思うような素晴らしい人間なんかじゃない。みんなが思うような俺には絶対になれないんだ。だから、そういうことを言うのは止めてくれないか—————?」

 

 力のない声だった。腹の底から声が出て来ず、気は憂鬱で、手は少し震えていた。

 

 俺がセイバー相手に何故ここまで動揺することがあるのかと考えた。前までならセイバーをただ弄って、楽しんで、それでも俺は笑えた。そこに動揺、緊張というものはなく、何隔てなく接することができた。なのに、今は違う。

 

 今は違う。だけど、俺はその今に適応できていないのかもしれない。それを承知の上で、俺は過去のあり方が良かったと思い、無理にそのあり方でいようと頑張って。

 

 だが、それを悪いと思いたくない。悪いと思ったら、本当に俺は前進することができない。立ち止まるんだ。

 

「お前の要望に応えることはでき……」

「こっちを向いてください—————!」

 

 耳を突くような高い声が耳元でした。怒りの感情のようなものが詰まっていて、彼女の本当の想いというものを見せられたような気がする。

 

 ダメだ。そう心の中で俺は呟く。向いてはダメだと。彼女はあまりにも明る過ぎる太陽。その太陽に似合う月は俺ではないと心に決めつける。身勝手でも、何でも、とにかくそれでいい。それでいいから、俺は彼女といてはならないと決めつける。

 

 傷つく。それが怖いから、怖いから何も出来ない。決めつけでもしない限り、俺は彼女と並ぼうとする。それじゃ、傷つく。

 

 —————ダメだ。

 

 ダメだ。ダメだ。

 

 ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。

 

 そう思う度に、俺の胸は磨耗して苦しくなっていく。

 

 あと数時間の我慢。そう、それで終わるんだ、この聖杯戦争は。この苦しみから逃れられる。

 

「私を見てッ—————‼︎」

 

 彼女の声が響く。その声は彼女が生前自分を見てほしかった時のように、自らを見てもらうことを欲している。そして、生前は義父が、今は俺が対象なのだと。

 

 今ここで俺が彼女を見なければ、彼女にはまた深い傷を負わせてしまうと理解した。だから、悩んだ。俺が傷を負わないようにするか、彼女が傷を負わないようにするか。

 

 で、悩んだ末に決めた。俺よりも彼女の方が大事だと認めることを。

 

 ゆっくりと体の向きを変える。彼女の顔をその時ちゃんと見た。彼女の目尻には幾許かの露が溜まっている。頰の中央を赤らませて、その姿が凄く理解不能だった。

 

「何で、お前はそんなに俺に辛いことをさせようとするんだ—————?」

 

 何で俺みたいな男にこうも彼女は寄るのだろうか。何で俺みたいなクソに涙を流してまで説得しようとするのか。何で俺みたいなクズの隣にいようとするのか。何で俺みたいな暗い奴の隣で輝こうとするのか。

 

 そんな顔をしてまで、お前は俺に何の期待をかけているのか分からない。ただ、俺はそんな顔で自分を見てほしくない。辛いんだ、止めてほしいんだ。

 

「だって……」

 

 だが、俺に言い分があるように、彼女にも言い分がある。彼女だって、きっと俺のことを思ってくれて、こんな事をするのだ。

 

「—————不公平ですよ!ヨウは、不公平です!」

 

 彼女は俺の胸ぐらを掴む。か弱い彼女の握力は俺の心を握りつぶすには十分の力だった。

 

「何でヨウは私に聖杯を譲るの?何でヨウは私を守るの?何でヨウは私の隣にいるって言って、いつも一歩先を行くの?私がそんなに弱いですか?私がそんなに頼りないですか?私がそんなにあなたと隣にいてはダメですか?」

 

 俺が彼女に疑問を持つように、彼女だってずっと疑問を持っていた。だけどそれを隠して、今まで普通に振る舞って。

 

「ヨウはアーチャーに約束をしたんですよね。でも、私だって鈴鹿さんと約束しました。鈴鹿と二人でヨウの所へ向かう時、彼女に言われたんです。『ヨウは私の大切な子だから、助けてあげて。一人で抱え込んじゃうから、一緒に悩んであげて』って。私だって、あなたが悩んでいるのを見て辛い!だから、私はあなたとその辛さを分かち合いたいんです。ヨウはそんな私の願いも拒否するのですか⁉︎」

 

 彼女の言葉は深く心に突き刺さる。あまりにも強い痛みが俺の心を貫く。心臓が焼かれているような感覚が苦しさを催す。

 

「私はヨウの本当の気持ちが知りたい。私はヨウの本当の願いが知りたいんです」

 

 俺の本当の気持ち。俺の本当の願い。それは、矛盾する。今の俺と矛盾して、俺という存在が引き裂かれる。怖い、怖い。

 

「無理だ、お前に教えたくない!」

 

「教えてください!」

 

「嫌だ!絶対に!」

 

「何でですか⁉︎」

 

「だって、お、俺の本当の気持ちも望みもお前とは正反対だ。お前の望みの妨げになる。それが、俺は嫌なんだ—————‼︎」

 

 それこそが一番俺の望んでいることで、一番現実で起きてほしくないこと。

 

 —————矛盾が俺を苦しめる。




はい!Gヘッドです!

さぁ、矛盾するヨウくんの望み、セイバーちゃんの切実な想い。色々な気持ちが交錯しております。

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