Fate/eternal rising [another saga] 作:Gヘッド
さてさて、今回はちゃんと主人公のヨウ君とセイバーちゃん回です。前回は色々とワケありでしたが、気を取り直していってみよー♪
海岸から家まで一直線に、何処にも寄らず家に帰ってきた。家のドアを開けて、靴を脱ぐ。靴には海岸の砂が挟まっていて、脱ぐ時に砂が玄関に落ちて散った。
「ヨウ、どうしたのですか?急に帰ろうなんて言い出して」
「いや、別に。どうせバーサーカーたちは今日現れなさそうだったし、あそこにいても意味がなかったから帰ってきた。そんだけだ」
セイバーはそう言う俺を困り顔で見つめる。そんな顔をされた俺は自分の言動を改めてしまう。
「分かった。分かったから。何だ?何が言いたい?」
「セイギ、ちょっと悲しそうな顔してましたよ?」
「はぁ?んなこと、知らねぇよ。あいつがまるで俺に何か隠してるようなのに教えねぇのがいけねぇだろ?俺、全ッ然悪くないね」
「でも強く言い過ぎだと思います」
「俺は特にそんな変なこと言った覚えはねーよ」
「そういうことじゃなくて……、言葉の裏に隠された棘のような言葉が……」
彼女はどうやら俺とセイギの会話に納得がいかないらしい。俺は彼に対して暴言を吐いているわけでもなければ、険悪なムードにしようとしていたわけでもない。ただ、セイギに真偽を聞いたのみであり、それでセイギがどう思おうが俺は俺である。そんなつもりで言っていないのなら、そんなつもりで言っていない。
「ヨウは少し頑固過ぎです。もう少し頭を柔らかくしてもいいんじゃないですか?」
「そんなことできたら、今頃苦労しねーように実践してみてるわ」
そう、俺は自他共に認める頑固。俺は俺、他人は他人。俺と他人が混合になることなどありはしないのだ。
「じゃあ、聖杯への願いは頑固を治すことか?」
「もう!真面目に考えてください!これでも真剣なんですよ!」
頬を膨らませて、典型的な怒りの表現をする。俺をじっと見つめ、そしてそっぽを向いた。
「まぁ、しょうがねぇだろ。聖杯に叶えてほしい望みなんて、今のところねぇんだし、それぐらいしか思いつかねーよ」
ここまで来たら、もしかしたら聖杯を掴めるかもしれないと希望を抱く。しかし、その希望を抱いたとしても、俺はどんな願いを叶えればいいのかが分からない。黒い希望でもなければ、白い希望でもない。そもそも、自分が一番に望んでいる叶えたい望みが何なのかさえも知らない。
真剣に考えてる。本当にこの頑固なところを治すというのが聖杯への望みでもと考えたこともある。だが、考えた結果、俺の中に眠る何かがその望みは違うと言い、折角考えた望みを一蹴してしまう。
間違いだと分かる。だけど、正解が何なのか分からないのだ。試行錯誤、色々と考えてみたけど、どうも正解に辿り着けない。
「つーか、そういうお前こそどうなのよ?望み、決まってんの?」
「そりゃぁ、もう決まってますよ。私は過去をこの手でやり直すんです」
希望に満ちた顔で自らの願いを語るセイバーの輝く瞳は俺の胸を締め付ける。誰かに心臓を掴まれたかのようで、少しばかり話す気が失せた。セイバーはそんな俺をセイバーは覗き込んで、心配する。
「どうかしたのですか?やっぱり、何かおかしいですよ?」
「んなこったねーよ。それより、そんな目で俺を見るな。なんか、ごっつう殺意湧くわ」
俺がセイバーの顔を指差すと、彼女は決まり悪そうな顔をする。
「ヨウ、怒ってます?」
「いやいや、怒ってないって。というか、お前の方が怒ってんじゃねーの?」
「そりゃ、ヨウがいちいち余計なことばかり口にするから……」
「しょうがねぇだろ。そこは俺らしいところなんだから。そこを欠いたら、俺らしさが薄れる」
「でも、少しくらいは自重してくださいよ」
「できたら、今頃こんな口論になってない」
またセイバーは分かりやすい怒りの表情を浮かべる。頬を膨らませて、ムスッという効果音が似合うような顔。
「なぁ、じゃあ、少しはお前も自重しろよ。そしたら、俺も考えてやるから」
「何をですか?」
「そうやって、色々なことに首突っ込むことだよ」
俺は膨れた頰を両手で押し潰す。セイバーは不機嫌そうに俺を見つめる。そんなセイバーを見て、くすりと笑ってしまった。
「そんな目で俺を見るなって言ったろ?つーか、その顔、マジきめぇ」
「んなっ⁉︎そ、そういう所を自重するんですよ!」
赤くなった彼女の顔。手から彼女の体温の上昇が伝わる。
「へいへい、わっかりました〜」
ちゃらけた返事をしながら自分の部屋へと向かう。彼女は快く思ってはいないものの、何故か俺の後ろをついてくる。その姿に嬉しいと思いながらも、苛立ちも少々湧いていた。
部屋に着いて、俺は押入れを開けた。そんな俺の姿をセイバーは不思議そうに見ている。
「何しているのですか?」
「は?寝るんだよ」
「えっ?寝る?」
「え?逆にそれ以外に何の意味があって押入れを開けると思う?」
「でも、今日は、その……、最後かもしれないんですよ?」
「何言ってんだ?最後?」
「こ、こうやって、平和に夜を過ごせるのは最後かもしれないんですよ?明日は聖杯戦争が終わっているかもしれない」
彼女は期待するような目でまた俺を見つめる。その目を俺に向けてほしくないとあれほど言ったのに、まだ向けるのか。そんな目で見られると、色々とむず痒くなる。胸のあたりを掻きむしりたくなってしまう。
「お、お話、しませんか—————?」
「いや、何で?」
「な、何でって言われても……。何でもです!」
どうしても話をしたいと彼女は言う。反対の余地はいくらでもあった。彼女が言う通り、明日は最後の日になるのかもしれない。だからこそ、ここでしっかりと休息をとる必要があるし、午前二時現在でさえ夜更かしをしているのだから、さらに夜更かしをしてはならない。
それに、俺の中にいる何かがそれはダメなのだと言ってくる。それが何なのか分からないが、その選択をしたら俺はきっと後悔すると教えてくれる。
俺は彼女と一緒にいてはならないのだと感じた。でも、何故か、その答えが分かれば、この胸の中のモヤモヤとしたものを取り除けるだろうか。
俺はため息を吐いた。自分のベットに腰掛ける。そして、俺の隣をポンポンと叩いた。ここに来いという合図をセイバーは理解し、俺の隣に座る。
「……うん」
「……はい」
ただやはりこうなってしまうと無言が二人の間に生まれてしまう。まず最初に何を話したら良いか分からないし、その最初の言葉を考えていて無言の時間が過ぎれば過ぎるほど言葉を出しにくい。焦ればそれこそ言葉が出て来ず、かといってゆっくりとしても言葉は喉から現れない。初めてのお見合いみたいな感じである。
「……いや、こういう時って普通さ、誘った人から話を繰り出すものじゃないの?」
「え?そ、そういうものなんですか?」
「そうだろ。そういうもんだろ」
「あっ、そ、そうでしたか。じゃ、じゃあ、私から」
彼女はコホンと咳払いをし、話を繰り出すのに間を置いた。
「じゃあ、聞きます。ヨ、ヨウはこの聖杯戦争が楽しかったですか—————?」
いや、何だその質問は。まず、初っ端から、じゃあ、って言っていたけどそれは何だ?まるで話す内容を決めていなかったみたいではないか。それに、聖杯戦争に対しての感想を彼女は聞いてきている。というか、楽しかったですか、なんて普通聞くか?聖杯戦争が楽しいわけないじゃん。何だろうか、これはきっとセイバーに試されているのだろうか。
俺はセイバーの顔をじっと見つめる。これは試されているのか、それともただセイバーが馬鹿なだけなのか。
「まぁ、命懸けだったけど、思ってたよりかは楽しかったよ」
「それはつまり、楽しくなかったんですか?」
「そりゃあ、そうだろ。死ぬかもしれないんだぞ?人の死だって間近で見たんだぞ?それで楽しかったなんて言えねぇよ」
「あっ、そうか。それは質問がダメでしたか……」
彼女は自分の質問の抜け目に気付くと、頭を悩ませる。その脳みそは人の脳ではなく、きっと猿並みの脳なのだろう。
「—————私と一緒にいて楽しかったですか?」
その猿並みの小さな脳みそから搾り取った知識を紡いで出た言葉は俺の心臓を貫いた。
セイバーと一緒にいて、俺は楽しかったのだろうか。この時、初めてそのことについて考えた。確かに俺は彼女を守ろうと思いつつある。彼女の特殊な生い立ちと、運命に翻弄される姿を見て、俺は彼女を守らなければと思った。
だが、それにどのような感情が湧いていたのか。彼女を守ろうとしているとき、俺はどう思っているのだろうか。嬉しいのか、悲しいのか、悔しいのか、辛いのか、楽しいのか。
「—————分かんね。楽しいのか、そうじゃなかったかなんて、分かんねぇよ。いや、確かに楽しかった。今まで、俺の目の前に広がる景色全てが灰色の景色で、まるでモノクロ写真を見てんじゃねぇかってぐらいだったけど、お前が現れて、お前のいるところから灰色の景色が彩られていって……。気付いたら、もう目の前の景色は温かい色が爛漫に光り続けている。今までのつまらない日常が、一変して意味のあるものに変わっていった。生きるってことを強く望んだ」
今までは生きているって感覚があまり感じられなかった。そもそも、命とかそういう小難しいことを考えるのを避けていて、この今一瞬がただ連続して目の前を通り過ぎてゆくものだとだけしか思っていなかった。
「だけど、それがちょっと怖い。変わっていくってことは、前まで見ていた景色をもう見ることはできないってことだろ?お前が現れて、世界が変わって、慣れたあの景色はもうあんな風に見ることはできなくて、変わるってことが怖く思えて」
何かを欲すれば、何かを必ず失う。それが何であれ、時が経てば要らぬものでも懐かしく思え、後ろを振り向いてしまう。懐かしいという感情は実に非生物らしく、良いものだけを取り入れようという生物の貪欲さに反している。
人は他の生物とは一風変わっており、その一つの例が懐かしさなのだ。その懐かしさは変わることを拒絶する。あのつまらない灰色の景色が俺には合っていたとさえ考えてしまう。この美しい世界は少し俺には眩しすぎる。
「セイバー、お前はいい奴だよ。目の前の世界をこんなに美しく綺麗なものに変えてくれた。だけど、俺はそんな綺麗なものは似合わない。お前は太陽、俺は月。でも、その太陽が輝き過ぎて、月も明るくなり過ぎてる。夜に明るい月は必要なんてないんだよ」
月は自ら輝かない。太陽の光を浴びて、月は夜空に光り輝く。だから、太陽の光が強ければ強いほど月は強く光る。だが、夜に明るい月があれば虚ろな夜を壊してしまう。夜は虚ろ、月は朧、それがナンバーワン、ベストな状態。
「逆に聞くけど、お前は俺といて、良かったって思ってるか—————?」
セイバーに訊ねた。セイバーは少し悲しそうに視線を自分の白い足に向けながらこう言う。
「私は良かったって思ってます。それは先に話した通り、ヨウは私に色々なことをしてくれました。ここにいたいって思ってます」
彼女のその言葉は俺の胃を押し上げる。胸がふと痛く感じた。彼女の曇りのない言葉は俺にはやっぱり眩しすぎて、目を向けられない。
「でも、やっぱり願いは……」
「過去をやり直す、だろ—————?」
「えっ?あっ、はい」
今宵は雲が出ているのか、新月なのか、月の光は地を照らさない。星の光も段々と霞んでおり、夜はあまりに暗かった。
「—————俺はそれで良いと思う。そう願ってくれることこそ、俺の願いでもあるし」
彼女に笑いかけた。口角を上げ、目を細める。だが、彼女の顔は雲に覆われ霞んだ太陽の如く、暗かった。目に光が感じられない。ただ小さく頷いていた。
「はい、そう……ですね」
その時、また胸が苦しくなった。この何かトゲトゲしたものが胸にあるような感じは一体何なのかと考えながら、彼女から目を逸らす。
自分の望みは偽りでないと思い、そのトゲトゲした何かを心の中にそっとしまい込んだ。