Fate/eternal rising [another saga] 作:Gヘッド
今回は聖杯戦争に関わる人たちが出てきますが、ヨウ君やセイギ君は出てきません。
聖杯戦争を取り巻く人たちにクローズアップ回です。
織丘市の西側を流れる
カウンターのテーブルはワックスのようなものが塗ってあり、ツヤが出ていた。テーブルを見れば、店内が見えるというほどよく反射しており、そのテッカテカなテーブルをじっと何かを待つように見つめている。
すると、店のドアがガラガラと開いた。外で立ち込む暗い闇には不釣り合いのキラキラした雰囲気を放つ髭を生やした中年の男が店内に入ってくる。スーツを着ている男はそのキラキラした男を反射するテーブルで見て、舌打ちをした。
キラキラした男は店内に入って、スーツを着た男の隣の席に座る。そして、メニューを一覧した。
「店主よ。余はこの『ギンギラ黄金に輝く鶏ガラスープのラーメン』を一つ」
年老いた店主はその男性をじっと見つめ、こう尋ねた。
「—————あんた、聖杯戦争の参加者かい?」
キラキラした中年の男はそう聞かれた瞬間、さっきまでの陽気な雰囲気を一切消し、殺意の目を向ける。すると、隣にいたスーツを着た男はその目を凝視し、こう告げた。
「止めろ。この方はただの一般人だ。新しいアーチャー」
「一般人ですと?では、何故この方は聖杯戦争を知っているのですかな?」
「訳ありだ。過去の虐殺のせいだ」
過去の虐殺。それはこの聖杯戦争時においては、前回の聖杯戦争でのアサシンの大量殺戮を意味する。過去の虐殺はいい意味で使われることはなく、大方それによって引き起こされた二次被害なような場面で使う。そして、今、彼はその二次被害の話をしている。
織丘市には市全体を覆うほど大きな魔術が常に働いている。過去のサーヴァントが、そしてそのマスターが二人がかりでアサシンの大量殺戮を隠蔽するために張った結界。その結界は結界内にいる者のアサシンの記憶、聖杯戦争についての記憶を消去するというもの。
しかし、それほどの大魔術を行うなら、必然的に想定外なことも起こるのである。あの時、想定外なことはもちろん起きた。それは記憶が消されなかった人たちがごく少数だがいたという事実なのだ。
前回のキャスターの大魔術は残りの令呪全てを使い、市全体を記憶を消すという高度な魔術だった。しかし、それでもやはり限界はあった。だから、前回のキャスターは魔術に対する耐性が少しでもある者はその魔術がかからないようにしたのである。そうでもしないと市全体に大結界を張ることはできなかった。
一般人にもごく僅かに生まれながらにして魔術に耐性を持っている者がいる。魔術師にしてみればそのような耐性は微々たるものだが、それでも前回のキャスターの結界はその耐性に反応してしまい、術をかけることはなかった。つまり、言ってしまえば、記憶を消しそびれたのである。
これは由々しき事態である。秘匿を義務とする魔術師、魔術協会にとってそのような人は一人残らず生かしておいてはならない。そうでもしないと、世間に魔術の存在が知れ渡ってしまうかもしれないからだ。
だが、そのような魔術に耐性のある一般人を前回のキャスターのマスターは匿った。決して誰かに魔術の存在を言わないことを条件に、彼ら一般人の命を守ったのである。
店主は淡々と喋る。
「儂らの命を救ってくださった人、それがこの方、ハルパーさんじゃ。だから、こういう一般人でも聖杯戦争という言葉は知っておる。もちろん、こういうところ以外で話すのは禁止じゃし、聖杯戦争のことも詳しくは分からん。じゃが、この方が儂らの命を助けてくれたことに変わりはない」
「よしてくれ。結局のところ、人があの時死んだことに変わりはないし、それを俺は救えなかった。俺は褒められる立場の人間ではないし、あれは罪滅ぼしの一種のようなものだ」
ハルパーは謙遜しながら、お冷やを一口飲む。彼は微動だとせず、平然とその席に座っているが、やはり何処からか彼から悔しみというものが醸し出されていた。
アーチャーはそんなハルパーを笑った。
「—————はっはっは!そのようなことで落ち込んでいるとは。小さい、小さいですぞ」
「小さいだと?人が何人も死んだんだぞ?」
「しかし、人の命救ったのもまた事実。なら、胸を張る以外に何がある?どうせ救えなかった人を悔やむよりも、救えた人々を救えたことのほうが遥かに素晴らしく、偉大で、敬服することに変わりはない。現にハルパーよ、貴様を慕う者もいる。人を救ったことなら、この王である余の前で胸を張ることを許そうぞ—————」
上から目線で、上司が部下に向けて言うような口調であった。まるで、自分は他の人とは違い、格段に偉いのだと心の本心から自覚しているようで、王の威厳というものも感じられたが、それ以前に傲慢さも感じられた。
ハルパーはその言動を鼻で笑う。
「ふん、ぬかしていろ。王だが何だが、お前はサーヴァントであることに変わりはなく、この世において存在する必要がなくなった瞬間に消える定め。そうだろう?」
「はっはっは!そうですな。今の余はサーヴァントでしたな」
高笑いしたかと思いきや、アーチャーは急に冷めた顔をとり、じっとハルパーを睨む。ただじっと、相手の行動を窺い、事によっては殺そうという殺意も含まれている目をしていた。
「—————だが、余が王であることに変わりはなく、余は王らしくいることを欲する。逆に言えば、余が使い魔の存在であるなど言語道断。余の主は神のみであり、その主以外に召使える気など甚だ無い。何故なら、それは余が余であるからだ」
その眼光は純粋な自信に満ち溢れていた。そして、その自信に少しでもハルパーは触れた。自分の存在意義を自ら見出し、その意義を絶対的なものとしている。
だからこそ言える。このアーチャーは王という役目に拘り過ぎているのだと。
「そうか。まぁ、俺はお前が何の英霊か知らんし、別にそれを問いただそうとしているわけでもない。それに、お前の存在意義を汚す気もないし、勝手に好きなことをしてくれて構わない。だが、この聖杯戦争だけには手を出すな。これは監督役としての俺からの願いだ—————」
監督役として、市を覆っている結界の補強など陰ながらに仕事をしていた。そして彼自身、前回の聖杯戦争参加者であり、今回の聖杯戦争は比較的円滑に進んでいる。特に人が死ぬこともなく、大きな事件もなかった。彼は今のこの状態をずっと終わるまで維持したいと考えている。だから、アーチャーには手を出してほしくなかった。
アーチャーはそう言われて、持ち前の髭を手で撫でる。少し困っているような表情で、何やら考えている。
「何だ?願いを承諾できないというのか?」
「いえ、そうでなく、一つ気になることがあるのですよ。あの、月城という名の少年です」
その言葉を聞いた時、ハルパーの動きはピタリと止まった。
「やはり気付いたか—————」
「ええ、あれは他の魔術師とは異様な違いが見られましてな。何でしょう?あんな魔術師、今まで見たこともない。見ていた余も震えました。恐ろしいと感じました。殺そうかと思ったほどに」
「そうか。だが、止めてくれよ。あの少年は殺すな。聖杯戦争の参加者でもあり、殺されると俺は織丘の地を踏めなくなる。あれは日本の魔術の集大成だ」
ヨウは日本の魔術の集大成。それが何のことか分かるものはこの聖杯戦争関係者でもハルパーぐらいしかいないだろう。その言葉が何の意味を示すのか。まだ彼以外誰も知らない。
「一つ話をしてやろう。前回の聖杯戦争に一組の夫婦が参戦した。妻はセイバーを召還し、夫は自らの武の力でセイバーと一緒に妻を守った。夫婦はたった一人の息子のためだけに命をかける覚悟を決めた。聖杯への望みは、もう二度とこの世に聖杯戦争が起こらないという願いだった」
聖杯戦争に自ら進んで参加した大方の者が聖杯による力でなければ叶えることができない望みを抱いている。その夫婦の望みは数十年間隔で行われる聖杯戦争の廃止。それは、愛する一人の息子を聖杯戦争の戦火に晒さないための望みだった。いずれ、また自分の子も聖杯戦争に身を投じねばならない時が来るのかと考え、変えられぬ運命を聖杯により変えたかったのだ。
「魔術を闇と仮定するのなら、その妻の魔術は光だった。あまりにも他の魔術とは反対を行き過ぎており、その力は本当に異様なものだ。その理由は」
ハルパーが次の言葉を言おうとした時、二人の目の前にドンッとラーメンが置かれた。ハルパーの前には塩ラーメン、アーチャーの前には黄金色に輝くスープのラーメン。
「まぁ、ここで湿った話をするのは、余、飽きてしまいましたので、その話はもういいです。どうせ、あと数日でこの世からはおさらばですしな。それより、ラーメンですぞ。ラーメン!外国人が日本に来て食べて一番美味しいと感じる食が冷めないうちに食べようではありませんか」
アーチャーは腹を空かせていた餓死寸前の子犬のようにラーメンをガツガツと食べる。その姿を見て、ハルパーは頭を抱える。
「どいつもこいつも、サーヴァントとは本当に面倒くさいものだ」
小言を呟く。その小言を聞いたアーチャーはニタリと笑みを浮かべた。
「ああ、もう食え食え。食って、さっさと英霊の座に戻れ」
「いえいえ、まだ余、やることありますから」
「やること?アーチャーを殺すこと以外にお前の仕事はないはずだが?」
「仕事などではございませんよ。ある方に謁見しに行くのです。そう、この地の神、ツクヨミに—————」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
織丘市の西南の位置には病院がある。名前はそのまんま織丘病院。その病院は大きな病院で、周りにある他の市からも病院を患ったりした者が訪れる場所。白く塗られたコンクリートとガラスの外壁は清潔さを感じさせる。
この病院の周りでは聖杯戦争中でも戦闘をしてならないという規約がある。この病院には昼夜を問わず人が訪れる。よって、この病院の近くで戦闘が行われた場合、魔術の秘匿が非常に危うくなってしまう。
その病院のある一室のベッドの上で一人の女性が横になっていた。長い髪と睫毛、白玉のような美しい肌。淑やかな姿は何処か精気がない。
病室の扉がゆっくりと開いた。そこに立っているのは一人の少女。雪方撫子、此度の聖杯戦争の参加者で、ライダーのマスターである。
「会いに来ました。先生—————」
病室の奥に向かって明るい声をかける。しかし、その声に対する返答はなかった。無音こそが彼女に対する返答のようなものだった。雪方はその無音に戸惑うことなく、ただ暗い顔でゆっくりと扉を閉めた。
病室の床を歩く。高く、かつ重い音だった。湿った音が病室の白い壁に反射されて響く。ゆっくりとベッドに近づくけれど、やはり無音が続いている。唯一の音といえば、開いた窓から風の音だけが聞こえるだけだった。
無音、それは寝息の音も、寝返りを打つ音も聞こえない。まるでそこに命が存在しないかのように。
雪方はベッドの隣まで来た。そこにいたのは目を深く閉じた美しい女性。肩ぐらいまでの短い髪が枕の上に置かれたかのようにピクリとも動かない。そんな女性を雪方は柔らかい、悲しみを帯びた目で見つめる。
「—————先生、こんばんは。撫子です。会いに来ましたよ」
彼女はベッドの上に横たわっている女性に話しかけた。しかし、それでも女性は目を開くことなく、白い瞼を閉じながら天井を向いている。女性からは息の音すら聞こえず、胸は常に一定の位置にあり起伏していない。まるで雪方が人間そっくりの蝋人形に話しかけているかのようである。
雪方はそれでも取り乱すことなく、じっとベッドの上に横たわる女性を見つめた。そして、動かぬ女性の首元をそっと撫でた。彼女の首元は石のように硬く、人肌の感触が感じられない。それでも雪方は撫でる手を首の後ろまで回した。
「本当、あの時のまま。何も変わってないんですね。私はもうすぐで十七歳になります。先生、あなたと私の歳の差は段々と縮まるばかりですね—————」
彼女は動かぬ女性の後ろ首のあたりに窪みを見つけた。その窪みを触る。その窪みは何かに刺されたような傷口で、今でもぱっかりとその傷口は開いている。しかし、そこから血は垂れることはない。
返事をしない女性を見ていた雪方は少し目尻が熱くなるのを感じた。服の裾で目の淵に溜まった水を拭き取る。
開いた窓から風が吹いた。その風は雪方の髪をふわりと靡かせる。しかし、女性の髪は風がそよいでもびくともしなかった。
そこにもう一人の女性がやって来た。横たわる女性よりも五歳ほど老いた淑女。やって来た女性は雪方を見て目を大きく開けた。
「撫子ちゃん?」
「ミディスさん!」
そこにいたのは一人の外人女性。ミディスと言う名の女性は見て、すぐに彼女をぎゅっと抱き締めた。
「会いたかったわ。ここに来てくれてありがとう」
「私こそ会いたかったです。お久しぶりです」
彼女の名はミディス。ミディス・アルマーダ。この織丘市にあるキリスト教会の女性牧師である。また、彼女は教会に併設された孤児院の院長でもあり、親から捨てられた子などを彼女は引き取って、教会の下で正しい教育を行っていた。
そんな彼女が何故ここにいるのか。その理由は雪方と一緒である。
「撫子ちゃんはロバートさんと話をした?」
ミディスは目を覚まさぬ女性の方を見る。その目は悔しさに満ち、しかし諦めも混じった目だった。雪方はただ縦に頷くと、ミディスは、そう、とだけ言う。
「大きくなったわね。今、何歳?」
「今、十六です。もうすぐで十七になります」
「そうね、早生まれだものね」
ミディスはロバートに声をかけた。
「ロバートさん、撫子ちゃんはもうすぐで十七だそうですよ。あなたが寝ているうちにみんな大きくなっていきます。子供の成長って素晴らしいものですね—————」
話しかける。しかし、やはり返事はない。その無音を聞き、二人は目を落とした。
「—————十年、彼女の時は止まったまま。彼女はまだ二十九歳のままだものね」
ミディスの言うこと。それは比喩みたいな意味でも無ければ、起きぬ女性が死んだというわけでも無い。そのままの意味で受け取るべきこと。
つまり、眠る女性はこの世の時とは別の時の流れに支配されているのだ。その時は一向に流れることなく、十年間もこのベッドの上で静かに目を閉じている。
「時が止まっているだなんて、嬉しいことなのか、悲しいことなのか—————」
彼女は首の後ろに傷を負っている。それは深い刺し傷。その刺し傷は首の神経にまで達してしまっており、そのままの状態では最悪数分で死に至った。
ロバート・ダバンサ。彼女も前回の聖杯戦争の参加者である。前回の聖杯戦争で、サーヴァント、ライダーを召還し、奮闘した人こそ彼女だった。しかし、彼女は前回の聖杯戦争で召還されたアサシンにより首に傷を負い、死ぬ間際という時にライダーの宝具により彼女の時そのものが止まってしまったのだ。そして、ライダーの存在は消えても、宝具の効果は永遠に続き今に至るのである。
もし、前回のライダーがロバートの時を止めていなかったなら、ロバートは確実に死んでいた。今の彼女は死んではいないものの、生きてもいない。彼女の時の流れが止まってしまったため、生きることもできないのである。
ライダーの行動は間違っていたとは誰も思わない。ただ、その選択が正しいものなのかも分からない。だから、何も返事のない死んだような姿を見るのは、心に堪えるほどのできない何か重い衝撃を与える。
雪方はそんなロバートの姿を見て、涙を流してしまった。
「ごめんなさい。私のせいでそんな姿になって……、治そうと思ったけど治せなくて……」
その言葉にミディスは驚く。彼女の肩を掴み、問いただす。
「それって……、まさか、あなた……」
雪方は自らの腕を力強く握る。悔しさと申し訳なさが彼女を襲う。
「参加しました……。聖杯戦争に……」
その言葉を告げると、その場の空気はまた何も音が流れない。窓から吹く風の音だけがカーテンを靡かせながら無音に傷をつけていた。
ミディスはその無言の空間を壊すかのように、優しく雪方を抱き締めた。雪方はその抱擁に言葉を失う。声にしようとしていたはずの思いが言葉にならず口の淵から流れていった。
「—————よかった。貴方が無事で。よかった」
嬉しさが三十パーセント、悔しさが七十パーセント。自分が今でも生き延びているということと、こうして誰かに愛されていたのだと感じたことが三十パーセント。守れなかった、自分の実力の足りなさに目の前にいる動かぬ女性を助けられなかったという悔しさが七十パーセント。
雪方はあの時守られたから。だから、彼女は傷を負った。そして、時までもが止まってしまった。だから、雪方は望んだ。
聖杯でしか叶えられないこと。それが雪方にもあった。
「ごめんなさい。私、助けたいのに、何もできなくて—————」
雪方は敗戦の味を噛み締めた。そして、自分の不甲斐なさを認識した。