Fate/eternal rising [another saga] 作:Gヘッド
何と、ランサー陣営が登場致しました!
……って、あれ?ランサー?死んだんじゃ……?
突如としてセイギとアサシンの前に現れた二人組。ルーナとランサー。その言葉通り、ランサーとは槍兵のサーヴァント、そしてそのマスターがルーナであった。
ランサーの銀色に光る重厚長大な鎧と盾と槍。総重量はどのサーヴァントの中でも断トツで重く、瞬時に動いたり、スタミナなどの点では劣るだろう。そのような見解を一目見ただけで、誰もが考える。しかし、ランサーは案外細身で、ゴリゴリの筋肉を無駄につけたような身体ではない。バランスのとれたしなやかな肉体だろうと推測できる。
ルーナは普段のたどたどしい未熟な日本語ではなく、流暢で慣れているかのような日本語で話す。
「伊場正義、いえ、魔術師から嫌悪されし魔術師。あなたには確かに父親殺しという恨みはある。だから、今すぐ殺してしまいたい」
セイギはルーナの父親を殺した。その情報が流れる。
セイギはライダーが死んだ日、つまりグラムが現れた日よりも前に、ランサー陣営に攻め込んだ。そして、セイギはランサーを仕留めようとしたが、どういうわけかランサーを仕留めるのを取り消し、ルーナと一緒にいた彼女の父親を殺したのだ。
父親を殺された。その恨みはルーナの心の中に宿り、セイギを殺したい、そう考えている。
「でも、私はそれで少しだけ救われた。最善の方法ではないのだけれど、それでも私は救われたから、私はあなたを殺すなんてできない—————」
ランサーはともかく、ルーナは敵意を見せていない。その様子を見て、セイギは戦闘態勢を解き、宙に浮かせていた白い魔力の塊を消した。しかし、ランサーとアサシンは戦闘態勢を解く素振りを見せない。
「あら?ランサー、あなたのマスターはとうに戦闘する気は無いようですよ?あなたが武装している限り、私は常に警戒していないといけないのですが……」
「五月蝿い、女狐が。元はと言えば、貴様らが私たちの陣営に攻め込んだのだろう。信用などできるわけがない」
二人の口論は激化する。マスターは二人とも戦う気がなくとも、サーヴァント二人は戦う気満々である。
「ランサー!私たちは相手に非をなすり付けるために来たんじゃないの!」
ルーナはランサーに喝を入れた。ランサーはその言葉を聞くと、ため息をつき槍先を下に向けた。ふてくされた表情ではあるが、それでも戦闘態勢は解除されたようである。
アサシンもランサーの行動に合わせるように鎖鎌を下ろす。だが、やはりいつ攻撃されてもいいように、警戒している。
セイギはルーナに姿を現した理由を聞いた。
「私は、もうイギリスへ帰るわ。お父さんはもういないから、イギリスへ帰れると思うの」
ルーナは辺りを見回す。しかし、そこにあるのは一面の砂浜と海だけ。そこには誰もいない。
「ヨウと一緒じゃないの—————?」
道に迷った女の子が道を探すようである。ただ、彼女にはその道は見えず、セイギに尋ねるしかなかった。しかし、セイギは首を横に振る。そして、ルーナは少し項垂れた。
「まだヨウを監視する気なの?知ってたよ、君たちが昼夜問わずヨウを監視していたのを」
「それはノーです。もう、彼を監視する必要はなくなりました」
ルーナは暗い表情をして、どこか遠くを見つめながら独り言のように呟いた。
「—————だってもう、私の願いは天に届かないから」
呟く彼女をセイギは淡々とした表情で見つめる。決して顔色を変えない。そこでもし、感情を露わにしたり、同情を見せたりしたら、最悪彼はのめり込んでしまう。それは魔術師に疎まし魔術師である彼にとって死の宣告と同義である。セイギは自分が相手に心を許したら、自分はどこまでも堕ちてゆくだろうと知っているからこその態度だった。
もう、誰にものめり込んではならない。魔術に私情を入れてはいけない。それを彼はこの聖杯戦争で思い知った。
「そう、良かった。てっきり君がヨウをイギリスにまで
「ええ、聖杯を掴む気は無いわ。でも、ランサーは今まで通りに私の
ルーナも嫌われ者の魔術師。魔術師から嫌悪される魔術師であった。
セイギはそのことを知っていたのかフッと口元を緩ませて、こう尋ねた。
「ヨウと離れるのが寂しい—————?」
質問の後、すぐにルーナは答えなかった。無音が間に流れ、その無音を海のさざ波の音が塗り替える。
「そんな訳、無いじゃない……」
ルーナはそう呟くと、セイギに背を向けた。その背中は寂しそうな、苦しそうな小さい背中をしていた。肩を少しだけ上げて、身を狭くしている。
「ランサー、お願い。
ルーナはランサーに声をかける。しかし、その時のルーナの顔は誰にも見えず、弱り切った声だけが静かな海辺に染み込んで行く。ランサーは槍を地面へと突き刺した。砂浜に突き刺したため、多少の砂煙が舞う。すると、その砂煙が円弧を描くようになって、段々と舞う砂煙の量が多くなっていった。そして、砂煙は弱い旋風となり、その旋風の真ん中でランサーは声を上げた。
「森よ、現れよ—————!」
すると、どういうことか、ランサーの背後から何処からともなく幼木が何本か現れて、その木が異常なスピードで成長し出したのだ。そして、二十本ほどの幼木は小さな森の入り口のようになった。その幼木の間の先は砂浜と海ではなく、真っ暗な空間。何も見えない謎の空間で、その空間から異様な魔力が感じられた。
ランサーはルーナにアイコンタクトを送る。ルーナはそのアイコンタクトに気付くと、嬉しそうな表情ではなく侘しそうな表情を浮かべた。本当は辛いのではとセイギは声をかけようかと一歩踏みしめたが、その一歩で終わってしまった。
「—————そう言えば、一つだけ聞きたいことがあります。何で、ランサーは倒したと言ったのですか?」
ルーナはセイギにそう訊いた。セイギはその質問に苦笑いする。
「その時は、僕はまだ聖杯を掴もうとしてたから、そのための手段だよ。嘘を広めて、ヨウを信じ込ませる。そして、ヨウと一緒に六体目のサーヴァントの魂を聖杯に貯めたら、セイバーを殺す気だった。セイバーはこの聖杯戦争のサーヴァントの中でも断トツで弱い。なるべくリスクを下げるためにはそれが最適で、それに従って嘘をついた。けど、段々と殺せなくなっていった。ヨウとセイバーを見ていると、彼らを殺す気にならなくなってしまって。結局、僕は聖杯を掴むことを諦めた」
彼は透き通るような溌剌とした大声で叫んだ。
「僕は人らしい魔術師として生きる!それが、一番僕に見合ってるってこの聖杯戦争で気付けた。それを気付かせてくれたのはヨウとセイバーとアサシンで、アサシンは聖杯を掴む気は無いみたいだし、僕は喜んでヨウに聖杯を譲るよ。僕はもう色々と得たからね—————」
ルーナはその笑顔を見て、羨ましい、とだけ呟くと森の中の暗闇の中に消えていった。ルーナが森の中に入って、消えた後、その森は段々と時が巻き戻るように小さくなっていった。成熟していた木がまた幼木に戻り、そしてその幼木は何処かへ消えた。そして、もう彼らの目の前は砂浜と美しい海だけが残っていた。星の光が海に反射し、見ている者の心を照らす。
アサシンはそっとセイギの隣に寄り添った。セイギの隣の空白を埋めるように。そして、彼女はセイギを胸の中に入れるようにぎゅっと抱き締めた。
「—————偉い偉い。一人でずっと頑張ってたもんね」
ずっと一人で。
叔父である理堂から魔術回路に魔力を通すという魔術の行使の初歩の初歩を教わってから、すぐに理堂は聖杯戦争で死んだ。つまり、彼はずっと一人で、一人だけでここまで頑張ってきた。魔術という人に助けを呼べない世界で、小さい頃からずっと一人で寂しくいるしかなかった。
一人という選択しか彼にはなく、その選択は苦痛でしかなかった。
誰にも頼ることなく、誰かに頼られることもなく。だから、この経験は彼を人として大きくさせた。魔術師としては未熟者かもしれない。だが、人として彼は立派。
親にも言えなかったこの苦しみ。その苦しみをアサシンだけはずっと分かっててくれた。そして、優しくその苦しみに悶えるセイギを助けてあげた。時にそれは干渉し、時にそれは見守り。それが、セイギには嬉しかった。
心に積もった責任や、苦労、弱さなどがまるで体の芯から抜け出ていくような感覚をセイギは感じた。
ふと目尻から雫が垂れ落ちる。
「止めてよ、泣いちゃうじゃん」
止めて、そう言われてもアサシンはずっと彼を抱き締めていた。セイギはアサシンの胸の中で静かに、押し殺すように泣いた。それでも、その声は口の隙間から漏れて、アサシンの止まった心臓に触れる。
トクンッ、トクンッ—————
その時、アサシンの胸の中にある止まっていた何かが動き出した。
ゆっくりゆっくりと。優しく、一定のリズムを刻みながら。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
織丘市内に存在する、ある孤児院。その孤児院の近くにある教会には二人の人影があった。
「どういうことだ?何故、聖杯は起動しないのだ—————?」
黒い髪のセイバー。グラムである。グラムは教会の椅子に無愛想に座り、目の前の人影に話しかける。人影は高い声で笑った。
「あっはっはっ!何、気づかなかったの?聖杯と同化しているのに、七つの魂がまだ集まっていないって分からなかったの?」
「ぐっ!五月蝿い!私はまだこの人の体に慣れていないから、上手く聖杯を扱えないんだ……」
グラムは初めて剣としてではなく、人の形で、人として存在している。だから、分からない。人とはこのようなものなのか、と未だ学習途中。だから、そんな状態でろくに他の
もう一人の人影、それは家陶達斗である。彼の近くにはバーサーカーらしき姿は見えず、どうやら霊体化しているようだ。
「きっと、アーチャーは嘘をついた。嘘、それに騙されていたんだよ」
グラムは悔しそうな表情をする。アーチャーは彼女の相棒で、相棒であるからこそ彼女はその嘘を見抜かなければならなかった。見抜くこともできた。なのに、彼女はできなかった。
戦闘で勝っても、どうしてもグラムは負けたような感覚しかなかった。確かにアーチャーをグラムは自らの手で殺した。
だが—————
本当に勝てたのかと、ずっと自らを問い質していた。本当に負けたのは、アーチャーではなく自分だったのではと苦悩している。
アーチャーはパラメーターオールEXなんて誰にも出来ぬ諸行を成し遂げた。それは多分、人間という形を保ちながらもその域に達したのは人類史でアーチャーのみであろう。この世界で今まで過ごしてきた人、今生きている人、未来で生きる人。全員合わせてもその域に達することは出来ないだろう。それを彼はやってのけた。
そんな男があんな簡単に死ぬのかとグラムは考えていた。確かにグラムは本気を出していた。本気を出して、アーチャーを叩き潰した。
でも、アーチャーは果たして本気でグラムを殺そうとしていたのか。
アーチャーはセイバーのためなら何でもする。あの男はそういう男だ。だが、アーチャーにとってグラムはどれくらい大切な存在だったのだろうか。アーチャーはセイバーのために戦っていたが、その時、グラムの姿がセイバーと似ていて手を抜いてしまったのではないのか。
もしもの可能性はいくらでもあげられる。だから、真相は分からない。彼が何故グラムを殺し損ねたのかという理由はいくらでも湧く。
————いくらでも湧くから苦悩する。
アーチャーはセイバーのためだけに美しく散っていったのかと。
グラムはそれを思い出さないようにしていた。だが、アーチャーの話が出てくると考えてしまう。ふと、脳裏によぎるアーチャーの姿が彼女の胸を焦がす。苦しさを与える。
殺して満足感を得られると思ったから、アーチャーを殺したのに苦しくなるだけである。満足感、開放感なんて得られやしない。殺して、過去の苦しみは癒えなかった。本当はこんなはずじゃなかったのに。
殺したという罪の重さを感じてしまう。今までは誰かに扱われたから殺したというため、罪の重さは然程感じられなかった。ライダーの時も、あの時すでにライダーは死んでいたはずだし、殺しても罪深さがそこまで彼女を苦しませなかった。でも、アーチャーはグラム自身が殺した。殺すということは殺された者の命の分まで生きなければならないということ。それが、彼女にはどうしても耐えられない。
元々はただ少しだけ特殊な力を持っていた剣に過ぎない。例え、幾千幾万の剣戟に耐えてきたとしても、心の重圧は耐えられないのだ。
グラムはアーチャーの話をなるべくしないように、簡潔にまとめた。
「—————要はまた敵を殺せばいいだけだろう?」
達斗は縦に頷いた。
また殺すということ。それはまた新たな重荷を背負うこと。グラムは不安な顔持ちである。
しかし、達斗はグラムの気の無い様子に気付き、冷たい目で彼女を見る。誰も信用しない頃のセイバーの目のようである。
「ねぇ、世界を壊すこと、それが僕と君の共通の目的でいいんだよね—————?」
「……ああ、そうだ……な」
ぎこちない返事が達斗の信用をさらに失うこととなる。男の子は彼女をじっと睨む。
「本当に壊したい—————?」
「ッ⁉︎」
グラムは一瞬たじろいだ。子供からとは思えないほど強い殺意が籠っていた。どのような辛い過去があれば、そんな目ができるのか。
「ああ。私は壊したい。私をめちゃめちゃにしたこの世界を」
グラムがそう言うと、達斗は笑みを浮かべた。本当に嬉しそうな表情である。きっと、彼はずっと一人だったから心から分かり合える人が一人でも増えて嬉しいのだろう。そういう根本的なところはやはり子供だ。
グラムは教会の外へと足を動かした。
「今日は仕掛けぬのだろう—————?」
「……分かってた?」
「分かってたも何も、まだ子供だからな」
子供と言われて、達斗は少し機嫌を悪くした。子供だからの一言だけでまるで自分という存在全てが片付けられてしまうようである。それが少しだけ彼の癪に障った。
グラムは教会の外へと出た。そして、教会の中は達斗一人だけとなってしまった。一人になった達斗はばたりと倒れ込んだ。荒い呼吸をして、何やら苦しそうである。
「クソッ!魔力が……」
魔力の貧困状態である。魔力とは即ちその者の生命力のようなものであり、魔力を全て失うということは死ぬと言っているようなもの。その生命力とも呼べる魔力が少ないのだ。
理由は簡単に分かることだった。少年のサーヴァント、バーサーカーが彼の魔力を吸い続けているからである。
バーサーカーは身体的性能面ではどのサーヴァントよりも優れており、理性が一時的にだが著しく欠けている彼らを扱うのは誰でもお手の物。しかし、その分、大量の魔力を吸い取りながら現界しているため、マスターによる魔力の負担があまりにも大きく実は使いづらいサーヴァントだと思われがちである。
なのに、少年はこのサーヴァントを召還した。このバーサーカーという
そうして今、悶えている。バーサーカーというクラスの負担に苦しみを感じながら、破壊だけを望んでいる。
少年はゆっくりと立ち上がった。そして、彼も教会の外へと向かう。すると、彼の後ろでバーサーカーが実体化した。バーサーカーは教会の外へと歩く少年を心配しているかのようで、じっと見つめている。
「—————おい!何、突っ立ってるんだよ!行くぞ!」
少年はバーサーカーに向けて怒鳴り散らす。魔力の欠乏の苦しみからの苛立ちだろう。しかし、バーサーカーは一歩たりとも動かなかった。
「◼︎◼︎◼︎、◼︎◼︎ー◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎—————」
言葉にならぬ声を発する。その言葉は少年には分からなかったが、バーサーカーの表情は少年には理解できた。バーサーカーは悲しそうな表情をしている。
その表情を見て、少年はさらに苛立ちが増す。
「うるさいな!僕は死にたくないんだよ!だから、一般人から魔力を奪うことの何が悪いんだよ!お前だってここで死にたくないだろ⁉︎」
そう言われてもバーサーカーに言葉を理解することは出来ない。ただ、少年が怒っているだろうというのはバーサーカーでも理解できた。
少年は今から魔力の補給をしに行くのだ。聖杯戦争に参加していない一般人から魔力を得るのだ。魔術師でない一般人は微量の魔力しか持っていないが、それでも得られることに変わりはない。そして、これこそが近頃起きていた火災事件の真相でもある。この火災事件の真相は少年がバーサーカーのための魔力を得るという行為であった。
だが、バーサーカーはこのことを良しと思っていない。バーサーカーは破壊をするということに適したクラスではあるものの、ここにいるバーサーカーはそんな破壊を好き好んでいるわけではない。
—————むしろ、破壊を嫌っている面すらある。
だから、少年はさらに苛立つ。バーサーカーが言うことを聞かない。それが物凄く不快なのだろう。
「—————お前だって叶えたい望みがあるだろう⁉︎」
少年は叫んだ。その叫び声は教会内で響いた。バーサーカーはその言葉を何となく理解し、静かになった。
そして、小さなマスターと大きなサーヴァントはその教会の外に出た。
次の日、テレビではニュースとなった事件がある。それは一夜のうちに四軒も謎の人物の放火によって火事になるという事件だった。その被害者たちは全員火事の煙を吸って倒れていたようだが、誰一人として死亡者はいなかった。警察では事件として扱い、四軒の家に放火した犯人を追っているという。
達斗くん、やっぱりバーサーカーのせいで魔力が欠乏していますね。そして、まさかのバーサーカー、優しいんじゃないかという説も飛び出してきました。
次回は金ぴかなくせに金欠な新アーチャーと、監督役が……?
次回は少々更新までに一週間ほど時間がかかってしまうかもです。