Fate/eternal rising [another saga]   作:Gヘッド

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はい!Gヘッドです!

今回ぐらいからヨウ君とセイバーちゃん以外の人を掘り下げようかと思っておりますが……。

最初は一人称、途中から三人称?になります。


疎まれし魔術

「はぁ〜、今日はちょっと遊び過ぎちゃったわ」

 

 アサシンは明るい笑顔を振りまく。初めての海は残酷な彼女をそこまで温かい心持ちにするものなのかと考えてしまった。足元が濡れている。その足元の皮はふやけて、水膨れのように皮膚と筋肉の間に水が溜まっている。水膨れといっても、軽度のものではなく重度のもの。水風船が足にできたよう。アサシンはその足を見て、少しだけ肩を落とした。楽しい夢から目が覚めて現実を見たようにため息をつく。ため息をついてもどうにもならないようなことだけど、それでも彼女は現実に落胆してしまう。

 

「—————楽しい夢は永遠に。そんなことが起こればいいのだけれど、それもそう簡単にいかないのよね」

 

 彼女は自分を諭すように呟きながら鎌を取り出した。鎖が鎌の柄に巻きついている。彼女はその鎌の刃を躊躇なく自らの両足に入れて、傷をつけた。その傷からは大量の水がどっと流れ出た。しかし、その水から血の色や血の匂いは一切しない。

 

 その姿が妙に不思議だった。まぁ、そもそも彼女の足に何故そんなに水が溜まったのかというところや、そもそもそれだけが理由で足の皮を切るなどという色々とブッとんだ光景を見させてもらったし、その時点で不思議なのだが、そういうことではない。アサシンの顔の皮が剥がれたりと、色々と彼女の体には秘密があるのだなと思ってはいるが、やはり一つおかしいところがある。

 

「お前、痛くねーのか?」

 

 彼女は痛がる様子を見せなかった。もしかしたら痛いのを我慢していて、俺たちには痛くないように見えたという線もありうる。だが、彼女は何の躊躇もなく、まるで手馴れていたように鎌の刃を人肌につけたのだ。そして、切りつけた。どうもおかしいと思える。

 

 普通、自分が自分の肌に刃物を突き立てたら、やはり若干の恐怖を感じる。もしアクシデントが起きたら、ケガを負うかもしれない。ケガを望んで負う者なんて相当な変質者でない限りいないはず。

 

 でも、彼女は怖がることなく自らの足に切り込みを入れた。彼女に恐怖なんてものがないのかもしれないと感じたのだ。

 

 それはきっと、痛くないから—————

 

「ええ、まぁ、そんなものなのでしょうね」

 

 暗い顔で彼女は返答する。自分というものを悲観し、それでもその悲しい運命を受け入れているように聞こえた。諦めが彼女の言葉に秘められていて、それと同時に触れるなという警告をされたようであった。

 

 そして、彼女が自らの足に刻んだ傷は見る見るうちに塞がってゆく。その傷を俺たちは不思議なものだと眺めていたら、彼女は恥ずかしいわ、と言ってその足を隠した。

 

 場の空気は湿気ってしまった。悪気はなかったのだが、やはり触れてほしくない過去が一人一人にはあるように、アサシンにもあるのだと自覚した。セイギはその場の空気を壊すよう、一回クラップして俺たちの視線を向ける。そして、向いた視線に対して笑顔を向けた。

 

「今日はどうやら、敵はいないみたいだね。だから少しぐらいは気を抜いてもいいんじゃないかな?」

 

「今日は敵がいないって、何で分かるんだ?」

 

「使い魔を三匹ほどこの街に仕込ませているんだけど、その使い魔たちの反応は今の所、特に無し。だから、あの少年とグラムは動かないんじゃないかな?」

 

「動かない?じゃあ、キャスターが生きてることに気付いていないのか?」

 

「あ〜、うん、そうだね。まぁ、それもあるね……」

 

 セイギはお茶を濁すように最後を曖昧に言った。『それも』と言うことは、つまりそれ以外の何かがあるということ。そのセイギが隠していることは何なのだろうか。

 

 俺はセイギの目を真っ直ぐ見た。

 

「セイギ、お前、嘘吐いてる?」

 

「え?そんなことないよ、嘘ついてないって」

 

 彼はまた何かを誤魔化すように軽く笑いながら返答した。

 

「本当に、嘘吐いてないか—————?」

 

 今度はゆっくりと彼に向かって笑顔で尋ねた。言葉の裏に強い強制が混じっている。

 

 彼は合わせていた目線をそっとずらして、後ろめたそうな姿をする。だが、すぐにいつもらしい笑った顔を見せる。

 

「吐いてないよ」

 

 彼がそう言うので、俺はもう詮索するのを止めた。例えそれが嘘であったとしても、セイギは嘘でないと言っている。それはもうどうしようもない、しょうがないことなのだ。

 

 ただ、それだけ俺が信用されていないという証がそこにある。

 

 俺は背を向けた。

 

「俺、帰るわ。今日、あいつら出てこないんだろ?じゃあ、いる意味ないじゃん。俺、早よ寝たい」

 

「え?でも……」

 

「ん?何か俺がいないとダメなこととかある?」

 

 セイギはその言葉に萎縮した。引き止めようと思っていたのに、その思いは簡単に折れてしまった。

 

「いや、大丈夫。僕はアサシンともう少しだけ外にいるよ。他のサーヴァントが出てくるかもしれないしね」

 

「キャスターのことか?」

 

「あー、うん。そうだね。ヨウはキャスターはそんなに危なくないって言うけど、僕は見たことないから分からないし。だから、もう少しだけ外にいるよ」

 

「おう。そうか、分かった」

 

 俺はそう告げると自宅に向かう。セイバーもその後を追うように砂浜を後にした。セイギは砂の上でただ俺たちの遠くなっていく背中をずっと見ていた。そして、二人の姿が見えなくなると、彼は尻餅をつくように座り込んだ。

 

「はぁ〜、ダメだ。やっぱり言えなかった」

 

 アサシンはそんなセイギを見て口元を緩ませた。二人とも緊張が解けたようである。

 

「またダメだったわね。どうしたの?嫌われるとでも思って?」

 

「いや、そういうことじゃないんだ。ただ、やっぱり嘘を吐いてるって言うのは結構度胸いるよ。聖杯戦争に参戦するって時よりも、よっぽど僕にとっては重いことだから」

 

「大丈夫よ、確かにヒドイことをしようとしたけれど、今はそんなことこれっぽっちも思ってないでしょう?」

 

 彼は返答しなかった。それはつまり、アサシンの質問をイエスかノーの判断で、ノーと答えた。まだヒドイことを企んでいるということだ。

 

 彼のその罪深さをアサシンは柔らかい目で見つめる。暗殺者である彼女はその罪深さも超越しているのか、はたまた同情できるのか、彼をそっと抱き締めた。

 

「それでもセイギ、あなたには決定的な殺意が無い。その人を殺すことで自分が満たされるというような殺意をあなたは持っていない。あなたが持っているのは魔術師という運命に従うための殺意。それは殺意ではなく、運命からの強迫よ。そして、それをあなたは捻じ伏せた。例え少しだけヨウを殺そうと思っても、それはあなたの意思によるものではない。だから、あなたは悪くなんかないわ。悪いのは運命で、あなたはそれに勝った。むしろ、すごいことだわ。私が出来なかったことをあなたはやってのけたんだもの」

 

「そうかな。でも、僕はそのことをしようと心に決めた。今は思っていなくても、過去は思っていた。それは罪深いことであり、その罪は過去から今にまで続いている」

 

「そんなこと……」

「嘘だ!だって、僕は……ヨウを裏切ろうとしていたんだよ—————?」

 

 その場が急に静かになった。波のさざめく音が聞こえる。心の中にまで押し寄せてくるような音。海風も吹いている。風が身体を撫でながら通り抜ける時、その風に心ごと持って行ってしまいたいとセイギは考えていた。

 

「最後、僕とヨウが生き残ったら、アサシンにセイバーを殺させようと考えていた。そうすれば、僕は、伊場の魔術は根源へと到達できる。魔術師殺しだの、窃盗者だの散々に言われてきたけど、遂に伊場の魔術は認められる!悲願なんだ!叔父さんと僕の悲願なんだ!だから、それでいいって思ってたけど……」

 

「—————失ってはダメな人なのね?あなたにとってヨウは」

 

 セイギは縦に頷いた。彼の顎がアサシンの肩に軽く当たり、アサシンは彼の顔を見なくともどのようなことが考えているのか想像できた。

 

「あなたは魔術師として誇れるような人じゃないかもしれない。だけど、あなたは人間として十分誇っていいわよ。結局、あなたは誰も裏切らなかった。例え、それが私を殺すことになっても……」

 

「……それは……イヤ、だ」

 

 彼の運命への抵抗は小さな弱い声で呟くぐらいしか出来なかった。

 

 運命は欲張り者を嫌う。度胸の無き者も嫌う。迫られた選択でどちらを選ぶかという時に、どちらか一方だけを選ばねばならない。二つを選ぶ、あるいはどちらも選ばないというようなことをした場合、運命はその選択者に復讐を仕掛けてくる。それこそが人の進む道、運命なのである。

 

「イヤだなんて、悪い子ね—————」

 

 包容力のある優しい母親のようである。彼女の腕の中はとても居心地の良いもので、その辛い運命から少しだけ目を逸らしていた。

 

 魔術師という運命、人という運命。魔術師であるためには人であらねばならないが、かといってその魔術師と人とは相反する生き方をする。その生き方に葛藤し、彼は魔術師を捨ててしまった。友のために人という道を歩んでいる。

 

 いや、ただの魔術師ならまだ二つの道を歩くことはできたかもしれない。だが、彼はただの魔術師ではない。だから、苦悩している。

 

 彼はアサシンの介抱から離れるように立ち上がった。

 

「伊場の魔術師は悪いどころか、最悪の魔術師だよ。窃盗者と言われても、僕たちは言い返すことができない。だって、その通りだ。それが僕たちのいる意味であり、それで根源へ至ろうとしている。それだから、一度伊場の魔術は滅んだ……」

 

「魔術回路の強奪、それは確かにあなたの家系しかできない諸行よね」

 

 伊場の魔術。その魔術はあまりにも特殊で、その性質から全魔術師に嫌悪されていた。それこそ、魔術師としての命であり存在価値である魔術回路の強奪である。その名の通り、魔術師の魔術回路を引き抜き、その引き抜いた魔術回路を他の誰かに移植するという諸行。世界中、どこを探しても彼ら伊場の魔術師にしかできないことである。

 

 もちろん、その魔術は元来魔術師の治療などに利用されるものである。魔術回路が何か外的損傷や内的損傷で上手く機能しなくなったり、生命の危機に陥る配線だとその問題となっている魔術回路を取り除かねばならない。その魔術回路を取り除くという魔術が伊場の魔術だった。

 

 しかし、魔術回路そのものを取り除くということを西欧の魔術師たちは気味悪がった。魔術師の大切な研究を横取りしてしまう魔術と思われてしまったのだ。それ以降、日本の魔術が西欧気触れしてゆくにつれて、伊場の魔術の居場所は無くなり、最終的に滅した。

 

 そのあと、伊場の叔父である理堂が一代で伊場の魔術の勃興を目指した。かつては許容されていた良き時代のようになるまで。

 

 だが、叔父は死に、伊場の魔術を使える者はもうこの世でただ一人しかいなくなった。

 

 それが、伊場正義、セイギである。

 

 魔術回路を奪う魔術とは何とも皮肉ゆえ、彼は苦悶する。世界中の魔術師たちに伊場の魔術が素晴らしいと誇示したいために、ここで聖杯戦争を勝ち抜けて根源へと至らねばならない。なのに、そこで人であるがため立ち止まってしまった。

 

 彼の足はもう石のように重い。あと数歩で悲願の達成なのに、その数歩があまりにも彼には遠い。

 

「僕は、ヨウを裏切れないよ—————」

 

 弱音を吐く。セイギとアサシンの二人だけの空間だからか、誰にも見せない弱気なセイギがそこにいる。

 

 その時だった。暗闇の向こうから銀色の輝く何かがのそりのそりとやって来る。砂の上を踏みしめ、ゆっくりと二人に近づいてくる。

 

「セイギッ!」

 

 その何者かに気付いた二人は一瞬にして切り替えをした。戦闘態勢である。アサシンは鎖鎌の刃からの鈍い光をちらつかせ、セイギは身体を守るように白い球体状の魔力の塊を配置する。

 

「ああ、クサイ!人間のクソな臭いがプンプンしてくる!それに(けだもの)、死体の臭いも混ざっている!鼻がひん曲がってしまう!実に穢らわしい」

 

 汚い言葉だ。だが、その声は美しく淀みのない声だった。中性的な声と棘のある言葉がアンマッチ。

 

「こら、ダメ!あなた、私のサーヴァントでしょ?」

 

 その声の後に聞き覚えのある声が聞こえた。聞き覚えのある声は女の子の声で、先の声の人を律している。

 

 その声の主、二人がセイギとアサシンの前に現れた。一人はルーナである。イギリスからの留学生で織丘高等学校に通う二年生の少女。緑色のフード付きマントと金色の指輪を嵌めている。そして、もう一人は銀色の甲冑に身を包んだ長い髪の大人。腰まで伸びている髪を一つに束ねており、スタイルの良い美男子であった。その男の手には白銀の大きな盾と円錐のとても長い槍が握られていた。盾は見たこともないような未知の文明の模様が浮き上がっていて、槍はヴァンプレートの付いた突くという攻撃に特化した大きな槍。

 

 その二人を見たセイギとアサシンはあまり喜べなかった。

 

「なんだ、君たちか。……何だい?僕たちに父親殺しの復讐でもしに来たのかい?ルーナ、ランサー—————!」




というわけで、出てきましたランサーとそのマスター。そして、セイギ君の言った父親殺しとは?

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