Fate/eternal rising [another saga] 作:Gヘッド
そろそろ終盤に差し掛かってきました。さてさて、あと数日で終わる聖杯戦争を彼らはどう思うのか。
頑張ってみる、そう思えた
夜、俺たちは海まで来ていた。もちろん遊ぶためとかそんな呑気な目的で来たわけじゃない。敵の探索、それが目的だ。
いつも俺たちは自分の自宅がある南西側しかパトロールしていなかったが、敵と当たる可能性が低くなったのだから活動範囲を広げなければという理由で海に来た。
のだが……。
「海ダァ〜‼︎海、海ですよ‼︎海ッ!」
「ワァ〜、本当に水が地平線の彼方まで広がっているのね。う〜んッ!波の音がロマンチック!」
肝腎なサーヴァント二人が海で今までにないほどはしゃいでいる。まるで海を見るのが初めての子供のようにキラキラとした目で海の先を見ていた。砂浜に降りて、靴を脱いで地面がサラサラの土であることを確認し、テンションアップしているようである。そんな二人を地元民である俺とセイギは呆然と見ていた。
「あんなにはしゃぐほどのことかな?」
「ただの海だろ。何処もはしゃいぐ要素なんてねーよ」
見慣れている。自宅から自転車で三十分ほど北に進めば海が見える。俺たちの中では海なんてそこまで特別なものじゃないけど、あの二人にとっては海はスペシャルプレイス。はしゃぎたくなるのだろう。
「ん?そういや、アサシンは海よりも山の英霊なのか?海にはしゃぐって事はやっぱり海見るのも初めてとか?」
「う〜ん、初めて海を見たかどうかは分からないな。でも、確かにアサシンは生粋の山サーヴァントだよ。だから、興奮しちゃうのも無理はないんじゃないかな」
俺たち二人はアサシンを見た。その時、本当のアサシンの笑顔を見たように気がした。明るく無垢な若い笑顔。目頭から目尻かけて線が引かれたように、笑顔で目が細くなる。いつもとは少し違った姿である。
いつもは基本的に艶めかしく、白い肌の上に浮かび出る笑顔は男を誘う。エス字に曲がった背骨から性的興奮を湧き立たせる尻までの完璧に整った体型は黄金比。その顔と体型から大人の女性、しかも娼婦という汚れてしまったようなイメージがある。
だからこそ、新鮮な笑顔に思える。その穢れているというイメージを払拭するほどのその無垢な笑顔は何処か若さが感じられる。アサシンに似合わないというのが率直な思いだが、それは今までのイメージとはかけ離れているということ。生憎俺は本当の彼女を詳しく知らない。だから、俺の知っていたアサシンが本当のアサシンではないのかもしれないと感じてしまった。
「—————アサシンってあんな笑顔するのか?」
セイギに尋ねた。こいつなら彼女のマスターだから何かを知っているかもしれない。
「うん、実際にあんな良い笑顔を見たのは初めてだけど、ヨウが思っているよりかは断然彼女は良い
二人の間にどんなことがあるのかを俺は知らない。何かを隠しているのかもしれない。何かで喧嘩しているのかもしれない。何か特別な感情を抱いているのかもしれない。別にそれはどうだっていい。俺に関わりのないことだ。
だが、俺とセイギはマスターで、あいつらはサーヴァント。この約一ヶ月たまたま運命の乱れのようなもので一緒になったのだ。そして、それはあと数日もせずに終わる。俺たちとあいつらサーヴァントの世界は一緒でなくなる。もう会うこともままならない。
「お前が自分のサーヴァントをどう思おうが俺にはカンケーねーよ。でもさ、もう俺たちとあいつらは別れるんだ。もう一緒の道を歩けない。だからさ、何か想いを抱いたところで、その想いはお前のしたかったようなものにはならないんじゃないのか?最終的に想いを馳せるしかなくなるだろ」
無邪気に海で遊ぶ二人を見ながら、辛い現実を呟いた。理想と現実の二つがそこにあり、砂浜にその二つの世界は分けられているのだと考えてしまう。そして、その言葉がセイギに言い聞かせたつもりなのに、自分に言っているようでそこはかとなく胸が苦しい。
セイギは笑った。苦し紛れに笑みをこぼしたようである。
「そうかもしれないね。というか、そうだ。僕たちが例えどんなに彼女たちのことを想っても、その想いは成就することはないだろう。そこに待つのは辛い現実、逃げることはできない」
そう言われるとまた一段と胸のモヤモヤとした痛みが強まる気がした。苦しい。
「でも—————」
セイギの口から逆説の繋ぎ言葉が出た。淡々とした口調に強さが隠されている。
「この想いを無視していて僕はいいのかなって思うんだ。その想いと向き合うなんてしなければ、別れは辛くなくなるかもしれない。だけど、それから少し経って想い耽ると、そこには後悔しか存在しないと思う。今は良くても、それが後々首を綿で締めるようなことになる。この想いは確かに今存在していて、その想いは抱え込むよりも吐き出した方がずっと心地よいはず。まぁ、やらずに後悔するより、やって後悔した方がマシだってこと」
何の躊躇いも無く平然と語るセイギの隣で俺は背を小さく丸めていた。俺は決してそのようには考えられない。将来苦しむか、今苦しむかで、俺は今を選んでしまうような男だからだ。目先のことしか考えることができない唐変木である。
セイギの言ったことは俺だって分かっているつもりだ。だけど、それを行動しようにも、俺には何本かの鎖が繋がれていて、その鎖が行動を制限する。
セイギは気のない俺を見て、こう訊いた。
「ヨウは逃げていて楽しい—————?」
逃げている。確かにそうかもしれない。俺はアーチャーのことに関しては悩み続けているけれど、それでもセイバーのことに関しては逃げている。俺はセイバーと向き合うのが怖い。怖いのだ。俺がまた彼女と向き合った時、俺はどうなってしまうのか分からないから。
分からない。それが怖い。
ただ、これだけは分かることもある。
「逃げてて楽しいわけねぇよ—————」
さざ波が砂浜に打ち寄せる。セイバーとアサシンはまだ楽しそうに海ではしゃいでいる。笑顔が眩しくて、俺はその明るい笑顔を直視できなかった。
辛い。胸が苦しい。逃げるとはこういうことなのだ。
セイギは立ち上がった。座っている俺を上から見下ろす。
「別にヨウがそれでいいって思うなら別にそれでいいんじゃないかな。僕はヨウのご主人様なんかじゃないから、ヨウを操り人形みたいに操れない。ヨウは自分の意思で動くから、その意思を最大限尊重するつもりだよ。だから、ヨウがどんな選択をしたところで、それは選択ミスなんて可能性はないんだ。だけど、これだけは覚えておいてほしい。相手が何をしてほしいかを見極めるんだ。それぐらいのこと、ヨウなら出来るよね?」
彼はそう言うと、二人の所に駆けて行った。その時はもうセイギは本当の笑顔で今ある有限の時間を楽しんでいた。俺はそんな三人の燦々とした行動に憧憬のようなものを抱く。俺はそんなことして、別れが辛くなるなんて嫌だから。
自分に嘘をついている。鈴鹿みたいに俺はまた周りにいた人を失うのかと思うと、嘘をついてでも悲しみを減らしたい。自分を騙してでも、俺は傷を負うのが怖い。
怖いと思えば思うほど、明るく笑うあいつらと自分は正反対なのだと自覚する。
—————俺だけがこんなにも弱いだなんて。
自らが弱い。それがどうしようもないほど心を苦しめているのもまた事実。だからといって、この弱さは身体的な弱さではなく、精神的な弱さ。並大抵のことで精神的な弱さを克服できるわけもなく、自分だけが持つ弱さをひしひしと感じるしかない。
結局、俺はその場から立ち上がることができなかった。セイバーに悩みを解消しようとするなと言われても、やはり悩みを抱き続けるのは心苦しい。常に自分の心に鎖がまとわりついているようで、その鎖から解き放たれたく思ってしまう。悩みから抜け出したいとどうしても思ってしまう。全くもって、辛抱弱い。
「ヨウ、どうしたんですか?元気ないのですか?」
セイバーが座り込んでいる俺に声をかけた。
「いや、元気はあるよ。ただ、なんかさ、その……」
素直にその次の言葉が言い出せない。何て言おうかと迷ってしまう。
「もうすぐ聖杯戦争が終わることですか?」
彼女に当てられてしまった。推察されてしまったようである。聖杯戦争が終わるという微妙に言いづらいことを彼女は顔色一つ変えず言った。
「……そう。それ」
無愛想で元気のない返事。そんな返事を聞いたセイバーは頬を緩ませる。
「聖杯戦争……、もうすぐ終わるんですね。まぁ、まだ勝つか負けるかなんて分かりませんけど」
「ハッ……。不吉なことを言うなよ。そこは堂々と勝つとか言えよ……」
「そう言うことができるならいいんですけど、私、みんなの中で一番足引っ張ってますし、私のせいで負けたらどうしようとか考えちゃいます」
「大丈夫だろ。お前はもうやるだけのことやったんだし……」
「あっ!私のやる事が鍛冶だけとか思わないで下さいね?少しは戦えますよ!」
その会話の後、もう話すことがなくなった。何を何て話したら良いのか、頭にパッと浮かび上がってこない。どうしても気まずい空気だけは避けたかったのに、話すことがなかったらそれを避けることさえもできない。
セイバーも思い詰めたような表情をする。俺の顔色を窺って、何を話し出すのか、静寂を破った。
「聖杯戦争、もうすぐ終わりますけど、ヨウは嬉しいですか—————?」
唐突に、けど必然的にこの会話になった。セイバーは俺の方ではなく足元の砂をじっと見つめている。
聖杯戦争はもうすぐ終わる。それは結果がどうであれ、俺とセイバーの別れを意味する。この一ヶ月間、何かが俺たちの間にあった。だから、ここまでやって来れた。やって来ようと思えた。
だけど、もう俺たちの運命の道は互いに解離する。複雑に絡み合っていた糸がほどけたように、俺たちはもう会うことはないのだ。
正直、心境は複雑な気持ちだった。以前だったらこれ以上とないほどの喜びに駆られ、この夜の海に向かって大声で叫んでいる。もう命を賭ける必要もなくなる。これからはまた命を失うことに頭を悩ませることなく、平和な日常を過ごせる。
今もそう思っている。もうすぐ終わるということが俺に非常に大きな安堵を与えている。
ただ、それだけではない。今の俺にはもう一つ想いがあった。
セイバーと会えない。それを考える度に俺の心を苦しめる。悲しい、その感情に似た何かがある。
「わっかんね。嬉しいはずなのに、心苦しいっていうか、何つーか……。自分でも分かんねぇんだよ。自分が今、どう思ってんのか、どんな心情なのかって。だから、答えらんねーわ」
ため息をつく。こんな複雑な体に生まれてきた自分に少しばかりか腹を立ててしまう。
人とは複雑であるが故に、こうも自分の感情を答えるなんてことがうまくできない。そればかりか、自分自身で自分の抱いている感情を理解することもできない。ざっくりと分かっても、詳しく正確に分かり得ない。だから、自分の今の感情が何によって生じているのか分からない時もある。
もっと人が簡単だったらこんなことは起きていないだろう。人が簡単に作られていたのなら、俺はこんなに考えを張り巡らせて、自分の感情を推察することもしなくて良い。この複雑な思いに悩まず、率直にセイバーに自分の心情を伝えられる。
なのに、こうも人は複雑に出来上がっている。だから、複雑に出来上がっている人が自らを隅々まで分かり得ない。
自分がどう思っているかさえも、自分には分からない。
俺の返答を聞くや否や、彼女はクスリと笑った。
「意外です。ヨウはてっきり、清々したとか、待ち望んでいたとかそういうことを言うかと思っていたんですけど……、一緒でしたね」
彼女は一緒と言う。俺と一緒、それは感情が俺と類似しているのだろうか。
「私も同じです。また死ぬかもしれないっていう恐怖から解放されて、私は願いを叶えられる。嬉しい……はずでした。でも、それだけじゃない。私もこの時間が失うってことがすごく惜しい。私が私であると初めて認識できたのはヨウのお陰ですし、それ以外にもヨウにお世話になったことは色々あります。だから恩返ししたいって思うんです。ヨウに……」
恩返ししたいと彼女は語るが、俺だって彼女に救われたことだってあった……はず。少なくとも、過ごした時間が今思えば楽しいものだったということに変わりはなく、それだけで恩返しにはなっている。
彼女は手を握り締めた。
「っていうのは、後付けの理由で、本当はヨウに何をしたらいいのか分かりません。恩返しっていうのは、自分の何をしたらいいのかという分からない疑問の空白を埋めるために当てはめたピース。当てはまっているように見えなくはないですけど、私の心は恩返しなんかじゃないって言っているんです。本当はそんなことじゃない。ここに居たいって思える理由で、分かったことはそれだけでした」
彼女も自分の心が何を思っているのか知らない。だから、苦悩する。自分は何を思っているのかを試行錯誤して、見つけ出そうとして、見つけられなくて苛立ちや焦りを覚える。
苦悩は続く、永遠に。
「—————でも、こう考えればいいと思います。何を思っているか知ってから何かをするのではなく、何かをしてから自分が何を思っているのか知るのはどうでしょうか?私も分かりません。自分の心を完璧に知るなんてできません。でも、進まなければならない。だから、してみてから、自分の本当の思いに気づいてみてはどうでしょう?」
風が吹く。海の香りがして、鼻が堪える。風はセイバーの髪を撫で去って行く。
「生前、私の養父を殺した時、彼は死ぬ間際にこう言っていた。『自分がお前の本当の親じゃなくてゴメンな』って。きっと、彼は私よりもお金に目が眩んでいた。だけど、いつしか本当に私のことを大切な娘って思ってくれて……。だから、私が逆上した時も私を気遣ってくれた。その時初めて自分の心が理解できました。私が望んでいたのは王になることでもなければ、財宝を得ることでもない。ただ、ひたむきに愛されたいって。だから、私は分からなくても行動します。つらい中得ることのできた大きな教訓ですから」
何を思っているか俺は知らない。そして、彼女も知らない。ただ、俺はそこで躓いて、進もうとしていない。彼女はそこで躓いても先に進もうとしている。
「—————俺も出来んのかな」
心の声が漏れた。つい呟いてしまっていた。セイバーは微笑んだ。
「大丈夫ですよ。ヨウならできますよ、きっと—————」
その笑顔、あと何回見れるだろうか。俺はその笑顔の数を増やしたい。そう切実に思えた。
「—————ああ、頑張ってみるよ」
捻くれていたヨウ君。段々とセイバーちゃんのひたむきな態度に魅せられて、彼自身も変わりつつありますね。
そして、セイギが隠しているアサシンの謎とは?