Fate/eternal rising [another saga]   作:Gヘッド

86 / 137
はい!Gヘッドです!

このルート、書いてたら戦闘シーン全然ないことを改めて実感しました。やっぱり、平和にさせるには戦闘シーンは減ってしまうのでしょうか。


時経つ、想い千変万化

 バーサーカーの少年。本名、家陶(やすえ)達斗(たつと)。織丘市の東側にあるキリスト教の孤児院に保護されている男の子。彼の特徴として異常な破壊欲求を持っているという点が挙げられるが、その理由の一つに、誰にも愛されなかったという悲運があった。

 

 達斗は藤原市長の甥。それはつまり、前回の聖杯戦争で亡くなった藤原市長の姉である、旧名、藤原(かえで)の子供。

 

 前回の聖杯戦争、それはのちに『二週間の悪夢』と呼ばれる魔術師にとって悪夢の連続が重なり続けた出来事。その当時、魔術財閥である藤原家には二人の秀才がいた。それが楓と市長のことである。

 

 二人は互いに秀でた力を有しており、どちらが藤原家の魔術を引き継ぐのかというので論争になっていた。だが、妹である市長は血友病を患っていたため、結局のところ参戦したのは楓の方だった。

 

 だが、楓は酷くそういった魔術の世間体が嫌いだった。彼女は魔術師としての誇りもあったのだが、財閥の長になる気など甚だ無く、ひっそりと一人で静かに魔術を学びたいと考えていた。

 

 そんな楓は多くの人から非難を受ける。しかし、妹である市長はそんな彼女が素晴らしい存在として見ていた。財閥の意思に反して生きることは、自分には出来ない大胆なこと。それを平然とやる楓を尊敬していた。と同時に、敬遠もしていた。

 

 楓の大胆な行動から、良くも悪くも人の目が楓に向く。すると、いつしかその影は濃くなり、市長の存在は薄れてゆく。市長は姉である楓が好きだったが、どうしても姉にあって自分にないものを見つめてしまい、疎ましく思う。

 

 —————そして、その思いが楓の隠し子である達斗に向いてしまった。

 

「私の姉が聖杯戦争で負けて死んだと聞かされた時、心が悶えるような苦痛を感じた。だけど、それと共に、『ざまぁみろ』という思いも湧き出てきた。そして、一時の過ちを犯した」

 

「隠し子であるあのバーサーカーの少年を引き取らなかったんですか?」

 

 市長は目を下に向けて縦に頷いた。

 

「私が、私だけが姉に隠し子がいるのを知っていた。姉は私に信頼を寄せてくれていたのかもしれないけれど、私はそんな姉が嫌いだった。だから、姉が死んだ時、達斗を匿わなかった。それからはもう想像つくでしょう—————?」

 

 達斗は孤児院に預けられた。そして、彼はどのようにしてか、自分の出生と身の上話を知った。それからはもう恨むばかりである。きっと、そのような原因があの子をあんな風にしてしまったのだろう。

 

「本当はね、彼を孤児院に預けてから少し時が経って、引き取ろうとしたの。でも、もうその時には遅かった。彼は私を拒絶したの。だから、その時、私は自覚した。私はもうこの子から叔母として見られていないのだって。私があの子にあれこれと言える権利なんてないの。私があの子をあんな風にしてしまったから」

 

 姉への思いがふとその子である達斗に移ってしまった。その一時の過ちが彼女を苦しめる。きっと、アーチャーの令呪を与えたのも、このことをネタに脅されたか、そもそも市長が逆らえないということを利用してなのか。

 

 セイバーはそんな市長をじっと見つめた。決まり悪そうな目つきで彼女の姿を目に収めていた。

 

 彼女も似たような境遇がある。だから、分かる。達斗の苦しみが。

 

「それだからダメなんですよ—————」

 

 ボソッと呟いた。それは彼女だからこその事の捉え方だった。俺たちだったら今の話を聞いて、どうも市長的な立場に立ってしまう。ダメだということをしみじみと感じ、その上で何も出来ないというのがセイバー以外の捉え方。だが、セイバーは少年の立場で物事を捉えていた。ここにいる人たちの中でセイバーだけが少年の辛さを知っている。

 

「あなたは自分に罪があるとか言っていますけど、それってそんなことを言い訳にして逃げているだけじゃないですか……。だから、あの子はあんな風になる。あの子はあなたに助けて欲しいんですよ。例え何遍も拒否しようとも、自分を大切に思ってくれている存在を邪険には扱うはずがない。かまってほしい、自分のことを誰かに見てほしいんです。自分が誰にも大事にされないって感じて、自分という存在が分からなくなるのが怖いから」

 

 彼女もこのことに関しては実体験がある。だから分かる。俺たちと違った捉え方が市長を戒める。

 

 市長はずっと逃げてきたに過ぎないと彼女は言う。多分、セイバー的には『悩む』と『逃げる』は違うのだろう。セイバーに一喝された時、俺は悩んでいた。自分の行いが正しいのか正しくなかったのかと。今でもその答えは分からないが、それでも悩みながら前を向いている。

 

 だけど、市長は逃げている。少年に彼自身の存在意義を見出させるということから。悩んでいたら、その行動を善か悪か、いつすべきなのかを考えている。下を向いてでも前を向いてでも、一番にあった答えを探そうとしている。でも、逃げるというのはそもそも何かをしようとしていない。する事そのものを諦めているのだ。自分に権利はないと、その事を理由にして事態に面と向かって取り組むことを拒絶している。

 

 —————拒絶しているのは少年ではなく、市長ではないのだろうか。少年の拒絶は言わばかまってちゃんアピールのようなもの。それは拒絶なんかじゃない。助けてというアピールに近いものだろう。それを気付いていようがいまいが、手を差し伸べなかった市長に問題がある。

 

「人は誰かがいるから自分を認識できるんです。自分ってこんな人なんだ、自分ってこんな風に思われているんだって。そこで自分がいる意味を見つけられる。私だって、ヨウがいたから自分って存在も認識できた。もし、ヨウがいなかったら、私はまだセイバーだって強がって、自分の過去を見返してなんていません。私にはヨウがいた。あの少年にはそれがあなたなんじゃないんですか?あなたがあの子を本当の意味で見つけてあげないと、後戻り出来なくなりますよ」

 

 セイバーはその後戻りできない事をしてしまった。一時の情に体を委ね、剣を振った。それは彼女にとって変えられぬ過去であり、罪深く忘れたい過ち。心の底に残る未来永劫消えぬ傷。それをあの子に刻みたいのかとセイバーは訴える。

 

 だが市長はうんともすんとも言わず、ただ下を向くだけであった。セイバーはそんな市長から目を逸らす。

 

「帰りましょう」

 

 セイバーは俺たちに声をかけた。もうこれ以上話すことはないようである。不満そうな彼女の横顔は何処か美しく思えた。

 

 俺にはそんなにしてまでも誰かを助けようって思いが湧かない。だから、美しい。俺には到底できない彼女の行動が。

 

 俺たちは部屋を出る。その際に市長にこう告げた。

 

「あのガキの支えになるとかそんなん思わなかったんですか?別に俺はあのガキと向き合えなんてそんなん思ってないですけど、せめて隣にいるぐらいはあんたでもできるでしょ?もしかしたら、俺たちあのガキ、殺しちゃうかもしれないけど、その前に何とかした方が良いと思いますよ」

 

 軽い助言。セイバーみたいに人生の中で悲劇を目の当たりにした彼女ほどの説得力なんかないし、俺のただの感情論だけど、それでもやっぱり両親を亡くした俺にとってもあの少年の辛さが少しだけわかる。俺は爺ちゃんがいたからなんとかなったけど、爺ちゃんもいなかったらと思うと俺は今頃どうなっていただろうか。想像もつかない。

 

 きっと、毎日笑うこともできなかっただろう—————

 

 市長もきっと少年の尊い笑顔を見れたら、心を正すと思う。ただそれまでどうすれば良いものか。殺さないという保証もないし。

 

 —————やれるだけのことをやろう。心に決めた。人が死ぬ姿を見るのはもう散々だ。

 

 それから俺たちは市役所を出た。お互いに夜まで休息ということで解散し、俺とセイバーは何処も寄り道せず真っ直ぐに家に帰った。セイバーは帰り道、口を開こうとはせず終始素っ気ない姿だった。家に帰ってからもその様子は変わらない。気分が悪く誰かと話をしたくないのか、何かを考えているのか。

 

 家の廊下で迷い気な目を深く閉じた彼女。冬の冷たい空気が足先の感覚をじわじわと奪う。木の板が軋む音が廊下に響く。

 

 そしてゆっくりと彼女は目を開けた。目にある迷いは消えずにそこに残っている。しかし、もう遠いところを見るような目であった。少し細めた目は潤っている。長い睫毛が上下重なりその隙間はもう別世界。

 

「何を考えているんだ?」

 

 彼女にそう訊いた。彼女は俺に見られていたかと知ると、恥ずかしそうに少し顔を赤らめる。そして、笑顔を作った。

 

「私のお父さんも、あの市長さんみたいなことをずっと悩み続けていたのかなって考えてしまいました—————」

 

 彼女が言う『お父さん』とは実の父シグムンドではなく、育ての親レギンのことであろう。レギンもセイバーに対して酷いことをしたのかもしれない。だから、セイバーは怒ってしまった。その時、その怒りが魔剣グラムと反応して、両者互いに無数の傷を負い死んだ。

 

 その時、セイバーはレギンとちゃんと話合わなかった。レギンの話を聞くことなく、彼女は思うままに怒りを力にした。信じていたのに、裏切られたと思ってしまったばかりに。

 

 今ならこうも考えることができるだろう。レギンは本当にセイバーを実の子のように愛したのではないかと。確かに金銀財宝に目が眩んだかもしれない。だが、それでも彼女を深く愛していたことに違いはないのではないか。

 

 レギンのことを考えると胸が苦しいだろう。だがそれでも、レギンのことを考えねば何も進まない。彼女も逃げてばかりの臆病者になってしまう。

 

「私も本当は悩んでいます。私は掛け替えのない大切な人を自ら殺したということに。その悩みは、罪は、絶対に消えない。それでも、前へ歩かないとならないから、歩いています。こんな私でも誰かのためにできることがあれば、それをする。それが私の償いのようなものだと思っています。それが私の存在意義だと、今一度認識していました」

 

 前までの彼女なら、レギンを殺したということをこう笑顔で話せないだろう。今はそれだけのことをできるのだ。その事実を受け入れて、罪を背負い、前へ進んでいる。

 

 そういう彼女の芯の強さを見るたびに、俺の心が彼女に魅入る。自分には絶対に出来ないような素晴らしい姿だから、憧れの思いを抱きつつ、その彼女の生き様を見るのが俺の人間らしさを高める。人らしく俺もあろうと思える。

 

 そんなこと今まで考えたこともなかった。俺はずっと自分中心でしか周りを見てこなかった。泰然自若、俺が真実だと思えたものが真実、俺が良ければ誰がどうなったって良い。

 

 確かにその生き方も悪くはない。自分の利益だけを追求する生き方は俺の性にあっている。

 

 しかし、人生とは基本的に一度きり。その一度きりをそんなことのために使って、俺は楽しいだろうか。幸せだろうか。こんな人生だったと死ぬ間際に笑えるだろうか。

 

 俺はセイバーじゃない。セイバーのように前に進む生き方なんて俺には無理かもしれない。だけど、彼女が俺にその素晴らしい姿を見せる度に、その姿に魅入ってしまい俺も彼女も同じようにしたいと思う。

 

 それならば、俺は堂々と彼女の隣に立つことが出来るだろう。俺は彼女のマスターなのだと胸を張って言えるような気がする。

 

「—————良いんじゃないか?そんなこと言えるだけで、お前は十分立派だろ」

 

 彼女を褒めて、自らを中傷した。俺にはお前のようなことはできないと。

 

 できないけど、それでもセイバーの様に生きてみたい。

 

 嫌悪は憐れみと変わり、憐れみは嫉妬と変わった。その次に尊敬へと想いは変わる。

 

 人は時が経てば変わり行く。何もかもが少しづつ変わり行く。想いもまたその範疇。

 

 次に何へと変わるのか。

 

「お前はスゴイな—————」

 

 そんな彼女を見ていると、少しだけ胸が熱くなる。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。