Fate/eternal rising [another saga]   作:Gヘッド

84 / 137
はい!Gヘッドです!

今回もほぼ語りですね。(^^)


消えた記憶は過去と絡まる

 俺には小さい頃の記憶がこれといって無かった。特に聖杯戦争が起きたと言われる時よりも前の記憶は殆ど覚えていない。覚えているとすれば、それは例のあの記憶。母親にしがみついて、行かないでと両親に駄々をこねた記憶。思えばあの時、何故俺は行かないでと言ったのだろうか。行かないでと言うからには、命を落とすかもしれない聖杯戦争に両親が行くと知っていたからではと考えてしまう。

 

 おかしい。実におかしい。だって、俺が聖杯戦争のことを知ったのは中学生の頃に爺ちゃんを酒で酔わせて、その拍子に聞いた時である。

 

 だから、まだ小さい頃の俺が知っているはずなどありはしないのだ。

 

 なのに何故だ?俺の頭の中にあるビジョンが現れた。ふと気づくとそこにはその記憶が俺の脳内にあって、元々あった記憶をかき乱す。

 

 俺は頭を抱え、謎の感覚の疑問を解こうとする。そんな俺を見兼ねてか、市長は俺に助言をした。

 

「あなたは……多分、過去に記憶を消されたのよ—————」

 

「……え?」

 

 記憶を消された。それはどういうことであろうか。アニメとかでよく見るわけの分かんない洗脳機械みたいなもので俺の記憶を変更したのだろうか。でも、そんな技術なんてこの世に存在するだろうか。

 

 いや、ある。魔術なら記憶を消せるかもしれない。でも、それだとしてもそんな高度な魔術を使える人なんて限定されているし、そもそもそんなことをできる存在が何で俺なんか一介の少年の過去を消すのだ?

 

「—————あなたの記憶を消したのは前回の聖杯戦争に参加していたサーヴァント、キャスターよ。真名はローレライ。魔唱の美女」

 

「ああ、あれだろ?川に身を投げたっつー」

 

「ええ。まぁ、そうね。そんなキャスターがあなたの記憶を消したのよ。ある理由によってだけど、そこは彼から話を聞いた方が早いんじゃないかしら?」

 

 市長は目でセイギにそう促す。セイギもこのことを知っているらしい。セイギの方を見ると、少し気まずそうに下を向き暗い表情をしていた。

 

「僕の叔父さんのサーヴァント、前回のアサシンはあることをしでかした。それは聖杯戦争そのものを揺らがす、いや、魔術の秘匿そのものを揺らがすほどの大事件をしたんだ……」

 

 魔術は非常に秘匿性が高い。魔術師は魔術師でないもの、つまり一般人に魔術の存在を漏らしてはならず、その秘密を漏らした場合、教えた魔術師とその事実を知っている人は皆殺しにされるだろう。

 

 だが、その秘匿そのものを揺らがすほどのこととはどのようなことなのだろうか。この土地で一体何が起きていたのだろうか。

 

「アサシンは大量虐殺をした—————」

 

 その言葉に俺は凍りつく。背筋が誰かに撫でられたかのようで、全身に鳥肌が立ち、悍ましいと感じてしまった。

 

「大量……虐殺……?」

 

「死者五百八十二人、傷者百十五人。それがアサシンのしたこと。聖杯戦争は絶対に夜でしか行ってはいけないのに、アサシンは昼間に魔術の秘匿を気にせずに市街で大量虐殺を起こした」

 

 セイギの声は震えていた。右手で左手の甲を爪が食い込むほど強く握る。

 

 前回の聖杯戦争でアサシンは昼間に大量虐殺をした。真名はマシュー・ホプキンス。魔女狩りで有名な殺戮者である。自らの金欲のために、罪のない人たちに魔術師だという濡れ衣を着せて、何人も殺したという男だ。

 

 その男は前回の聖杯戦争でも多くの人を殺した。セイギの叔父は魔術師として才能のある素晴らしい魔術師だった。だが、そんな魔術師がマスターであろうと、前回のアサシンはそのマスターの令呪さえも振り払い、昼間に多くの民間人を巻き込んだ市街戦を展開させた張本人となる。

 

 そこで魔術の秘匿の危機が訪れた。昼間に多くの民間人が巻き込まれた戦闘で、多くの人の目に聖杯戦争が、魔術という存在が晒されてしまったのである。

 

「でも、今も僕たちはこうして魔術の秘匿を守りながら聖杯戦争を続けられる。それは、前回のキャスターの力によるものだ。キャスターがリタイアしてまでも、この魔術の秘匿を守った」

 

「どうやってだ?」

 

「—————この街全体に魔術を施したんだ。それは、その時の記憶が魔術に耐性のない者の記憶から消されるようにと。キャスターのマスターが令呪を三画使って、キャスターに力を与え、街全体に特殊な魔術を施した結果、僕たちは今でも聖杯戦争ができるんだ」

 

 つまり、その時は俺はまだ魔術を会得していないため、魔術の耐性がなく記憶を消されたのだろう。だが今は魔術を使うことができるし、耐性だって一般人よりかはある。だから、市長に記憶を思い出すきっかけを与えられて、記憶を取り戻した。

 

「じゃぁ、死んだ人は?」

 

「魔術協会と聖堂教会が色々と手を回して、事実をもみ消した。結局のところ、秘匿は守られたのだから、良かったということなのでしょうね」

 

 なんてヒドい。そう言いたかった。死んだ人は多分、存在が抹消されたのか、それとも交通事故で亡くなったという嘘で作られたのか。そんな非人道的なことは俺にはできないが、魔術師たちならやりかねない。だからと言って、そう誹謗はできなかった。俺の目の前にいる二人は少なからず魔術師である。誹謗するということは、目の前の二人に向けてもその言葉の棘を向けることになる。言葉を慎んだ。

 

「つまり、キャスターのその魔術は今でも残っているということですよね?」

 

「ええ。その前回のキャスターのマスターはちょっと特殊な魔術の使い手でね、魔術をその空間に固定できるの。だから、キャスターが発動した魔術を、一年おきにちゃんと固定しているの」

 

「そう……ですか……」

 

 過去の聖杯戦争で大量虐殺があったなんて。そんなこと俺は知らなかった。俺がその現場を見ていたのかいなかったのかは定かではないが、少なくとも俺はキャスターにあの時の記憶のほぼ全てを消されてしまったのだ。今はふと思い出せたが、これから先、これ以上思い出すことができるという保証はない。

 

 俺の消えた記憶、両親との記憶が戻るという確証がないということが、絶望にも似た消沈を俺に与える。

 

 場の雰囲気が暗くなる。セイギは自分の叔父の失態ゆえに大量虐殺が起きたのだと負い目を感じ、俺は両親に会えぬという現実に悲しみを覚える。その場の雰囲気を気の毒に思ったのか、市長は朗報を俺たちに伝えた。

 

「ああ、そうだ。君たちがここに来る理由の一つ、今回の聖杯戦争に召還されたキャスターのことだけど、—————キャスターはちゃんと生きているわ」

 

「ぬ、知ってたんですか?俺たちの目的を」

 

「ええ、この街中には私の使い魔が何体もいるから、基本言葉にしたら私に筒抜けよ」

 

 市長は具体的な言葉を避けた。何体なのかを詳しく言わず、あえて曖昧な言葉とした。街全体の言葉を聞くことができるのなら、使い魔は少なくとも二十体は優に超えるだろう。

 

「キャスターは生きてるって、やっぱり権利の濫用ですか?市長っていう地位だからこその……」

 

「そうね。私は市長という役目だからこそ行使できる権利があって、その権利によってキャスターのマスターは生きているっていう事実を得た。それから、そのマスターのもとに使い魔を送らせたら、使い魔はキャスターの姿を捉えた。どうするの?このことを他の誰かに告げ口でもするの?」

 

「いや、ケースバイケースっす。聖杯戦争だからっていう理由でなんでも許しちゃいけないけど、それで俺たちは助かったっていうか……、その……」

 

「聖杯はまだ満ちていない—————、そういうことかしら?」

 

「……まぁ、はい。そうっす」

 

 聖杯はまだ満ちていない。キャスターは生きているという情報を得たので、今現在の聖杯は前回のサーヴァント三騎とアーチャー、ライダー、ランサーの三騎。合計六騎のサーヴァントの魂が聖杯に溜まっている。

 

「ん?そういや、今、聖杯には六騎のサーヴァントの魂が溜まっていて、そのサーヴァントの魂を溢れないようにツクヨミが力で押さえつけているんですよね?だけど、それにしても反応が無さすぎじゃないですか?」

 

 俺がそう聞くとその場にいたみんなが挙って俺を見た。みんな驚き、俺をまるで珍しいものかのような目で見る。

 

「え?何その反応……。新手のイジメですか?」

 

「いや、ヨウ?まさか、ヨウにはこのピリピリした感覚が感じないのですか?」

 

 セイバーは俺に聖杯が満ちる兆しの感覚を伝えるが、俺にはさっぱりとしてそれが分からない。俺は周りを見回すが、ここにいる俺以外の全員がセイバーの言うような感覚があるという。聖杯にまだ三騎しか溜まっていなかった時はそんな感覚などなかったらしいが、聖杯に魂が溜まるに連れて全身の皮に針が刺されるような感覚があるという。

 

「じゃあ、あれか?俺だけ感じてないとかそういう仲間外れ的なパターンですか?」

 

 みんな縦に首を振る。どうやら本当に俺だけだそうだ、聖杯が完成する予兆に気付かないのは。

 

 何故だろうかとまた新たな疑問が湧いた。俺だけ何故聖杯が完成に近づいている兆しを感じない?みんなてっきり一切分からないのかと思っていたのだが、何故か俺だけという事実は結構萎える。俺だけとかそういうのは本当にマジカンベン。

 

 市長は席を立った。そして、机の中からあるものを取り出した。取り出した物はただの紙きれ。紙といっても、和紙である。市長はその和紙の紙きれの中央に筆ペンで何やら漢字を書いた。漢字だということはすぐ分かったのだが、何て字を書いているのかは分からない。昔の時代の漢字みたいに繋げ字なので、俺には解読不可能である。

 

 市長はそのよく分かんない解読不可能な漢字を書いた和紙を俺に差し出した。握れと言うのである。俺は言われた通り、右手の中にその和紙の紙きれを持ち握る。くしゃくしゃと紙が折れて擦れる音がした。

 

 すると彼女は両手で握り拳を作っている俺の右手を覆う。細い指の先は実はこっそりとマニキュアがしてある。然程、主張の強くないマニキュアだが、それはそれでまたグッド!

 

 そのマニキュアをガン見していたら、突然俺の右手に痛みが走った。

 

「痛ッ‼︎」

 

 謎の痛みが突然俺の右手を襲ったので思わず市長の手を離す。静電気のように予想外な所で来た痛み。体が反射的にそう行動してしまった。

 

 右手を見る。だが右手には傷一つとして無かった。

 

「え?どーゆーこと?」

 

 さっぱり分からない。何が起きていたのか俺には理解できない。分かったことと言えば、ただ痛いと俺の神経が感じて、その情報を脳に回したということだけ。それ以外は見当もつきそうにない。

 

「ああ、ごめんね。ちょっと無意識の状態の君に魔術を向けることで、君のことを調べようとしたの」

 

「ファ?つまり、市長が俺に痛みを与えた?」

 

「痛点を刺激せずに、神経に痛みの信号を与えたわ。普通の人なら泡を吹いて気絶するくらいの痛みを」

 

 その瞬間、鳥肌が立った。何故だろうかと疑問が生じる。その疑問が嫌な予感でしかない。

 

 確かに痛かった。手先が痺れてしまうほどの痛みが走り、悶えた。だが、気絶するほどの痛みがあったかと言われれば、そういうわけではない。痛かったのだが、それほどのものではなかったのだ。

 

 市長が嘘をついているようには見えないが、素朴な疑問がやっぱり市長の変わらない作り笑顔を怪しく見せる。

 

「やっぱり、子は親に似るのかしら。あなたもやはり継承者ね—————」

 

「継承者?それって、何ですか?」

 

 そう尋ねると彼女は右手を口の前に添えて、大人の女性のような笑みを浮かべる。その上で子供である俺を一蹴するように嘲った。

 

「—————あなたはまだ魔術師じゃない。聖杯戦争に参加していても、魔術師であるとは限らない。いつかあなたが魔術師としての辛い人生を歩むと心の底から決心したら、その時は教えてあげるわ。だけど、今はまだあなたに教えていいものじゃない」

 

 実際、俺は魔術師になる気なんてそこまでない。だからと言って、爺ちゃんみたいに武に生きるというわけでもない。曖昧な道を進んでいる。別に俺はそれで良いと思うが、やはりそんな俺に魔術師たちは自らのこと、魔術のことを教えたくないだろう。

 

 俺がいつか魔術師になる時、またこの話を持ちかけるとしよう。もしかしたら、これからの一生で魔術に携わることなどないかもしれないが。

 

 話が尽きた。俺が知りたかったことはここまでだ。というか、知りたかったことプラスアルファみたいな感じ。

 

 この土地自体が聖杯だってこと。世界からの修正力が圧倒的に届きにくいということ。俺の記憶が消えているということ。そして、キャスターのこと。これだけ知ることができれば十分な収穫であろう。そこまで詳しいことは聞いていないが、それでも結果を聞ければそれだけでよい。

 

 そう考え、俺は尋ねるのをやめた。すると、後ろに立っているセイバーが彼女に一つだけ質問をした。

 

「その……アーチャー、私の父のことなんですけど……。何故、あなたは彼を召還したのですか—————?」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。