Fate/eternal rising [another saga]   作:Gヘッド

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この時は有限

 閉ざされた扉。縦、横、高さ全てが二メートルほどの密室の中は妙に緊迫した雰囲気となっている。天井の蛍光灯は嫌という程明るく、下を向くように誘導されているみたい。床から伝わる若干の揺れは箱がワイヤーで吊るされているのだろうなと感じさせる。

 

「……ねぇ、動かないんだけど」

 

 動かない。いや、それは語弊かもしれない。どちらかと言えば、全然動かないという方が正しいだろうか。微妙に動くのだが、本当にゆっくりとしか動いていない。

 

 セイギは頭を抱えた。

 

「う〜ん、しくじったかもしれない。嵌められたような気がする」

 

「嵌められた?罠にか?」

 

「あ〜、うん。まぁ、そういうこと。そもそも、僕たちは相手の工房の中に入り込んでしまったのかも……」

 

 今の現状を言葉で表せば、鳥籠の中に自ら入り込んできた鳥たちと言えば良いだろう。辛辣な現実は俺たちを箱の中に閉じ込めた。

 

「お前が言うあの人って魔術師だよな?だって、工房とか持ってるし……」

 

「うん、魔術師だよ。僕たちより歳上の、魔術師としても格上だよ。だけど、ちょっと甘く見ていた。いや、アサシンの力を過信してしまった。僕のミスだ」

 

 アサシンの気配遮断スキルを身につけたからといって、絶対に人にバレないというわけではない。極力人に見つかりづらくなるのであって、魔術師の工房や結界に入り込んだ場合は見つかってしまうこともある。もちろん、その工房や結界も魔術師の質や位によって差異はあるが、セイギの言う言葉通り上位の魔術師ともなればバレてしまっても致し方ない。

 

 それはセイギも分かっていた。だが、ある範囲で彼はミスを犯した。それは、相手の工房が何処まで広がっているのかということだ。

 

 基本、大抵の魔術師なら他の魔術師の工房に入った時、違和感を感じる。それはそこに溜まった空気や壁に染み込んだその工房の持ち主の魔力などから僅かな違いが生まれる。だが、その違和感を誤魔化したり、はたまた消すことも不可能ではない。魔力によっては、時間の経過とともに跡形もなく完全消滅してしまうようなものや、アサシンの気配遮断のスキルのように気付かれにくい魔力もある。だが、今回の場合はそんなものではなかった。

 

 そもそも、工房自体がどれだけ広いかという点である。彼らは今、エレベーターにいるが、そのエレベーター自体が工房に含まれているとしたらどうだろう。工房は出口に向かうほど、その違和感が薄れてゆく。なので、相当広い工房の場合、その違和感はあまり感じないのである。それに、非戦闘状態であったため、僅かな違いに気づくこともなかった。

 

 ともかく、俺たちは相手方の工房に入り込んでしまったのだ。このエレベーター自体が工房の一部なのだから。

 

「もしかしたら、工房はこの市役所全体に広がっているのかもしれない」

 

「全体⁉︎じゃぁ、俺たちは……」

 

「最初から、鳥籠の中……とか?」

 

 そんなことを言われてしまったら、もう笑うしかない。苦笑いで、絶望を噛み締めた。

 

 エレベーターはゆっくりゆっくりと上に進む。だが、このスピードでは目的地に着くのは数時間後になってしまいそうである。

 

「とりあえず、アサシンとセイバーを実体化させておこう。監視カメラもないみたいだし、人に見られるわけじゃないだろう」

 

 アサシンとセイバーが実体化した。アサシンとセイバーはペタペタとエレベーターの壁を触る。

 

「お〜、これがエレベーターですか。これで上に上がれるなんて、文明の発展は著しいものですね」

 

「いや、全然上がってねぇけどな」

 

「ねぇ〜、ヨウ、聞いてよ〜。セイギってば、私の気配遮断スキルが低能だって言うのよ。どう思う?」

 

「二人一緒に話しかけんな。対応できん」

 

 俺とセイギは今の状況に困惑しているのに、このサーヴァントたちは呑気なものだ。

 

「まぁ、とにかく上にあがりましょ。行く先は上なんだから」

 

 アサシンの指の先は、天井だった。この籠の上に乗るということだ。

 

 特に解決策も見当たらない。なので、アサシンの言う通り、俺たちはエレベーターの天井に上がった。天井は埃がいっぱいで不衛生。

 

「うわっ、きったねぇ」

 

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ」

 

 上を見た。エレベーターのドアが十戸見える。つまり、ここは十階ということ。

 

「えっ?今、十階?まだ十階なの?」

 

 乗り始めてから十分ほど経っているが、まだ十階である。

 

「おいおいまじかよ。つまり、あと十分待てということか?」

 

「どうやら、そういうことのようだね。まぁ、案外少ないじゃないか。あと、十分。気長に待とうよ」

 

 セイギはそう言うと、籠の中へ戻ろうとした。その時、俺はあることを告白した。今のうちに言わないと、後々大変になる。

 

「そのさ……、それがダメなんだよ。今すぐここから出たいわけよ」

 

「え?何で?別にあと十分待てばいいだけじゃないか」

 

「それがそうもいかねぇんだ。その……、めっちゃトイレ行きたい」

 

「え?」

「え?」

「え?」

 

 三人は呆然と俺を見る。なんとなんと、まさかの事態は予測のつかない大惨事かもしれないのだ。

 

「いや、その、マジで。マジでお腹痛い」

 

「十分ぐらい我慢……」

 

「出来るんだったら、そもそも告白してない」

 

「あははは、ですよね〜」

 

「……本当、スンマセン」

 

「イヤァァァァ!ヨウ、汚い!」

 

「しょうがないだろ!生理現象なんだから」

 

「どうしよう、こんなところでヨウに例のブツを出されたら、ヨウと顔合わせられないよ」

 

「それ、俺の方!」

 

「大丈夫よ、ヨウ!私、そういうプレイ、嫌いだけどできなくはないから」

 

「そもそも致しません!娼婦はこんな時でも余裕があるっていいな!」

 

 もうダメだ。友達だと思っていた奴はどこかのネジが外れてるし、俺の使い魔は絶叫してるし、隣の娼婦は次元が違う。どうしよう。俺の大腸が悲鳴をあげている。

 

 今、十階にいて、十階のトイレに行こうと思えば行くこともできるが、その場合エレベーターのドアを壊さねばならない。とすると、例えアサシンの気配遮断のスキルを使っていたとしても、人にバレることは免れないだろう。

 

 やはり、ここは目的の階まで行くしかないようである。だが、このノロノロエレベーターを待っていたら、俺の腹は限界を迎えてしまう。

 

 俺は腹を抱え、他三人は頭を抱えた。

 

「目的の階のドアを開けることはできると思うんだ。アサシンとセイバーはサーヴァントだから、霊体化ができる。つまり、ドアを壊さなくとも、開けることができる」

 

「じゃぁ、今、十階のエレベーターのドアを開けて、俺はトイレに行けばいいと?」

 

「……あっ、そうだね。そうしよう」

 

 案外あっさり決まった。俺たちは籠の中に戻り、アサシンが霊体化をしてエレベーターのシステムにちょいと魔力による介入をした。エレベーターのドアは開き、俺たちは十階に降りた。

 

「よし、トイレ行ってきますわ」

 

 俺はみんなに伝えると、十階にあるトイレへ直行した。

 

「ねぇ、セイギ。本当に良かったの?エレベーター、もう乗らない気でしょ?」

 

「まぁね。あとは階段で上がるしかないね。エレベーターは機械だから、魔術師はあまり機械に魔術を施さない。だから、それほど危なくはないんだけど、階段となるとトラップがそこらかしこに張り巡らされている。そうともなると、大変なんだけど……。エレベーターがこんな状況だから」

 

 彼らはそう言いエレベーターの方を振り向いたその時、エレベーターの籠がいきなり落下した。その状況に皆、唖然。

 

「……あっ、うん。ほら、こんな……状況だし……」

 

「こ、今回はヨウに助けられたわね」

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

「はぁ、お腹痛かったァ」

 

 俺はお腹を撫でながら三人のところに向かう。どうやら、俺のいない間にセイバーもアサシンの気配遮断スキルを一時的に習得したようで、みんなすごく影が薄かった。

 

 セイギは俺を見つけると、俺の体のことを心配してくれた。

 

「大丈夫?」

 

「ああ、まぁ、大丈夫」

 

 うむ、持つべきは良き友である。自分の身のことを心配してくれる友は良き友である。

 

「でさ、一ついい情報をトイレから戻るときに得たんだけどさ、今日、エレベーターの点検だったらしいよ」

 

「え?」

 

「いや、なんかさ、エレベーターの調子が悪いとか何とかで、点検が来週までやるから、その間は職員の皆さんは俺たちが乗ったエレベーターを使わないようにって、紙に書いてあった」

 

 セイギは顔色を悪くする。彼の目線はエレベーターの方に向いており、エレベーターを覗くと、籠がなかった。

 

「なんか、ワイヤー切れたみたい」

 

「……え?それって、俺たちのせい?」

 

「あはははは……」

 

 セイギはぎこちない苦笑いをする。もう自分たちがしでかしたことがちょっとヤバいと理解しているからだ。

 

 セイギはエレベーターが遅いのは魔術の仕業だ!なんて言ってたけど、単純にエレベーターが故障していたらしい。いや、それだけならともかく、俺たちがエレベーターに乗ったせいで、エレベーターのワイヤーがプッチンと切れたのだ。

 

 そう、つまりこの件の論点は『金』。エレベーターをぶち壊した責任なんて、俺たちとれないぞ。

 

「よし、帰ろうか、ヨウ」

 

 セイギは現実逃避をしようと、今すぐここから出ようとした。が、俺はそんなセイギの肩を掴んだ。

 

「おい、貴様何処へ行く?ここで逃げるのか?」

 

「いつものヨウなら逃げるって言うよね?」

 

「いつもと今の俺は違う。今の俺は、金を払う責任がないと考えた上で、余裕をぶっこいている俺だ」

 

 だって、もともとエレベーター壊れてたんだし、俺たちが弁償しなくてもいいでしょ。それに、聖杯戦争のせいでこんな風になったんだし、魔術協会と聖堂教会がなんとかしてくれるよ。なんて浅はかな考えを持っていた。

 

「いや、でも、ヨウ……」

 

 セイギはまだ何か言いたそうである。

 

 だが、その時、通路の端から声がした。市役所職員の声である。声は段々と近付いて来ている。このままでは、彼らに見つかってしまう。

 

 ここで見つかってしまってはダメだ。そもそもこのエレベーターは職員専用のエレベーターだし、そんなエレベーターの前にいたら怪しまれる。

 

「しょうがねぇ。階段の所に行くぞ!」

 

「えっ?でも……」

 

「いいから。今、ここで見つかるより、逃げて見つからない方がまだいいだろ?」

 

 俺はセイギの手を引っ張った。向かうは階段。階段から目的の階へと上がるつもりだ。

 

「ねぇ、ヨウ。エレベーター稼働してないから、階段にも職員の人がいるんじゃないのかい?」

 

「なわけねぇだろ。だってここ十階だぞ?十階なのに、エレベーターを普通使うか?それに、職員のエレベーターは使えなくとも、一般の人のエレベーターはあるんだし、どうせそれ使ってんだろ」

 

 その予想は的中していた。階段の方に行ってみると、誰もいない。下の階の方から人の声はするが、せいぜい五階ぐらいの人たちの声であろう。

 

「なっ、言っただろ?」

 

 俺はドヤ顔という満面の笑みを見せた。セイギはため息を吐きながらも、笑った。

 

 俺たちは階段を上がる。一段一段、人に見つからないように、静かに。猫の足音ほどの小ささにはならないが、それでも軽く注意するくらいはしていた。

 

 階段を上っていた時、セイバーがこう質問した。

 

「ヨウとセイギって、本当に仲が良いですよね」

 

「まぁな。小さい頃から一緒だったもんな。家が近所だし、遊ぶといったら、大体セイギとだし」

 

「縁があるんだよね。何となく一緒になってるんだよ、よく。今回の聖杯戦争も、もしかしたら神様が一緒に参加させたのかも」

 

「それだったら神様マジで一生崇めねーわ」

 

 俺とセイギは腹から噴き出る笑いを堪えた。笑いの沸点も似たような所だし、色々とそこら辺は似ているのだ。

 

「喧嘩とかしないの?二人はさ」

 

「しないよ。もうかれこれ五年程喧嘩してないよ。喧嘩する程のことなんてヨウとやりたくないし。そうなったら殺意湧き湧きだよ」

 

「でも、小さい頃は喧嘩しまくってたんだぜ。しょっちゅうぶつかって、その度に喧嘩して、怪我させて。まぁ、そのうち、段々と喧嘩の回避方法を覚えた」

 

「あと、たまにイライラする時あるね。僕がつけた名前は『ヨウのネガティブモード』。一二年に一回は起こるやつなんだけど、めちゃくちゃネガティブになる期間だよ。前回は直すのに二週間もかかったんだよねー」

 

「あっ、それ、ついこの昨日体験しましたよ。ヨウのネガティブモード。なんか、非常にヨウらしくなかったです」

 

「えっ?嘘?体験した?ヨウのネガティブモード。そうなんだよ〜、あれ、なんか色々とヨウらしくなくてさ、気持ち悪いんだよね〜」

 

 なんか、さっきからわざと俺に聞こえるような音量の会話で俺をディスっているように思えるのだが。しかも、堂々と本人と目の前で、気持ち悪いとか言わないでよ。それに、何?ヨウのネガティブモードって!聞いてる身としては、物凄く不愉快で仕方ないんだけど!

 

 アサシンは俺の顔を覗き込んできた。不機嫌な顔の俺を見て、クスリと笑う。

 

「ヨウって、ポーカーフェイスの時と、そうじゃない時があるわね」

 

「んなぁ?どういうこった?」

 

「そのままよ。こういう和んだ雰囲気ではすぐに感情を顔に出して、本気にならないといけない場面や危機一髪な場面だと、逆に冷静に物事を考えて行動する。ポーカーフェイスというよりも、感情の制御が上手い……ということかな?」

 

「俺に訊かれても分かんねぇよ。つーか、それって褒めてる?」

 

「う〜ん、褒めてるのかな?まぁ、でも、暗殺者には向かないわよ」

 

最初(ハナ)っから暗殺者になる気なんてねーよ」

 

 まったく、どいつもこいつも、ろくな奴がいやしない。自分で思うのもどうかと思うが、この中では俺が一番マシなんじゃないか?

 

 平穏な生活の中で暗殺者なんて言葉はまず出ない。俺が望んでいる世界とは悉くかけ離れていると実感させられる。そう思えば、何故俺が今こんなことをしているのかと考えてしまう。

 

 心の中で思う、聖杯戦争への嫌悪。それはいつになっても消えることはないだろう。絶対に消えない、思い出となる。

 

 有限なこの時間は刻一刻と過ぎるのだ。嬉しい。そして、悲しい—————

 

「はぁ〜、最上階に着いたぜ!」

 

 長い長い段差をついに登りきった。下りは一切なく、全て上り。太ももが悲鳴をあげている。目の前にある階段は屋上への階段で、もうその階段は登らなくともよい。ここが目的地、ここが到着点。

 

「ここでいいんだよな?」

 

「うん、そうだよ。ここにいる人、その人と会うんだよ。今の聖杯戦争を、前の聖杯戦争を知っている人と」

 

 セイギは俺たちの先頭を歩いた。廊下を躊躇なく行く。慣れているように、平然と顔色一つ変えずに歩いているセイギを信頼できると同時に、俺の知らないセイギがいるんだと考えてしまった。俺の知らない間に、セイギはこんなにも俺の知らないような一面を持ち得ていたのだと知ると、少しだけ友達として豪語することを躊躇ってしまう。

 

 それから、少し歩いてセイギは立ち止まった。彼の目の前にあるのは大きな木の扉。彼はその扉を開けた。

 

 扉の先には一人の女性が立っていた。綺麗な女性である。

 

「お久しぶりです。藤原市長。そして、アーチャーのマスター」


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