Fate/eternal rising [another saga]   作:Gヘッド

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※ 今回の題名は別にフラグを立てているわけではございません。


安全な一日を過ごせるような気がする

 朝、俺はベッドの上で目を覚ました。起き上がり、部屋を見回した。だが、そこにセイバーの姿はない。

 

 どうやらまだ鍛冶場にいるみたいだ。

 

 俺は着替えて、家を出た。向かうはセイバーがいるであろう鍛冶場。どうやらまだ昨日頼んだ武器の鍛冶の最中のようだが、とにかく出来がどんな感じなのか見に行く。

 

 鍛冶場に着いた俺はドアをガラガラとスライドさせた。鍛冶場からは金属が打たれる音は聞こえず、どうかしたのだろうかと思った。

 

「セイバー?いるか?」

 

 俺はそう鍛冶場に向かって声をかけたが、セイバーからの応答はない。怪しいと思い、そおーっと中に入った。

 

「セイバー?どこだぁ?」

 

 小さな声で彼女を呼びかけたものの、やはり応答がない。もしかしたらの最悪の事態も考え、俺は彼女がいるであろう窯に視線を移すとそこには……。

 

「ぐがぁぁぁ……、ぐぅぅぅ……」

 

 セイバーが窯の前でいびきをかいて寝ていた。気持ち良さそうに涎を垂らしながら、首をこくこくと動かしている。俺はそんなセイバーを見て、ふとイラっときた。武器を鍛え上げるという俺の頼みを彼女は承諾したはずなのに、その彼女はここで呑気に寝ているのである。いい夢を見ている彼女の肩を揺すった。

 

「おい、セイバー。起きろ」

 

「ふえぇー、眠い……」

 

「いや、眠いのかじゃなくてだな……」

 

「ムフフフ……」

 

 ダメだ。セイバーは相当な熟睡である。彼女が今ダイブしている夢の中はどのようなものなのかは知らないが、結構幸せな夢なのだろう。

 

「……ハァ」

 

 深いため息を吐くしかなかった。

 

 一昨日、彼女は大きなショックを受けて、彼女はとても辛いはず。だが、今この瞬間は夢の中で楽しい夢を見ているのだ。

 

 せめて、彼女に夢だけでもいいものを見せてあげようと思った。このため息は、俺が頼んだ依頼が今日中には終わらなさそうだという点においてだった。

 

 彼女が一番辛いはずなのに、昨日俺は迷惑をかけた。それは紛れもない事実だし、それを否定する気はない。ただ、だけれど俺はその迷惑をかけたということを恥じている。あの時の俺はどうかしていたし、そんな俺に傷心しきっているはずのセイバーが諭してくれたことは絶対に忘れない。ある意味で屈辱と言えば屈辱なのかもしれない。

 

 疲れることばかりが彼女に起きている。だから、せめてぐっすりと自由に体を休めてほしいものである。

 

「おい、セイバー。こんなところで寝てたら風邪引くぞ。寝ていいから、家で寝ろ」

 

 季節は冬。冬の冷たい空気がこの鍛冶場にも漂っているため、サーヴァントであろうと風邪を引いてしまうかもしれない。

 

 しょうがない。こうなったら、強引にでも部屋に連れて行く。

 

 俺はセイバーの肩と膝を両腕にかけた。俗に言うお姫様抱っこというやつである。

 

 うむ、意外とセイバー、重いな。セイバーは女の子の割には筋肉があり、肉付きが良い。スポーツ女子みたいな体なだけに、思ったよりも重かった。

 

 俺はセイバーをお姫様抱っこして、鍛冶場から出て行こうとした時、ふとあるものに気付いた。それは部屋の脇に置いてあった刀や剣。これはセイバーが鍛え終わったものだろう。多分、セイバーはあとちょっとのところで寝落ちしてしまったのだと推測した。

 

 まぁ、別に今日は戦闘をしようという予定はないし、今日中にというわけではない。

 

 彼女を抱えたまま、約百メートルほど歩いて家に着いた。早朝だったので、特に人に会うことなくここまで来れたため、怪しまれることもなかった。俺は自分の部屋まで移動し、ベッドの上に彼女を寝かせた。

 

 昨日の俺と全く似たようなシチュエーション。違うことと言えば、昨日よりも俺の心が晴れていることである。晴れ晴れしたところで彼女の顔になんら変わりはないが、彼女の顔を見て俺の中に残る無念の思いは消えずとも以前よりかはその念が辛くトゲトゲとしたものではなくなった。

 

「さて、どうしたもんかなぁ〜」

 

 今日は市役所に行こうと考えていた。雪方に言われた通り、キャスターのマスター『ソージ』という人が死んでいるのかいないのかを確認するためである。これはあくまでソージという人がこの市に住んでいるという条件付きだし、そもそも死亡届を赤の他人である俺が見るのは個人情報とかの面からして、見せてはくれないだろうと思っている。だが、それでももしもの可能性がある。キャスターのマスターの死亡届が出ておらず、かつ住民票に載っているのならば、まだ死んでないと考えることもできる。

 

 なんせ、キャスターは死んだと流布したのはアーチャーであるため、嘘だと考えても仕方がない。

 

 グラムがアーチャーを倒した時、グラムはキャスターが死んでいると数えたのであろう。つまり、グラムはキャスターが死んでいると考えているし、そもそもその話が嘘であるという可能性に気づいていないのだろう。

 

 アーチャーは嘘つきだと知っていても、やはりうっかりと見落としてしまうところがあるものだ。

 

 ともかく、キャスターが死んでいないと分かれば、聖杯はまだ満ち足りておらず、聖杯戦争が終わることもない。

 

 あと一つ、あと一つの魂が聖杯の器に注がれれば聖杯は満ち、手にした者が願いを叶えられる。

 

 つまり、もうすぐ聖杯戦争は終わるということを意味する。この殺し合いから生還できるのだと思うと、踊りたくなるほど嬉しい。

 

 でも—————

 

 俺はセイバーを見た。寝ている。何度見ただろうか、彼女のこの無防備なその姿を。

 

 その姿があと数えるほどしか見ることができない。そう考えると、妙に胸が苦しくなってくるのだ。こんな危ないこともしなくて済むし、命がなくなることもない。今まで通り、平和なアスファルトの道を歩くだけなのに。

 

 前までなら、この状況は凄く喜ばしいことだっただろう。なのに、今の俺は、この状況が少しだけ心細いと思えるのは何故だろうか。

 

 今、目の前の彩られた世界が、またあのモノクロの世界のようになってしまうのではと考えると、憂鬱してしまう。だが、それは避けられぬ運命で、一種の諦めが混じっていた。

 

 だが、俺は基本的にどうしようもできないようなことは、しょうがないの一言で済ませてしまう。そして、また今度もしょうがないという一言で済ませた。例え諦めきれないようなものだとしても、そこで諦めなければ俺はずっとその地点に立ち止まったままである。人生の道を行くのだから、そこで立ち止まってはならない。

 

 時に諦めるということも必要なのだと、自分の心に何故か言い聞かせていた自分がここにいる。

 

 それから少しして、セイバーを起こした。大体二時間ほど彼女を寝かしていた。彼女は起き上がると、寝る前の光景と全然違うことに声を出して驚いていた。

 

「あれっ⁉︎私、鍛冶場にいたんじゃ……?」

 

「いや、ウトウトしてたからここまで連れてきた」

 

「寝てました?」

 

「まぁ、寝てたな。何時から寝ていたのか知らないけど、俺が鍛冶場に行った時には座りながら寝てたぞ」

 

 俺は彼女に手を差し伸べた。

 

「ほれ—————」

 

「……え?どうしたんですか、ヨウ?」

 

「は?何がだよ」

 

「えっ⁉︎ああ……いや、その……、何でもないです」

 

 彼女は俺の手を掴んでベッドから降りた。彼女はベッドから降りるとき、執拗に足元を確認していた。足の裏を確認し、何もないと知ると首を傾げた。

 

「……うん?」

 

 彼女はじっと俺を見つめる。真剣に細部まで視認し、また首を傾げた。

 

「いや、セイバー。お前どうした?」

 

「いやぁ……、別に何でもないですよ」

 

 彼女はそう言うものの、実によそよそしい。何か今日のセイバー、ちょっと変じゃないか?

 

 ともかく俺はセイバーを連れて階段を下り、食卓へと向かった。テーブルの上には俺が今さっき作った朝食が置いてある。俺は椅子に座って箸で朝食を食べ始めた。ご飯にお味噌汁、夕食の残りのしゃぶしゃぶのお肉を乗せたサラダ。冷蔵庫の中にあった余り物を多く使っている朝食。これぐらいしかなかったのだから、まぁしょうがないだろう。

 

 ご飯にふりかけをかけた。パラパラとした黄色い粉のような粒のようなものがご飯の上に乗った。そのご飯を箸で口に運んだ。

 

 うん、美味しい。淡白は味のご飯、微妙な粘り気は多分ご飯単品ではあまり美味しくいただけない。だが、ご飯の最大のお供、ふりかけはご飯の存在意義を遥かにあげる。やはり、ふりかけは裏切らない。

 

 俺はふりかけの凄さに感心していた。その感心をセイバーにもわかってほしいと思い、彼女の方を向いたら、彼女はテーブルの前で突っ立っている。

 

「どうした?何で突っ立ってるんだよ。さっさと座れ」

 

 俺は向かいの椅子を指差した。その椅子の前にはご飯と味噌汁、そしてふりかけが置いてある。

 

「いや、私はいいですよ。私、サーヴァントですし……」

 

「は?いいからさっさと食え。お前のために装ったんだから、食えよ」

 

 俺がそう言うと、またもや彼女は驚く。まるで地球の終焉が近づいてきたかのように、若干絶望に近い驚きだった。

 

「嘘ッ⁉︎ヨ、ヨウが……、わ、わた、私のために朝食を用意したッ!」

 

 これ以上ないほどの貶されだと捉えて良いのだろうか。物凄く殴りたい。俺の拳が疼いた。

 

「ヨウ、やっぱりおかしい!いや、確かに元々おかしかったけど、何か今日のヨウは色々とおかしい!ヨウがヨウじゃないみたいで……」

 

「……まぁ、そういう時もあるもんだ。ほれ、食え」

 

 何となくその話だけはしたくなかったので、するりと交わして、飯の話に誘導した。セイバーの脳は単純で、いわゆる馬鹿なので、そんな俺の考えに気付かず箸に手をつけた。

 

「おい、セイバー。お前、箸、上手く使えないだろ?ほれ、スプーン」

 

「えっ?ちょっと、これはどういうことですか?ヨウが自ら私のことを思ってスプーンを取ると?今日は雪でも降るんですか?」

 

 大丈夫、馬鹿にされていることくらいこの俺でもわかるけど、そこは敢えて見て見ぬ振りをしてあげる。

 

 セイバーのふりかけは山菜味。セイバーは白くふっくらとしたご飯に緑色の粉をかけた。俺はそんな彼女の様をじっと見つめている。

 

「……その、何ですか、ヨウ?私、何かまた変なことでもしましたか?」

 

「いや、別に」

 

「じゃぁ……その……、何で私をそんなに見つめるのですか?」

 

 恥ずかしそうにそう言う彼女を見て、思わず笑みが溢れそうになったが、腹筋にぐっと力を入れて笑いを堪えた。

 

「そ、それは……、お前のことが……」

 

「えっ?ちょ、そ、そういうのは、は、早いです!気、気が早いですよ!こ……心の準備というものがっ!」

 

「おうおう、そうか。なら、さっさと食え。飯が冷めるだろ」

 

「んなっ⁉︎そ、そういうことを言いたいのならそう言えばいいじゃないですか!思わず、てっきりそういう流れなのかと……」

 

「は?なわけねぇじゃん」

 

「ですよねー」

 

 変なことを期待していたことを恥ずかしく思い、さらに赤面する彼女。俺はそんな彼女の一挙手一投足をじっと目をそらさずに見ている。彼女は俺のその不審な行動に目を配りながらも、茶碗を持った。茶碗にスプーンを差し込み、ご飯を持ち上げ口に運ぶ。

 

「むふぅ〜、美味しいです。やっぱり食の進化は素晴らしいですね」

 

 彼女はそう俺に言うが、俺が望んでいるのはそういうことではない。不機嫌な顔になりながらも彼女の食べ進む姿を見ていた。

 

「私の顔に何か付いてたりするんですか?」

 

「いや、そういうことじゃねーよ。待ってるだけだ」

 

「待ってる?何をですか?」

 

「そのうち分かる。それより、ちゃんと()()食えよ」

 

 彼女に全て食べることを促す。良く言えば純粋で、悪く言えば馬鹿な彼女は特に疑うことなく返事をした。

 

 そして、時が来た。彼女はスプーンでご飯を掬い、口へと運ぶ。当然、何の疑いもなく。

 

「んむっ⁉︎なぁッ、なぁッ‼︎こ、これはぁぁぁッ—————‼︎」

 

 口に白いご飯を入れた彼女はいきなり俺の目の前で悶絶し出した。涙目になりながら、大声を出して辛さを体全体で表現する。俺はその姿を見たかったのであって、その姿があまりにも面白すぎて高笑いをした。腹がよじれると思うほどに。

 

「な、何を笑ってるんですかぁっ⁉︎は、鼻が、ツンツンしますぅ!」

 

 実は彼女が起きる前に、事前に彼女のご飯の一部分のところにワサビを仕込ませておいた。そして、そのワサビがバレないようにするため、山菜のふりかけをかけて、その上箸でご飯をぐちゃぐちゃにされるとバレてしまうのでスプーンを渡した。すぐにこういうことに引っかかる彼女になら、これぐらいしておけばドッキリなんて簡単である。

 

「ワサビッ⁉︎ワサビを入れたんですかッ⁉︎げ、外道!最低!ちょっとでも、ヨウに期待した私が馬鹿でしたっ!」

 

 そんなこんなで、今日も一日が始まる。

 

「ヨシっ。今日も安全に過ごせそうな気がする」

 

「ゲン担ぎに私を弄らないで下さいッ!」




まぁ、この頃、若干シリアス続きだったので、今回は緩い回でした。

さぁ、次回はヨウとセイバーが市役所に行きます。昼間の市役所、そこには新たな魔術師の匂いが……。

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