Fate/eternal rising [another saga] 作:Gヘッド
セイバーとヨウ、良いコンビですねぇ〜〜。
「その、すいません。私、少し強く言い過ぎました」
縁側に座っていたら、隣にいるセイバーが謝ってきた。セイバーは俺の目を見ようとはせず、目を背けて自分の足先を見ていた。
「お前が謝るなよ。……その、悪い。ちょっと気が錯乱してて、変にお前に当たった」
俺だって彼女に謝らねばいけないと思う節が幾つかあった。だから、その分を纏めて謝っておく。そんなやり方、あんまり好きじゃないけれど、今の俺にはそれぐらいしか出来ないだろうし、それぐらいが丁度いいような気もする。
二人で静かに冬の乾いた昼の空を眺めた。雲は一つないし、太陽が照っているのに、肌寒く感じてしまう。悴む手を自分のお尻の下に敷いた。
「—————なぁ、何でお前、アーチャーが殺されそうになった時、お前は行こうとしたんだ?」
俺はその答えを知っているつもりだった。だが、それでも彼女の言葉で、彼女の思いを理解したかった。俺から見た客観的な彼女の行動を理解したいのではなく、彼女の主観的な行動を理解したかった。
彼女と俺の間にある差。それが俺にはどうしても分からない。その差を詰めようとしてしまっている自分がここにいた。
「何故……。それは、感情とか理屈とか記憶とか諸共全部を省いて、ただ助けたいって思ってたんです。何故って言われても、私にも正直それが何故なのか分かりません」
「直感的に手を伸ばしたのか?」
「まあ、はい。アーチャーをここで見殺しにしたら絶対に後悔するって分かったんです。不意に何の前触れもなく、ふとここで助けないと、って感じたから手を伸ばした。それに、やらないで後悔するよりかは、やってから後悔した方がまだいいと思いましたし」
だからと言って、その行動に踏み込むことのできる勇気。それは何よりも得難いものなのだ。どんなに武勇の誉れがある武闘家や危険を顧みぬ戦士でさえ、勇気を持つ者は少ない。彼らが死ぬかもしれないのに戦えるのは、勇気とはまた別のものである。義務、または経験による慣れにより戦えるのである。真に勇気と言えるのは、絶対的に自分が不遇な目に遭うのが分かりきっているのに、その不遇に立ち向かうことである。もちろん、それには義務もなければ経験もない。それで、剣を持ち、他の英雄に立ち向かおうとするセイバーは本当にすごい。
俺はセイバーやセイギ、アサシンと一緒だからここまで聖杯戦争をやっていけたが、もし俺が一人だったら、何も出来ないし、一人で聖杯戦争が終結するのを怯えながら待つだけだろう。
やるかやらないかの選択の前に、もう俺はできない。彼女は本当にすごい。心からしみじみ思う。
「私からも質問、いいですか?」
「ん、いいよ」
「ヨウは何故私を殺そうとしないのですか?」
殺そうとしない。それは愚問である。
「殺そうとしないんじゃなくて、出来ないんだよ」
「私を殺せないのですか?」
「殺せないというか……、まぁ、殺せないってことかな。色々と俺にもあるんだよ」
アーチャーに託された思い。それがあるから俺は彼女を殺せないという理由。だが、それだけじゃない。人を殺すっていうその段階を踏むこと自体に俺は恐れをなしている。令呪で彼女を殺すことは簡単だけれど、それをするということは、俺が人殺しになるということ。直接的、または間接的を問わずして、人殺しという箔が自分の中で付いてしまう。そんなことを俺の理性が許すはずなく、俺は人殺しの一歩を踏み出せていない。
それともう一つ俺には理由があるのだけれど、その理由がどうもよく分からない。だが、彼女を殺そうとした時、本当にいいのかと誰かに問いかけられたような気がしたのだ。それが何故、そして誰なのかも分からない。ただ、その時は謎の声に従った。
「まぁ、ここまで来たら、さすがにお前を突き落としてでも降りようとはしない。乗りかかった船みたいなもんだ」
するとセイバーは嬉しそうに微笑んだ。湧き溢れる喜びを抑えきれず、顔に出ているようだ。
「そう言ってもらえると、嬉しいです。そんなヨウだから、少しだけ頼れる気がします」
頼ることのできる人と出会ったことのない人生を送ってきたセイバーにとって、この出会いは偶然にせよ必然にせよ、大事なものとなってほしい。密かにそういう思いがあった。不幸続きの人生を経て、彼女はここにいる。例え、この世界で彼女は不幸を味わっても、それ以上の幸福を与えようと考えてしまった。
何故そう思ってしまうのか。きっと、俺と彼女の立場が少しだけ似ているからだと思う。父親も母親も俺とセイバーにとっていないのが普通だからこそ、いない部分を補ってあげようとする。自分で補えないような心の穴だが、誰かのなら補ってあげられる。
「結局、お前も俺も似た者同士。父親も母親もいない。だから、相手のことが少しだけ分かってあげられる。辛い時は頼ってくれ。助けてやるから—————」
「はい」
彼女は小さく頷いた。
もうセイバーからも逃げない。ちゃんと彼女と向き合う。そう決めた俺だから彼女にこうしてやろうとも思える。生まれた時が違っても、今こうしてここにいるんだ。セイバーはサーヴァントで、俺はマスターで、でもここにいることに変わりはない。ましてや、英雄でも魔術師でも人間なのだ。
「俺さ、色々と考えちゃうようなタイプの男なんだよ。あの時の行動が、もしかしたらとか、あんな風にしなかったらとか考えるんだよ。で、結局、いつも後悔して、また間違えたって思って、後悔して。その後悔を紛らわすために他のことをして……。でも、あの時、お前に間違ってないって言われた時、スゲェ嬉しかった。だからさ、その—————ありがとうな」
もう俺は彼女にごめんって言わないと誓った。これからは、ありがとうって言葉を彼女に送ろう。そう決めたんだ。
彼女に笑みを投げかけた。すると、彼女は目を細めて、視線をずらした。
「そういうヨウこそ、ありがとうございます。ここまで私が聖杯戦争で勝ち残れたのも、ヨウがいたからです。ヨウがいなかったら、私はきっと敗北しています」
敗北。つまりセイバーが死ぬことを意味している。
これからは俺が彼女を守る。だが、もう聖杯戦争は終結しているとも考えられる。前回の三騎、そして今回の四騎の合計七騎分のサーヴァントの魂が聖杯に溜まっているはず。
ここで二つの疑問が湧いた。一つは、聖杯は結局何処に現れ、何処で聖杯を得ることができるのか。それはグラムが頭を悩ませていて、俺のような巻き込まれて参戦した者は一切その事情については知らない。そして、もう一つは、セイバーのことである。聖杯戦争が終わり、セイバーはこれからどうなるのだろうか。消えるのか、それともサーヴァントとマスターの契約はそのままなのか。
「なぁ、お前、何ともないか?」
「え?何がですか?」
「いや、体とかだよ。変な感じがするとかないか?」
「いや……特にはありませんが……」
その言葉を聞いて、俺はホッとした。胸を撫で下ろし、安堵の表情を浮かべた。セイバーはそんな俺をまるで物珍しく見ている。
「どうした?」
「……いや、ヨウ、そんな顔するのですね」
彼女はそう言うとクスリと俺を馬鹿にするように笑った。
「俺を馬鹿にした?」
「まぁ、ちょっと……」
彼女はまた空に目を向けた。眩しい陽の光を遮るように手を翳し、それでも太陽を見ていた。
「私……強くなりたい」
思わず口から出た彼女の本音。力持たぬ彼女は力を欲する。願望機を手に入れ、己の叶えなければならぬ願いを現実のものとするために。
彼女は木刀を手に取った。そして、俺の目の前で素振りをして見せる。
「どうですか?」
手首のスナップが柔らかく、木の剣先が綺麗に弧を描いく。金切り声に似た乾いた空気を切り裂く音がリズム良く聞こえる。
「ダメだ。てんでなっちゃいねェ」
彼女の振りはあまりにも大きすぎる。質こそ良いのかもしれないが、型があまりにもなっていない。曲げるところで肘は曲げ、無駄に入った肩の力を抜き、しっかりと足を踏み込まねばならないのに。
「何も出来ちゃいねェ。それで
俺も木刀を手に取った。俺だって、力をつけねばならない。聖杯を掴み取るための力ではなく、セイバーを守るための力が必要なのだ。
「久ッぶりに木刀握ったけど、やっぱ手に馴染んでるわ」
俺はその木刀を軽く振り回した。そして、彼女に向けて剣を構えた。
「手合わせ、してみる?」
「はい!」
彼女も構えた。剣を自らのもう一本の手のように、神経が通っているのだと思う。剣先を彼女に向け、息を吐いて、吸った。
「こい—————‼︎」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
俺は今まで自分が強いって思ったことはなかった。小さい頃は爺ちゃんがやっている道場で竹刀を振っていたし、児童の剣道の大会では負けなしだった。だけど、それは俺が強いのではなく、周りの人が強くしたのだと思っていた。鈴鹿が、爺ちゃんが俺の剣術に磨きをかけたのであって、俺自身は何もしていなかった。才能ではなく、ただの強制された努力だと。
だが、セイバーを見ていて思う。
「お前、本当に弱ェんだな」
俺もセイバーも犬のように口を開けて、荒い息をしている。なるべく二酸化炭素を排出し、酸素を取り込もうとしているのだ。
セイバーは持久力があり、俺に負けても負けても、しつこく再選を願ってきた。二三回なら俺も快く受け入れたが……。
「十回はちょっとマジでキツイ……。根性だけはあるな」
息も出来ぬような全力勝負を十数分も続け様にしていたら、心身ともに疲労がハンパない。一応全力勝負だから、精神集中させて、息のリズムも等間隔にすることが出来ない。力を入れて剣を振るう時や交わす時に安々と息ができるのなら疲れはしないだろうが、生憎俺はそこまで戦うということに慣れていない。剣の腕は下手くそでも、身体はサーヴァント。力もスピードも全然違う。
スタミナを削ぎ落とされまくった俺は、縁側に座り込んだ。素早い鼓動と、その鼓動に合わせて白い息が口から出た。セイバーも木刀を地面に突き刺し、その木刀に腕をかけて寄りかかるようにしている。さすがの彼女もスタミナ切れだろう。
「ヨウ……、その剣技、素晴らしい……ですね」
「お前の剣術がヒデェだけだよ。……つーか、ヤバイ。マジで疲れた……」
久しぶりにこんな辛い運動をしたような気がする。今年の五月ぐらいにやるスポーツなんちゃらの持久走並みに辛い。
疲れがどっと俺を襲い、全身の筋肉が震え、緩めると、もう力は入りそうにない。疲れた。セイバーと手を合わせただけで、ここまで疲れるものなのか。久しぶりに本気を出したから、筋肉が驚いたのかもしれないが、絶対に明日は筋肉痛だろう。
だが—————
「ハハハハッ—————‼︎」
不思議と笑みが浮かび、弾んだ声が出た。腹は起伏し、二酸化炭素が多く混じった空気が振動を得て、溜まった疲れごと吐き出た。
辛い、疲れた、苦しい。以前の俺ならそこで終わっていた。面倒くさいという言葉で纏め、マイナスに捉えていた。マイナスはある。だが、それ以上のプラスもここにあるような気もする。
「フフッ—————」
セイバーもまた笑う。
彼女に陽の光が当たる。俺は屋根の下にいたから陽の光が当たらなかったが、それでも今なら光を浴びているような気がした。
セイバーが眩しく見えた。空にある太陽よりも眩しく、そして大きな光。到底俺が得ることなどないその光は、俺をも光らせる。
大丈夫。彼女を見てそう思える。彼女が笑う限り、彼女の光は途切れることなく、絶望の闇で閉ざされることはない。
願望機をグラムに取られた。だが、まだ諦めない。まだ願望を叶えたとは考えにくいからだ。
だって、聖杯を満たすには七騎のサーヴァントの魂が必要。
もしかしたら、もしかしたらだが、その七騎のサーヴァントの魂が満たされていなかったのなら。そう考えた。そう考えることのできるわけが俺にはあった。
「諦めねぇぞ。聖杯、まだ俺たちにゲットできッかもしんねェ」
「え?ゲットできるんですか?」
「可能性だよ。可能性。もしかしたらだけどな」
可能性に縋るのは俺らしくはない。けど、今回だけは可能性に縋ってみたかった。
「—————俺には諦める理由がねェ。それだけで、十分だろ?立ち上がる意味は」
「はい」
俺にはアテがあった。
それは多分、この聖杯戦争で結構重要なこと。だが、案外みんな気付いていないということ。
「ちょっと遊びに行かねぇか—————」
ヨウが遊びに行こうと言い出しました。何処に行くのでしょうか?まさか、ラブホ?
そして、彼のアテ、何のことでしょうか?
そう言えば、この頃、前回のサーヴァントの説明していませんので、次回ぐらいに説明したいと思います。