Fate/eternal rising [another saga] 作:Gヘッド
いやぁ、ヨウくんとセイバーの喧嘩も久しぶりですね。でも、今回の喧嘩はちょっと違う?
午後零時。俺は居間の方でゆっくりとくつろいでいた。学校も試験休みで無く、聖杯戦争のことも今日は考えなくともよい日。久しぶりにこんなに休めるのだから、俺はソファの上で寝そべりながらテレビを見ていた。いつもは見ないはずの昼の番組。普段なら今頃は学校で椅子の上に縛られて机と椅子のあの狭い空間で勉強することを強いられている。
なんと快い日なのだろうか。ああ、清々しい。
—————そして、静かだった。
この部屋には俺以外誰もいない。いや、いつもはそれが普通なのだけれど、この頃はそうではなかった。いつも五月蝿いのが隣にいた。現代の科学の発展によって生まれた技術に目を光らせ、俺にあれはなんだと隣でしつこく尋ねてくるあの白髪頭。休む暇を俺に与えず、直感的で本能的な行動しかしない馬鹿。そんな女が俺の隣にいつもいた。
また戻った気がする。セイバーがまだ俺の目の前に現れる以前のよう。あの時は何とも思ってはいなかった。だって、俺は今に俺以外誰もいないという光景しか見たことがなかったから。
今は違う。見たことがある。彼女と俺の間には何だかんだで会話が生まれていた。
「誰もいねぇってのは、やっぱ寂しいもんだな」
だがそんなことはとうに知り得ていた。知り得ていたからこそ、もう俺は前みたいな俺には戻れないとも知っていた。
セイバーを跳ね除けたのはわざとである。あの宝石を彼女には見せたくなかった。そんな理由がある。
それと、もう一つ理由がある。
それは……。
謝りに行く。それはもっと後ででいいだろう。出来ればそのまま彼女には嫌われていたい。いや、それでいい。俺は彼女に嫌われていなければならないのだ。
だって、俺は人間だ。だが、彼女はサーヴァント。生命体ではないのだ。彼女がどう人間らしく動こうが、意思疎通が出来ようが、心臓が動いていようが、心があろうが、俺と彼女は違う。
違うのだ————
その時、声が聞こえた。
「ヨウ……。居ますか?」
セイバーの声だった。俺は振り向いてみる。セイバーは廊下と食卓のところで突っ立っていた。手をもじもじさせながら、俺の方をずっと見ている。
「何?怒りに来たの?不完全燃焼?」
「そ、そういうこと言わないでください……」
彼女は俺に直接言いに来た。今、俺と顔を合わせるのも嫌なはずなのに、彼女は俺の目の前にいる。だが、やはり喧嘩中。機嫌悪そうな顔をしている。
「ヨウは、何で私に酷く当たるのですか?」
言いたくないことを言ったような顔をする。目を合わせようとはせず、自分の言っていることが人を不機嫌にさせるということを分かっているようだ。
しかし、俺はそれごときでは不機嫌になったりなどはしない。そもそも、嫌な空気にさせたのは俺なのは確かだし、そんな俺が逆ギレするなんて見っともない。
だが、彼女の発言にはそれなりの意図があるように感じた。何を思い詰めているのか。
「それはどういうことだ?お前にだけ強く当たる?」
「だって、そうじゃないですか。ヨウ、他の皆さんから話を聞く限り悪い人って印象は全然ありませんよ。セイギはヨウのことをまるで親友のように思っています。それにアサシンだってあなたはいい人だと言っています。なのに、ヨウは私を虐める」
「虐めるじゃなくて、弄るな」
「弄る。私が何にも悪いことをしていないのに、ヨウは私をおもちゃみたいに扱うんです。だから、考えたんです。ヨウは何故私にだけ酷いことをするのかって。でも、答えは出ませんでした」
俺は彼女の言葉を聞いていてため息を吐くしかなかった。まったく、これだから人との関わりが全然無い奴は面倒くさい。しかも、コミュ障よりもこういうセイバーみたいなタイプが一番大変なのだ。
扱いやすい。だからこそ、一番扱いにくい。
「教えてください—————」
端的にしか彼女はものを言えない。嘘をつくということや、遠回しに場の雰囲気を悪くしないように言う方法を彼女は心得ていない。
人付き合いが出来ない女だ。
「理由?そんなん一つしかねぇよ」
「それは……何ですか?」
「んなの、簡単だよ。お前だからだよ」
「私だからですか?」
「そう、お前だから。お前だから俺は強く当たってんの」
「何故?」
「何故って?何故も何も、お前、人付き合い下手だから俺みたいな悪役を相手にしといた方がいいだろ?んぐらいちゃんと考えてるよ」
真っ赤な嘘。
「じゃぁ、私のためなんですか?」
「そう、お前のため」
「じゃぁ、もっと私に強く当たってください……って、その手には乗りませんよ!」
あちゃー、その手には乗らないか。
「ヨウはそう言っていつも話を逸らすんです!私の話を真面目に聞いて下さい!」
「嫌だって言ったら?」
「聞いてもらうまでずっとここにいます!」
「……そう。じゃぁ、俺は自分の部屋に行く。お前はそこにいろよ」
「えっ?あ、それズルいです!」
「ズルかねーよ」
「ズルいです!そう言っていつもヨウは逃げようとするんです!ヨウは自分がそんな人でいいんですか—————⁉︎」
俺はその言葉を聞いて、ピクリと体の動きを止め振り向いた。彼女は真っ直ぐに俺を見ている。その目は何とも澄んでいて何色にも染まっていない。何も知らぬから、彼女はそんな綺麗事を言えるのだ。
「—————逃げて何が悪い?」
ふと怒りを見せてしまった。俺も真っ直ぐに彼女を見返した。真っ直ぐに、彼女の目を自分の視線で突き刺すかのように。彼女は俺のその目を見て、軽く戦く。
俺を否定されたかのようで、その時、腹の底に溜まっていた彼女へのストレスが一瞬だけ吹き出た。その吹き出た負の感情がその言葉に入り混じっている。
「……ゴメン。強く言い過ぎた」
彼女に謝ると俺はゆっくりと、でも足早に自分の部屋へと向かう。急ぐ素振りこそ見せないようにはしたが、そのように意識しているという時点で物凄く恥ずかしかった。
ああ、俺何やってるんだろ。そう思う。怒らないって決めていたのに、逆ギレなんて見っともないからしないって決めていたのに、何故俺はふとした拍子にあんなにキレてしまうのか。謝るという行為自体がまず不服。それはつまり俺が謝らねばならないという圧倒的不利な立場にいるということ。それは一つの屈辱でもあり、その屈辱を自然と口にしてしまったことが悔しい。
それに何より、クールじゃない。冷静に彼女と話していれば簡単に言い包めることも出来る。なのに、何故あそこで俺は怒りを見せてしまったのか。
不甲斐無い。そう言えば聞こえはいいかもしれない。勝ち負けに拘る俺みたいな性格だからこそ、凄く弱者の立場は口惜しい。そして、その弱者の立場に自らなったのだから、もう自分が何なのか訳が分からなくなる。
あの時、俺は何故彼女に怒りを見せたのかを考えた。
「逃げてもいいんですか⁉︎」
あの言葉が耳にへばりついて、耳鳴りのように聞こえる。それは俺の一番ダメな部分をダイレクトに突いた一言。
本当は分かっている。逃げるだなんて、一番ダメなことだって分かっている。少なくとも、それは後悔しか生まないのだと分かっている。だけど、逃げてしまう。怖い、その感情に取り巻かれて、立ち向かうなんてことが出来ない。
聖杯戦争がいい例だ。ライダーとの戦闘の時、俺はまだ聖杯戦争の本当の怖さを理解していなかった。いや、聖杯戦争の怖さは理解していたのかもしれない。だけど、『死ぬ』っていうことを言葉では理解していたけど、やっぱり何処か甘えがあった。そこで、ライダーの串刺しにされた光景を見て、『死ぬ』っていうことに怖くなった。鈴鹿が託した思いも、彼女の死を見て、本当は消えていた。
そして、何よりアーチャーのことだ。俺はあの時も逃げた。アーチャーを救うという方法ではなく、逃げるという方法を選んだ。なるべく多数の命を守れるようにと。その結果、アーチャーは死んだ。彼の思いは叶わず、聖杯へと戻された。
グラムとの対面。あれは向き合うというよりも、アーチャーの最期を看取るという意味合いがあった。
つまり、どれも向き合おうとしていないわけだ。結果的に向き合っても、俺の意思はそれを望んでいるなんてない。いや、今考えなくとも分かってる。分かってたつもりだ。分かってるのに、こうも射抜かれたようにズバリと当てられるとどうも不愉快だ。それがセイバーだからこそ、その怒りがさらに増幅した。
俺だって直そうと思ってる。だけど、どうも直せそうじゃないのだ。向き合うっていったって、やっぱり怖いし、その怖いからどうしても逃げたくなる。
そのままじゃ何も出来ない人間になる。それだけは嫌だと思いつつも、俺はどうすることも出来ない。それに立ち向かう勇気がない、やる気がない、強さがない。
—————だから、俺はちょっとだけ、ちょっとだけだけど、セイバーに劣等感を感じている部分がある。
あいつは英霊として選ばれた剣士のはずなのに、俺よりも剣を上手く扱えず、その上戦闘経験もない。成り行きで英雄と称されるような奴だ。だから、俺は蔑んで見ていたけど、本質的にはやっぱりすごい奴だった。剣で相手を斬りたくないのに、彼女はそれでも剣を持つ。傷つけることを恐れながらも、剣で立ち向かおうとする。死ぬかもしれないのに、彼女は助けに行こうとするし、自分の信念は最後まで曲げなかった。
俺には全然出来ない事ばかりじゃないか。形では俺が勝っていても、質では彼女の方がよっぽどいい。こんな性根腐った俺でも、人としてスゲェって思ってしまう。
だからこそ、許せない。今まで下だと思っていた奴がいきなり俺の目の前に現れて、しかも叶わないって思うから、余計に悔しくなって弄ろうって思って、それでそんな俺を客観的に見て、情けないって感じて。
「……アア、クソっ—————‼︎」
こんなこと普段の俺ならありえない。こんなにセイバーのことを目の敵にしようって思うなんて、やっぱりちょっとありえない。
もう、全部セイバーにぐちゃぐちゃにされているのだ。セイバーが現れてから、俺の生活も何もかも壊されまくってる。聖杯戦争なんて命を賭けた戦いに参戦することにもなったし、こんな嫌な思いだってするし、疲れるし、寒いし。
セイバーといると、ろくなことが何もないじゃねぇか—————
右手の甲を見た。一画の紅い痣が禍々しい。邪魔なかさぶたのようで、引っ掻いて抉りたく思う。
そう、ここで俺は一つ令呪に願えばいいのだ。
—————セイバー、自害せよと。
俺は右手を仰いだ。部屋の中で、手を天井に伸ばし歯を食いしばった。全て楽になる、このたった数秒で。彼女はここにはいないし、嫌な光景も見なくて済む。誰も俺を責めない。だって、俺は聖杯戦争に巻き込まれただけなのだから。
だが、出来なかった。口を開いて、簡単な一言を唱えようとしたが、その一言があまりにも俺には重く、苦しい一言であった。
彼女の顔が目の前に浮かんでくるのだ。笑った時、怒った時、泣いた時、悲しい時、楽しい時。全ての時の顔が俺の脳裏に現れて、俺は声が出せなかった。それに追い打ちをかけるかのようにアーチャーのあの言葉も俺の中で木霊する。守ってはくれまいか、という彼の言葉が俺の体の動きを止めた。
そして、冷静になって考えることはたった一つ。
「何て馬鹿なことしようとしているんだよ、俺は—————」
分かってる。俺が誰よりも、何よりも一番悪役にあっているのは、こういうクソみたいな俺が俺の中にいるからなのだと。平気で仲間を見捨てようとする自分がここにいることが、一番嫌なんだよ。それをセイバーに押し付けているだけなんだ。
セイバーは幽霊なのに、俺よりもよっぽど人間らしい。俺は人間なのに、人間らしい優しさが何処もない。
つくづく思う。俺が一番ダメな男なのだと。このままじゃダメなことぐらい、俺だって分かってるさ。こんなにも分かっているのに、さらに俺は悪役のマスクを被るんだ。息苦しくなることが分かっていても。
ヨウ君にも色々あるんです。彼なりのポリシー、性格だからこそ、生じる悩み。それに一つ屋根の下なので、色々とそういう優劣がついてしまう。しかも、ヨウ君はそういうのにすぐ反応しますし、そこで有利な状況に立ちたい性格。
彼だって、苦しみはあるのです。