Fate/eternal rising [another saga] 作:Gヘッド
痼り
午前九時。食卓に置いてあった冷えた味噌汁とご飯と海苔を朝食とする。多分、この飯は爺ちゃんが俺のために置いといた食事だろう。
爺ちゃんは朝早くに出かけたようだ。理由はいつもそんなに詳しくは聞いてはいないものの、修業らしい。まぁ、武道に人生を捧げた爺ちゃんだし、それについてはとやかく言わない。
だが、今日は珍しい。爺ちゃんは少々男尊女卑の考えや縦社会的な考えを持っているため、食事を作るのは女や子供だと言ってくる。だが、そんな爺ちゃんが俺のために飯を作っているのだ。俺は食卓の上にあったラップの被さった朝食を見た時は正直、結構驚いた。あんまり、爺ちゃんが俺のために飯を作ってくれたことはないし、久しぶりだった。
俺は冷えたご飯を箸で持ち上げて口の中に入れた。味噌汁を飲み、海苔をパリパリと音を鳴らしながら噛んだ。冷めていなければ美味しいだろうと感じられる。
無言だった。いや、いつも朝食なんて爺ちゃんと一緒に食べてはいないので、無言なのが普通だが、今は普通ではないのだ。
前の席を見た。そこにはセイバーが座っている。セイバーの目の前にはもう一つ朝食セットが置いてある。ラップが被さった俺と同じ朝食セット。多分、爺ちゃんはセイバーの分も作ったんだ。まぁ、何でかというのは考えないようにしたいと思う。多分、爺ちゃんは変なこと考えてるだろうと思うし。
「—————ほら、食えよ」
俺はセイバーに食事を勧めた。だが、彼女は箸を取ろうとしない。
「どうした?食べたくないのか?」
「あっ、いえ、そうではなくて……」
「冷めた飯が嫌か?」
「いえ、私、サーヴァントですので。別に食事は必ず必要というわけでは……」
彼女はサーヴァントで俺は人間。俺は食べないと生きていけないが、彼女は別に食べなくともマスターの魔力供給があり続ける限り半永久的に存在し続けるだろう。
だが、彼女が食べないと彼女のために用意された朝食が勿体無い。
「ほれ、食べろ。飯が勿体無いだろ?」
しかし、彼女はそんなことを言われたからといって食べる気は起きない。
「その……、まだ、食べたくありません……」
まだ彼女が心に傷を負ってから七時間しか経っていない。彼女が食事を口に運ぶにはまだ早い。そんな彼女が自ら進んで食事を取ろうとはしない。サーヴァントだから、食事は必要ないのだ。
それでも、俺はセイバーに食べろと言った。もちろん、強く威圧的には言っていない。だが、彼女と接する俺の態度を急にガラリと変えられると、それはそれで彼女にとっては苦しく感じるだろう。俺が態度を変えていると感じれば、その原因であるアーチャーのことも必然的に考えてしまうだろうから。
だから、俺は彼女に強く言うことはしない。だが、やはり普段の感じをなるべく装った。全ては彼女を想っての行動である。
「じゃぁ、俺が飯食わせてやる。お前はそこで口を開けていればいい」
「えっ、そんな………。ヨウは自分の食事だけしていてください。私に構わなくてもいいですよ……」
「は?何?その嫌そうな顔。怒るよ?」
「嫌じゃないんです……。嫌じゃなくて……」
彼女はその次の言葉を言おうとしない。その次の言葉を言うのが余程嫌なのか、それとも恥ずかしいのかは知らないが、言わないのなら食べさせる。
箸を変えて、彼女の目の前に置かれたご飯の上に海苔を一枚乗せた。その海苔でご飯を包み、彼女の口に持っていく。
「ほれ、口を開けろ」
「えっ?いいですよ。別に……」
倦怠な態度を見せる彼女。確かに疲れているのは分かるが、やはりそんな彼女を見ているとイライラしてくる。
彼女がそんな気分になる理由は分かる。だから、そんな対応をするのも分かる。全てが嫌になって、目の前の世界すべてのものを否定したくなる気持ちになるのは、俺だって一緒だ。
だが、そこから抜け出そうという努力をせず、そのままの状態でボーッとしているセイバーを見ていると腹が煮えくりかえりそうになる。
—————まるで、昔の俺を見ているみたいだ。
「いいから口を開けろ。飯が勿体無いだろ」
勿体無い。それはつまり、彼女に食べさせようという気で俺が彼女に飯を食べることを勧めているのではない。飯が勿体無いから、彼女に飯を食べることを勧めているのだ。つまり、優先順位は飯が先ということ。
「私よりもご飯の方が大事なんですか?」
彼女はそこに怒りを覚えたようで、ますます飯を食べようとしなくなった。彼女はそっぽを向いた。
「絶対にヨウのご飯は食べません!」
全く、何なのだ?さっきまでは自分のことは構うなと言っていたくせに、今となっては自分のことを構えと言わんばかり。
こいつ、面倒くさい女になったな。
俺は持っていたご飯を巻いた海苔を彼女の頬にくっつけた。
「……その、ヨウ、これは何ですか?嫌がらせですか?」
「うん。嫌がらせ。お前が食うまで続けようかと思ってる」
すると、彼女は顔に怒りを表す。眉間に皺を寄せて、俺の方を睨んだ。だが、彼女は大きく口を開け、俺の持っている箸ごと食いちぎる勢いで飯を口に入れた。
「おうおう、よく噛んで食べろよー」
「分かってます!」
「口に飯を入れて喋るなー」
不機嫌そうにしながらも彼女は口から喉へと食べた物を通す。そして、俺の持っていた箸を奪い取った。
「食べればいいんでしょ⁉︎食べれば!」
彼女は俺に怒りを向けながらも、取り敢えず目の前にあった朝食を平らげた。しかし、依然として彼女はむすっとした態度を見せる。なので、ちょっとからかってみることにした。
「なぁ、セイバー。その箸、俺が使ってる箸なんだけど……」
「ええっ⁉︎ヨ、ヨウが使っていた箸ッ⁉︎わ、私、間接キスしました?」
「うん」
「何で言ってくれないんですかッ⁉︎」
俺の予想通り彼女は顔を赤らめている。
「お前が美味しそうに食べてたしな。嫌な気分にさせると思って」
「どちらにせよ、嫌な気分になりますよ!美味しくないご飯になっちゃいましたよ!あっ、ご飯は美味しかったけど、気分は……もう、最悪ですよ!」
「だろうなぁ。まぁ、嘘だけど」
俺の口から真実が告げられると、彼女は呆気に取られたように、口をあんぐりと開けていた。
「ドッキリ大成功〜‼︎」
なんか空回りしているセイバーを見ているのが面白い。笑い声を殺して、普通の顔を装うのがすごく辛かった。甲高い笑い声を上げ、腹を抱えた。すると、彼女は物凄く不機嫌そうな顔をする。力強く食卓を叩いた。食器が音を立てて揺れた。
「もう!何なのですか?ヨウは」
「人間」
「そういうことじゃないです!ヨウは何で私を虐めるのですか?」
「面白いから。あっ、ちなみに、虐めてんじゃないから。弄ってるだけだから。ニュアンスの微妙な違い、気をつけろ」
「じゃ、じゃあ、ヨウは自分が弄られたら嬉しいですか?」
「嬉しいわけねーだろ。俺、ドMじゃあるまいし」
「なら、やめて下さい!人にされて嫌なことを、誰かにするのはいけないことだと思います!」
おー、何とも素晴らしい正論じゃないか。そんな正論を言われてしまったら、まるで俺が悪者みたいじゃないか。まぁ、悪者役は俺にぴったりだし、強ち俺にはそういう役柄の方がやりやすいのかもしれない。
よし、ここは一役買ってやろう。
「そうかそうか。まぁ、お前がどうこう言おうと俺の勝手だ。だって俺、悪者だから。悪者のイメージを付けるなら付けるで結構でございまーす!」
俺はそう言うと、手元にあった食器をオープンキッチンの台所へと持っていく。キッチンのシンクに食器を置くと、スポンジに洗剤を付けた。
俺の行動は至って自然的で普通の行動をしている。それはまるでセイバーを気にしていないかのよう。なのに、セイバーは俺に色々と振り回されて、手のひらにいるのだと自覚してしまうよう。
「悔しいかぁ〜?じゃぁ、俺に一矢報いてみれば?ほら、お得意の剣でさ、俺をグサっと刺しちゃえば?
「なっ⁉︎」
「ほれほれ〜、俺の心臓を一突きするだけだよ?」
「そ、そんなこと、出来るわけないでしょう⁉︎」
「まぁ、そうだね。だから、こうして俺はお前を弄ってる。もし、お前が本気で俺を刺せるなら、
食器を洗い終わった。俺はセイバーに近寄った。
「な、なんですか?」
「目ェ、閉じろ。良いことしてやる」
「……分かりました」
彼女は少しだけ疑ったが、その疑いを持続することなくすぐに俺を信用したようだ。目を瞑りながら良いことを待ち望んでいる彼女の姿は実に滑稽。それ故に、すごく可哀想に思えてしまう。小さい頃から不特定多数の人と関わりを持たなかった。だから、人との関わりは目を背けたくなるほど下手くそ。その証拠がこれだ。
ため息を吐いた。ここまで重症だとは思わなかった。確かに彼女は扱いやすいし、言い包めることも簡単だが、思った以上の重症。
ペチンッ—————
「いったぁ〜‼︎ヨ、ヨウ!何をしたんですか?」
彼女はおでこを手で押さえながら泣きべそをかいている。俺の中指の先が少しだけヒリヒリした。
「さ〜な。俺、し〜らない」
「ひ、酷いです!私に良いことするって言っていたのに!」
「あれ?そんなこと言ったっけ?」
すると彼女の堪忍袋の緒が切れたようで、手を強く握り締めて殴られたら痛いだろうと思えるほどのゲンコツを作っていた。真っ赤な顔をする彼女を見ていて、俺も不快な気持ちになった。
「なら、俺を殴る?そのお手々で俺を殴るか?」
「そ、それは……」
彼女は怖気付いていた。握り締めていた拳が段々と広く力ないものになっていく。
「まぁ、お前には無理だろ」
そう言われた時、彼女は怒りが頂点に達したようで、手を大きく振りかざした。小さな握り拳が俺に目掛けて飛んでくる。
だが、彼女は止めた。震える拳、歯をくいしばる赤い顔。何ともみっともない姿なのか。
「そうですよ!私には無理ですよ!どうせ、剣を振ることさえ出来ないただの女です!私なんて
涙声で彼女は叫ぶと、目を擦りながらリビングを後にした。ドタドタと走る音が廊下に響いているが、俺は彼女を追うことはしない。
「やれやれ。後で謝るか」
少しやり過ぎた。だが、今はこれでいい。そう確信している。
彼女が居なくなった居間で俺はポケットの中にあるものを取り出した。それはアーチャーが手にしていた宝石が入っている巾着。その巾着の中から綺麗な宝石を取り出した。その宝石の上に手を置く。
「う〜ん。こんなことで分かるのかどうなのかは知らないけど、これで何か見つかったらいいな」
宝石。それはアーチャーが戦闘中に使用していたものであり、どうやらこの宝石の中に詰められた魔力を解放すると解放した場所に一定時間空間を色々と出来るっぽい。だが、見たのは一回きりだし、そもそもこの魔術がどんな魔術なのか、魔術の勉強を一切していない俺にとって分からない。
だが、もしこの宝石を解析して、何か分かれば良いのだが。
そう思って解析することにした。
しかし、そうなるとセイバーが邪魔だった。セイバーは俺のサーヴァントだし俺の側にいつもいるが、セイバーにこのアーチャーの形見は見せられない。セイバーにこの宝石を見せてしまったのなら、彼女はきっとまた悲しむだろう。今、彼女はアーチャーのことをあまり考えないようにしているが、考えてしまったら、今度はさっき以上に大声を出し泣き喚くはずだ。
俺は魔術師ではないから、時間がかかる。故に彼女を何処かへ行かせたかった。幸い、契約をしているので、あまり遠くへは行くことはないだろう。
「
手に全神経を集中させる。手先の、いやもっとその先にある自らの指先から発せられた魔力の微細な変化を感じ取る。宝石の硬度、色彩、透明度に質量や形をなるべく緻密に調べた。細い細い糸が途切れぬように手繰り寄せた結果、あることが証明された。
—————これはアーチャーの魔力ではない。
その事実は大きな可能性だった。何故ならば、アーチャーの魔力が込められた宝石の場合、アーチャーが消滅したと共にこの宝石の中の魔力も消えるのではないのかと。だが、現にこの中の魔力は存在し、俺がこうして解析している。
考えられたが、今、ここで証明された。つまり、アーチャーには誰か協力者がいたということ。
アーチャーに協力者がいた?誰だろうか。そんなこと、俺には見当がつかなかった。
俺が分かったのはここまで。十分な解析も出来ぬ俺にとってはこれが分かっただけでも全力である。
巾着に宝石を入れた。
「……この巾着も解析しておくか?」
悩んだ。この巾着は特に重要そうではないが、解析してもしなくともよいという具合。
「まぁ、明日、セイギに会うし、その時あいつに任せればいいでしょ」
巾着をポケットの中に詰め込んだ。
「さてと……」
まだ俺にはすることがある。電話機に電話番号を入力した。その電話番号は見慣れた数字。何度も電話をかけたことがあるから、番号を覚えてしまった。
「はい。どちら様でしょうか?」
「月城です。月城陽香です。撫子さんはいらっしゃいますでしょうか?」
ちなみに、作者はセイバーよりもグラムの方が可愛いと思います。