Fate/eternal rising [another saga] 作:Gヘッド
やっとの事で通常回に戻ることが出来ました。しかし、いきなりシリアス展開。
アーチャーとグラムの最後の戦いをお楽しみください。
アーチャーはセイバーの全てを語った。
世界と契約する代わりに一つだけ願いを叶えたシグニュー。そのシグニューは新しくヒョルディースという生を受けた。それは愛する
ああ、そりゃぁ、こうまでしてでも守りたくもなる。アーチャーは父と子という関係だからという理由以外にも色々と守る理由があるのだろう。そして、その一つにはきっと彼の信条が関わっている。
—————守らねば、その精神は側からして見れば異常とも言えるほどの守護意思がある。
それに彼はグラムを破壊したはずなのに、何故か娘であるセイバーはそのグラムを握っている。その剣は彼からして見れば少し嫌な過去なのだろう。戦争で悲惨なものを経験した。それこそ、この固有結界に現れている地獄絵図。目のやり場に困るほどに痛々しい戦場。
誰も望まぬ戦争、元はと言えばグラムを握ったからそうなったのだ。もちろん、地獄を見ることを覚悟してはいただろう。だが彼は人らしい王。憎悪の感情を簡単に持ち得てしまう。
アーチャーの固有結界が消えて行った。塗り替えていた世界が跡形もなく消えてゆく。元の廃工場に世界は戻った。
グラムは膝を地につけるアーチャーを見下している。背後にある他のグラムをいつでも掃射出来る体勢だ。
「案外私の話が少なかったな。少しだけ聞いてみたいと思ってはいたのだが、私の話をするのがそんなに嫌なのか?」
「はッ‼︎笑わせるな。嫌とかじゃない。ただ、話す内容はお前の話などではない。俺とシグニューの愛の話だ。なんか文句はあるか?」
「いや、文句があるわけではない。……まぁ、そうだったな。お前たちはいつも仲は良かったな。だが、それが許せない。私のことを何も考えずに、私をこんな剣に仕上げたことを許すはずがない」
彼女はそう言うと、剣をアーチャーの首に近づけた。あと数センチ動けばアーチャーの首から血が流れるであろう近さである。
「—————呆気ないな。これがあの王の姿か?」
彼女の過去の王の姿と今目の前にいるアーチャーの姿は違うのだろう。それもそうである。だって、彼は今、嬉しそうな顔をしているからだ。
娘に会えた。その事実は彼にとって掛け替えのない至福、そしてこうして自分という姿を認識してもらうことに喜びのない親はいない。
大好きな妹の大好きな子。そんな子を守れるなんて、彼の一番に望んだ形だ。
ただ、それは彼が負けなかったらの話である。彼は負けてしまった。予想外の敵が現れ、令呪を使われたせいで。これで、負けてしまい、彼の脱落は確実なものとなった。つまり、これから娘を守ることが出来ないという不安もある。
「私はいつまでもお前を許すことはない。例えどんなに愛する妹、娘、民のためにお前が身を粉にしたとしても、それに付き合わされたのは私だ。その度に私の体は血に濡れ、こんな要らぬ力まで手に入れてしまった。それについて言うことはないのか?」
「謝らせようって気か?」
「どうとでも言え。どうせお前は殺す。ただ、言いようによっては楽に殺してやる。どうだ?何と言う?貴様の死に方が分かれるぞ」
アーチャーは苦笑いを浮かべた。この状況で、もう彼がどう手を打っても形勢は逆転不可能。一触即発な場面が彼には呆れるほどだった。
「じゃぁ、すまない。俺は確かにお前に悪いことをした」
「案外素直に謝るじゃないか。改心か?」
「そんなもんだ」
彼はそっと立ち上がった。自らの折れた剣で貫いた所を抑え、今にでも消滅しそうな体を現界させながら。
「悪いって思ってるよ。お前にトラウマを与えたことも。お前を血濡れた不吉な剣にしたことも。そして、そんなお前を心の中で嫌う自分がいることも。お前は俺の暗い闇の部分で、お前は俺だ。だが、それを認めずに、お前はただの冷たい剣だとばかり思ってきた」
「冷たい剣?」
「ところがどっこい、違った。お前は冷たい剣じゃなく、ただの鋼だ。俺が鋼の王になるために一番必要なものだった」
アーチャーは鋼の王になろうとしていた。だが、なったのは人の王。
「俺は人の王で満足だ。死んではいるが、妹に会えた。娘に出会えた。それは俺が鋼でなく人であったから。お前は俺の過去の望みで、過去の遺物だ。お前はもう俺には必要なんてない—————」
彼は笑った。清々しい笑顔を彼女に見せつける。こんな時に見せる笑顔は逆に不気味とも思えてしまう。
「—————さっさと死ね。もう、お前は
彼が聖杯に向ける願いなどない。もしこの聖杯戦争が終わっても彼は霊長類の守護者として、世界の傀儡にされるだろう。
そんな絶望でも一筋の光を信じるんだ。
ここで死ねば聖杯は満ちる。聖杯が満ちればグラムが願いを叶える。
「殺したきゃ、殺せよ!だがなッ‼︎」
アーチャーは目の前にある剣を手で払い、グラムの首を両手で掴んだ。そして思い切り彼女の首を絞める。
「娘の事のためならどんなことでもするぞ。泥を飲んでもいい。これが俺に出来ることだからだ—————!」
グラムは息が出来ずに苦しみ悶えた。例え元は剣でも、今は人の姿をしているのだ。頭に血が回らぬのなら、苦しむのは道理。
"だが—————"
彼女は手を煽いだ。すると、その手と動きが繋がっているかのように剣がアーチャーの首に刺さった。彼女の目の前で昔の主が首から血を吹き出している。骨まで到達したであろうその剣に血が伝い、廃工場のコンクリートの床に滴った。
人の王は神の剣に勝てないと証明された瞬間だった—————
俺はそのアーチャーの姿を見て、思わず自らの首元を触ってしまった。首元が熱く感じる。自分が刺されたと思ってしまうほど、俺は感情移入していた。
だが、俺はここで一つ失態を犯した。感情移入をし過ぎたせいで、周りのことに目をくれてやれなかったのだ。
「—————お父さんッ……!」
圧し殺していてもセイバーの声は出てしまっていた。彼女の目の前でずっと彼女を守ろうと裏で奮闘していた父が殺されているのだ。そんなものを見せられて声が出ない子はいない。それが例え、親として認識してから一時間経っていなくても、彼女にとって掛け替えのない自分と繋がりのある人。
義理の父に裏切られ、自分に寄り添う人など誰もいないと思っていた彼女の隣にずっといた本当の父親。その父親を失ってしまったら、また一人ぼっちになってしまう。
聖杯で望んだその夢。叶えられるかもしれないと僅かな期待を抱いて、その夢が儚く崩れ去る。
「嘘……嘘だ……」
嘘ではない。これは現実なのだ。セイバーの父親はセイバーのために闘い、そして死ぬ。
「嫌だ……。嫌……。イヤだぁ……」
嫌と言っても時を止めることは出来ない。人を止めることは出来ない。彼女の心から出る本音は物事を止めるにはあまりにも弱い力。
英雄なのに、何も出来ないという現実が彼女を襲う。
この世界に英雄として現れたはずなのに、何も出来ずにただ見ていることしか出来ない。涙を流すことしか出来ない。
「何も出来ないのは嫌だ—————」
彼女はそう呟くと、父親を助けようと立ち上がった。その時、セイバー以外の俺たち三人の背筋がゾワッと冷たいものが当たったように震えた。感情移入なんてしていないで、俺は彼女の目を隠し、目の前の現実を
このまま彼女を行かせてはならない。三人が瞬時に理解した。
このまま彼女を行かせてしまえば、いくらアサシンの気配遮断のスキルを搭載していたとしても目の前に現れてしまってはバレバレである。さすれば、彼女はグラムの幾万の剣に為す術なく蜂の巣にされてしまう。その上彼女が出てきた場所を考えれば、俺が隠れているであろうと考えるのが妥当な考え。つまり、俺たち三人がグラムに見つかる可能性がある。
そんなのは一番最悪な場合であり、これからセイバーが引き起こそうとしていることである。それは俺たちが全滅して、なおかつアーチャーが一番望んでいない結末である。
俺は咄嗟にセイバーの手を握った。そして、彼女に聞こえる程度の小声で彼女を止めようと説得する。
「待て、今行けばお前は死ぬ!それに、俺たちも危険な目に遭う!まだ待っていろ!」
しかし、そんなことを言われようが彼女が待つはずがない。大切な父親を見つけ、そしてその人のことをまだ抱き締めてもいない。お父さんと声を聞かせてもいない。そんなアーチャーを見殺しにすることなんて彼女が出来るはずがないのは考えなくとも分かることだった。
「待てません。私、どうしても行かなくちゃダメなんです。私、お父さんにまだ何もしてあげてない」
彼女の目から涙が溢れていた。何滴も頬を伝い、唇には入り、地には落ちている。
—————英雄である前に、彼女は、アーチャーは人なんだ。
俺はどうすればいいのかを迷ってしまった。ここで彼女を行かせてしまって良いのかと。
俺が彼女の手を掴んでいる間にもアーチャーの
「私は、行かないといけないんです!例え死ぬとしても、私は、私は、お父さんを守らなくちゃいけないんです—————!」
彼女は死のうとしている父親の所に走り出した。
俺はそんな彼女の後ろ姿を見て引き止めることは出来そうにない。それもそうだ。もし、仮に俺がセイバーの立場だったとして、行くなと言われても行くに決まっている。そうだ、人生一度きりのチャンスなのかもしれない。その一度きりのチャンスを絶やされては堪らないだろう。やらずに後悔するよりも、やって後悔する。その精神でいけばこの事態は真っ先にアーチャーの元に向かうべきだろう。
いや、だが本当にそれで良いのか?彼女に後悔の念はない。だが、それでも向かおうとしているのは確実な死であり、彼女が死ぬことを誰が望んでいるのか。
『—————セイバーを、守ってやってはくれないか?』
アーチャーは俺にそう言った。あの時はアーチャーの言っていたことの真意がよく分からなかったが、今なら分かる気がした。
—————俺が彼女を守らないといけないんだ。
アーチャーが望んでいること。それはセイバーがアーチャーのことを気にかけ、一緒に親子愛を認識し合いながら殺されることではない。セイバーが生き残ることだ。そして、聖杯を手に入れて、彼女の望みを叶えること。
俺は託された。アーチャーにセイバーの命を。
—————なら俺は守らねばならない。
助けようと走り出した彼女の背を見て、俺の右手の甲にある赤い二画の痣が疼いた。
「セイバー、すまん」
そう小さな声で呟いた。
ここで彼女を行かせてはならない。それは俺たちのためにも、そして彼女のためにも、アーチャーのためにも。
—————全滅という結末を誰が望む?
「令呪を以って命ず—————」
俺は右手を翳した。
恨むなら恨め。憎むなら憎め。だが、俺は託された想いがある。その想いを、その死を無駄には出来ないんだ。
今の俺はそんなこと出来ない。お前のマスターとして、ここにいるみんなを、そしてお前を守らないといけないんだ。それが例え、お前の望みを無視しても、功利主義的に全てを潤滑に行う。
—————それが、アーチャーの願いなんだよ。
「セイバー、一声も声を漏らさず、グラムに見つからぬよう隠れろ—————!」
令呪が発動した。手の甲から赤い円状の光が広がり、途轍もない魔力が働いた。その魔力は彼女の体を縛り、筋肉は弛緩し、関節は動かず、声が一声も出なくなっている。彼女は落ち葉の上に倒れこみ、まるで地面に叩きつけられているかのように地から離れることが出来ない。
俺はセイバーの隣まで近付いた。彼女は俺を鋭い目付きで睨む。俺は胸を彼女の剥き出しの憎しみで突き刺されたような気分になった。これほどにまで殺意を持ったセイバーを目の当たりにするのは初めてで、その殺意は彼女が彼女であるために無視していたもう一人の彼女だった。
「その姿、その目、まんまグラムじゃねぇかよ—————」
グラムはセイバーの形を伴って現れた。しかし、今目の前にいるセイバーは宛らグラム。髪は違うものの、双眸に浮き出た殺意は全くと言っていいほど同じだった。
「……お前はそこでじっとしていてくれ。俺たちには無理だ。アーチャーを救うのなんて」
俺がそう告げた。辛い現実を彼女に宣告し、俺は自分が彼女の心にどれほどの大きな傷を与えなのだろうかと考え、この状況を打破出来ないことに苛立ちと、後悔を覚えた。
だが、まだ彼女は諦めようとはしなかった。
声にならない声を上げ、手で大地を握り締めた。大粒の涙を流しながら、動かぬ足を動かそうとする。汗は吹き出て、地に着いた額を擦り付けながら体をくの字に曲げて、立とうと歯を食いしばっている。
「ク゛カ゛カ゛カ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ—————‼︎」
言葉にならぬ唸り声を叫びながら彼女は立とうとした。令呪に抵抗しようとしているのだ。だが、それでも体は言うことを聞かず、足がまともに動かない。その悔しさから、彼女は涙を地に流し、その地に顔を擦り付けた。嗚咽が鳴り、手を握り締めた。その手の中にはもう何も無いのを彼女は漸く理解し、その現実がまた彼女を唸らせた。
静かな森にその唸り声が響き渡る。
その声を聞いた瞬間、俺たち三人は悪寒がした。アサシンはその悪寒にいち早く気付くと、セイバーの方に向かって暗殺者の目を向けた。
「ヨウ、退いて————!」
アサシンは俺を突き飛ばした。そして、セイバーの隣に駆け寄ると、彼女の後ろ襟を掴み、地に押し付けた。
「や、め……てッ……!」
セイバーはあまりにも非力な声で、神に救済を祈るかのように涙を浮かべながらそう呟いた。
だが、その声は冷酷な暗殺者の耳には届かない。暗殺者の目はもう誰かを救う目ではなかった。その目からは獲物を仕留める一瞬の殺意が滲み出ている。彼女は何のためらいもなく自らの細く腕を鞭のようにしならせ、手の側面でセイバーの白い首筋の後ろを打った。美しい手刀である。
するとセイバーはまるでさっきまでの呻きが嘘だったかのようにいきなり眠るように倒れた。
アサシンの手刀は驚くほど綺麗に決まった。その手刀も彼女にとっては暗殺の技術の賜物なのだろう。
だが、セイバーが叫んだことに変わりはない。彼女が叫んだことにより、誰もが望まない最悪の事態を起こしてしまった。
「—————そこにいるのは誰だ?」
さぁ、ということで、セイバーちゃん、やらかしました。
そして、ヨウくんはどうするのでしょうか。
次回はなんと、新キャラ登場の予感⁉︎