Fate/eternal rising [another saga]   作:Gヘッド

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はい!Gヘッドです!

やっとこさ、四話目です。今回はそこそこ長いです( ̄▽ ̄)。




栄枯盛衰と怒りの源流《後編》

 明日は馬鹿女の結婚式である。俺は疲れた体を癒そうとベッドの上で横になり、天井を仰ぐ。

 

 ああ、今夜はよく寝れそうである。

 

「ぬねぇ〜、ぎぃでるんですか〜」

 

 この馬鹿女がいなかったらの話であるが。

 

「おい、ヒョルディース!貴様何故俺の部屋にいる⁉︎っていうか、酒臭い!」

 

 ヒョルディースは俺の部屋で酒を飲み明け暮れていた。なぜ俺の部屋なのかとかはもうそんなことはどうでもよくて、とにかく俺の部屋から出て行ってほしい。快適な睡眠の邪魔でしかない。

 

「お酒ェ〜?そんなに臭くないですよぉ〜」

 

「臭い!十分に臭い!お前それでも女かッ⁉︎」

 

「ぶへぇ〜ん。シグムンドもそういうこと言うんだぁ〜。ヒョルちゃん泣いちゃうよぉ〜?」

 

「勝手に泣いていろ!あと、呼び捨てにするな!」

 

 ああ、もうほんとやだ。お願いだから早く寝かせてほしい。俺の大切な睡眠タイムが刻一刻と減っていく。

 

「グスグスグスグス。シグムンドが慰めてくれないから、ヒョルちゃん泣いてま〜す」

 

 ヤバイ。面倒くさい。

 

「ねぇ〜、聞いてます〜?」

 

「聞いている聞いている」

 

「も〜う!私の話を聞いてくださ〜い!」

 

「あああぁぁぁぁ、もう五月蝿いっ‼︎お前は明日、結婚式だろう⁉︎なら、こんな所でグダグダしていないで部屋でぐっすりと寝ていろ。この呑んだくれ!馬鹿!アホ!被害妄想!礼儀知らずのクソ女!」

 

 俺がそう怒鳴り散らすと、彼女は涙目になりながら俺のことを見つめてくる。口を尖らせて、不満な現実に愚痴を唱えた。

 

「……みんな、そうやって女、女、女、女……。なんなんですかっ⁉︎女だからって、男の人みたいに酔い潰れちゃいけないんですかっ—————⁉︎」

 

 彼女のその言葉は本心から出た言葉だった。その言葉を聞いた瞬間、俺は彼女も何か強い力に押さえつけられているのだと理解してしまう。

 

 だが、何故だろうか。全然彼女が良いこと言っている気がしない。

 

「もう、本当に何なんですかぁ〜。聞いてくださいよー!」

 

 ヒョルディースは俺と話しながらもちょびちょびと酒を飲んでいたため、そろそろ酩酊してきている。しかも、この女、酔うと愚痴るタイプのようで、非常に面倒くさい。

 

「……もう分かった。お前はここにいてもいい。だから、俺に話を振らないでくれ。寝かせてくれ」

 

「いやぁ〜だぁ〜、話しましょーよ!」

 

 彼女は俺に話を振ってくるのだが、俺は途轍もなく寝ていたいので、強硬手段に出ていた。ベッドの上で毛布を被って横になった。だが、彼女は俺を寝かせまいと、俺のベッドをバンバン叩いてくる。

 

「バンバ〜ン。起きて〜起きてぇ〜」

 

 お願いです。オーディーン神よ、どうか俺に一日の安眠をお与えてください。

 

「お〜き〜て〜ぇ〜」

 

「お願いだから静かにしてくれぇ!俺を寝かせてくれ!」

 

「イヤだ!」

 

「うわぁぁぁぁぁ‼︎」

 

 もう四十を過ぎたおっさんなのだ、もうすぐ五十をいくおっさんなのだ、俺は。出来れば静かに安静にさせてほしいのだ。俺はこの呑んだくれ女のように若くもないから、夜遅くまで起きるなんて芸当が出来ない。疲れも溜まっているし、ゆっくり寝かせてほしい。

 

「あのな、お前、結婚式だろう?早く寝ておけ」

 

 俺がそう声をかけると、彼女の声が少し翳りを見せた。酒の入った金属の容器をくるくると回しながら、壁に寄りかかっている。

 

「結婚なんてしたくないよ—————」

 

 その一言を言う彼女の後ろ姿は誰かと酷似していた。まるで生き写しであるかのように、彼女の心の悲痛な叫びは未来への不安を煽る。酒を握る手が震えていた。

 

「何だ?お前の望んだ結婚ではないのか?」

 

「うん。そうなんだよ〜。私のおとーさんがね、私の婿になる人との国とも友好関係を結びたいんだって。だから、私をその国の王様と結婚させようとしているの。は〜あ、私も所詮は女で、お国のための道具でしかないもの。嫌になっちゃう」

 

 彼女はシグニューとは違う。お淑やかでもないし、ましてやシグニューのような可愛さも無ければ、優しさもない。聡明な女性だった彼女とは違い、俺の目の前にいるこの女は酒好きで、俺の睡眠を邪魔するような嫌な女である。

 

 でも、立場は一緒なんだ。この呑んだくれは存在こそふざけてはいるものの、それでも一人の女性であることに変わりはなく、彼女は彼女なりに悩んでいるのだ。

 

 全然違う二人でも、こう境遇は同じであると、この呑んだくれを可愛そうに思えてしまう。不安でしかない未来は自分が望んだ未来ではないし、自分に与えられる夫は自分が選んだ夫ではない。自分は国交のための使い捨ての道具なのかと夜には頭を抱え、空に語りかけても返ってくるのは何の変哲も無いただの風邪なのだろう。

 

 その上、俺はそんな人に二人もあっている。シグニューとボルグヒルドである。しかも、ボルグヒルドにとって俺は夫であり、そんな俺は彼女に良いことをさせてやれたであろうか。

 

 そんなのは考えなくても答えなど出てきた。

 

 最悪なことをした。もちろん、彼女は人を殺すなどという大罪を犯したという原因がある。それは俺の隣にいたはずのいつの間にか大切な存在になっていたシンフィヨトリを殺したという罪。でも、彼女も大切なものを失ったのだ。彼女は悪いことを何一つしていないのに、大切なものを失った。

 

 俺はヒョルディースが嫁として何処かの誰かさんに嫁ぐということはまるで不吉なことを暗示しているようにしか思えない。

 

「ヒョルディース、お前今何歳だ?」

 

「十六だっけ?シグムンドは?」

 

「四十後半だ。……って、何で俺まで聞く?」

 

「いや、何となく」

 

 十六歳で彼女は嫁ぐのだと言う。それはこの世界では普通のことであり、常識としてなっている。女は所詮男の道具でしかなく、また女はその事実に目を逸らし、それを見ないようにしている。

 

 俺は男の立場だし、本当はその方が良いと思っている自分もいる。自分の方が優位に立てるのだから、それに越したことはない。でも、俺の中にある美徳がそれを良しとせず、助けたいと思ってしまう。

 

 それに、守らねばならないという義務もある。

 

 もう失いたくはないものは俺の手元には置かないようにしてきたが、やはりそれでも失いたくないものは自然と湧き出てくるのだ。

 

 守らねばならない。過去のしがらみが俺をそうさせている。今まで守れなかったものの分だけ、俺は守らねばならないのだ。

 

 それは使命なのだと俺は思っている。

 

 まぁ、そんな守らねばならないものなど、もう作る気にもならないし、自然発生させたくもない。守らねばならないものは必要最小限にして、俺の心を守るのである。

 

 そんな消極的な男である俺を守りたいと思わせたのだ。それほどまでに彼女が不遇で仕方ない。

 

 俺はヒョルディースを見た。彼女の目はとことん暗い。見えぬ未来を見ようとして、見つけられてなどいないのである。

 

「—————お前は運命の傀儡になりたいと思うか?」

 

「そんなことは思わないよ。でも、私一人の力じゃどうも出来ない。だって、だって、私、女なんだよ?女なんだもん。しょうがないんだよ—————」

 

 そんなこと言うなよ。そう、声をかけてやりたいのに、かけてやることが出来ない。だって、彼女の言っていることこそが現実で、現実から目を逸らしたって現実がなくなるわけじゃない。

 

 変わらぬいつでもそこに聳える現実をたった一人の女の力だけでどうにかするなんて無理なことで、例えそれは神であっても難しいだろう。元々ある概念そのものを変えるようなものなのだから。

 

 だが、それでも、一つだけその苦しみから逃げる方法はある。それはあくまで逃げる方法であり、打ち負かす方法ではない。

 

「なぁ、ヒョルディース。悩みがあるのなら、話してみろ。俺の子守唄にでもしてくれ」

 

 それは心の重りを外すこと。辛い思いを心の中に溜めないで、吐き出すのである。それだけで幾分かは楽になるだろう。

 

「—————意外、貴方、そんなこと言うのですね」

 

「何だ?別に変な事を言ったつもりなどないのだが」

 

「いや、だってさっきまで私に酷い言葉を当てていたのに、今は優しく私を慰めようとしている。男の貴方が何故そんなことを私にするの—————?」

 

 彼女がそう考えるのは当然だった。彼女的にはもう男=悪となっているのかもしれない。なら、俺も例外ではなく、俺も彼女にとっては悪なのだ。

 

「俺はな、お前と似たような人を一人知っているんだ—————」

 

 俺はその言葉の後に、妹のシグニューのことを続けて話した。シグニューは父の意思で勝手に嫁ぎ先が決まってしまったこと、みんなが殺されて俺だけ生き残ったこと、俺は誰一人守れずに今を生きていること、そして彼女が俺のことを愛していたことを俺はヒョルディースに話した。

 

 気がつくと彼女は大粒の涙を服のスカートの上にポツリポツリと落としていた。アホみたいな泣き顔を晒しながら、服の袖で涙をふき取るように目を擦っている。

 

「うぅ、そんなことがあっただなんて」

 

「おいおい、そんなに泣くことか?」

 

「はい。なんて悲しいことでしょう。ああ、シグニューさんの生き様と、そんな彼女の命を守りたい貴方の苦しみがとくと伝わりました。ぐすん」

 

 参ったな。別に泣かせようと思っていた気ではなかったのだが。まぁ、それでも彼女にとってみれば少しは心の荷が軽くなるのだろう。そう感じているのは自分だけではないのだということと、相談できるような人がここにいるのだということを彼女には分かってもらいたい。

 

 俺だって、ヒョルディースにシグニューのような死に方はしてほしくない。いや、ヒョルディースだからというわけではなく、誰にもしてほしくはない。それは俺の中にある一介の良心が生んだ願いだった。

 

 だが、例え彼女の心の中のストレスが消えたとしても、明日になれば新しいストレスが彼女にのしかかってくるだろう。それはもうどうしようもならない運命であり、もうその運命は変えられない定めなのだ。

 

 こういう時こそ、俺は自分の非力さを痛感する。王であるならば、オーディーンに認められたほどの力があるのならその運命さえも捻じ曲げたいものである。だが、俺は生身の人でありそんなことは出来ない。

 

「すまないな。俺はお前のために出来そうなことはない」

 

「別にいいんですよ。だって、貴方は私を助けようとしてくれた。助けられないと分かっていて、それなら何か出来ることをしようと、貴方は私の心の痼りを取り除こうとした。力無き者に寄り添おうとする。それだけで私は嬉しいのです—————」

 

「そんな褒められるようなことではない。当然のことだ」

 

 俺がそう言うと、彼女は微笑んだ。今までの暗い雰囲気を吹き飛ばすように、太陽のように明るい笑顔を彼女は俺に見せた。

 

「—————貴方はすごい人です。誰かを助けようと、守ろうと必死で、そこはカッコいいですよ。当然なんかじゃない。その行為をしようと思いながらも、出来ない人は何人もいる。でも、貴方はそれを当然としてしている。それは何人たりとも貶せない貴方の魅力」

 

「だが、いくらそうしていたところで、所詮それを達成出来ねば意味がない」

 

「いいや、達成出来なくとも、貴方のその頑張る姿は誰の心も温かい気持ちにさせてくれる。多分、そのシグニューさんも、きっと貴方のそんな所に惚れたのではないでしょうか。私はいいと思いますよ。そういう所」

 

 彼女は満面の笑みを浮かべる。少し恥ずかしさを紛らわすように笑っているため、ちょっと赤みがある。今、自分の発言を掻き消すように、彼女は話の方向を変えようとした。

 

「あははは、なーんてねっ!年下の私が言うのも変ですよね。あー、こんな空気じゃお酒美味しくなくなっちゃいますよね」

 

 必死に話を変えようとしても、この馬鹿は話の仕方も知らないのか、言葉詰まって段々と言葉が出なくなった。こんな時の対処方法も知らないアホである。

 

 俺は彼女に向けて手を差し出した。

 

「ほれ、酒をよこせ」

 

「え?」

 

「いや、だから酒だよ、酒。付き合ってやるって言ってるんだ。一人よりも二人の方がいいだろう?」

 

 まぁ、どうせここで俺が飲もうがそうであるまいが、どちらにせよ彼女は俺を寝かせないだろう。なら、俺は彼女の話に付き合うとしようではないか。彼女が酔い潰れてしまうまで。

 

「はい!今夜は寝かせませんよ!」

 

 嬉しそうに彼女は笑う。頰に小さなえくぼが出来ていた。彼女はもう一つ持ってきていた酒の入った金属の容器を俺に渡す。

 

「乾杯だ—————」

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 窓から陽の光が差し込んでいる。その光は部屋を明るくし、部屋の中で横たわっている俺とヒョルディースの顔に照らしていた。

 

 そんな中、俺は目を覚ました。俺は床の上で寝そべっていた。何故俺は床で寝そべってなどしていたのだろうか。夜の記憶が無い。

 

 うぅ、頭が痛い。気持ち悪いし、ズキンズキンとした痛みがある。その上、無性に喉が渇いている。

 

 俺は渇いた喉を潤そうと、手探りで飲み物はないかと調べる。すると、手に当たったのは飲み物を入れるはずの金属の容器。その容器を見て、俺は夜何があったのかを思い出した。

 

 そう言えば、昨日の夜死ぬほど酒を飲んでいたな。昨日は酒に溺れてしまうほど飲んで、馬鹿みたいなことして、そこから記憶が曖昧になって、いつの間にか俺はここに寝そべっていた。

 

 部屋の全体を見回す。すると、そこにはヒョルディースの姿はなかった。

 

 あれ?何故、あの馬鹿女がいないのだ?

 

 ……。

 

 ……。

 

 ……あれ?今日ってあいつの結婚式じゃね?

 

 そう思った時はもう遅かった。部屋のドアがいきなり開いて、そこにいたのは臣下たちである。

 

「何をしているのですか⁉︎今日はヒョルディース様の大事な結婚式の日で御座います。もう式は始まりつつあります!シグムンド様、着替えをお早く!」

 

 臣下たちに命令された俺は自分の起こしてしまった事態の重さを知り、冷や汗が流れた。結婚式にさんかするはずなのに、俺は寝坊してしまうなど、どう式場に入ろうものか。その上、俺は国家の代表としてここに来ていて、また式場の中では一番目立った存在。

 

 今の俺は国家の恥晒しであり、顔に泥を食らってしまったわけだ。

 

 しくじった。あまり酒を飲むという習慣がなかったため、俺はどうやら下戸になっていたらしく、酒に対しての耐性が弱かったようだ。

 

 あれ?じゃぁ、あの馬鹿女は酒に強いのであろうか。俺が起きた時にはもう彼女は俺の部屋から姿を消していた。

 

 …まぁ、どうでもいいか。今はそれどころではないし。

 

 俺は小走りで式場へと向かう。俺の寝ていた所とヒョルディースの結婚式場は近くもなければ遠くもないというようなどっこいどっこいの距離。その距離を結婚式用の正装で小走りするのだから、まぁ結構疲れる。なおかつ、今俺は国の顔に泥を塗ったようなものであり、そのことに関しても冷や汗が止まらない。

 

 そして、結婚式場に着いた。もう式は始まっている。シゲイルとシグニューの時の結婚式とは違い、今回の式は厳かに静かに行われている。そんな中、遅れてきた俺が席に着くなんて恥ずかしい限りであった。少々有名人となってしまっている俺が遅れてきたとなると、みんなの格好の視線の的となってしまう。その視線が俺にとっては物凄く痛く、またその視線が俺の国に向けたものであるので頭を悩ませてしまった。

 

 まぁ、だが、無事に席に座ることが出来た。長いテーブルの上には美味しそうな料理が並んでいる。周りのみんなは隣の人や向かいの人と話しながら料理を手に取り口に運んでいた。

 

 そんな中、新郎と新婦が出てきた。親バカなエイリミ王が娘のために物凄いドレスを作ったらしく、そのドレスを着用するのに時間がかかったらしい。

 

 新郎が出てきて、俺はすぐさま自国に帰りたくなってしまった。新郎が長年睨み合っている国の王、リュングヴィなのである。リュングヴィ王の国とは長年関係が悪く、国境付近では今でもなお睨み合いが続いているのだ。

 

 その場にいるということがますます難しい話となってきた。遅刻をして、また喧嘩相手もいるのである。

 

 もうヤダ。帰りたい……。

 

 だが、そんな泣き言を言ってはいられない。例え言ったところで今すぐ自国に帰れるというわけでもなく、恥晒しがさらに恥をかくだけなのだ。

 

 大きくため息を吐いた。この後俺が直面するであろう可能性に。

 

 新郎が式場に入った後、新婦であるヒョルディースも入場した。綺麗なドレスに身を包み美しい姿である。女性らしい白い肌と緩やかな肩。十六歳にしてみれば少し大人っぽいその姿は会場全員の男の色情をそそる。

 

 静かにしていれば彼女は十分美人で、俺がこれまで会ってきた女性の中でも美しさなら五本指に入る。だが、やはりそんな彼女の内面を知っている身としてはそんな彼女にその服は似合わないだろう。彼女に合うのは酒と自堕落な態度のみである。

 

 大衆の目の前だから姿勢良くして見栄えを気にしているのが目で見て分かる。そんな彼女の顔は強張っていて、周りをすごく気にしているようだった。

 

 まぁ、それも彼女が望んだことなら仕方がないと思えるのだが、俺にとってみればこの光景は二度目なのだ。どうしてもシグニューとヒョルディースを重ね合わせて見てしまう。何処も似ていないはずなのに、何故か似ているように俺の目は錯覚してしまう。

 

 だが、俺はそれを知っていても彼女に手を差し伸べようとはしなかった。あくまでその問題は彼女と彼女の家系の問題であり、俺には一切の関わりがない。例えシグニューの時と似ていたとしても、この結婚式は同じものではなく、その結婚式を台無しにさせてやる義理はないのだ。

 

 俺は何か変な問題を起こさないようにと静かに式に出席しようと決めた。

 

 テーブルの上の食事をぼーっと見つめる。豪華な料理が並んでいるが、こんなに多くは食べられない。それに、まだ酔いが覚めていないので食欲もない。

 

 俺は胸の辺りをさすっていたら、それを遠くから見たヒョルディースが俺と同じような行動をとった。だが、その時の彼女の顔はちょっとだけ笑顔である。

 

 ああ、多分あの女は昨日の晩にあれだけ酒を飲み明け暮れても二日酔いではないようだ。酒がうんと強いのだろう。それにガブガブとよく酒を飲んでいるから耐性のようなものでも付いたのだ。なんて健康に悪いことが好きな王女様なのだろうか。

 

 彼女は俺とジェスチャーで意思疎通をして、その後また暗い顔に戻った。その一々と見せる暗い翳りのある顔にすごく苛立ちを覚えてしまう。

 

 別に苛立ちを覚えるような仕草ではないはずなのに、何故か俺の心の闇がそんな姿を見せるヒョルディースを拒絶している。

 

 そう思えば思うほどさらに苛立ちが増してしまう。

 

 本当はその苛立ちが何なのかは分かっているのだが、その対処の方法なんて俺は知らない。

 

 彼女が戸惑い、俺が苛立つ。その事実だけしか俺は飲み込めない。

 

 それから式は予定通り順調に進んだ。特に遅れるような事もなく、穏やかにそのまま終わるのだとみんなが思っている。そのみんなの中にはもちろん俺も入っていた。

 

 そして、夫婦(めおと)の契りをするという時に、彼女はどうしてもしなければならないことがあるのだとみんなに伝えて、一旦式場から離れた。その時に彼女は俺にジェスチャーでこっちへ来いと呼んでいた。俺が彼女の命令に従う義理はない。だが、何故か彼女のその時の顔が助けを求めているような顔に見えた。その顔はまんま数十年前のシグニューの顔。

 

 その顔はズルい。シグニューを助けられなかった俺にとって、その顔をされては助けざるを得ない。

 

 ため息を吐いた。そして、俺も他の人の注意を引かないように静かに式場を後にして彼女を追った。

 

 彼女は小さな個室で待機していた。俺はその個室に入ると、彼女は泣きながら俺に縋り付いてきた。

 

「嫌だぁ、やっぱり嫌だよぉ!結婚したくないよぉ!助けてぇ」

 

「……は?そんなことで俺を呼んだのか?」

 

「そう。だって結婚したくないんだもん!あのリュングヴィって人さ、私がお淑やかで聡明で素晴らしい人だと勘違いしてるの!どうして⁉︎」

 

「そんなこと俺が知るか!あのな、何故俺がお前を助けねばならない⁉︎お前はそういう人生を歩まねばならないのだ!これは変えられぬ運命であり、決定事項だ。どうしても変更したいのなら、今すぐにお前の父上か神様にでもお願いしろ。俺に頼むな」

 

 俺の腕に縋り付く彼女を振り払い、後ろを振り返った。背中に重い罪悪感がのしかかる。それでも、俺は彼女に顔を合わせようとしなかった。

 

 俺は部外者の人間なのだ。この結婚に俺は関係しておらず、俺はこの関係を取り止めさせる権限など持ち合わせていない。これは婿の家系と嫁の家系の問題である。例え彼女がどんなにシグニューと似ているとしても、俺は彼女を助けることなど出来やしないのだ。

 

 どうしても取り止めたいと言うのなら彼女の父親であるエイリミ王を説得させねばならない。だが、そうなると婿の家系との関係は相当悪化。それだけでなく、エイリミ王の面子も丸潰れであり、そんなことをエイリミ王が許すわけなどない。

 

 俺は確かにあの時よりも力を得た。王になり、それこそ国を動かせるほどにまで。

 

 だが、それでもこうして悲しみに明け暮れている彼女を助けることが出来ない。

 

 俺はこうした人を救いたくて力を得たはずなのに、俺は未だに救えないでいる。

 

 事の運命は当事者の権力ある者にしか決められない。弱き者、部外者はその事を決めることなど出来ない。変えられぬ事なのだ。

 

「諦めろ—————」

 

 俺は彼女に、そして自分に現実を投げかけた。諦めたくないなどとそんな幼子の駄々を許さぬ言葉が縛りを加える。苦しみもがくことも許されない。苦しいという思いの下、苦しいという思いをさらに重ねて受ける。永遠に積み重なる現実の辛さはあまりにも非情。許しを与えるのは当事者の力ある者か、神のみ。それ以外には誰もいない。

 

 苦しい思いが胸を貫いた。貫き、胸に開いた風穴から悲しみが外へと漏れ出す。手で塞いでも塞いでも、どうしようもない悲しみは永遠に零れ落ちる。

 

「—————嫌だ‼︎そんな運命、私は嫌だ‼︎」

 

 俺が部屋から去ろうとした時、彼女はそう叫んだ。諦めろという俺の言葉を無視し、理想を口にしている。

 

 そんな彼女の行動は少しだけ俺の興味を引いた。彼女はこの状況になっても諦めることなく決まりきった運命に抗おうとしている。

 

「運命が何だって言うの⁉︎私は私よ。私の道の行く先は誰かが道を敷くんじゃない!私が私のやりたいように、私の力で道を敷くの!」

 

 ヒョルディースはシグニューみたいな境遇であるが、彼女はシグニューではない。だから、彼女はシグニューとは違う行動を取ろうとしている。あの時、シグニューは変えられぬ運命をあるがままに受け入れて、ヒョルディースはその運命を拒絶している。女の権力がほぼ皆無に等しいこと時代にそんな考え方を持つ女性は少数派で、彼女の考えは新鮮そのものだった。

 

 時代に負けない。権力に負けない。自分に負けない。そして運命に負けてはいけない。

 

 彼女のその姿は男の俺から見ても、実に勇ましかった。そして、その勇ましさに負けたと痛感させられたほど。俺は運命に逆らうことなど出来ているのだろうかと考えてしまった。そして、その答えは即答で出た。俺は運命に従順なのだと。今まで俺が経験してきた悲劇は、俺がグラムを引き抜いた時に覚悟出来たことであり、悲劇が起こることは決定付いていた。だから、悲劇が起きる場面になれば、俺は心の何処かで誰かを助けられないと諦めていたのではないのか。だから、俺は誰も助けられないのだ。

 

 助けられようが出来まいが、俺は最初から諦めていた。どうせ無理だろうと、俺は悲劇の運命が待っている神の敷いたレールの上を呆然と歩いていたに過ぎないのではないのか。

 

 神が与えた俺が直面するであろう悲劇は、俺自身で引き起こしているのだ。運命に勝てないという諦めによって。

 

 彼女は諦めない。神が与えたレールをぶち壊して、悲劇ではない何処かへ向かうのだろう。時代に抗い、権力に抗い、運命に抗う。それこそ、彼女の本質なのだ。

 

「運命に従順になって、貴方は本当に幸せになれるの—————⁉︎」

 

 彼女の問いかけに俺は口籠るしかなかった。例え俺が今、幸せだとしても、未来が幸せであるとは限らない。だが、幸せでないと言ってしまった場合、過去の俺の全てを否定することとなる。それは俺の周りにいた人の死を無駄にしてしまったと言っているようなもの。言えるわけがない。

 

「……そう、分かった。そうよね、貴方は成功者。貴方の過去がどのようなものでも、今の貴方には関係のないことよね」

 

 今の俺には関係のない。成功を収めた俺にはもう運命に抗ってまで、成功を収めようとは思えない。それで今までの成功を失いたくないからだ。守りの考えである。

 

 彼女はまた憂いを抱いた。そんな彼女の力になれない俺はどうしようもないことなのだと目の前の現実を容認するしかない。

 

 また俺は諦めた。無理なのだと託けて、彼女の思いを踏み躙る。

 

「それを他の者に言ったらどうなんだ?俺ではない他の誰かに」

 

 俺は力になれない。だが、俺ではない誰かなら力になれるのではないかと助言する。何も出来ない俺がせめて出来ることといえばそれくらいであった。

 

 だが、彼女は俺の助言が無理だと言い、首を横に振った。

 

「他の人は当てにならない。リュングヴィとの結婚を望んでいて、それがこの国のためと信じてやまない。だから、彼女たちに話したところでどうにかなるわけではないの。私はこの国の道具。道具は壊されようとも、文句一つとして言えない」

 

「なら、何故それを俺に話した?俺がこの件に関して関係のない者だからか?」

 

「それも一理あるけれど、貴方ならどうにかしてくれそうだって思ったの」

 

「俺がか?」

 

「そりゃぁ、今になって考えてみれば、何で私がそんなことを思ったのかは知らないし、可笑しなこと。でも、貴方なら出来るのではと考えてしまった。凄い人なんだって、直感的に私を震わせた」

 

 俺がすごい人であるという彼女の推察は間違っている。俺はこんなにも使えぬ男なのだから。

 

「運命を変えてくれるって思っていた。それは今でも変わらない。貴方は私を助けてくれるから—————」

 

「何を言っている?俺はお前を助けなどしないぞ。それはもう言っているだろう」

 

「いや、もう大丈夫。後はどうにか出来るから」

 

 何を言っているのだろうか。俺にはさっぱりと理解出来なかった。だが、彼女の瞳の奥には光り輝く何かがあった。

 

「何か思い付いたのか?結婚を回避する方法を」

 

「まぁね。だけど、それには一つだけある条件を満たさないといけないの」

 

「条件だと?」

 

「ええ、条件。それは私がもし追われる身になったら、貴方が私を匿ってください。その一つだけです」

 

「お前、それって⁉︎」

 

「ああ、いえ、別に人を殺すとかそのような物騒な類ではありません。ただ、ちょっと貴方を使わせていただくだけです」

 

 彼女が言うその手段は最終手段だったのだろう。だが、その最終手段のための手筈を整える彼女は勝利を確信したように笑みを浮かべる。

 

「それはお前にとっての最終手段であり、その手段は確実に勝てるものなのか?」

 

「確実とまではいかないかもですけど、結構な確率ですよ。多分」

 

 なら、何故その方法を彼女は最初にしようとしないのだろうか。確実に結婚を回避出来るほどであるのなら、最初にしてもよいのではないのか。だが、最終手段とするだけあって、何か彼女にデメリットがあるのだろう。

 

 ただ、作戦の内容を一切知らない俺は憶測のみで探ることとなる。まぁ、俺はそんな彼女の作戦にそこまで手を貸さなくともよいので、俺にとっても素晴らしくよい作戦に違いないだろう。

 

 しかし、もしもの時のために一応、作戦の内容を知っておこうとして彼女に教えてくれと頼んだが、彼女は俺に教えないと言った。その時までのお預けらしい。

 

 どちらにせよ、俺には関係のないことで、知ろうが知らまいが俺は何にもしなくていいのだ。

 

 だが、何故だろうか。今この場で彼女のその考えを否定しなければならないような気がする。彼女のその作戦が物凄く危ないようなものに感じてしまう。

 

「おい、その作戦本当に()()()なんだよな?」

 

 俺がそう訊くと、彼女は一瞬謎の間を置いた。表情を一切変えずに置いたその間は物凄く怪しい。

 

「大丈夫!」

 

「おい!ダメだろ。なんかヤバそうな気がしてきたぞ」

 

「大丈夫です!貴方には何にも悪いことは起こりません。むしろ良いことが起こりますから」

 

「いや、別にいいことなど起きなくていい。だから、その作戦の詳細を説明しろ」

 

「イヤ!絶対にイヤ!」

 

 俺が彼女に何度も詳細を話せと命令をしたが、彼女は一向に口を割る気配がない。その問答が少し続き、時間が経ってしまった。彼女はそろそろ戻らないとみんなに心配をかけさせてしまうといい、俺の包囲網を振り切って部屋を出た。そんな彼女に説明をさせようと俺は彼女を追いかける。

 

 この時、なんとも都合悪く、俺の心を覗く目は使用不可能であった。昨日、あんまりにも馬鹿騒ぎをしてちゃんとした睡眠をとれてないからなのか、二日酔いをするほど飲みすぎたからなのか。

 

 目の力を使えないのなら、もう彼女を追いかけるしかない。悔しいがそれしか方法がないのだ。

 

「おい、ヒョルディース!待て!せめて、ざっくりとした内容だけでも説明をしろ!」

 

「嫌でーす!そんなことは絶対に嫌でーす!私、この作戦を完璧に成功させたいので」

 

 彼女は式場の方に小走りで走って行く。こんな時に二日酔いの頭痛が俺をひどく襲ってきた。もうヤバイ。飲み過ぎて、頭が痛む。

 

 それでも俺は彼女を追いかけた。俺の中の本能が彼女を追いかけないとヤバイことになると忠告しているのである。

 

 彼女が式場に入ろうと扉に触れた時、俺は彼女に向かって叫んだ。

 

「待て!」

 

「はい。待ちます」

 

 彼女はまるで手のひらを返したように扉に触れていた手を離して、俺の方を振り向いた。そんな彼女の姿を見て、心底ホッとする。彼女を式場に入れてしまえば、もう何が起こるか分からない。彼女は俺に害などないと言ったが、馬鹿が言った言葉など信用できるわけもなく、彼女を引き止めるしかなかった。引き止めて、せめて説明させねばならないのだ。彼女の隣目の前に立って、彼女から作戦の内容を聞き出す。

 

「お前、何をする気なんだ?」

 

「えっ?教えてほしいんですかぁ〜?」

 

 いやらしい笑みを浮かべて俺を見つめる。

 

「お願いだから教えてくれ。俺はお前に迷惑をかけられたくはない。だが、お前は誰かに迷惑をかける手を緩めるような女ではないのは俺がよく知っている。だから、せめて教えてくれ。教えてくれれば、俺は自分でお前のかけた迷惑を交わすから」

 

「無理です。貴方には交わすことなんて出来ません。だって、もう私の作戦は成功したようなもの」

 

「作戦は成功している?どういうことだ?」

 

「そのままの意味ですよ。貴方がいるから私はこの作戦を実行出来るし、成功出来る」

 

 彼女の言うことがさっぱりとして分からない。言葉は分かるのだが、意思疎通をすることが出来ないのだ。話が食い違っているように思えた。

 

「教えてくれ。お前の頭の中にある完成像を」

 

 彼女に困らされている自分がそこにいた。そんな俺を彼女は見つめて、今度は柔らかい笑顔を見せた。

 

「—————いいですよ」

 

 すると彼女は扉に触れた。そして、扉を盛大に開けたのである。長い間新婦の我儘で待たされた会場にいる人全員が、新婦が来たと思い開いた扉を見る。そこには新婦がいて、その隣に俺がいる。

 

 会場のみんなの視線がヒョルディースと俺に注がれているのが分かった。それは俺の臣下や、ヒョルディースの父であるエイリミ王、新郎のリュングヴィも俺を見ていた。彼らは何故俺が彼女の隣にいるのだという疑問文を心の中で呟いている。

 

「これは……?」

 

 ハッと驚かされた気分。突然彼女が扉を開けて、人の視線が集まっているという事実を理解するまで約一秒、二秒。この一瞬の頭のフリーズが俺の体を強張らせ、時が止まってしまった。

 

 動かない俺を見て、彼女は妖艶な美しく女性らしい笑みを見せた。その笑みがなんとも似ていた。似ていたという事実は同じという事実ではないけれど、俺の心に刻まれた彼女の美しさと目の前の女の艶かしさが不思議と重なり、重なった笑みに少しだけ身震いをしてしまう。止まっていた時間に、その行動だけが唯一俺に許されたものであった。

 

「この時を待っておりました—————」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 —————たった一言。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 —————そのたった一言は途轍もなく甘く苦い声だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 —————追憶の中で生きる彼女がまるで目の前に現れたかのよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 —————似ていると言ったのは間違いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 —————同じだった。

 

 彼女は動かぬ俺に唇を近づけてきた。俺の肩に手を置き、人々が見ている目の前で、見せつけるかのように背伸びをして。

 

 彼女ば誰なのか。分からなくなってしまった。馬鹿でアホで呑んだくれで被害妄想好きの女だと思っていたが、この瞬間の彼女はそんな女ではなかった。

 

 唇と唇が触れた時、世界がそよ風に吹かれたようにふわりと揺れた—————

 

 風は俺の唇に優しく触り、俺の世界は音を立てて崩れ去った。その唇の柔らかさ、強引で優しい感触は以前感じたものと変わらぬものだった。唇で唇をこじ開けられて、生きたもののように彼女の舌が俺の舌に擦れ合っている。境界線が無くなるというほどにまで、長い長い接吻。

 

 その接吻を見せつけられた式に参加している人たちはただ目の前の状況を理解出来ずにその行為を見ていることしか出来なかった。

 

 そして、彼女は満足でもしたのか、唇を唇から離した。嫣然な姿を俺に見せながら、爪先立ちを止めて一段身長を低くする。それでも彼女は俺に身体をよりかけて、まるで俺と彼女が愛し合っているかのような姿を見せた。

 

「こ、これはどういうことだ⁉︎」

 

 この事態に一番最初に声を上げたのは新郎であるリュングヴィであった。新婦であるヒョルディースが堂々と多くの人の面前で不貞を働いたということを見せびらかしているのだ。新郎は黙っているわけがない。

 

 その言葉を待っていたかのようにヒョルディースは余裕を持った表情を見せる。

 

「あら?知らなかったのです?(わたくし)このお方ととうに婚約をしているのですよ。貴方が私に求婚するずっと前から。私がまだ生まれてもない頃から。ずっと—————」

 

 彼女はこの時代を当然に、そうなることが因縁付けられていたように語る。そんなことを聞かされた新郎はいきなり夫婦の間に現れた俺を睨みつけた。

 

「貴様、ヒョルディースを誑かしおったかッ⁉︎」

 

 この男、ヒョルディースとは数えるほどしか会ってもいないのに、ずっと前から結婚することが当然だったかのように口を開ける。別に俺にとってはそんなことは関係のないことで、俺は知らないという一言で通せば良いのだ。

 

 だが、何処と無くその男の言葉が癪に障る。まるでヒョルディースを道具のように扱っているではないか。例えこの女がどんなに自堕落な人種だとしても、その言葉を許すことは出来なかった。

 

「おい、リュングヴィ。貴様が何と言おうと別に咎めはせん。だがな、俺の守らねばならないもの(ヒョルディース)には手を出すな。この愚弄が」

 

 この時の俺は正直言っておかしかった。いつもなら、ヒョルディースに接吻をされようと、特に動揺することもなく、女としては酷くて色々と終わっているヒョルディースを助けてやることもない。

 

 だが、彼女は俺の大切な守らねばならないものになってしまったのである。

 

 いや、せざるを得なかった。過去、守れなかった人の生き写しのような人を見捨てるわけにはいかない。例え表面上、馬鹿でアホで呑んだくれで被害妄想好きの女でも、根本にある思いは同質のものだった。

 

 彼女と一緒。それだけで彼女を守るための理由は十分だ。

 

 時の権力者である俺のその一言はリュングヴィを黙らせた。今、俺に刃向かうよりも、式に参加している人の目の前で恥をかくことを選んだのだろう。だが、彼の目は怒りに燃えていた。俺の全てを否定しようとするその目に俺は悍ましさを感じてしまう。

 

 会場が騒めく。式に参加している最中に、まさか新婦が結婚を拒絶したとなれば、混乱状態になるのは当然のことである。

 

 ヒョルディースの父であるエイリミ王が俺たちの前に出てきた。そして、彼はヒョルディースにこの事態のことの説明を要求した。

 

 そして、エイリミ王と要求通りにヒョルディースは事細かく説明をした。もちろん、それは虚言であり、真実なんてこれっぽっちもありゃしない。そんなデタラメな話をする彼女を見て、いっそ本当のことを話そうかと思ったが、どうせ無理だと察した。

 

 今まで俺は嘘ばかりを吐いてきた。もちろん、その嘘を吐くという目的は国のためという目的ではあるものの、その行動に美徳は何一つとして感じることが出来ない。そんな俺が例えここで真実を語ったとしても信用されるわけがないのだ。嘘ばかりを吐いてきたのだから、真実を伝えることなんて出来ない。

 

 ヒョルディースを見ていると著しくそう思う。俺は彼女に何か言うべきことがあるのではと心の中で考えていて、その言うべきことは実際にある。だが、俺は真実を伝えるなんてことが出来ないから、彼女に伝えられずにいるのだ。

 

 結局、その件に関して、もう俺はヒョルディース一人に任せきりにしてしまった。彼女がどうこう言おうと、俺はその全てを受け入れようと。

 

 それは彼女を愛していたからではない。贖罪をしようとしたのだ。今の俺には彼女に逆らう力なく、そして何処かでそうなることを望んでいた自分がここにいる。

 

 罪を贖えるのは束縛から解放されるということ。今まで縛られ続けて生きてきた俺に足を与えて大地を歩く力を与える。

 

 彼女は言った。

 

 運命に従順になって、貴方は本当に幸せになれるのかと。

 

 歩く足がなければ、運命に逆らうことなんて出来やしない。彼女は私に逆らえと言うのか。

 

「ハハハハハッ‼︎ハハハハ—————!」

 

 喉から声が出てきた。腹は起伏し、腕で腹を抱え込んでしまう。ありふれんばかりの溜まりに溜まった笑いが自然と淀みなく式場に響いた。

 

 その高笑いにエイリミ王は驚きを隠せなかった。俺の人柄が崩壊したかのようで、彼の知っている俺の姿ではないのだろう。

 

 俺だってこんな俺は知らない。だが、それでも心の中にこんな俺は存在していて、そんな俺が心の殻を破った瞬間だった。

 

「面白いじゃないか。お前、俺に何をしようと言うのだ」

 

 ヒョルディースは笑った。

 

「もっと面白いものを見せてあげます。未来に向かって—————」

 

 久しい。こんな心持ちになったのは。

 

「—————私は月でございます。夜の見えぬ道を旅する旅人の頭上で気紛れに光っては消えてを繰り返す。夜空のどの星よりも大きく美しく、そして明るい。その揺ららかな月の光は旅人の道を照らし、道は明るく未来へと—————」

 

「お前が出来るのか?神に運命を定められたこの未来を明るくするのか?」

 

「出来ますとも。もう貴方にあんな顔はさせません—————」

 

 

 

 

 

 

 

 —————旅人は月の光に導かれて暗い夜道を一人歩く。

 

 その道の先には未来がある。

 

 絶望か、希望か。

 

 それを変えるのは旅人の自由。

 

 運命に縛られ、そして自由になった。

 

 俺は大切なものを守るため、二つと無いこの命を張ることを誓った。

 

 もうお前を失わないために—————





『アーチャーはヒョルディースにビビッと何かを感じて、運命がまた色々と変わるぜッ‼︎』みたいな回でした。

さぁ、やっと次回でアーチャーの過去編は最終話となります。


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