Fate/eternal rising [another saga]   作:Gヘッド

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はい!Gヘッドです!

えー、ここで皆様には二つのお知らせがございます。

まず一つはこの小説の題名をそろそろ変えようかなぁ〜なんて思っております。前からずっと変えようかなぁなんて思ってはいたのですが、特に本気では考えてなどおりませんでした。
が、よくよく考えてみたら『文法的に間違ってね?』という意見が友達から出てしまいました。(正しくはbelieve in myself)
なので、今月中に変更いたします。新しい名前の候補は小説の情報のところに書いております。

もう一つのお知らせは後書きにてお知らせいたします。


栄枯盛衰と怒りの源流《前編》

 あれから俺には変なものが見えるようになった。人の体に文字が張り付いて見えるのである。顔や腕、手や足に文字が浮かんでいるように見えてしまう。

 

 それは多分あの老人、オーディーン神が授けると言っていた知恵のことだろう。要らぬ知恵を俺に授けたものである。お陰で俺はこんなにも見たくもない景色を見なければならないとは思わなかった。

 

 この文字はきっと人の心だ。人の心が体の表面に浮かび上がっているように見える。今のところ見た限りでは金、女、酒に飯、権力が大体を占めており、人の心が窺い知れる。父に長年の忠臣として有名な男も、武勇のある騎士団長も、俺の身の周りの世話をする世話係も、兄弟でさえも、みんな自己のための欲求を持っていて、その欲求は何とも醜い欲求なのかと思ってしまう。

 

 だが、俺はこの欲求のことを誰にも言うことはなかった。少なくとも、俺が王になるまでは親しい者にも言わない。もう守らねばならない者を救えないなど、そんなことは一切あってはならないのだ。

 

 まぁ、そのために王になろうということも、俺の欲求ではあり、他の者との変わりはないのだが。

 

「国王様!もうすぐでございます!」

 

 父の近くにいた案内役がそう言った。揺れる船の上、波飛沫が船と水面部の境界線部で飛び散る。帆は風に当たり、追い風が船を進める。

 

 俺たちはある国へと向かっていた。そこはシグニューが嫁いだシゲイルが治める国である。シゲイルは俺たちを宴に招待していた。

 

 いや、宴などではない。罠である。

 

 先日の結婚式の時、俺が得たこの選定の剣グラムをあの卑しい王様は欲しいと懇願してきた。シゲイルはグラムの重さの三倍の金を代わりに与えると言ったが、どうも彼のその言い方が上から目線だった。それに、シゲイルは俺から妹を奪った存在であり、そんな男にやすやすとまた何かをくれてやるのも嫌だった。だから、俺は彼の要求を蹴ってやったのだ。その俺の姿に妹は微笑み、兄弟たちは一泡吹かせたと喜び、父は当然だと俺の行為を正当化して説いた。俺が得たのだから、俺の所有物であり、それを手放す権利は俺にしかないと。

 

 式場で、自らが祝われるはずだったのに、俺たちに人々の面前で馬鹿にされたことを恨んでいるはずである。だから、俺たちを誘った宴では何かしらの復讐をしてくるだろうとは誰もが予想出来た。だが、父は来るもの拒まずで、その誘いを罠だと知った上で足を運ぶのである。そして、その誘いには俺たち兄弟も同席させられることが決まってしまった。

 

 船はシゲイルの国の舟置き場に着いた。そして、船上にいる使用人や家臣たちがあたふたと着陸の用意をしている時、聞きなれた声が陸の方から聞こえた。

 

「お兄様!」

 

 シグニューである。

 

「ああ、シグニューか。どうした?」

 

 俺が呑気な雰囲気でいると、妹は俺とは正反対の緊迫した表情をしている。

 

「帰ってください!今すぐ、帰ってください!」

 

 彼女は俺たちに帰れとそう命じている。だが、俺にはもうその理由が分かっている。彼女の心はもう俺の目には丸見えなのだ。彼女の顔に文字が浮かび上がっている。

 

「罠なんだろ?」

 

 俺が彼女の考えていることを的中させてみせると、彼女は目を点にさせて驚いていた。だが、まぁ、それは彼女の心を覗かなくとも察しがついており、俺たちはそれを知っていてここへ来たのだ。

 

 いや、本当は来たくもない。だが、権力の大きい父がそう言うのだから、俺たち子はそれに従わねばならない。

 

 未だに俺は力を持ててはいない。あの老人がオーディーン神であったのなら、俺はいつ力を得られるのだろうか。確かに、人の心は覗けるようにはなったが、それよりも力がほしい。

 

 シグニューは俺にそう変わらぬ未来を告げられると、「でも」と声を出そうとしたが、押し留めた。女性が権力などない時代に父の行動に胃を唱えるなど言語道断。例え一国の妃であっても、女性はやはり弱い。

 

 俺は彼女の心を覗いて罠の内容を探ろうと試みたが、彼女は罠の内容については一切知らなかった。多分、人からの噂か、盗み聞きで罠のことを知ったのであろう。

 

 心配そうな表情をする彼女に俺は「大丈夫だ」と声をかけ、微笑みを見せた。しかし、彼女の顔は曇ったままである。彼女は助けられない自らの権力の弱さに遣る瀬無い気持ちを抱き、スカートの裾をギュッと握った。

 

 それから俺たちは宴に参加した。豪華な食事が振る舞われ、踊り子が舞を披露する。酒は食事を進めて俺たちを良い気分にさせた後、気分は最悪に塗り替えられることとなる。シグニューの警告通り、罠が俺たち一族を襲う。シゲイルが当てつけを俺たちに擦りつけて、スタンバイさせていた大人数の兵たちが宴の場に現れて俺たちを拘束しようとした。しかし、武人の父はそれに抵抗する。そして、それにつられて兄弟たちも抵抗したのである。

 

 だが、やはり敵の数は多すぎた。敵の陣地に少人数でいるのだから、勝てるわけがない。そして、シグニューを除いた俺の一族の男たちは捕まってしまったのである。

 

 俺たちはシゲイルの国で処刑されることとなった。だが、それをなんとか阻止したいと思うシグニューは国王であり、今回の罠の首謀者であるシゲイルに懇願した。せめて処刑は止めるようにと。すると、彼女の望みが通り、俺たちは処刑されないこととなった。その代わり、俺たちは手足を枷で嵌められ森に放置されてしまうことになってしまう。

 

 その森には凶暴な狼が住んでいた。その狼は一夜ごとに森に放置された俺たち一族の誰か一人を食い散らかしてゆくのであった。俺たち一族はそこから逃げようにも、手足を枷で嵌められており、逃げることが出来なかった。夜の森には恐怖と憎悪と絶望が渦巻き、その全てを暗闇が吸収する。毎晩毎晩、誰か一人が殺されてゆくのである。腹を空かせた狼が、腹を満たそうと俺たちを、肉を食べてゆく。日に日に俺の知っている人が一人減り、その人がいたはずの場所には赤い血が地面に染み付き、肉がついた骨が散乱している。月は人が一人いなくなるごとに、その人の分だけ満ちてゆく。

 

 そして、十日が経った。最後に俺だけが残った。父も兄弟たちも狼に食べられてしまったのである。

 

 今日は俺が食べられる日。多分、あの狼はシゲイルの国のペットのようなもので、俺を最後に残すように命令されていたのだろう。シゲイルは俺に散々な目に遭わされたのだから、俺に復讐するつもりなのだ。最後に迫る死を俺に鮮烈に味合わせ、死の恐怖を誰よりも与え、許しを乞う姿を見ようというのだろう。そして、許しを乞われた上で、俺を殺すのであろう。希望を見せておいて、絶望に叩き落すなどタチが悪い。

 

 だが、こればかりは俺がどうしようにもどうにもならない。手足を枷で嵌められている状況で何か出来るだろうか。その上、俺のグラムは奪われてしまった。本当にどうしようもないのである。

 

 ただ、迫り来る死を待つしかなかった。しかし、その死は怖いというものではなかった。悔しく思えた。俺がしたことにより、父と兄弟は殺されてしまった。守れなかったのである。目の前にいながらも、彼らを誰一人として守れなかった。

 

 そして、時が訪れた。月と星が夜空を彩り、その光は森に薄っすらと降り注ぐが、森の中からではその光はなんとも弱い光にしか見えない。暗い森の中で狼の鳴き声が聞こえた。ああ、これから俺は死ぬのだろう。

 

 そう思っていた時だった。ふと誰かの気配がした。誰だか分からないが、それは人の気配だった。暗闇の中、その者の姿は見えないが、そこにははっきりと人がいた。

 

「誰だ?」

 

 俺は狼に聞こえないように小さな声でそう聞いた。狼はあと数分で来るというのに、俺に何の用であろうか。もしや、俺に命乞いを聞きに来たのではと不信感を持ってその者の返答を待つ。

 

 すると、その者はこう語った。

 

「私はシグニュー様の使用人にて御座います。シグニュー様の命にて、ここに参上仕りました—————」

 

 女性の声だった。

 

「……俺を助けようというのか?」

 

「はい」

 

 彼女は潔くそう答えた。だが、それはこの国家の王であるシゲイルの意向に背くということ。つまり、犯罪者となるということであり、それをシグニューの使用人はしようというのである。

 

「お前は罪を犯しているのだぞ。それでも良いのか?」

 

 俺が使用人に尋ねると、彼女はふふっ、と笑う。

 

「何故笑う?」

 

「すいません。つい、似ていると思えて嬉しく思えたのです」

 

「似ていると?誰とだ?」

 

「シグニュー様とで御座います」

 

「それはそうであろう。俺とあいつは兄妹なのだからな」

 

「ええ、だからで御座います。貴方も心お優しい方だ。民のことを考える、王として素晴らしいお方だ」

 

「—————俺が王として素晴らしいと?」

 

 俺は彼女の言葉の真意を知りたかった。今、俺は大切なものを何一つとして守れずにここにいるのだ。

 

 そんな愚鈍で何も守れない者が王として正しいと—————?

 

 ならば、シゲイルのように自己の利益や満足のためだけに国を動かした方がまだマシだ。守ろうとして守れないのなら、守ろうとも思わずに守らない方が余程気が楽なことだろう。

 

 それでも、使用人はこう言うのだ。

 

「ええ、貴方も民のことを考えておられる。殺される国の国民である私を、貴方は自分の命よりも先に考えた。命乞いよりも先に、私にこの行動の覚悟を確かめた。それは王になる糧となるでしょう。私はこの国の民ですが、この国は貧富の差が大きく、私は貧しい庶民でした。父は戦で死に、母も娼婦を営み、女手一つで私を育ててはくれていたのですが、母も病気で死んでしまいました。職も無く、一文無しな私は路頭で物乞いをしているしか他ありませんでした。道を通る者は汚らしいと罵り、私は死さえ考えていた。だが、シグニュー様はそんな私を見かけてパンと金貨を数枚与えて下さった。この国で生まれていないシグニュー様は上流層の者からは嫌われてはいるのにも関わらず、彼女はその視線を無視して私に生きる義務をお与えなさった。嬉しかった。彼女のような心優しい人に巡り会えるなんて。だから、私は恩返しをしようと使用人を致しております」

 

「それでお前はここにいるのか?罪人を助けるために」

 

「はい。私はあの時シグニュー様に命を救っていただいた。なら、今度は私が彼女が出来ないことをするまでのこと。私が仕えるのは国ではなく、妃でもない。シグニュー様という一人の女性で御座います。彼女が貴方の死を望まない。なら、私は助けるまでのこと」

 

 すると、彼女は手に持っていた刷毛で俺の顔に何かを塗り始めた。彼女が塗っているものが口に入ったので舐めてみる。何とも甘い味がした。蜂蜜である。

 

 彼女は俺の顔に蜂蜜を塗り終えると、夜の森の暗闇の中に消えていった。

 

 その後、狼は最後の餌である俺を殺しにやって来た。だが、狼は俺の顔に塗られた蜂蜜の匂いに釣られ、俺の顔をペロペロと舐め始めた。そして、その狼の舌が俺の口に入った時、俺は狼の舌を噛み切った。狼は悶絶し、そのまま死に絶えた。

 

 そして、俺が狼を倒したのを知ると、シグニューは俺を地下室で匿った。その地下室は彼女が助けた貧民が彼女の力になりたいと言い、急遽作った地下室なのだと言う。シグニューは俺に復讐をしてくれと頼んだ。それは父と兄弟たちがシゲイルに殺されたからである。

 

 心優しい人はその分だけ残酷さを内に秘めている。ひらりとそれを垣間見た。たが、俺はその頼みを断ることはしなかった。その彼女の頼みは俺も思っていたことで、俺もシゲイルに復讐してやろうと決めていた。そして、俺はグラムを取り戻すのだと。

 

 地下室には明かりが無かった。陽の光は入るようには設計されていたものの、夜には明かり一つなく蝋燭も無かった。だが、それでも助けてもらった俺はどうこう口を出すこともなく、復讐の機会を窺っていた。

 

 そして、ある日の夜、魔術師が現れた。それは俺にとっては最悪の事態だった。復讐が出来なくなるかもしれないのだ。すると、魔術師は俺にこんな交渉を持ちかけた。

 

 私と交わらないかと—————。

 

 別にその交渉は俺にとっても不利益ではなかった。復讐のためには少なくとも人員が必要だった。魔術師は年老いた老女というわけでもなさそうで、子を産むには支障の無い年程に見えた。それにその女は姿をローブで隠し、顔も見えなかったが、何処と無く知っている感じがした。

 

 そして、彼女と交えた。夜、姿こそ見えなかったが、やはり彼女の匂いや声、雰囲気などを俺は知っているのだ。だが、誰なのかはさっぱり出てこない。

 

 それから、十ヶ月の時が経ち、またその魔術師は俺の前に現れた。腕に抱えるは小さな嬰児。魔術師はその子を俺の息子だと言った。そして、彼女はその子を育てられないから俺に育ててくれと託した。

 

 だが、俺には復讐心がある。その子を俺に託せば、復讐の道具となってしまうだろう。そのように魔術師に俺は話したが、彼女は俺が育てるのだと、一点張りであった。そのため、俺はその子を引き取ることにした。

 

 子をシンフィヨトリと名付け、俺は子を復讐のために育てることにした。

 

 しかし、普通はそんなことは親としてしてはならないことであり、例え俺が復讐を望んでいたとしても、それを子まで強要してはならないのである。だが、その時の俺は不思議とそれをしようと思えた。年齢などが若く、まだ赤児に対しての親心が無いからだろうか。

 

 若い俺に子育てをしろと言われても、まだ二十歳にもなってなどいない。そんな俺が復讐のために子育てをするのだ。子育てのノウハウも知らずに、思うがままに、自らの得となるように。赤児自身ではなく、自らに対して。

 

「—————お前の人生、血塗れのものとなるかもしれない。だが、私にはどうすることも出来そうにない。すまない。俺は俺の子さえも血塗れにしてしまうかもしれないのだ。許してくれまいか?」

 

 まだ言葉も発せない子に難しい事を問う。まだ生まれて間もない子がこれから何十年もの人生を考えられるわけもない。

 

 嬰児は喚き叫ぶ。だが、その叫び声さえも俺にはどうすることも出来ない。母ではないのだから、母の鼓動も聞かせてはやれず、俺は息子を血に染める覚悟を決めた。

 

 それから十五年が経った。シンフィヨトリは人一倍成長し、逞しいほど筋肉が骨に付き、剣や弓の扱いも一人前となっていた。俺たち親子は地下室ではなく、森の中に住んでいた。森の中で山賊紛いなことをやって生活をしていた。馬車を襲い、民家から物を盗み、それを生活の足しにして、俺は息子に復讐のための全てを教えた。息子の人生を俺の勝手な選択で復讐に染め上げているのだ。

 

 だが、それも息子には分からないだろう。いや、復讐をするということは分かるだろうが、それの何がいけないかを教えてなどいないのだ。まるで洗脳のように、復讐のためだけに作られた兵器のように俺は息子を育てていた。

 

 それは王とか皇族とかそんな話の前に、人間として最低な事だとは分かっていて、百も承知である。それでも、俺は私情を挟まずにはいられない。俺の美徳という名の理性が、復讐というなの破壊欲求に負けているのである。

 

 息子は森にいたうさぎを殺し、それを食べている。それで空腹の苦痛から逃れ、腹を満たそうとしている。そして、俺はそんな息子の人生を食べている。食べて、自らのものとし、他者の命を自分の欲望のために使っているのだ。

 

 —————俺は優しくなんかない。酷い人間だ。

 

 そう思えば思う毎に、俺は疑問を抱く。王として、名君として君臨せしむためには無慈悲さも時に必要なのではないのかと。

 

 理由付けて、自分の意見を正当化して、自分の罪を無いものだと見做して、それで万人が納得出来るのだろうか。

 

 それを納得させる人こそ、王として正しい。

 

 そして、俺は正しくなどない。

 

 俺自身がそんな俺に納得出来てなどいないのだから—————。

 

 それでも、俺は復讐の怒りに負けて、その怒りで大切であるはずの人も傷つけている。

 

「なぁ、シンフィヨトリ。父さんは間違っているか————?」

 

 何も知らぬ子にそう聞いた。

 

「何言ってるのさ。父さんは何も間違ってないって。だって、復讐が正義なんでしょ?まだ見たことないけど、悪いことした奴に復讐したい気持ちはみんな持ってるんだから、それをしようとすること自体が悪いわけないじゃん!」

 

 息子の言葉は道徳的なものが欠けていた。そう育てたのは正しく自分なのだが、なんと罪深いことなのだろうか。

 

 それでも、子の言葉に救われた気もする。自分の復讐の思いは当然なんだと誰かに言ってもらうことで、少しだけ心が楽になった気がした。

 

 道徳的感情と復讐の怒りが俺を矛盾の渦に落とす。いつまでも続くこの矛盾は俺に答えなど与えなかった。

 

 そして、俺たちはシゲイルに復讐をするために夜の王の館に忍び込んだ。衛兵に気付かれないように裏口から回り込み、邪魔な衛兵は叫ばれないように背後から一瞬かつ一振りで首を切り落とし殺した。物音を立てぬよう猫のように慎重、迅速に侵入する。

 

 静かな夜である。館の窓からは部屋の光が外に漏れ、外の光よりも温かい。

 

 一階を虱潰しに探した。食卓、キッチンなどがあったものの、シゲイルはここにはいないようだった。だから、俺たちは二階へと上がる。そしてまた虱潰しにあの男を探そうとした時だった。

 

「誰だ⁉︎お前たちは」

 

 背後から声がした。それはシゲイルがいないだろうと推測し、探りを飛ばした子供部屋の方からだった。そう、見つかってしまったのだ。その瞬間、背筋がゾワッとした。もしここで大声を上げさけばれたら、俺とシンフィヨトリは確実に衛兵に見つかってしまう。だから、相手が誰かよりかを確認するかよりも先に、俺はその声の主を持っていた剣で一刺しした。そして、すぐに後ろを振り返った俺は刺した人物を目にする。

 

「子供……?」

 

 俺が殺したのはシンフィヨトリよりも少し幼い子供であった。そして横たわる子供の死骸の隣には同じくらいの歳の子供がもう一人いた。彼は横たわる死骸を見て、大声を出して泣き出した。俺は急いでもう一人の子を殺した。だが、もう手遅れだった。衛兵たちが一斉に俺たちのいる所まで押し寄せて来てしまった。衛兵たちは横たわる二つの死骸を見て驚嘆する。

 

「若が、殺されたぞ!」

 

 先頭にいる衛兵がそう叫んだ。すると、衛兵たちは俺たちに槍の穂先を向ける。そうなると俺とシンフィヨトリは死ぬのかもしれないという恐怖に襲われた。

 

 俺たちはすぐに逃げるために応戦した。何人もの衛兵を撫で斬りにしてゆく。だが、数の差的に俺たちは圧倒的な不利。多勢に無勢で、俺たちは段々と大量を消耗し、そして敵に捕らえられた。

 

 それから少しして、シゲイルが到着した。到着するのが少しだけ遅かった。俺が子を殺してから、シゲイルがここに到着するまでには大きなラグがあったのた。それは、シゲイルとシグニューの寝室は三階の最上階にあったようで、二階には子供達しかいなかったのだ。

 

 シゲイルは自らの子が殺されたのを見て涙を流した。その姿が俺には意外でしかならなかった。極悪非道、非情だと思っていた彼が俺たちの前でこうも泣き崩れるだなんて思ってもいなかった。

 

 —————俺とは違う。そう思い知らされた。俺は多分、シンフィヨトリがそんな風に死んでもそう涙を流さない。悲しく思うし、悔しくも思うが、俺は涙を流せないのだ。

 

 シゲイルとの決定的な違いを直視してしまった。それは、もしかしたら俺が間違えているのではないのかと薄々実感させるかのような衝撃だった。

 

 王としては多分俺の方が相応しいと自負している。だが、人として、俺はこの極悪非道な王に勝てるのだろうか。

 

 答えはもう出ていた。問題はその答えとちゃんと向き合うかということだ。だが、その時間はもうないのかもしれない。

 

 俺たちはその日、すぐに処刑されることとなった。刑罰は生き埋めによる死刑であり。俺たちは森で土の中に埋められ、しかも、下から足掻いて地上に出ることがないように、俺たちは岩の箱に入れられた。一枚の岩の隔たりが俺とシンフィヨトリを分かち、塚から脱出しようにも、岩の壁が硬すぎて外へ出ることが出来ない。

 

 だが、それでも俺はシンフィヨトリと一緒に地上へと出ることが出来た。

 

 俺とシンフィヨトリを苦しめるために敢えて少量の食料が塚の中に配備されてあった。窒息死も良し、餓死で殺すことも良し、日の当たらない暗い土の中で死ぬまでの猶予を与え、俺たちを恐怖のどん底で孤独を叫ばそうというのだろう。だが、シグニューはその食料の中にグラムを隠し入れていたのだ。シゲイルのものとなっていたこの剣をシグニューは奪ってきたのだ。

 

 俺はその剣で硬い岩も難無く斬ることが出来た。そして、シンフィヨトリと一緒に土の中から這い上がり、シゲイルがいる王の館に行った。木の枝に動物性の油を塗り、そこに火をつけて矢として何本も飛ばした。その日は風が少し吹いていたため、丁度良い具合に風が火を大きくしてゆく。

 

 火事を草木茂る庭の方で起こした。すると、衛兵たちが水をかけて、火を消そうとしているが、もうその水さえも火の糧となり肥大化していく。その混乱に乗じて俺たちはまた館に侵入した。そして、中からも火事を起こしてやった。混乱の中さらに混乱させることで、人があたふたとしてしまう。

 

 どうやら、シゲイルは三階にいるようで、もう二階に火をつけてしまえばシゲイルへの復讐は達成される。だが、俺はその時、二階に火をつけるようなことはしなかった。

 

 そう、三階にはシグニューもいるのである。俺はシゲイルを殺さないといけないと同時に、シグニューをシゲイルの手から救わないといけないのだ。その上、シゲイルは俺がこの手で殺さないと気が済まない。父と兄弟を殺したシゲイルはどうしてもこのグラムで斬りたかった。

 

 三階まで上がった。三階はまだ火の手は届いていないが、それも時間の問題である。一階はもう火の海であり、二階も所々火がついていた。この様子では数十分もすれば三階まで火が来る。そうすれば、シグニューの命の保証も出来なくなってしまう。

 

 さっさとシゲイルを殺して、シグニューをここから連れ出さなければ—————。

 

 その思いを持って、俺はシゲイルの部屋を探した。そして、シゲイルの部屋を見つけると、ノックも無しに部屋に入った。剣を握った状態で、俺はシゲイルをいつでも殺せるように。

 

 だが、もう遅かった。シゲイルは自室で倒れていた。彼の胸の辺りには短剣が一刺しされていた。そして、目を開けたままピクリとも動かないシゲイルの隣にはシグニューがいた。彼女の手は赤く血塗られており、その手は炎よりも赤く見えた。

 

 シグニューは俺がドアの近くにいることを知ると、彼女は悲しそうに目頭には涙を溜めながらも、俺に微笑んで見せた。

 

「お兄様、私、私、人を殺してしまいました—————」

 

 無理にでも俺に微笑みかけようと頑張って笑顔を作ろうとしているのが分かった。庭の火が段々と大きくなって窓から入る火の光が彼女を照らし、血飛沫を浴びた姿を露わにしていた。その姿を見た俺は心がぐらりと傾いた。

 

 シグニューは夫であるシゲイルを殺していた。俺よりも先に、彼女は刃を彼の体に突き立てたのだ。

 

 彼女が人の道を外れた瞬間は何とも言い表し難いほど美しく、俺を震え上がらせた。人を殺した時、俺はあんな顔をしたであろうかと心の中で疑問を抱いた。

 

 俺は今までシゲイルを殺すために、彼の周りの彼に加担する人を殺してきた。何人殺したかも分からないほどに。だが、俺はその時、人の道を外れた時にそんな苦しそうな笑顔を浮かべていたのだろうか。

 

 いや、浮かべてなどいないだろう。ただ、ある目的のために人殺しを表情一つ変えずしてきたのだ。人を殺すのに情は必要などないと思っていたが、その情が何故人を美しく見せるのか。分からない。だから、さらに美しく見えるのだ。分からないと認識するほど、その人の道から外れたくなくても外れてしまった行為が美しいのだ。

 

 —————そんなもの、俺には一切持ち合わせてなどいない。

 

 また、その光景を見て、俺は大きな後悔と僅かばかりの安堵を覚えてしまった。

 

 俺がシゲイルを殺せなかったという後悔がある。大切な家族を目の前で殺されて、その上俺も絶望にたたき落として殺そうとしたということへの恨みを晴らしたかった。そして、その復讐を果たす役目を大切な妹のシグニューに押し付けてしまったことである。それが俺の感じた後悔の姿。

 

 僅かばかりの安堵、それはシゲイルが死んだということ。彼が死んでいい気味である。

 

 でも、俺は快い気持ちなど持てるわけもない。目の前にある自らが殺した夫の屍体を見て、自らのした行為を悔やみ、そして人を殺したという罪の意識に囚われている妹がいるのだから。

 

 シグニューは初めて人を殺した。心優しい彼女が人を殺したという汚点は、例え周りの人々が咎めなくとも彼女は自分自身をずっと咎め続けるだろう。

 

 だから、俺は言葉を選んだ。ただ、その時の俺も状況がよく分からなかったため、その状況だけでも教えてくれと頼んだ。

 

「何があったんだ?」

 

 なんと馬鹿なのだろうか、俺は。状況説明をさせるということは、彼女の目に映った主要な出来事を思い出させ、声に出させるというもの。言葉を選んでも、俺の口から出てきた言葉は彼女にとっては棘だった。

 

 だが、彼女は俺の言葉を聞いて、気を取り戻した。人を殺したということで錯乱状態になっていたのだろうが、まともに話せる程度ではあるようだった。彼女は重い口を開き、辿々しい言葉でこう答えた。

 

「私、殺してしまいました」

 

「ああ、知っている。だが、何故だ?」

 

「何故……ですか?それは……」

 

 彼女は俺の隣にいたシンフィヨトリをちらりと向いた。

 

「告白したんです。本当のことを」

 

「本当のこと?何のことだ?」

 

 彼女は俺とシンフィヨトリの顔を窺い、まるで何かを隠しているようだった。

 

「何を隠しているのだ?」

 

「……言えません。それだけは、絶対に……」

 

 反抗的な態度だった。そんなシグニューの姿は俺も初めて見た。初めて反抗的な態度を取られ、彼女の隠していることが重要なことなのだと知り得た。

 

 俺はなるべく彼女を傷つけないように問い糺す。

 

「教えてくれ。双子の兄である俺に。何があったのだ?」

 

 彼女は口籠った。別に彼女を責め立てる気はないが、真実を知りたかった。そして、人を殺すという未来から彼女を守れなかった俺の責任を消したかった。

 

「理由を聞いたら、お兄様は私のことを嫌いになるでしょう」

 

「そんなことあるわけなかろう。お前は俺の大切な妹だ。お前を嫌いになるわけがない」

 

 俺は彼女の目を見た。真っ直ぐに、愚直と言われるほどに—————。

 

 彼女は俺の目を見なかった。視線を逸らし、俺の顔をあわせる事を避けているようである。

 

「—————そんな貴方だからいけないのです」

 

「え?」

 

「そんな貴方だからいけないのです!貴方がそう、優しいからッ‼︎だから、私は人を殺した—————‼︎」

 

 俺にはさっぱりと彼女の言っている言葉の意味が分からなかった。だって、俺の優しさが彼女に人殺しをさせたなんて、有り得るわけがない。まず、俺は優しくなどないし、仮に優しかったとしてもその優しさでどうやって彼女を人殺しにさせるのであろうか。

 

 だが、嘘を言っているようにも見えない。彼女はいたって本気で、そう口にしている。人殺しをさせたのは俺なのだと。

 

 彼女はシンフィヨトリに近付きこう告げた。

 

「—————貴方は私の子なのです。シンフィヨトリ、貴方は私とお兄様の子なのです」

 

「……は?何を言っているの?叔母さん。だって、叔母さんは父さんの妹じゃないのかい?」

 

「ええ、でも、私とお兄様は体を重ねたの」

 

 何を言っているのだろうか。確かにシンフィヨトリは俺の子で、ある魔術師と同衾して生まれた子だが……。

 

「お前、あの時の魔術師か?」

 

「はい。私は貴方と不貞を働きました。お兄様」

 

 そうか、あの時知っていると感じたのは気のせいなどではなかったのか。あれはシグニューであり、俺はシグニューの交わっていたということなのだろう。

 

「お兄様がこの館に火をつけ、庭の方が大騒ぎになっている時に、私はシゲイルの所に来ました。まだ、一階は火が然程あるわけでもなく、まだこの三階からでは火の様子を見ることが出来ない。つまり、シゲイルはまだ火事に気付いておりませんでした。しかし、私はもうお兄様たちがこの館に火をつけているのを知っておりました。そして、シゲイルの命はもうお兄様たちに奪われるのだと思っておりました。だから、私はせめてお兄様と通じたということを彼に説明しようと思いました。仮にも私は妻ですから、彼に私は不貞を働いたことを報告しようとしました。その上で、貴方はもう生きていられないのだと」

 

「どうせ死ぬのだから真実を教えたということか?」

 

「はい。ですが、シゲイルはそれを言われて逆上しました。妻である私が内通者だったので、彼はそれが許せなかったのでしょう。彼は私を殺そうとしました。いっそ死ぬのならお前も殺してやる、と彼は言いながら私の首を絞めてきました」

 

「で、殺したのか?」

 

「別に最初はこれで良いのだと思っていました。私は妻でありながらも夫を殺すようなことをしてしまいました。だから、お兄様の罪の分も背負って死ぬことも良いのかもしれないと。ですが、彼その時にこう言ったのです。お兄様は王として欠陥だと。人の心を持ってなどいないのだと。私はその言葉が酷く気に入りませんでした。それで、気が付いたら私は彼を刺していたのです」

 

 俺は王としては欠陥的である。それは実を言うと、当の本人である俺も知り得ていたことだった。俺自身、俺が本当に王として相応しい男だとは思ってもない。

 

 王とは所詮人である。だが、俺には人としての大事な部分が圧倒的に足りない。『愛』である。

 

 シゲイルはそこの点では人らしい。欲まみれの男でありながらも、家族には愛があった。そう、それこそ人らしく人間の本質的な姿。だが、そこが俺には無いのだ。その分だけ、俺はシゲイルに対する復讐という名の怒りがあった。

 

 確かに俺は王としては相応しいのかもしれない。だが、王とは人であり、その人としての大事な部分が抜け落ちているのだから、王である前に人間性を疑ってしまう。よって、俺は王として相応しくないのだ。

 

 選定の剣などが俺を選んだが、それでも剣は俺を王にはしてくれるというわけではないのだろう。王の素質はあっても、俺は王になれない。人として大事なものが無いのだから。

 

 悔しい。だが、それでもシゲイルの言っていたことは何一つ間違えてなどいない。その上、俺は子に復讐の手伝いをさせて、妹に人を殺させている。そして、そんな人殺しに抵抗なくこう話せているだけ俺は狂っている。傍にシゲイルの屍体があるというのに。

 

 だが、今はそんなに呑気に話している場合ではない。もう火の手がここまで迫って来ているのである。俺は彼女の手を取った。

 

「色々聞きたいことはあるが、とにかく、今は逃げることが先だ。行くぞ!」

 

 俺は彼女の手を握り火から逃げようとした時、彼女は俺の手を解いた。

 

「すみません、お兄様。私、行けません。行きたくありません—————」

 

「何を言っている?逃げないと、死ぬぞ?」

 

「ええ、それでいいのです。仮にも私は一国の妃であり、夫を殺した反逆者。—————だから、私は死なねばならない」

 

「ふざけるな!何故、お前だけが死なねばならない⁉︎俺だって、シゲイルを殺そうとした。なら、俺も反逆者だ」

 

「じゃぁ、お兄様は私と一緒に死ぬのですか—————?」

 

 俺は何も返せなかった。俺は生きたいと思っており、彼女はそれを望んでなどいない。俺はまだ死にたいとは思っていないから、今死ぬことなんてあり得ない。

 

 でも、彼女を死なせたくもない。

 

 死なせたら、本当に俺は何にも守れない王になってしまうから—————。

 

 利己的な理由で俺は彼女を生かそうとしているのだ。望んでもいないのに、彼女に生きろというそんな俺は間違っているのだろうかと疑問に思ってしまう。

 

「……シンフィヨトリ。先に行っててはくれぬか?」

 

 俺はシンフィヨトリにそう告げた。シンフィヨトリは困惑していたが、彼は俺たちを置いて先に館から逃げた。

 

 燃え盛る館に双子の兄妹がいる。生き延びても生き恥を晒すだけだから死にたいと言う妹と、そんな彼女に生きろと強要する兄。

 

「お願いだ。もう、誰も失いたくはないんだ—————」

 

 俺は彼女に本音をぶちまけた。

 

「父もいない、兄弟たちもいない。だが、お前は今俺の目の前で生きている。大丈夫だ。お前が例え夫殺しの汚名を着せられたとしても俺はお前のことを信じるさ。だから……」

 

「無理でございます。私は腹を決めました。もう、私は生きたくなどないのですから。夫を殺し、その上近親相姦までした。気味悪がられることに変わりはない。だが、私が死ねばそれは全ておしまいです」

 

「そんなことはない!他の人たちにはそれらのことを隠しておけば良い。シゲイルは俺が復讐として殺した、お前は近親相姦などしていない。それで良いじゃないか。お前は事実を隠すだけで良いんだ。そうすれば、お前は生きていられるさ」

 

「それが嫌なのです—————!」

 

 彼女の怒号を初めて聞いた。淑やかだった彼女の首が震え、俺の鼓膜を揺らす。

 

「私は死にたいのです!死にたい、死にたい、死にたい、死にたい‼︎この世に生きていたくはない!」

 

 まるで自殺を望むように彼女はそう告げた。彼女の言葉には嘘など無く、その言葉は彼女の本心から出たものであると悔しくもそう思ってしまう。彼女の強い言葉にどれほどの意志が込められているのだろうか。それはもう遥かに俺の想像を凌駕するほどのものであろう。

 

「……何故、お前はそうまでして死を求める?」

 

 そんなことしか俺は聞くことがなかった。他にももっとやれることはあったはずである。彼女が死の方向へ走り行こうとしているのを止めることも、言い返すことも出来たはずである。

 

 でも出来なかった。彼女の揺るぎない心の芯の太さに俺は心打たれてしまったのだ。

 

「それは—————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 —————お兄様のことを愛し過ぎているから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その一言、たった一言が俺の心を納得させた。女性らしい彼女の涙により、俺は妥協せざるを得なかった。

 

「愛してる。双子兄妹としてではなく、男性女性として。だけれど、それはいけないことだって分かっている。兄を愛することなんていけないことで、ましてや近親相姦で子を産んだなんて許されるわけがない。それでも、私はお兄様を愛し過ぎている。心がどうにかなってしまいそうなほどに。だから、私はここで死ぬのです。お兄様の顔なんてもう見たくない。見てしまったら、私、もうお兄様をお兄様として見れなくなる」

 

 彼女はそんなことを言う。だから、別に驚きはしなかった。それは俺の心の中の何処かで、そう思い当たる節があったからである、彼女がそういう思いを持って、俺に接していたことも、本当は無意識下に察していたのではないのだろうか。

 

 それに、この相手の心を読むことが出来る力を手に入れてから、そんな彼女の想いはとっくのとうに知っていた。ただ、それを俺の目の霞だとして直視しなかっただけ。本当は知っていた。

 

 だけど、俺は彼女とあくまで双子の兄妹としていたいと思っている。男性女性という性のカテゴリで分けるのではなく、血縁関係によって分けていたいのだ。それでもって俺は彼女を守りたい。守れる存在でありたい。

 

 そう思っているはずなのに……。

 

「—————それでいいのか?」

 

 何一つ言い返す事が出来ない。彼女に死んでほしくないのに、ここで言い返す言葉が一つとして出てこないのだ。

 

「はい」

 

 彼女はそう応えた。

 

 俺はそんな彼女を腕の中に入れた。

 

「……ごめん」

 

「何でお兄様が謝っているのですか?謝るのは私の方でございます」

 

「いや、本当にごめん」

 

 謝ることしか出来なかった。何故か、謝りたくなった。

 

 彼女に何も言い返す事が出来ない事が悔しい。いや、言い返す事は出来たとしても、彼女の想いだけは潰す事はしてはならないと思った。彼女がシゲイルの所へ嫁がされた時のように。

 

「もう、謝らないでくださいな。そんな貴方だから、私は貴方を恋しく思ってしまいます」

 

 そう彼女は言うと、俺のことを力強く突き放した。

 

「さぁ、もう行ってください。シンフィヨトリも待っております。私はここで、せめて国の妃として死を迎えたいのです」

 

 彼女の覚悟を決めた言葉に俺は逆らう事出来ず、彼女に背を向けた。血が出てしまうほどに強く拳を握り、唇を噛む。もう、俺は彼女を連れ帰る事は出来ないのだ。

 

 —————彼女を守ることなんてとっくのとうに出来ていなかった。

 

 俺は最後に彼女の顔を見ようとした。もう一生見れなくなる最期の顔。それを目に焼き付けた。

 

「どうか、私の分まで生きてください。栄光の国へと、お兄様、貴方が導いて下さい。王よ—————」

 

「—————その想い、しかと承る。だから、お前は見守っていてくれ」

 

「はい。貴方がいつか来るであろう場所から見守っておりますとも。貴方に栄光があらんことを—————」

 

 彼女なりに出した彼女の決断を踏み躙れる事なく、俺はそこから出て行った。全力疾走で、その場からどうしても離れたくて、一心不乱に自分の弱さを噛み締めて、火の海を飛び越えて、悔し涙を流しながらその場を去った。

 

 —————なんて、俺は弱いのだろうか。

 

 弱い俺は彼女に王と言われた。

 

 弱い王、それが俺なのだとしても、国に栄光を。

 

 それが彼女の願いなのなら。

 

 俺は王になる決断をした。

 

 弱者の俺が強者になる。

 

 例え、弱者のままでも。

 

 俺は強くなり、王として民の上に立つのだ—————。

 

 俺はそう決意した。

 

 

 

 

 

 

 

「お兄様はもう行ってしまいましたか」

 

 彼女はシゲイルの胸に刺さっている剣を抜き取った。さらに、彼の胸からは血が溢れる。彼女はその剣を服で拭いて、自らの首に向けた。

 

 ばちばちと木が燃える音がする。火は三階まで到達しており、あと数十分ほどでこの館は完全に火に包まれるだろう。

 

「お兄様、ありがとうございます。私に生きる道を差し伸べて下さって。それでも、私は私情で人を、一国の王を殺した女。私はここで果てる運命にてございます。だが、私と双子である貴方は光り輝いている未来がある。どうか、貴方の未来が輝かしい未来であることを」

 

 彼女はぐっと短剣を握る。

 

「ああ、愛とは儚きものですね。いつか、また貴方と会いたい。今度は私は貴方の隣にいるような女性がいい。貴方に寄り添える人になれたのなら、嬉しいです」

 

 彼女は握られている短剣を喉元に刺した。

 

「—————愛よ、永遠なれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、いつか、貴方にまた会える時が来りし時に、愛の歯車よ、永遠の時を刻み、回るのです—————」




というわけで、もう一つのお知らせでございます。
えー、もう一つは私Gヘッドが頭を下げる内容なのですが、このアーチャー編が3話では終わりそうにありません。頑張ってはみたものの、意外と長くなってしまい、4.5話ほどになりそうです。
なるべく4話で終わらせたいと思っております。

アーチャーのもう一つの宝具やその他諸々の説明は次回以降とさせて頂きます。

次の更新も10日後です。

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