Fate/eternal rising [another saga]   作:Gヘッド

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はい。Gヘッドです。

アーチャーの過去、3万字は軽く越しますね。そんな過去編を三回に分けて投稿します。
そのため、いつもより少しだけ投稿までの期間が長くなってしまいました。

正直言って、長いです。サラッと読んでいただければそれだけで嬉しいです。


栄枯盛衰と怒りの源流《序編》

 俺はフン族の国を束ねる国王の息子として生を受けた。そして、負けを知らぬ生粋の武人だった父と、心優しき母にシグルドという名を授けられることとなる。

 

 俺は兄弟の中でも最年長であり長男として、いつかはこの国を俺が担い、そしていつまでも永遠に続く国として育て上げるのだとそう思っていた。そして、兄弟たちと手を組み、国を豊かにするのだと。それが当然であるとばかりに。

 

 俺たちの国は然程大きい国ではなかったが、強国としては名を馳せていた。空はこれ以上とないほどに蒼く、その空の下にある森の木々はざわめき、その木々の間を通る風は街を駆け抜け、その風を受ける人々には笑顔があり、輝きのある国。それが、俺たちの国だった。

 

 そして、ある時、他の国からある申し出を受けた。それは、俺の双子の妹であるシグニューを妃として迎い入れたいという申し出である。妹のシグニューは辨天な女性として、他国にも噂が広がるほどだった。その噂を聞きつけた他国の王シゲイルが彼女と結婚したいと言うのだ。

 

 だが、どうであろうか。まだ二人は一度しか顔を合わせたことがない。

 

 その時、俺もそこにいたが、他国の王シゲイルは何とも下賎な輩で、俺たちが国王の子であると知っていて近寄っているようにも見えた。下心を隠そうとも隠しきれぬ、そんな男と妹を結婚させることに俺は反対であった。

 

 申し出の反対をする者は俺以外にも大勢いて、兄弟たちもそうだ。そして、当の本人であるシグニュー自身もその結婚には難色を示した。

 

 他国の王シゲイルはシグニューの辨天さ、そしてフン族の国の物欲しさに結婚を申し出たのだ。節操のない輩に妹を嫁がせる気にもならない。そんな男の結婚の申し出には応じないという意見が俺たち兄弟の間からは上がっていた。

 

 だが、国王である父は俺たちの意見を聞こうとはしなかった。父は来る者拒まずというような性格であり、例えそれが自分を陥れようという陰謀であったとしても、必ず前へと進む人。だから、父はシゲイルの申し出を断ることなく、シグニューは結婚させられる羽目となってしまったのである。

 

 そのせいで彼女は自らの存在意義に疑問を持ってしまう。好きでもない男で、自分を育んだ国を滅ぼしかねない男を何故愛さなければならないのか。例え偽りの愛だとしても、愛を与えることに変わりはなく、夫婦の契りを結ばねばならない。人として、一人の女性として苦悩してしまった。

 

 だがしかし、シグニューはその後、事態をポジティブに考えようとした。シゲイルは彼女に惚れているのだから、彼女がシゲイルを思うように動かせば、我らが国のためになる。彼女が嫁ぐことにより、民は笑うのだ。

 

 そう理想を持つしか方法はなかった。女性が権力の低い時代なのだから、女性は父や夫などの命令に従わねばならない。シグニューにとってその結婚は望むべきものでないとしても、その結婚に何か価値を見出さねば、それこそ彼女自身が自己の存在を自問し疑ってしまう。

 

 だから、彼女はそう考え、そう考えることしか出来ないように頭の中で自分を縛り付けた。自らの結婚を父の国のためとして身を捧げることを目的とする。そうすれば、幾分かは楽になったことだろう。

 

 だが、俺はとても彼女のことが心配でならなかった。同じ双子の妹だからか、他の人たちよりも、何か違う想いがあった。母の子宮から一緒に生まれてきたという接点が、俺に心配の余念を残すのである。

 

 結婚式の前の日の晩。彼女は俺に苦悩を全て打ち明けており、俺は俺なりに彼女を助けてあげようと思った。それは、やはりシゲイルと結婚せねばならないという望んでもいない未来のこと。俺は真剣に彼女の話を聞いていた。何にもしてやれない俺が、一国の王子ではなく兄として、そして一人の人間として彼女の苦しみを分かってあげようとしていた。

 

 それでも、未来は変わらない。彼女が結婚するということはもう決まってしまったことであり、苦しみを分かったとしても、それだけで終いである。半分の苦しみは彼女に背負わせたままなのだ。

 

 そんな彼女はもう諦めていた。理想に縋りながらも、覚悟を決めていた。そして、俺はそんな脆い彼女をさらに心配してしまう。

 

「お兄様がいてくれて、私は何よりです。粉骨砕身、御国の為に身を捧げて参ります」

 

「ああ、分かっているとも。お前なら、大丈夫だ」

 

 そう俺は言いながらも、不安の気持ちを隠せてはいなかった。彼女の兄として、やっぱり敵国に彼女を嫁として嫁がせるわけにもいかない。いや、敵国でなくとも、彼女の望んでなどいない結婚などさせたくないのだ。

 

「————本当に大丈夫なのか?」

 

 俺はそう彼女に聞いてみてしまった。どうも嫌な予感がするのだ。彼女を行かせてはならないと。

 

 すると、彼女は涙ながらに笑みを見せた。目頭がとうに熱くなっているだろうに、顔の形を一切変えないように彼女は笑う。

 

「心配しないで下さい!これでも、私、一国の王女なんですから!御国の為に尽くせるのなら」

 

「いや、でも、俺は兄としてだな……。お前一人に重荷を背負わせるというのは、あまり快く思わないんだ。第一、お前の望んだ相手と結婚出来ていないじゃないか。そんなの、あまりにも可哀想でならない」

 

 彼女は俺の言葉を聞くと、まるで一瞬、悦楽に浸るかのような女性的な顔を見せた。今まで見たことがないと思うほど、艶美な姿が夜空に浮かぶ月の光に照らされて。その姿に少しだけたじろいでしまった自分がそこにいる。

 

 彼女は目の淵の涙を手で拭き取った。その拭かれた涙が細い女性的な指に付き、目は赤く擦れている。

 

「もう、お兄様は心配症なんだから。でも、もう本当に悔いは無いのです。だって、私の想い人とは夫婦の契りを結べることなど、無いのですから。この先、ずっと、ずっと—————」

 

 その時、俺はその侘びしい言葉が何を意味しているのか分からなかった。だから、きっと彼女には想い人がいて、その人と結婚出来ないから涙を流しているんだろうと思った。詳しく彼女の言葉の真意を聞くこともなく、理解しようともせず、俺からの視点で、俺なりに彼女の心を読んだ。

 

 見ているわけでも聞いているわけでもないのに、俺は知った気になっていた。

 

 確実なものではないその行為は人々がいつでもする行為。相手の顔を見て、相手の感情を主観的に見てきめつけるあまりにも身勝手なことが、自らの考えの視野を狭めていることに気付きやしない。

 

 視野から外れているか、嘘をついて視野の中にいることを隠しているか。

 

 —————気付かないとは、何とも不幸なことだ。

 

 気付いてやれれば、少しは楽なのかもしれない。俺にとっても、相手にとっても。

 

 知らない俺が悪いのだ—————。

 

 結婚式当日、式場には多くの人がそこにいた。自国や相手国、そして他の国のお偉いさん方が剣を腰に備えて参加していた。そのお偉いさん方を守る護衛兵に、この機会にお偉いさん方を婿にしようと出会いの場として活用している下級貴族の娘たち。多種多様な空気が上手く混ざり合わず、張り詰めたものとなっていた。

 

 その中で一際輝く衣装を着飾っていたのは嫁として嫁ぐシグニューである。華やかなドレスが胸から彼女の肌を隠し、透けるようなレースが彼女の頭を覆っていた。式場の前方中央に居座り、その隣にいるのは 花婿であるシゲイル。国王であるシゲイルは、彼の国で作られる最高級のマントや服、そして代々伝わる王冠を頭に乗せていた。その姿は見た感じからして、豚に真珠。マントや服、王冠は素晴らしいものの、主軸となるものがあまりにもなっていない。衣服を作った職人に失礼極まりない格好だ。

 

 彼は彼の元に頭を下げ挨拶する各国の重鎮たちと握手をし、偶にふといやらしい横目でシグニューをチラリと見るのである。そして、その事にシグニューは気付いているようで、不機嫌な顔を薄っすらと浮かべるのだが、みんなの前で語弊不満など言ってしまったら、それこそ自国の顔が立たない。だから、彼女は誰かに助けを求めることなく、ただ男の性的視線に体を舐められていた。

 

 その姿を、まだ一国の王子である俺がどうこう言う権限などもない。だから、可愛い妹があの男にそのような下卑な目で見られているのが悔しかった。そして、そんな彼女を助けてやれない自分の弱さを痛切に実感する。歯を食いしばり、俺に助けてほしいと懇願する彼女。彼女をただ遠くから見ていることしか出来なかった俺。

 

 世界はなんとも不条理で、世界はなんとも無慈悲なのか。弱き者を助けようともせず、力ある者が弱き者を自分の思い通りに動かす。

 

 別に強き者が優しさと厳粛さを併せ持つ男ならまだしも、この男の性欲のような欲望を持つ強き者は弱き者を傷つけるだけなのだ。その点では、父も憎むべき人に入る。彼も自分の信念のために誰かを巻き込んでいるのだから、それは弱き者を助けてなどいない。そんなの誰も望んでなんかいない。なのに、世界はそんな人を生かし、弱き者を地に這い蹲らせる。

 

 俺はその時、何も出来ない『本当の自分』を憎み、力あるのに慈悲の手を差し伸べない『横暴な権力者』を憎んだ。そして、その憎しみが心の中に入り込み怒りへと変わる。

 

「—————力が欲しい」

 

 俺はそう小さく呟いた。別に言葉として言うつもりもなかったのだが、ふと心からの声が無意識に漏れてしまっていた。

 

 俺はもう妹の助けに出られるような男ではない。なのに、彼女は俺のことを諦めずにずっと見てくるのだ。そんな彼女の視線が針のように俺に突き刺さり、目を合わせられなくなった。顔をしたに向けても、彼女の視線を感じる。

 

 俺を見ないでくれ—————。

 

 そう思い、俺は彼女に背を向けた。そして、式場のドアの外へと向かって足を動かしてしまった。彼女がどのような顔をするのかも分かっていたのに。兄である俺は妹を守れなかったのだ。

 

 式場の外は眩しかった。太陽の光が大地に満遍なく降り注ぎ、その光は草木をさらに碧くする。そんな太陽の光が入り込まない建物の中はとても陰湿で、居心地が悪い。

 

「外にいるか」

 

 外にいるのが好きなわけではないのだが、今は中に居たくなかった。己の欲のために悪知恵を働かせるようなあの空気に私は似合わないと思ったからだ。

 

 式場に戻りたくなかった。結婚の話も一時的に頭から離しておきたい。だから、少し式場の外を歩こうと決めた。

 

 それから三十分ほど式場の周りをぶらぶらと歩いていた。なるべく無心で、心を空にして、頭を冷やそうとしていた。だが、それでもやはりシグニューのことを考えてしまい、その都度、俺は苦悶の表情を浮かべてしまう。それでも、式場にいないということで開放感があり、少しだけ気が楽になれた。

 

 それから俺は陰湿な式場に戻ろうとした。そろそろ戻らないと、花嫁の兄がいなくなったと騒ぎになってしまうかもしれない。

 

 式場までとぼとぼと半歩で歩く。着きたくないという気持ちが現れていたが、それでも段々と式場が近づいてきて、ついに目の前にまで来てしまった。深いため息を吐く。そして俺は式場の門をくぐろうとした。

 

 その時だった。一人の老人が俺の隣を通り過ぎて行った。式場を後にするように歩くその老人は俺の見知らぬ人。

 

 洗っていないような白髪の髪に、古びた緑色の帽子、皺のついた手に握られた少し長い棒をコツコツと地面に立てて歩く。もう一方の手で四本の手綱を握り、肩には二匹のカラスが乗っていた。

 

 俺はその老人の隣を通り過ぎた際、ただならぬ威圧感を感じた。その威圧感は不気味極まりない。見た目はただの老人であり、強いて言うならば背筋が老人の割には伸びているということだけである。足腰が弱そうというわけではなさそうで、生気が感じられないというわけでもない。ただ、見た目が老人のように見えた。

 

 顔はよく見えなかった。緑色の帽子で顔が隠れており、また通り過ぎただけなので、相手の顔など確認できない。

 

 その老人の威圧感は存在感であり、存在しているということだけで身の毛がよだってしまう。並ならぬような圧迫感を感じさせ、まるでその通り過ぎた一瞬だけでも自分がちっぽけな存在だと認識させられる。

 

 俺は後ろを振り返った。誰だろうか、名のある武人なのだろうかと気になってしまう。

 

 だが、後ろを振り向いてもそこには誰も居ない。その老人の姿がそこにはなく、見えるのは今さっき俺が通った式場の門とその外だけ。

 

「幻か……?」

 

 自らの目を疑う。あのただならぬ威圧感を感じた老人は幻で、妹の望まない結婚というストレスが幻を見せたのだと。あの老人はここにはいない、いつか見た一介の老人の記憶が目の前の景色と合わさったに過ぎない。

 

 そう思わざる終えなかった。じゃないと、不可解な現象過ぎて鳥肌が立つ。あの一瞬で俺の前から姿を消したなど、あり得ない。物音を立てずに、俺に気付かれないようにすることなど普通の人間には不可能。走れば地面と靴底が擦れる音が聞こえ、また老人ならそんなに早くは動けまい。それに棒を杖としてついていたのだから、足腰が悪いに決まって……。

 

 あれ?でも、足腰が悪そうに見えなかったぞ。

 

 ……不思議だ。だが、これもきっと俺の目がまやかしを見ていたに違いない。そうだ。やっぱり、きっとそうだ。

 

 そうでないと、説明が出来ない。

 

「難しそうな顔をしておるのぅ」

 

 突然、首の後ろから声が聞こえた。野太い声が俺の鼓膜を揺らし、凄まじいほどの威圧感が俺を襲う。首筋にまるで冷たいものを当てられたかのようにゾワッと身震いをしてしまった。

 

 ゆっくりと振り返り、式場の方を向く。すると、そこにいたのはさっき俺の隣を通り過ぎた老人である。老人は俺の目の前に居て、薄気味悪い佇まいをしていた。庇の長い帽子のため顔の上半分は隠れており、口元が見える程度。その老人の口は子供がおもちゃを見つけたように純粋な興味心が溢れ伝わってきた。

 

 身の危険を即座に感じてしまう。それは考えることなどを排除した直感からヤバイと感じた。俺の方から老人の目は見えないが老人からは俺のことが見えているようで、嫌な視線が当てられている。

 

(この爺さん、誰だか知らないけどヤバイ)

 

 そう思い、俺は一歩足を退く。今まで俺は父のおまけとして戦に何度か連れて行って貰ったこともあるし、何人か有名な武人たちも見てきた。その人たちは見た感じ強そうだなぁと感じるような人たちだった。

 

 だが、この老人はそんな生半可なものじゃない。見た感じとか、そんなんじゃない。見なくても分かる。そこにいると認識するだけで、いや、認識しなくともヤバイと感じ取ってしまう。人より生物として生きるために刷り込まれた生への欲求がブザーを鳴らし、身の危険を感じてしまった。

 

 他の人たちとは何か根本的なものが違うのだ。それはもう人智を超えたもののような—————。

 

「何、そんな怖気付かなくともいいわ。ただの老人に過ぎぬ。強張る必要も気を尖らせる必要もない」

 

 老人はそう言い、口元を緩ませた。

 

「まぁ、お主、良くこの儂の目の前でも怖気付くことなく立っていられるな」

 

「いや、それは嘘だ。実際、死ぬかもしれないという結果が思考回路の計算で弾き出されて、内心怯えていた」

 

 怯えていた、ではない。怯えている。過去形ではなく現在進行形。柔らかい口元を老人は見せるが、その姿も含めて俺には恐怖感しかなかった。

 

「フッフッフ。なんじゃ、本当のことを言うのか?面白いと思ったんじゃがのう」

 

 老人はそう言うと、また俺の隣を通り過ぎた。そして、俺はその老人を目で追う。今度は、老人が消えることなくそこにいた。

 

 老人は立ち止まり、俺に尋ねた。

 

「—————お主、力がほしいか?」

 

「力?何だ?何故そんなことを聞く?」

 

 力がほしいかと聞く老人に俺はただならぬ不信感を覚える。まず、顔も合わせたことのない老人にそんなことを馴れ馴れしく聞かれたら気味悪い。

 

 だが、力とは何のことだろうか。筋力か?権力か?努力か?精神力か?

 

 分からない。俺には分からなかった。老人が言っていることが。

 

「何と言うのか?そんなの簡単じゃ。全部じゃよ、全部」

 

「全……部?」

 

「ああ、全部だとも」

 

 本当に分からない。この老人は何を言っている?全部の力がほしいかだと?

 

 俺はそう聞いた時、ふと妹のことが頭に浮かんでしまった。彼女の望まない結婚を俺は許せない。だが、それでも俺に力がないせいで、彼女が悲しむ姿を見ていることしか出来ないでいる。

 

 それは全て俺に力がないせいだ。

 

 そう、俺は欲しているはずだ。

 

「欲しいさ。全部の力を—————」

 

 俺がそう答えると、老人はまた陽気に笑う。

 

「そうか、やはり力が欲しいと申したのはお主か」

 

「え?」

 

 確かに俺はそう言った。式場でシグニューを助けられない力のない自分が嫌になり、そう言った。だが、何故ただの老人がそれを知っている?だってあの時、俺の近くにこの老人は居なかったし、そもそもあの呟きは小さな声だった。老人どころか、人っ子一人聞こえやしないはず。

 

 —————不思議な人だ。存在も、行動も、何もかも。

 

 そろそろ戻らないと、一国の王子である俺が居ないということで騒ぎになってしまう。俺は老人に背を向け、式場の方を向き、歩き出した。去り際、老人はこんな事を言う。

 

「儂が式場の真ん中に林檎の木を生やしておいた。その林檎の木の幹に剣が刺さっておる。もし、お主に力を得る気があるのなら、その剣を引き抜くといい。儂の力の一部をやろう。そしたら、お主にはあるものが見えてくるぞ。見たくもない景色が」

 

「だが、力が手に入るのだろう?なら、俺は引き抜こう。もう見たくない景色は見たつもりだ」

 

 俺はもう見たくもない。守りたい、守らなきゃいけない人を守れないなんて絶対に嫌だ。それこそ、見たくもない景色だ。

 

「本当に良いのか?例え————破滅の未来が待っていたとしてもか————?」

 

「……ッ⁉︎」

 

 俺は反応出来なかった。だが、もう老人はその言葉を残して何処かへ消えているのだと分かった。老人の威圧感も存在感もしない。ただ、そこにはもう老人はいないのだと悟った。

 

 俺は門から式場までを歩く。その時もずっと老人に言われたことを考えていた。例え破滅の未来が待っていたとしても。その言葉に俺は怖気付いてしまった。妹を守ることよりも自分の身の心配をしてしまう自分がいる。

 

 兄は妹を守らなきゃいけないんだ。そう心に暗示をかけていたら、式場に着いた。

 

 式場ではちょっとした騒ぎが起こっていた。それは何やら式場の真ん中でいきなり林檎の木が生えたというのである。何とも奇天烈な話、だが、その話は老人から聞いていた。俺にとってそんなに驚くような話などではない。

 

 俺は式場中央に向かって集まる人混みを掻き分けて前へと進む。林檎の木に段々と近づくにつれて林檎の木は段々と大きく見えてくる。林檎の木は大体式場の天井に届いてしまうのではないかというくらい大きくそこに生えていた。大人が四人分くらいの高さで、幹だって図太い。幹の周りの長さだって二メートルあるかないかというくらいだ。とにかく大きな木である。

 

 俺は人混みの最前列にまで来た。すると、一人の男が林檎の木のところで何かをしている。男の顔は真っ赤になり、踏ん張っているように見えるが、何をしているのかは分からない。だが、それから数秒後、男はもう無理だと言い、そこから離れた。

 

 俺は林檎の木の幹を凝視した。そしたら、林檎の木に何かが引っかかっているのが見える。何であろうか。剣の柄なのか?

 

「お兄様!」

 

 シグニューの声が聞こえた。音源は林檎の木の近くで俺は彼女の所へと駆け寄る。彼女は俺に摩訶不思議な顔を見せつけてきた。

 

「お兄様、何処に行かれてたのですか?心配したのですよ」

 

「ああ、すまない。ちょっと散歩に出ていた。それより、この林檎の木は?」

 

「ええ、それなのですが、お兄様が返ってくる十五分ほど前にある方がここに来られたのです!」

 

「ある方……?誰だ?」

 

「主神、オーディーン神ですよ?」

 

 主神オーディーンが?

 

 俺はその言葉を聞いた瞬間、ある人が脳裏をよぎった。それはさっき式場の門のところでばったりと出会った老人である。確かに、言われてみれば、あの老人こそがオーディーンであろう可能性は実に高い。

 

「ほう、主神オーディーンか。で、それがどうしたのだ?それとこの林檎の木はどんな関係があるんだ?」

 

「それが、オーディーン神がいきなりここに林檎の木を生やしたのです。『この結婚式に面白い飾り物を付け加えてやろう』って」

 

 飾り物か。だが、今見た感じ、人は結婚式よりもこの林檎の木に夢中になってしまい、飾り物が主役の座を奪っているように思えるのだが。

 

 俺は林檎の木の幹に刺された剣を見た。剣の刀身は林檎の木の幹にがっつりと刺さっている。

 

「あの剣は何なのだ?」

 

「そうなんです!そこなんです!オーディーン神は林檎の木の幹に剣を突き刺して、『この剣を引き抜く者は民を先導する大いなる王になるだろう』とお言葉を残して去っていったのです。それで、多くの力自慢の男がこの剣を引き抜こうと試したのです」

 

「だが、誰もこの剣を引き抜く者はいなかったと?」

 

「はい。そうです。シゲイルも、父上も、国一番の力持ち抜くことは出来ませんでした。何人がかりでもビクともしなかったのです」

 

 欲深き男たちが今でも剣を引き抜こうと踏ん張っている。しかし、それでも彼らは剣を引き抜く事が出来ない。

 

 彼らは何のために剣を引き抜こうとしているのだろうか。それはもう考えなくとも分かる。みんな王になりたいのだ。王になり、権力を振り回し、思うがままに人生を過ごしたいのだ。それか、自分の力を衒い、必要以上に誇示したいだけ。

 

 つまり、結局は自らの自己満足のためだけにこの男たちは剣を抜こうとしているのだ。

 

 何と惨めなことだろうか。愚の骨頂である。そのためだけに王の地位を欲しがるというのは。

 

 俺はそんな奴らを見ていて、非常に腹立たしかった。苦しんでいる者のために、悲しんでいる者のために、辛い思いをさせないために、涙を流さないように剣を握る奴らが誰一人としていないということが。

 

「……ちょっと、行ってくる」

 

「えっ⁉︎ちょっと、お兄様⁉︎」

 

 俺は林檎の木の前に立った。もう、式場にいる男たちは一通りこの剣を引き抜こうと試したようであるが、誰も歯が立たなかったらしい。そんな中、ただの一国の王子であり、まだ青年でしかない俺が引き抜こうとする。そんな光景を誰もがゲラゲラと下品な声を上げて笑った。ただの餓鬼に何が出来るとみんなの目つきが変わっており、俺を見る目は冷たく尖って俺に刺さった。

 

「どうせ無理だ」

 

「さっさと諦めろ」

 

 剣に触れる前からそんなことを言われていた。俺はそんな野次を無視する。

 

 剣に触れよう、そう思っていたら、老人の言葉を思い出してしまった。

 

「『破滅の未来』……か。そりゃぁ、嫌だな。力はほしいが、未来まで破滅にしたくはない」

 

 俺は剣に触れるのを躊躇ってしまった。そうすると、さらに野次が五月蝿くなってくる。さっさとしろだの、邪魔だだの、好き勝手言いたい放題。

 

 その時だった。シグニューが大声でこう叫んだのだ。

 

「お兄様、頑張って‼︎」

 

 その言葉は式場に響き渡った。決して大きな声ではなかったけれど、それでも俺には覚悟を決めるには充分な言葉。

 

 そうである。例え、破滅の未来が待っているとしても、それで目の前にいる人を救えないで見捨てるのは嫌だ。それに、破滅の未来なんて俺がぶち壊してやるんだと心で叫んだ。

 

 俺は妹に柔らかい笑顔を見せた。

 

「—————ありがとう」

 

 そして、俺は剣に手を触れた。両手で剣を握り、一気に引き抜こうとした。

 

 すると、声が聞こえた。

 

「—————お主にこの剣を引き抜く覚悟はあるのか?」

 

「ああ、あるとも。守らなきゃいけないものを守れないなんて一番嫌だからな。なら、俺は覚悟決めて、守りたいもんを守らねぇと」

 

「そうか。では、お主に力を授けよう。オーディーンの力により生やされた林檎の木『バルンストック』の知恵の力。そして、この選定の剣『グラム』を—————」

 

 その瞬間、野次馬となっていた人混みがいきなりしーんと静まり返った。人々は驚き、目と口がずっと開いている。みんなの視線が俺に集まり、俺は手に握られた剣を振りかざした。

 

 

 

 

 

 

 —————これが英雄シグムンドが初めて王たる資質を万人の前で見せつけた時である。この時、俺は喜びに耽っていた。自らが王になるのだと。

 

 もちろんそれは嘘ではなく、実際王になる。だが、ここから俺の人生は転落の一本道となって行く。長い年月をかけ、俺は落ちて行くのだった—————。




約1万文字、大変です。

後、二回投稿してゆきますが、『数万字も読んでられねーよ!』という方はwikiなどで調べるだけでよろしいかと思います。
話の細かいところは変えてはいるものの、大筋を変えては御座いません。

まぁ、そうなると何故書く?って話になりますが、たった2千文字ほどで終わる文のために長い長い話を書いております。

作者のワガママにお付き合いいただけたら嬉しいです。

次の投稿は10日後でございます。

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