Fate/eternal rising [another saga]   作:Gヘッド

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壊れた幻想の中に

 徒手空拳な左手と折れた剣を持つ右手が不釣り合いである。流石のアーチャーでも剣一本だけとなると、グラムの大量に、そして広範囲に飛んでくる剣に対処しきれそうにない。

 

 だが、アーチャーの目は不思議と勝利が目に見えているように瑞々しい。

 

 それでも、剣の雨は一向に止まず、アーチャーを穿つまで降り続ける。アーチャーも段々とグラムの猛攻に押されてきて、そろそろ致命傷を与えられると思わされたその時だった。

 

 彼は今さっきまで何にも仕事のしていない左手で飛んできた剣の柄を掴んだ。そして、掴んだ剣を剣の群れの中に投げ飛ばしたのである。

 

「—————壊れた幻想(ブロークンファンタズム)—————!」

 

 彼の咆哮と共に、左手で投げられた剣は爆発した。爆発の衝撃は他の剣を吹き飛ばし、辺りを一掃した。彼に今、降り注がんとする剣の雨がそこには無くなっていたのだ。それは遠く離れていた俺たちにも感じられた。アーチャーが投げた剣が爆発すると、その衝撃が空気を媒質として、こっちまで来た。空気が揺れ、一瞬高い魔力を感知した。

 

 アーチャーは予想通りの展開にほくそ微笑み、グラムは動揺の色を隠せない。それもそうである。どう見たって、さっきまではアーチャーが負けてしまうように見えていて、グラムの勝ちが決定的に思えた。

 

 だが、その決定的を覆された時の動揺はあまりにも大きい。事態の把握には時間がかかり、精神的な苦痛が非常に大きい。ただでさえ、目の前に広がる固有結界の景色がグラムの精神を削るのに、それに負荷が足されてしまったのだから。

 

壊れた幻想(ブロークンファンタズム)』。この技はどうやらサーヴァントの宝具を壊すことにより、詰められた大量の魔力を瞬間的に爆発のように放出する技なのだろう。宝具は英霊の全てである。どのサーヴァントであろうとも宝具は大量の魔力を費やすことで形を保っている。それこそ、サーヴァントが戦闘機一機分の力を持つとまで言われている理由の一つ。しかも、英霊によってはそれ以上の力を有している者もザラにいる。

 

 爆発した剣も平行世界から呼び出したグラムであり、大量の魔力で構成された宝具である。

 

「お前が俺に放つ剣も全てグラムだ。そして、お前も、お前が放つ剣も、そしてこの折れた剣も全てが俺の宝具(グラム)であることに変わりはない。だって、グラムの本当の能力(ちから)はただ一つしかないこの世に何本も自らを存在させることができることなのだからな。————なら、いつ壊すかも俺の勝手であろう————?」

 

 そう、彼とグラムとの戦闘中に出てきた剣はグラムと草薙の剣のみ。そして、草薙の剣は廃工場のコンクリートの床でお寝んね中。つまり、彼とグラムの間にある剣全てが彼の宝具(グラム)なのだ。

 

 人の形をしたグラムも、元はセイバーの宝具。そして、セイバーの宝具はアーチャーの宝具なのだから、アーチャーがどんな状況になったとしても宝具を破壊する権限はある。それこそ、今のセイバーみたいに宝具の所有権を失ってしまえば別の話なのだが。

 

 だが、それでもアーチャーの『壊れた幻想』を使うにはあるハンデがあるように見える。

 

 グラム全てが彼の宝具なら、今まで戦っていた意味が無い。だって、人の形をした司令塔ともなるグラムと戦闘に及ばなくても、出会ってすぐにその技を使えば良いのだ。その技を使えば、彼がグラムに負ける可能性などゼロパーセントに等しい。

 

 グラムに彼女自身の心象風景の凄惨さを『神智濁りなき水鏡(バルンストック)』で見せてあげたかったから使わなかった、なんてこともあり得ないだろう。そんなことをするにしても、彼が世界からの修正力を受けることを覚悟する必要がない。嘘をついてまででもパラメーターをオールEXにした意味がなくなってしまう。

 

 多分、彼は触らねばならないのであろう。さっき、彼は飛んできた一本の剣を掴み、投げ返した。そして爆発が起こった。

 

 これまで、何だかんだしておきながらも、アーチャーは敵のグラムに触れていない。それこそ、傷をつけられたことはあるが、傷をつけられたとしても破壊させていた。触るということをしなかったのは、グラムに主導権の変更を悟られないようにするためであろう。

 

 まぁ、簡単に言ってしまえば、アーチャーがグラムに触れてしまえば主導権はアーチャーのもの。そうすれば『壊れた幻想』を使うことだって出来る。

 

 グラムは吹き飛ばされた剣をすぐさまこの世界に呼び出した。しかし、彼女は呼び出した剣で攻撃をすることを躊躇っているように見える。

 

 さっきまでなら、迷わずにアーチャーに剣を向けてはいたが、今となっては状況が違う。例え、アーチャーに剣を放って攻撃しようとも、その攻撃は彼が攻撃の手段として利用できる。攻撃を与えるはずなのに、相手に反撃の可能性を与えてしまうのだ。

 

 しかも、威力が格段に違う。飛んできた剣を一本一本折り破壊するのとは違い、たった一本の剣を爆発させることにより、少なくとも十は潰せる。

 

 また、アーチャーにとって剣を破壊する行為は何の負担もない。だって、この世に剣を呼び出したのはアーチャーではなくグラムなので、魔力を消費するのはグラムだけ。

 

 グラムにとって、一つしかない絶対的な勝利を齎す攻撃が、今や、ハイリスクローリターンとしてしかなっていないのだ。

 

 そんなまさかの事態に彼女は怯み困惑するしか為す術がなかった。一つしかない攻撃方法が自分に不利を招く場合のことを彼女は想定していなかった。神の力を持つ自らの強さに慢心し溺れていたのか、彼女はもしもの時の対策をとっていなかったのだろう。

 

 彼女はあくまで宝具。だから、いくら人の形をしているからといって、そのことを頭の片隅には入れておかねばならなかった。

 

 戦う者として、戦いで負ける可能性を潰すことこそが勝ちにつながる。勝つことも大事だが、負けないことも大事である。

 

 そこの点で言うのであれば、アーチャーはもう最低の目標は果たしている。セイバーに真実を教えるということはクリアしているのだから。

 

「なら、こうすればいい‼︎」

 

 彼女は滞空させた剣でアーチャーを囲うようにした。360度、剣の先がアーチャーを取り巻く。尖った先端は彼の行動を阻むかのようである。

 

「半球体の中にいるみてぇだな」

 

「そうだ!それでお前はもう何にも出来ない!ヘタに攻撃なんてしない。動けなくすればいいのだ!どうせ、お前は修正力に殺されるのだから!」

 

 そうである。アーチャーは世界に大嘘をついた責任があるのだから、彼はリタイアすることが決定的付けられている。グラムが殺さなくとも、アーチャーにはタイムリミットがあり、それを経過してしまうと死ぬのである。

 

「時間がない……か」

 

「そうだ!だからお前はここで大人しく死………………」

 

 アーチャーはグラムの言うことを聞いていないようで、平然とした顔を浮かべていたら、突然彼は行く手を阻む剣に向かって歩き出した。そして、自分に尖った先端を向ける剣の前に立つと、いきなり剣身を素手で掴んだ。掴めば痛いと誰でも分かるようなことを、躊躇せずに強く握ったのだ。手からは赤い血が滲むように出て、コンクリートの床に雫が滴り落ちる。

 

「…………ね……?」

 

「大人しく死ね?そんな簡単に死ぬものか。どうせ死ぬのなら道連れよぉ」

 

 そして彼は手から出た血を振り撒くように手を素早く回した。すると、彼の血が周りにある剣にも付着した。彼は剣の近くにいながらも、また叫ぶ。

 

壊れた幻想(ブロークンファンタズム)!」

 

 彼の周りに爆発が起こる。血がついても触ったという認識になるのであろうか、彼の血がついた剣は全て爆発した。行く手を阻むために滞空していた剣が粉々になって、煙で彼の姿は見えない。

 

「—————お父さんッ……」

 

 セイバーは小さく心の声を漏らした。やっと見つけた繋がりのある人物であり、自分のために戦っている父を想う心の声がついに彼女の口から出たのだ。運良く、グラムはアーチャーとの戦闘に集中していたため、聞かれなかったのだが、それでも危ない行動に違いはない。セイバーはまた声を出さないように口を閉じたものの、彼女の心に溜まるは父を想う感情である。

 

 だが、彼はアーチャーという偽の(クラス)に居たとしても、サーヴァントであることに変わりはない。通常なら、セイバーかアヴェンジャーとして召還されるにしても、大英雄としての存在は確かなもの。どんなに強い毒でも耐えられるほどに頑丈な体をした彼の体はこれほどの爆発で潰えることなどあり得ない。

 

 剣の煌めく金属片と爆発の中からその男はやはり現れた。傷はある。 赤々とした血が頭から流れている。それでも、彼は何事もなかったかのようにグラムを見つめ、彼女に向かって歩き出している。そんな彼の娘を想う狂気の沙汰にグラムはまた一歩と足を後ろに引いた。

 

 グラムは絶対的な勝利を謳う神の力を持ちながらも、この戦闘で負けを期すだろう。だが、今の彼女の恐れは敗北の恐れなどではない。怒りの権化としてここにいる魔剣が、アーチャーのセイバーへの愛という綺麗事を目の当たりにして、自分の不遇さと現実に恐れをなした。

 

 彼女はどうせ人殺しのために造られた剣にすぎない。その剣が主人には愛されず、こうして瓜二つの姿をしたセイバーを愛している。

 

 アーチャーに相棒として認めて欲しいんじゃない。だが、それでも、剣はただの道具であることを否定したかった。

 

 そして、現実を見て、彼女は否定出来ないと悟ってしまったのだ—————。

 

 人を殺したくない。それだから、剣であることを否定しようとし、人の姿をする。だが、それでも剣であることに変わりはなく、人殺しも同然なのだ。どんなに頑張っても、彼女が剣であることを否定することなんて出来やしない。人を殺す運命なのだ。

 

「所詮、お前は剣だ、グラム。命を奪うか、折られるかのどちらかの運命だ」

 

 アーチャーは止めを刺すようにグラムに現実を突きつけた。変えたい現実、そして動かす現実を。

 

 それでも、現実から逃避するようにグラムは大声を出してアーチャーの言うことを否定する。

 

「違う‼︎そんなことない‼︎私の運命は私が決めるんだ!」

 

 彼女がそう叫んだ時、アーチャーの足が止まった。すると、目の前に広がる血みどろの平原に波紋が広がる。まるで美しく波紋が一つとして立たない湖畔に何やら揺らぎが生じて、ぐらりと俺たちの見ている世界が一瞬だけ変わったよう。

 

 固有結界にほんの僅かなブレができた。

 

 アーチャーは彼女の訴えかけるような必死の抵抗に感銘を受けたように止まってしまった。グラムの涙ながらの声が彼には途方も無い夢物語に聞こえたのに、何故か同情してしまったのだ。

 

 今は闘っていながらも、昔は二人で同じ運命(みち)を辿った相棒の関係だった相手の気持ちが嫌なほど分かる。アーチャーにとって、彼女もまた眩しい存在なのではないのだろうか。

 

 彼は運命に抗うことを諦めたが、グラムは諦めておらず、そこが彼にとっては眩しく見えるのではないか。

 

 だから、倒すことを躊躇した————。

 

 もしかしたら、彼も彼女と同じ『運命からの脱却』という望み(ユメ)を抱いていたかもしれないのだ。もう一人の自分と重ね合わせ、グラムの姿と一致してしまうのだ。

 

「やっぱり現実はキビシイな。倒したくない相手も倒さねばならないからな」

 

 彼はそれでもグラムに向かって歩き出した。グラムを殺す想いと反する想いが競り合いながらも足が動く。

 

 今、聖杯に溜まっているサーヴァントの魂が六つならばアーチャーさえ倒せば願いは成就される。それなのに、あと一歩のところで願いを叶えられないのかと思ったグラムは悔しみに駆られた。

 

 むしゃくしゃになって、ただありったけの剣をアーチャーに投下する。それでも、アーチャーに触れられた瞬間に粉塵と化す剣の群れ。

 

 もうアーチャーはタイムリミットも多くない。だからなのか、左腕はもう捨てていた。世界からの修正力の負担のせいで交わしきれない攻撃は左腕を盾にするようにして受けていた。左腕には数本の剣が刺さり、彼には激痛が走る。

 

 だが、その痛みさえも、望みを叶えられるのならば屁でもない。何度でも受けていられる。

 

「—————俺だって、娘に『お父さん』って呼ばれたいね。英雄なんて称号なんぞ捨ててやる。出来ることなら駆け寄りながら抱き締められて、俺も抱き締めてやりたいさ。お前が平凡を望む前から、俺は平凡を望んでんだ。お前だけが辛いんじゃねぇよ—————」

 

 娘のために—————。その言葉で、彼は何度も頑張れる。

 

 例え、左手を剣が貫通し、腕が痛みさえも感じなくなってきて、血が止まらずに吹き出し、ただの肉塊になり、挙げ句の果てに左腕が地に落ちても、娘のためなら戦える。

 

 グラムの最後の抵抗、数本の剣が彼女を守るようにアーチャーに剣先を向ける。アーチャーはそれを見ると、左腕に刺さった剣の一本を抜き取り、その剣をグラムの目の前に投げた。

 

壊れた幻想(ブロークンファンタズム)!」

 

 もう彼の幻想など、林檎の木から剣を引き抜いた時点でとっくのとうに壊れている。元々、彼の幻想は壊れた破片でしかない。でも、それでいい。壊れた幻想の中からでも、彼はまた幻想(まもるもの)を見つけ出したのだから。

 

 グラムの目の前でアーチャーの放った剣が爆発した。グラムを守護するかのように周りに浮いていた剣は悉く無慈悲に鉄屑へと姿を変えた。そして、裸になったグラムの首を狙うかの如く、彼の右手にある折れた剣の刃がぎらつく。

 

 グラムはもう抵抗などしなかった。ただアーチャーを見つめ、彼が右手を振るのを待つだけ。それまで彼女は自分の行いを振り返り、胸が苦しくなった。

 

 アーチャーは娘のために聖杯へと成り上がってしまったグラムを殺そうと、彼の宝具である折れた剣を横に振りかざす。例え折れていても、嘘でできた畏敬としても、彼が英雄であるという存在を証明するかのように凛々しい立ち姿。

 

「変わらぬ運命に従い、その中で幸福を導く。それは実に難しいことなのだな。どちらかを救うために、どちらかを捨てよなどと考える俺は英霊なんぞではない。だが、許せ。剣であろうと、相棒であることに変わりはない。せめて、嘘の中で真実を抱き、安らかに眠れ」

 

 彼はグラムを殺めることの覚悟を決めたようで、大きく息を吐いた。そして、彼女の女性的な首筋を見て、その首を横に切断することを考える。なるべく、苦も無く楽に逝かせようと、アーチャーの他者を想う気持ちが現れていた。

 

 全ては林檎の木から剣を引いてしまった自分の責任なのだと、自分を罵り、周りの人を不幸にした罪を彼は未だに背負い続けるだろう。だから、娘の笑う姿だけでも見たい。

 

 不幸な英霊は、当たり前の幸福を懇願する。

 

「—————摧破の赫怒(グラム)!!」

 

 彼がそう雄叫びを上げ、剣を振り下ろそうとした。娘のためにグラムを殺すことが想像出来た。そして、その数分後、彼も世界の修正力によって命絶えるのだろう。

 

 折れた剣は光ることなく、ただ相手の首を狙う。

 

 グラムは涙を流した。目の前に広がる死体だらけの平原に自分も転がるのかと思うと苦しい。最後に見る景色が、こんな残酷な景色なんて嫌なんだ。

 

 彼女もただ平凡を求めていただけなのに。なのに、死なねばならない。運命に抗ったがために。

 

 悪いのは私なのかと自問し、彼女は答えが出なかった。

 

 答えが出なかったから、理解出来ず、この世の不条理さを嘆じた。

 

「私が何をしたというんだ……!」

 

 何もしてなどいない。だが、運が悪かったから、彼女は死ぬ。

 

 アーチャーは彼女の言葉に同情はしたものの、剣を振る速度を落とすことはしなかった。

 

 そして、剣が首筋に入ろうとした。

 

 その時である。現実世界とは一時的に隔離されたはずの固有結界の一部にまるで溶かされたような穴が開いた。そして、そこからバーサーカーを引き連れた少年が入り込んできた。

 

 少年は左手の甲にある三画の令呪を掲げた。それは、俺が前に見た少年の令呪とは別物。それは、バーサーカーの令呪ではないことを意味した。

 

「—————令呪を以って命ず。アーチャー、自害せよ!」

 

 そして、その言葉通り、アーチャーの右手に握られた折れた剣は彼の胴体を突き刺していた。心の臓を潰し、彼の運命の終わりは突然として近くにやって来た。死の足音が聞こえてきている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 つまらぬ理想は追い求めるな。つまらぬ想いは身を焦がす。

 

 運命は時に人を救い、時に人を貶める。それが、絶対的なものだとしたら、それは受け入れるしかないのだ。

 

 運命は人知れず、忍びのように足音立てず首を鎌で切り落とすだろう。

 

 男が追い求めた理想は運命に砕かれることは絶対的な未来なのだ。

 

 彼の運命に光などない。見えたとしても掴めない。それが絶対的な未来として定められている。

 

 そして、彼の娘もまた然り。

 

 破滅の未来は変わらない—————。




ちょっと、今回は自己紹介お休み致します。

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