Fate/eternal rising [another saga]   作:Gヘッド

60 / 137
同じ運命にありながら

 英雄シグムンド。その英雄は一国の王であり、数々の武勇伝を持つ。手足使えぬ状態で狼に襲われた時は、狼の舌を咬みちぎったり、どんなに強い毒であっても毒に対する耐性は強くて、大量の毒入りの酒を何杯も飲んでもビンビンとしていたり。まぁ、生まれつき酒は弱いそうで、すぐに酔っ払ったりしたんだけど。

 

 まぁ、そんな逸話は色物であり、一番に有名な話は『魔剣グラムの最初の所有者』であること。魔剣グラムは主神オーディーンが林檎の木バルンストックにぶっ刺した剣。オーディーンはこの剣を抜いたものこそ、将来スゲェー人になるとか何だとか言ってその場を去った。つまり、選定の剣であり、その剣を見事に引き抜いたのがシグムンドその人である。

 

 それからシグムンドは選定の剣を引き抜いた者として色々と面倒くさい事に巻き込まれるけど、何とか国の王になる。そして、王になって、ある女性と結婚してシグルドが生まれる。だけど、それから間もなく、彼は主神オーディーンに何故だか分からないけど、殺されてしまう。

 

 俺がセイバーの名前を知った時、正直言ってシグルドとか言う英雄の名前なんてさっぱり分からなかった。なのでウィキで調べた時にふと彼女の父親の情報も一通り目を通していた。

 

 つまり、これらのことはその時に俺が知った知識であり、全て現代に残っているシグムンドの英雄譚。

 

 しかし、これが本当の話とは限らない。少なくとも、セイバーのような前例がある。英雄の武勇伝は時に面白おかしく改編されて事実とは異なるものとなることがある。だから、これらのシグムンドの話は何処が本当で、何処が嘘なのか分からない。

 

 だけど、一つだけ分かることがある。紛れもなく、アーチャー、彼はセイバーの父親であるということだった。

 

 いや、逆に何故今まで気付かなかったのだろうか。そんな自分がバカに思えてきた。だって、セイバーの本当の髪が白髪ならアーチャーと髪の色は一緒だし、目の色だって一緒。それにアーチャーがセイバーを殺さない訳だって理由が付く。

 

 アーチャーは幾度となくセイバーを殺すことができる機会に巡り会ってきた。まず、最初にセイバーが召喚された時。もう、あの時すでにアーチャーはセイバーが自らの愛すべき娘であることに気付いていたのだろう。だから、向けたのは矢ではなく、細やかな愛だった。

 

 鈴鹿と一緒にいた俺たちの目の前に現れた時もそうだ。自分を「狂者だ」と言い張り、嘘をついていた。実際、彼が戦闘を楽しんでいるようにも見えないし、彼が戦う理由は一貫しているようにも見える。

 

 そして、アーチャーは俺に言った。「セイバーを守ってやってはくれまいか」と。愛する娘を守りたいと思うのなら、セイバーの一番近くにいる俺にそう頼むのも納得である。もしもの時、彼は娘を守れないかもしれないから、彼は俺に頼んだ。

 

 全てのことが繋がった。彼の意味不明な言動も、俺たちに妙に接触を試みるのも。全て、彼の行動の主軸となっていたのはセイバーなのである。

 

 ……っていうか、一回、彼が俺に「俺はセイバーの父親だ」なんてほざいてなかったっけ?あの時は、彼がその後に「嘘だ」などと言っていたけれど、嘘つきアーチャーにしてみれば、嘘だと言ったことが嘘なのであろう。

 

 セイバーはそんなアーチャーを見ていて涙を流していた。

 

「……嘘だ。そんな、そんな……」

 

 彼女はまるで目の前のアーチャーの姿に唖然とするかの如く、声が失っていた。そりゃぁ、無理もない。だって、彼女は今までずっと孤独でいた。確かに、俺やセイギにアサシンとか話し合える仲の人はいただろうけれど、彼女は血の繋がった人もいなかった。

 

 彼女は今まで一度も血の繋がりのあるひとを目にしたことがなかった。両親でさえも。

 

 心にずっと重りが乗っかっていて、今にでも底が抜けてしまいそうなほど彼女の心は脆かった。心を許すことができた存在がいなかったから、重りを一人で持つしかなかった。

 

 養父を殺してしまった彼女はもう甘える相手がいなかった彼女は求めていたのだ。自分の心の穴塞いでくれるような存在も、自分の犯した罪を許してくれる存在も、自分を本当に愛してくれる存在も。

 

 だけれども、それは近くに居たんだ。セイバーが気付かなかっただけで、本当はもっと近くに居た。ずっと遠くから彼女の安全をずっと見守って、危険があればすぐにでもすっ飛んでくるような存在がいた。

 

 初めてみる父親の姿に涙を流すしか出来なかった。それは気付かなかった自分への悔しさと、自分をずっと影から見守ってくれていた愛する父親への溢れる感謝の感情だけであった。

 

 彼女は涙を流すが、声を押し殺した。今、ここで声を上げてしまったら、いくらアサシンのスキルを一時的に習得しているからとてグラムに居場所をバレてしまう。それは俺たちをわざわざと窓の外まで投げ飛ばしたアーチャーが一番望んでいない結末。グラムに居場所をバレてしまったら、最後、グラムは俺たちを認識してすぐに串刺しにするだろう。アーチャーであっても、一人で四人も守ることなんて出来やしない。

 

 アーチャーは固有結界を展開してすぐに俺たちがグラムにバレないように魔術を行使した。俺たちのいる空間を壁のようなもので区切り、外にいる者からは認識出来ないようにしたのだ。それでも、音による振動は壁越しに伝わるようで、セイバーは初めて見る父(アーチャー)の手を煩わせないように声を押し殺した。

 

 アーチャーはセイバーが気付いたことを察したようで、ふと口角を上げた。

 

「娘の願いを邪魔すんな。グラム」

 

 アーチャーはそう言うと、グラムに向かって走り出した。足元に横たわる鎧を着た戦士の死体を乗り越え、矢を跨ぎ、血が染み込んだ大地を踏みしめて。彼はグラムの首を刎ねようと剣を握りしめる。

 

「嫌な固有結界だッ‼︎」

 

 グラムはまた平行世界から剣を呼び出して、それを間髪なくアーチャーに叩き込む。剣は大地の無残な光景と不吉なほどまで赤い空を映した。

 

 叩き込まれた剣は呆気なくアーチャーの持つ二つの剣によって粉々にされてゆく。またこの骸が群がる平原に新たな骸が次々と美しい金属片となって地へと落ちる。

 

 アーチャーの持つ折れた剣がほぼ同じ形の剣を次々と欠片にしてゆくのである。同じ剣のはずなのに、その剣は砕ける事なく、彼の手の中に健在であった。

 

 あれは多分、アーチャーが持っているからなんだろう。アーチャーの宝具である折れた剣(グラム)は、アーチャーの謎の能力により宝具のランクをEXまで引き上げられている。グラム一本の威力はランクCくらいしかないただの剣だから、傷一つ付けることも無理なんだろう。

 

 アーチャーはグラムが平行世界より引き寄せた剣全てを粉砕して、彼女の元へ駆け寄り、扁平な形の草薙の剣で斬りかかった。

 

「クソッ!」

 

 グラムは手元に一つの武器を具現化させた。それはアーチャーに投げられた剣と同じ形をした剣。グラムだ。その剣でアーチャーの鉛のように重い一撃を受けた。もちろん、グラムは筋力など高くないので、アーチャーの一撃を受け止められるわけもなく払い飛ばされてしまった。しかし、吹き飛ばされた彼女は眼球をだらんと落としている兵士の骸をクッションとするかのように飛ばされたため、グラムは大きな傷一つ負うことはなく、平然と立ち上がる。そして、また空に剣を呼び出した。

 

 彼女の握っていた剣はアーチャーの本気の一撃を受けても折れていない。その様子にアーチャーは少し顔を顰めた。

 

「剣が折れないとは。あの様子からして、その剣は平行世界から呼び出した剣ではなく、セイバーの宝具としての(グラム)。つまり、お前の本体と見た。呪いで強度を上げているのだろう?」

 

「それがどうした?」

 

「いや、少し妙だなと思ってな。このジャパンソード、魔を祓うんじゃなかったのか?」

 

 アーチャーは少し不思議そうに草薙の剣を見つめた。

 

 もちろん、草薙の剣とは魔を祓う剣である。が、しかし、今、彼が握りしめているのは草薙の剣の二代目。。初代の草薙の剣はスサノオとかヤマトタケルとかが持っていた剣であり、この剣は初代の草薙の剣の欠片が混じっているというものである。

 

 初代の草薙の剣は砕かれ、色々な二代目の草薙の剣が作られた。つまり、目の前にある草薙の剣は初代の欠片が入っているだけである。もちろん、欠片だけでも大きな力を有するのだが、初代には遠く及ばない。

 

 普通の呪いなら容易く祓えるだろうが、グラムの持つ呪いは魔法を使えるドワーフの呪い。それこそ、神の力とも言えるくらいの。だから、剣が当たっただけでは呪いが祓われることなんてあり得ない。

 

 突き刺したりして、確実に中から潰すしかないのだ。

 

 と、俺は物凄くアーチャーに言いたかったのだが、声を出すことが出来ないこの状況で、言えるわけもない。

 

 だが、アーチャーは一回使ってみただけで、何となく理由は理解したようで、彼はグラムの首を見た。

 

「つまり、剣に当てるだけじゃダメなのか。息の根を止めろと……」

 

 アーチャーはチッと舌打ちをした。

 

 そりゃぁ、使いづらくてどうもすいませんでしたね‼︎

 

 心の中でアーチャーに向かって叫んだ。すると、アーチャーはまるで俺の心の声が分かったかのように、俺たちにも充分聞こえるような声でグラムに勘づかれないよう応答した。

 

「この剣、使いづらッ‼︎ジャパンソードとかカスだな!」

 

 えええええぇッ⁉︎何で⁉︎何で、アーチャーに俺の心の声が聞こえたの⁉︎えっ⁉︎何で?

 

 俺も声を出さないように口を塞いだ。が、やっぱり動揺を隠せない。何故か、俺は声も出してないのに、彼に筒抜けだったのだ。

 

 が、考えずとも自ずと答えはすぐに出た。それは目の前に広がるあまりにも刺激の強いほどにグロテスクな光景が物語る。

 

 アーチャーの能力の一つ。それはアーチャーが認識した相手の心の中を読むことである。

 

 ここからは俺の推測になるが、アーチャーは生前にバルンストックという林檎の木から選定の剣グラムを引き抜いた。林檎の実は古来から禁断の実として知られ、その実を食べたものは知恵を得る代わりに、いつしか結局、神から叩き落されるのがオチと決めつけられてしまう。アダムとイブが楽園から地上に叩き落されたように。

 

 だから、アーチャーは選定の剣を引き抜いた瞬間に叩き落されることがもう決定付いていたんだろう。一度は王として民を率いて民に讃えられるも、神に殺されるという運命が。

 

 まぁ、本題に戻るが、アーチャーのその能力はバルンストックからグラムを引き抜いた時に知恵として与えられたものなのだろう。彼がこの固有結界を展開する時も、バルンストックと言っていたから、多分相手の心の中を読むという能力はバルンストックから得た知恵であり、固有結界の副産物なのだ。

 

 そして、その固有結界の副産物はどうやら常時発動しているようで、他人の心の中をバンバン読み取っているのだろう。

 

 ……ってことは、今まで俺の心の中をバンバン読まれていたわけ?いや、俺だけじゃなく、セイバーも?

 

 俺はアーチャーの顔を見た。アーチャーは俺の心の中を今も覗いているらしく、俺の今さっきまでの推測も聞いていたかのようである。彼はニタリと笑い、グラムに向かってこう言った。

 

「俺の前では心を無にしないと恥ずかしい所見られるぞ!」

 

「は?そんなこと、とうにしっている!」

 

 グラムはアーチャーの言葉が自分に向けられた言葉だと思い返答したが、彼が言葉を向けたのは俺だろう。

 

 ……なんか、悔しくなってきた。俺だけ心の中を覗かれて、あいつは平然としていられるのってズルくない?

 

 俺だって嘘つき野郎(アーチャー)の心の中を拝みたいわ。どうせ、娘のことを思ってて、『I love シグルド』とか思ってるんだろ?それで、娘のためなら命張れるみたいな自分を『ちょっとオレ、カッコよくね?』って思ってるんだろ⁉︎俺は知ってるぞ!

 

 俺が心の中でそう叫んだら、戦闘中のアーチャーはいきなり顔に熱湯でもかけられたかのように赤くさせた。そして、恥ずかしさを誤魔化すように舌をペロッと出した。

 

 いや、図星⁉︎図星ですか⁉︎いや、最初の方は当たってても良いけど!マジで⁉︎自意識過剰ですか⁉︎

 

 っていうか、男の恥ずかしがっている場面とか誰得?需要ねぇよ!お前は戦闘に集中してろ!

 

 ……何故だろうか。俺は戦闘をただ見ているだけなのに、何でこんなにもカロリーを消費しているのか。動いているわけでもなければ、大声で叫んでいるわけでもないのに。戦闘がもう人間のスケールを超えているからだろうか?確かに二人の戦闘は、多分、一生俺が死ぬほど体を鍛えても追いつけないけれど、それと俺のカロリー消費の異常さは別な気がする。

 

 とにかく、今、俺がアーチャーに言いたいことは一言だけ。

 

 お前は戦闘だけに集中してろ。

 

「んなこった、分かってる‼︎」

 

 アーチャーは俺の心の声に応答するかのように、戦闘へと目線を戻す。足をバネのように曲げ、そして空に届いてしまうくらい高く飛んだ。彼とその周囲の空間を囲う膜が少しゆらりと揺れた。グラムは飛びかかってきたアーチャーに対応するかのように、浮遊させていた剣をアーチャーに放つ。

 

 アーチャーは飛んできた剣を、またさっきと同様に叩き落としてゆく。空間に入った剣はベクトルの向きを変更させて体に当たらないようにし、彼の剣の間合いがグラムに届きそうな時、グラムは本体のグラムを具現化させて呪いを付着させる。またアーチャーの重い攻撃に耐えようとしているのだ。だが、アーチャーは二度も同じ手には引っかからない。一撃がダメなら二撃、二撃がダメなら三撃と増やそうと考えている。

 

 そして、飛びかかっているアーチャーの剣の間合いにグラムが入った時だった。

 

 彼と彼の周りの空間を囲っていた膜のようなものがブレ始めてきたのだ。最初はゆらりと揺れていただけなのに、段々と膜の形自体がブレてきた。

 

 グラムはその事態を見逃さず、即座にアーチャーの横腹に剣の一本を叩き込んだ。

 

 剣は不安定な空間内に侵入した。さっきまでなら、アーチャーの身体に当たらないように進路変更をするはずなのに、どういうことか、剣はそのままアーチャーの横腹に直線的に進んでいく。アーチャーは結構、理の数式(ドゥーム)っていう魔術に頼っていたようで、その事態に少しだけ動揺を隠せなかった。

 

 アーチャーは咄嗟に持っていた二つの剣を重ね合わせるようにして防御体勢をとった。その防御体勢はこの戦闘で、いや、彼が初めて見せた一方的な防御体勢。

 

 横から飛んできた剣のスピードはそれこそ速く、グラムがアーチャーの間合いの外に出てしまうまで彼は飛ばされた。

 

 アーチャーにとってさっきの魔術が切れることは不測の事態だったようで、少しだけ顔が青ざめていた。

 

「まだ二分半ぐらいしか使ってねーぞ。タイムリミットは五分じゃなかったのか?」

 

 彼は自問したが、その後、少し考えたら納得のゆく答えが出たようで、難しそうな表情を見せた。

 

「こんな時でも世界は気を緩ませてはくれぬと言うのか」

 

「どうやら、世界からの修正力が働いたらしいな」

 

 グラムもアーチャーが陥った不測の事態を理解したようである。一気に形勢逆転とでもなったかのように、また余裕の笑みを見せた。

 

 そして、俺も何となくだけど、アーチャーの宝具、そしてアーチャーのスキルのメカニズムについて理由付けることが出来た。

 

 嘘つきなアーチャーの嘘だろと言いたいほどまでにぶっ飛んだその能力が、薄っすらとだけど理解できた気がする。

 

 神を、そして世界を相手にしているアーチャーは、俺の思っていた英雄とは一風変わり、けれどとても勇ましい姿をした英雄なんだ。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。