Fate/eternal rising [another saga]   作:Gヘッド

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余談:今現在、聖杯には過去の3騎分の魂があるが、鈴鹿の魂は聖杯には入ってはいない。顕明連で鈴鹿の魂を斬ったため、鈴鹿の魂は聖杯に戻らずして消滅した。


夜の街

 夜の街は静かである。特にこの市は聖杯戦争を秘匿するために魔術が何らかの作用を及ぼしている。そのため、一般人は家に帰るか、この市から人が離れるようになっている。それも全て聖杯戦争を潤滑に行うため。

 

 足音一つが響く。街灯が俺たちの道を照らすが、俺の知らない街の静けさが、返って俺を不安にした。

 

 セイバーは何かを考え込むように暗い顔をする。彼女のゆっくりとした靴音のリズムが俺の心臓の鼓動と合わさり、彼女の不安を共有するように何故か俺も不安になった。

 

「なんか、胸がざわざわするんです……」

 

 思いつめたように彼女にしては低調な声のトーン。冷たいはずの手をポケットから出して、ぶらんと垂れ下げる。

 

 何か良くないことが差し迫っているように感じると彼女は言う。それを聞いて、俺は彼女の前では笑っていたが、内心ではその言葉に不安を抱いた。

 

 嫌なことか。起きなければいいのだけれど。

 

 俺とセイバーは公園に着いた。が、もちろん公園にも誰もいない。歩くと砂利を踏む音や風邪が俺の耳を冷やしビュウと風の吹く音が聞こえる。それでも幽霊とかが出てくるんじゃないかってぐらい静かで怖い。

 

「ヨウ」

 

 俺を呼ぶ声が聞こえた。俺は声の方を振り返ると、そこにいるのはセイギとアサシン。二人ともラフな格好でいる。その二人の格好に俺は少し驚かされた。

 

 これから聖杯戦争の本命であるサーヴァントとサーヴァントの戦いが始まるかもしれないというのに何故そんな呑気な格好でいられるのか。もしかしたら、自分が負けてしまうかもしれないのに。

 

 ……いや、それだからいいのかもしれない。負ける気がしない。そういうことなのだろう。だから、二人は堂々とそんな姿でいられる。ビビリな俺とセイバーにはそんなことは無理なのだ。根本的に違う。

 

 そこが俺たちとセイギたち、もっと極端に言えばセイバーとアサシンの差なのだろう。セイバーは正直言ってサーヴァントとしては最弱の部類に入る。例えどんなに有名で上位の英霊だとしても質が伴わない。それに比べればアサシンはいい方なのだろう。俺はアサシンの真名を知らないが、多分きっとすごい英霊のはず。もし、俺のサーヴァントがセイバーではなくアサシンであったのなら、俺の行動も少しは変わっていただろう。

 

 セイバーは弱い。英霊として弱すぎる。勝つなんてまず無理である。

 

 でも、勝たねばならない。セイバーと共に勝利を掴まねばならない。どうやって勝てるのか。それを考えなければ、俺らに勝利はやってこないだろう。

 

 アサシンは俺のところに寄って、ペロッと俺の上着をめくる。どうやら、この前のグラムから受けた傷を見るようであり、彼女のお陰でほぼ完璧に直った傷を見ると彼女は俺にこう言った。

 

「うん。まぁ、もう傷は塞がっているね。でも、やっぱり、あんまり動かないようにね。もしかしたら傷がまた開いちゃうかもしれないから」

 

「お、おう。お前、なんだか詳しいな」

 

 エロいことしか考えてなさそうなアサシンが意外にも的確な対応をしてくれたので、俺は少し動揺しまった。こんな奴にもギャップはあるものだな。人は見かけによらないということなのだろう?

 

 セイギは俺とセイバーがいることを確認すると、彼は何やら詠唱を始めた。アサシンはそんなセイギにべっとりと少しいやらしい感じにくっつく。すると、アサシンとセイギの魔術回路が一瞬浮き出たように見えた。そして、詠唱の途中でアサシンはセイギから離れる。

 

魔白と妖殺の暗隠性(ホゥリィ・アンノッティスド)

 

 彼が最後にそう呟くと、俺たち四人を取り囲むように円状の白い魔法陣が形成される。魔法陣は光ったが、特に何にも変わったことは起きなかった。そしてその数秒後、魔法陣は消えた。俺は自分の手や足など変わったところがないかを見てみるが、特にそんな様子も見られない。

 

 俺がキョロキョロとセイギに何をされたかを見つけようと探していたが、どうも変化が見当たらない。そんな俺を見てセイギは笑った。

 

「はっはっ、今の術の変化を探しているの?」

 

 彼は俺を笑う。だが、魔術を少し使えるぐらいの俺が、魔術に精通しているセイギの魔術を分かるわけがない。俺は魔術が使えるだけであり、魔術師などでは決してない。

 

 セイギは俺たちにかけた魔術の効果を説明しようと歩き出した。しかし、特に彼は何にもする様子がなく、ただ歩いているだけだった。公園も静かで、何にも音が鳴らない。それでも、何か違和感があった。

 

「……足音か?」

 

「そう。正確!」

 

 この公園は地面に砂利が引いている。なのに彼が歩いた音が何一つ聞こえない。

 

「アサシンの能力の応用だよ」

 

 アサシンの能力、それは他人に自らの魔力を流したりすることができる能力。アサシンとセイギの間にはマスターとサーヴァントの契約のパイプが繋がっていて、セイギはそこからアサシンに現界のための魔力を与えている。その魔力はアサシンの力となり、その魔力がないと彼女は現界することが出来ない。

 

 アサシンのクラススキルは『気配遮断』。その名の通り、自身の気配を消す能力である。そして、アサシンとしての隠密的な行動を可能にする。

 

 アサシンから魔力を逆流しにすることができるのなら、セイギはそのアサシンとしての能力を人ながらにして得ることができるのである。つまり、サーヴァントではないのに、サーヴァントの恩恵を得るということ。それは普通の人なら一生かかっても無理なくらいのもの。そして、セイギはアサシンから逆流しにされた魔力を使って俺たちにもその恩恵を与えた。この効果は半日も持つらしく、隠密な活動には持って来いだとか。

 

 魔術師であるセイギと、アサシンの特異な体質だからこそ出来る技。それは誰にも出来ない、彼らにしか出来ないこと。

 

「これから敵を見つけるかもしれない。そうなった時のためだよ。敵に見つかることなく、敵を見つける。まずはそれを一番に心がけないと。戦うよりも相手を知る。勝てない戦いはしたくないからね」

 

 セイギはまるで俺に自分の凄さを見せつけるように笑う。巷で言うドヤ顔というやつだ。

 

 でも、今の俺はそんなセイギにものも言えない。セイギは誇れるだけの男だ。彼は俺よりもちゃんと魔術と向き合ってきて、自らの魔術を高めるためにコツコツと修行していた。それが彼にとっての努力の賜物であり、それは揺るぎない彼の力である。

 

「スゲェじゃん」

 

 俺がそう褒めると彼は照れる。けど、それと同時に少し暗い顔をした。何かが頭の中でふと生じたようであった。顔は俺の方を向いているが、彼の目は下を向いて意気消沈としている。

 

「いや、そんなことないよ」

 

 鋭い棘のような言葉を彼は俺に吐いた。無意識でわざとではないのだろうが、彼は何やら戸惑いのようなものを感じているみたいで、きゅっと唇を噛む。そんなセイギを見ていたアサシンは心を潰されたように感じた。そして、彼女は俺の目をセイギから逸らすようにこう言った。

 

「じゃぁ、行こうか。夜の街の巡回に」

 

 彼女は俺とセイバーをセイギから引き離すように俺たちを先導する。セイギはその後ろを影みたいに離れず付いてくる。俺たち四人の足音は全くと言っていいほど聞こえない。静かな夜である。

 

 夜の塵の積もった道を自然と靴音を殺してながら歩いていた。冬の乾いた寒い空気が俺たちの吐く息を白くさせるが、敵に狙われるかもしれないという強い恐怖感に囚われている俺とセイバーは周りを警戒していてそれどころではなかった。キョロキョロと辺りを見回して、風が木々を動かす音に動揺する。

 

 夜の街は怖い。聖杯戦争の戦場は夜の街だから、いつここが戦場と化してもおかしくはない。ましてや、夜だから敵が何処にいるのかも分からないし、敵が狙っているのかも分からない。

 

 常に緊迫していて、休めることなんて何もない。ただ、俺とセイバーは最悪の事態に備えるために慎重に慎重に一歩一歩歩いていた。

 

 のだが、10分後には俺とセイバーは普通に歩いていた。

 

「いや、全然敵来ねぇじゃん」

 

 なんか敵と遭遇しない。遭遇どころか、そんな気配もない。遭遇もすれ違いも無いのである。

 

 俺とセイバーの予想ではバンバン敵が現れて、まるで本当にこの街が戦場と化すのかと思っていたが、平和である。物音が壊れたりする音も聞こえなければ、戦闘のような金属がぶつかり合う音も聞こえない。

 

「想像とは違って、戦闘三昧というわけではないんですね」

 

 セイバーはその事実にホッと胸を撫で下ろす。彼女にとって戦闘に勝つことなんて無理であり、生き残ることを最優先に考えねばならない。だが、幸運にも戦闘が次々と起こるというようなことはなく、むしろ他の陣営も慎重に負けないように動いているため、あまり変化はない。そんな事実に救われる。

 

 しかし、セイギとアサシンは巡回の足を止めない。俺とセイバーは敵が見当たらないし、もう来ないだろうと安心しきっているが、二人はそれでも警戒している。

 

「まだ、敵がいないって決まったわけじゃない。いくらアサシンの力を使っても、バレてしまうものはバレてしまう。だから、いつどんな時でも警戒を怠ってはいけない」

 

 セイギは俺たちに聖杯戦争のノウハウをまるで普通であるかのように語る。しかし、まず命を狙われるなんて事態に普通の人はそう遭わない。なので、ガチのサバイバルを初めて経験する俺たちにとって、こんな行為は現実とは遠い体験のようなものに思える。

 

 それでも命を落としかねないことに変わりはないのだが……。

 

 それから5分ほど街を散策してみたものの、サーヴァントどころか人一人として見つけられない。これも聖杯戦争を円滑に行うための街にかけられた魔術の作用なのであろうか。

 

 セイギとアサシンは街に誰も人がいないと断定し、これ以上探しても意味がないと考えた。

 

「ねぇ、どうやらもうここを散策してても意味ないようだね。サーヴァントとか使い魔はいないみたい。何処か他の場所に行こう」

 

 何処か別の場所へ行く。でも、何処に行けばいいのだ?俺は出来ればサーヴァントがいない場所に行きたい。やっぱり死の危険から回避できるなら、それに越したことはない。

 

「廃工場……とかどうだ?」

 

 廃工場。神零山の麓の所にある廃れた工場のことである。この工場は機械の部品を作っていたらしいのだが、数十年前にこの工場主は死に、従業員も何処かに行ってしまったそうだ。そして、今では周りが雑草で囲まれた森の中にある廃工場のようになってしまっている。神零山が鈴鹿のせいで誰も寄り付かなくなってしまったから、そんなことを知っているのは俺などの地元住民ぐらい。

 

 セイギはもう神零山の幽霊の正体が誰であるかを知っている。だから、彼にとって神零山に行くのは苦ではない。

 

「廃工場か……。うん。行ってみる価値はあるね。ただでさえ誰も寄り付かない神零山なんだから、誰かが拠点にしているっていうのもあり得る」

 

 俺たち四人は廃工場に向かうことに決めた。廃れた廃工場に誰もいないことを信じて。

 

 だけど、現実はそうはいかない。

 

 セイバーの感じた嫌な予感が段々と、一歩一歩近づいてくる足音が聞こえたように感じた。

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 殺風景な部屋の中に通された。本棚はあるが、別に魔術師らしく何冊も魔道書を置いてあるというわけではない。魔道書は数冊程度であり、他は日記や小説、教師としての指導書などである。後は観葉植物らしきものも植えてあるが、何処かその植物は生きている感じがしない。後は綺麗に飾られている鉄の欠片ぐらい。本当に何も無い部屋である。

 

 白髪の男は許可なく勝手に人の日記を手にとり開いた。その日記は十年前のあの聖杯戦争のことが綴られていた。綺麗な字がその日記に書き記されていたのだが、時に乱雑に、時に紙の一部が皺になっていたり、字が上から水が落ちたように霞んでいたりしている。

 

 女教師は自分の日記を見られると知るとこう言った。

 

「あまり、勝手に見ないでくれ。それは大事なものなんだ」

 

 男は女教師にそう言われると、ふっと笑う。そして、綺麗に飾られている鉄の欠片を指差した。

 

「大事なのはこんな字よりももっと他のものだろう?」

 

 男にそう言われた女教師は凛とした表情を崩さない。

 

「勝手にほざいていろ」

 

 女教師は男の前のテーブルに紅茶と宝石を二個置いた。フルーティーなよい香りがその紅茶からする。赤い紅茶は部屋の明かりを反射して男の目に映す。その横にある青い宝石。その宝石からは物凄く大きな魔力が感じられる。

 

「言われた通り、宝石に魔力を込めたぞ。高純度の魔力をそこに込めた。私の魔術がお前でも使えるだろう」

 

 宝石魔術を行おうとしている男にとって、その宝石に蓄えられた魔力の量と質は申し分のないほど素晴らしいものであった。それを僅か8時間で二個も精製したのだ。彼女にとって魔力消費は相当なものであろう。それでも、女教師は平然としている。

 

 しかし、男の目は誤魔化せなかった。男は女教師を見て、口元を緩めた。

 

「平静を装っているな」

 

「そう見えるか?」

 

「ああ、そう見える。俺の経験上、平静を装う者は何人も見た。『大丈夫です。まだ戦えます』と俺に言い、翌日に屍として帰ってきた者を何人もな」

 

 男の口元は緩んでいたものの、表情が浮かない。過去を振り返り、まるで自分の失敗を悔やむかのようである。

 

 男は宝石を手にし、部屋の明かりに透かして宝石を見る。純度の高い魔力を込めたその宝石は濁ることなく明かりの光を通す。

 

「これはどれぐらいの時間使用できるのだ?」

 

 男にそう聞かれた女教師は決まり悪そうに少し顔色を変える。

 

「一個につき約五分間だ。少ないか?少ないなら……」

 

「いや、充分だ」

 

 男の予想外の返答に女教師は少し拍子抜けをする。五分間というのは戦闘にとっては長い時間かもしれないが、それでも本当の宝石魔術であったのなら十分ほどまで延長出来たはず。しかし、早急に作ったもののため、そんなに長時間使用することが出来ない。

 

 男は宝石を巾着に入れてからズボンのポケットにしまう。そして、彼は女教師が用意した紅茶を飲むことなく玄関の方へ向かう。

 

「紅茶は飲まないのか?」

 

 女教師の質問に男は足を止めた。そして、女教師に向かってまた頭を下げた。今日で二度目である。

 

「すまない、用意してもらって。しかし、その紅茶はアップルティーだろう?生憎、俺はアップルティーは嫌いでな」

 

 男はそう言うと外へ出た。そして、倒さなければならない敵へと歩き出した。

 

 女教師はティーカップを手に夜空を眺めていた。星がちらほらと暗い空に美しさを与えている。その空を見ながらティーカップに注がれたアップルティーを啜る。閑雅でありながらも、少しクセのある味。口の中の温度を少し温かくしながら喉を通る。喉に通ると喉にその温かさが伝わり、口の中の甘い香りが鼻を通り抜けた。そんな美味しいお茶の入ったティーカップを軽く揺らす。

 

「林檎とは知恵の実であり人が食べてはいけない禁断の実。禁断の実から知恵を得たものは神により没落させられる。そういう運命だ。あの男もまたその運命に翻弄された人物の一人だろう」


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