Fate/eternal rising [another saga]   作:Gヘッド

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余談:アーチャーだけが嘘つきとは言っていない。


理の数式

 放課後、教室の掃除当番の生徒たちがワイワイと楽しく話しながらモップを床に擦り付け、箒で埃を掃いていた。そんな生徒たちを教卓の前のイスに座りながら見ていた白葉は日々の仕事の疲れを吐き出すように欠伸をし、生徒たちに早く掃除をするように促す。

 

 学校が終わり、多くの生徒が家に帰っている。なのに、白葉はこれから大変な作業をしなければならない。試験は今日までであり、これから大変な解答の丸つけ作業が残っている。首から肩にかけて、また鋼のように硬くなってしまうのが目に見えていて、何故こんな面倒くさい職に就いてしまったのかと自分を恨む。

 

 教師になりたかったわけではない。若者と戯れるのも別に好きではない。ただ、自分の得意な数学を活かしたかったからである。

 

 魔術でもう人を不幸にしない。10年前にそう心の中で誓い、それから魔術の世界には立ち入らなかった。だから、もう魔術師としての運命から逃げることができたとそう思っていたのに、何故こんな時に来るのであろうか。

 

 白葉はまた深いため息を吐く。それは試験の丸つけという地獄のようなデスクワークに対してのため息でもあれば、魔術という嫌な現象の事でもあった。

 

「ほら、お前たちー、早よ帰れ。私は丸つけで忙しいんだ」

 

 彼女がだらけた声で生徒に教室から出て行くよう指示する。生徒はそんな白葉を笑いながらも言うことに従う。一応の信頼関係は築けているらしいが、彼女はそんな信頼関係を特にどうとも思っていない。そんな自分に彼女は言い聞かせるように呟いた。

 

「まだまだダメだな、私は」

 

 彼女は教卓の上に置いてあった書類を整えるように、両端を軽く持って自分の太ももに落とした。紙の束が太ももに当たり少しだけ揺れる。そんな彼女の目線は教室の端の窓側の席の後ろに向いていた。

 

 白葉以外誰もいないはずの教室。教室の中には白葉しかいないし、視認することは出来なかったが、彼女はその誰もいない空間に話しかけた。

 

「おい、何時までそこで突っ立っている気だ?」

 

 白葉のその行動は奇妙極まりないことであった。誰もいないのに、誰かがいるように話しかけたのだ。その白葉の姿を誰も見てはいないものの、そんなことは気違いじみている。それほどまでに変な光景であった。

 

 しかし、その光景の中に一人の男が現れた。それは教室の端の窓側の席の後ろにいきなりと言っていいほど、突然姿を現したのである。白い髪に浅黒い肌をした男、それは紛れも無いアーチャー本人であった。

 

 白葉はアーチャーが霊体化してそこに存在しているのを見抜いていたのだ。一般人には見えないはずのサーヴァントの霊体化が白葉には認識されていた。その事態は白葉が一般人ではないことを示していた。

 

「やれやれ、まさか気付かれていたとはな」

 

「気付かれるさ。むしろ見つけてくださいと言うような気配だったぞ」

 

 彼女は悩み事ができてしまったかのように額に手を当ててため息をついた。

 

「全く、何で私の目の前に現れる?私は今回の聖杯戦争に関わる気など一切ないぞ。帰ってくれ」

 

 そう言い残し、彼女は教室から出ようとドアの所まで歩き出す。そんな姿をアーチャーはジッと見ていた。

 

 そして、アーチャーは腰の所からクロスボウを瞬時に取り出し、白葉に向けて矢を射た。殺気も出さずに彼は白葉を殺そうとしたのだ。

 

「全く、そんな武器(おもちゃ)で私を殺す気か?」

 

 彼女はアーチャーを睨み返した。その様子はまるでアーチャーが白葉に向けて矢を射ることが分かっていたようである。

 

理の数式(ドゥーム)展開(エクスパンド)

 

 彼女がそう唱えると、彼女の周りの空間が他の空間と区切られる。そこは彼女の絶対無双地帯。その中に入り込んだもののあらゆる数値が彼女の支配下に置かれる。もちろんアーチャーが放った一本の矢も例外ではない。空間に突っ込んだ瞬間、その矢は空中で止まったのだ。進むことも無く、落ちることも無い。物理的現象を全て無視した魔術の無双地帯の中ではアーチャーの矢は虫ケラも同然であった。

 

曲がれ(クロキッド)

 

 止まっていた矢はベクトルの方向を変えるかのようにアーチャーの方を向く。金属の鏃がギラリと光り、狙いは白葉のこめかみから、アーチャーの胸の中にある命の源に変わっていた。

 

解除(ディサァーム)

 

 彼女の魔術が解けた。すると、矢はさっきと同じスピードでアーチャーの心臓に向かって進み出した。アーチャーは白葉の魔術に感心しながら、折れた剣を取り出して、矢をはたき落とす。

 

 白葉は淡然とした顔でアーチャーを見る。アーチャーは容易く矢を返し、悠々とした白葉を見て口角を上げた。

 

「流石、魔術の展開が速い。前回の聖杯戦争を生き残ったことだけはあるな。元ランサーのマスターよ」

 

 アーチャーにそう言われると、白葉は表情を変えた。少しだけ人情味のある顔を彼女は作り、何か過去の、10年前の凄惨な殺し合いを記憶の底から探し出した。彼女にとってその記憶が嫌な思い出なのか良い思い出なのかが定かではない。ただ過去を振り向くのが辛い彼女はここ最近記憶を掘り起こすようなことはしていなかったため、少しだけ心が揺れたのである。

 

「……何故お前のようなものが知っている?」

 

「少し俺のマスターがその手のことに詳しいからな」

 

 アーチャーは武器をしまう。それは白葉に対しての攻撃の意思がないことを示していた。しかし、白葉はそんなことをとっくに分かっていた。

 

「アーチャー、お前のクロスボウはそれだけか?」

 

「ん?ああ、そうだが……」

 

「そうか、アーチャーなのにアーチャーとしての武器がおもちゃなのはどういう事だ?」

 

 白葉の質問は鋭かった。あの数秒の時間でそこまで見抜いていたのだ。白葉のその洞察力にアーチャーは嘘をつくことは出来まいと感じ取ったのか、彼は嘘をつかなかった。

 

「そのまんまの意味だ」

 

 アーチャーは腕を広げて見せた。腰に備えてあるクロスボウと折れた剣が姿を見せる。その姿を見て、白葉は何かを悟ったようである。

 

「……ほう、そう言うことか。アーチャーならざるアーチャー。まぁ、今回はそう言うところから考えてみると色々と興味深いな。人殺しのできないサーヴァントが多い点から見ても面白い」

 

 彼女は書類を机の上に置いて、アーチャーの目の前まで来た。そして、彼女は質問を投げかけた。

 

「私のところに来たのだ。用があるのだろう?」

 

 白葉はアーチャーにそう聞くと、アーチャーは一瞬呆気にとられたように拍子抜けた顔をするが、その後に彼はフッと笑った。

 

 彼は彼女に小さな袋を投げ渡した。白葉は片手で投げられた袋をキャッチした。硬い感触が袋の布地を通して伝わった。彼女は袋の口を開き、中身を袋から出した。

 

 赤や青、多種多様な石ころが7、8個袋の中から出てきた。中には透き通るほど美しいものがあり、その石の煌きは美しいものであった。

 

「宝石か?何故こんなものを私に渡す?」

 

 白葉はアーチャーから宝石を渡されたことが疑問であった。何故、宝石なんかを彼女に渡すのか。

 

「魔力をその宝石に込めてくれ」

 

 彼女はアーチャーにそう言われた時、彼の考えていることが少しだけピンと来た。宝石に白葉の魔力を蓄え、白葉の魔術をアーチャーが使おうというものであった。言わば宝石魔術の一種である。

 

 アーチャーは白葉の魔術がどうしても必要だった。だけれど、彼には時間がないのである。今から白葉の魔術を習得なんて出来るわけがない。だから、彼は彼女の魔力を宝石魔術として行使しようとしていた。

 

 が、アーチャーは魔術師などではない。魔術のことなんて名前を知っているくらいであり、彼は彼の持つ固有結界以外の魔術なんて本来は使えない。だから宝石魔術のことも一切知らない。

 

「おい、アーチャー。まさかこれを今日中に終わらせろと言うのか?それだったら諦めてくれ。宝石魔術とは長い時間をかけて、質の良い魔力を徐々に溜めるものだ。濁りのないようにだ。そうでないと、使う時に威力のダウンに繋がってしまう。特に私の魔術の場合、宝石に魔力を溜めることなんて向いていない。つまり、今日中には宝石に魔力を溜めることなんて無理だ」

 

 魔術のことなど一切知らないアーチャーはそんなことも知らなかった。なのに、彼は宝石魔術をしようとしている。それが白葉には不思議でならなかった。だが、彼女はその質問を投げかけなかった。アーチャーの青い澄んだ目が覚悟を決めていることを見せており、そんな目をする者に話すことではないと彼女は自分を抑制したのだった。

 

「何故そう同じ目をするのだ……?」

 

 彼女はボソッと独り言のように呟いた。アーチャーの目が、10年前に見た馬鹿な男の目と凄く似ていたように見えた。何か大切なものを守るためにする時の目であり、その目に偽りはない。一番近くで彼を見ていたから分かる。この男も何かを守り抜く覚悟があるのだと。

 

 彼女はアーチャーから与えられた宝石を眺めた。魔術に使う宝石としては上物である。サーヴァントがよくこれだけの宝石を集めたものだ。

 

 白葉は頭を悩ませたが、結局最後はため息を吐くだけであった。

 

「……はぁ、全く、これだからサーヴァントは嫌なんだ。生前の悔いややり残したことをこの世に来てやろうとする。それで他の者に迷惑をかける。何でサーヴァントはみんなこうなのだ?」

 

 白葉は皮肉混じりにアーチャーに質問をした。内心ではそんなことを思ってなどいないのに、口ではそう嫌味ったらしく言う。アーチャーの覚悟を見定めようという気である。

 

 白葉の皮肉混じりの言葉を受け取ったアーチャーは頭を下げた。

 

「それでもやってはくれまいか?お願いだ。お前しかいないんだ」

 

 アーチャーの頭の方向にいる白葉は宝石をじっと見つめた。質の良い宝石だから、1、2個なら今日中に魔力をストックさせることが出来るはずである。まぁ、それでも相当な魔力量を注がねばならず、魔力量の全快までなるには1日はかかるであろう。疲れる仕事であるのは目に見えていた。それでも彼女はアーチャーの依頼を断ることができなかった。

 

「おい、アーチャー。多分今日中に完成する宝石は1個、運が良くて2個だろう。残りの宝石は置いていけ。高く売れるだろう。依頼の駄賃は安いが……、まぁ、残りはお前が戦いに勝った時に請求するとでもしよう。不満はあるか?」

 

「いや、宝石に魔力を溜めてくれるだけで有難く思う。この恩、いつか必ず返す」

 

 アーチャーのその言葉を聞いた時、少しだけ白葉は何かを感じ取ったように思えた。彼女はアーチャーの方を振り向くが、目の前にいるのは白髪の青い目をした浅黒い肌を持つアーチャーであり、彼女が感じ取った人と違う。勘違いだと分かっているのに、彼女は反応してしまった。そんな自分が非常に愚かだと感じ靉靆たる表情を見せる。

 

「じゃぁ、今から8時間後、ちょうど12時頃に私の工房に来い。どうせその場所も知っているのだろう?」

 

「分かった。では、失礼する」

 

 アーチャーはそう言葉を残し、姿を消した。アーチャーが姿を消してから、彼女は教室の窓の外を眺める。冬の4時頃にはもう日が落ち始めている。

 

「『いつか必ず恩を返す』……か。まだ私はあいつに恩を返してもらっていないな。あの言葉は嫌いだ。約束なんて、破られるためにあるのだから……」

 

 彼女の瞳の奥が潤う。彼女の手に握られていた宝石が落ち行く日の光に当たり命を燃やすように美しく耀いていた。

 

 prrrrr……prrrrr……

 

 白葉の携帯がブルブルと揺れながら音を鳴らしていた。誰かからの着信である。彼女はその携帯の画面を見た。

 

 ウルファンス・ハルパー。そう名前が表示されていた。彼女はその名前を見ると、チッと舌打ちをして着信を拒否し、携帯をポケットの中に入れた。

 

「新しい監督役に採用されおって……。まぁ、この戦いももうすぐ終盤と言ったところだし、あの男は来なくてもいいのだが……。それにどうせ、あの男、この街による気もないのだろう……」

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

「……あっ、電話切られた。嫌われるようなこと、したか?まぁ、いっか」

 

 ハルパーは少し大きなキャリーケースを引きながら空港を出た。そして、大きく息を吸って吐いた。

 

「10年ぶりだな。日本の地を踏んだのは……」

 

 この男、新しく監督役に任命された魔術師である。

 

「まっ、どうせすぐ終わるだろうし、俺は日本観光して、時計塔にとんぼ返りでもするか」

 

 が、この男は白葉の予想通り織丘の聖杯戦争には現れなかった。




はい!今回は丁度話に出てきた謎の人物から。

ハルパー・ウルファンス

白葉と同い年の27歳。白葉が時計塔にいた頃からの同級生であり、前回の聖杯戦争のキャスターのマスター。前回の聖杯戦争で、主人公が白葉だったら、彼は裏の主人公。

性格は陰気で空気も薄くて、長年一緒のクラスにいた人でも存在にさえ気づかれないほど。趣味は一人で観光とクラシック音楽を聞くこと。

由緒正しい魔術師の家系に生まれたお坊っちゃまであり、唯一の跡継ぎ。その為、小さい頃から家の魔術に合った英才教育を受けたが、何故かどうも魔術の腕がちっとも良くならない。そのせいか、一族の恥、出来損ないなど言われ続けたため、彼自身が物事に無関心になってしまい、中身が何にもないようなほど面白くない人間に育つ。

時計塔に入ってからもその能力は開花することなく、周りと格差が生まれていくばかり。運良く、その時には影が薄かったので注目やいじめなどは受けないが、彼自身の心の中はもうズタボロ。

その為、彼は魔術師の家系を継ぐために聖杯戦争に参戦。三騎士の召還を夢見ていたのだが、何と運悪くキャスターが召還されてしまった。キャスターと自分の魔術の出来なさを改めて見つめることで、魔術師としての生き甲斐をなくす。

が、実は彼は結構特殊な魔術回路の持ち主であり、家系の魔術師とは相性が悪かったのである。それをキャスターに見出され、才能がぐんぐんと開花。しかし、聖杯戦争には敗北してしまう。その時、キャスターとの押し問答によって今現在も織丘市は—————となっている。

そのあと、時計塔に戻り、『こんな奴いたっけ⁉︎』ってぐらい有名になり、今現在は時計塔で非常勤講師をしている。大抵のことは教えられるらしいが、研究に没頭して授業どころじゃない。階位は祭位(フェス)

家族のみんなに彼の魔術回路のことを話したら納得されたみたいで、今現在は無事に当主ともなっている。

魔術は『残留』の魔術である。これは彼のみが使える能力であり、封印指定の候補にもなっている(本当だったら封印指定なのだが、非常勤講師ということで時計塔の監視下にあるようなものなので、許してもらっている)。魔術をその空間に留めておくという魔術であり、戦闘では専らサポート。しかし、まぁ、前回のキャスターとコンビを組むとチート級。
それにプラスで、ハルパー家の魔術である強化の反対バージョンの『弱化』も使えるが、それほど上手くはない。

今回、聖杯戦争の監督役として抜擢されたのは、封印指定をさせないためである。なんらかの理由で教会の方が監督役を出せるような状況でなかったため、教会とも縁のあった彼が抜擢された。抜擢された理由は、前回の聖杯戦争に参戦しているため他の者よりも詳しく知っていることである。彼自身乗り気ではなかったのだが、封印指定を自分に今後一切しないことを条件取って引き受けた。が、このルートではサボり中。

ちなみに、このルートではもう多分出てこない。

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