Fate/eternal rising [another saga] 作:Gヘッド
鞘と柄を握り、ゆっくりと刀身を鞘から引き抜いた。妖々と怪しく光る緑色の刀。
鈴鹿は俺が刀を手に取るのを見て、嬉しそうに微笑んだ。
セイバーはそれをただ見つめていた。もう、彼女はどうすることも出来ないし、どうにかする気もない。今、この状況から二人を助け出すにしても、彼女の力では力不足だし、この状況から抜け出せるのなら彼女はすぐさまにしている。
でも、残念ながら彼女にはその力はない。悔しいほどに無力なのである。それを彼女は
自分が無力なばかりに、他の人まで自分と同じように親を殺すという羽目にあってしまうのか。彼女はそう感じていた。
今、俺がいる状況は少しばかりか昔のセイバー自身に類似していると彼女は感じていた。
彼女は自分の育ての親を自らの手で葬った。しかし、今になって考えれば、親は血の繋がりのない親であったとしても、本当に彼女を愛していたのである。自分の軽率な行いを非常に憎んだ。
俺は彼女を昔の俺と見ているように、彼女は俺のことを昔の自分だと見ていた。親を不本意に殺すという点から、彼女は俺を昔の自分と照らし合わせていた。
彼女は親を殺して後悔した。絶望に打ちひしがれ、それでも彼女は今、希望を求めている。それが出来るのは、彼女のマスターが彼女の側にいたからである。なら、彼女は、今度は自分が側にいてあげようと決心した。それこそ、鈴鹿の思いを踏みにじらず、最大限尊重した結果であり、彼女はその方法しかする気がなかった。
言ってしまえば、セイバーは部外者である。だから、彼女は眺めていることしかできない。二人の行方を。
刀を手に取った俺は、鈴鹿の方へと向けた。刀の延長線上には彼女の胸がある。俺はゆっくりと、ゆっくりと一歩ずつ彼女に近づいた。
近づくに連れて、俺は何で鈴鹿を殺さねばならないのかを考えた。
グラムがこの世にやって来たから。それがそもそもの諸悪の根源であると考えられた。グラムが聖杯を奪い、殺戮を極めようとするばかりに、鈴鹿をころさなければならないのである。
けど、俺はすぐさまその考えを否定した。だって、その考えを否定しなかったら、セイバーがこの世にいるってことも否定しなきゃならなくなる。セイバーがグラムを出現させた大元なのだから。
セイバーは悪くない。けど、悪い。その矛盾が俺の心の中でグルグルと渦を巻く。結局、俺はセイバーは悪くない。そう無理矢理にでも思い込んだ。無理矢理にでも思い込まないと、俺はセイバーに怒りを向けてしまうかもしれない。それに、それを鈴鹿は許さない。二人の問題だからっていう理由で、関係のないセイバーに怒りを向けた俺を彼女は許さないだろう。
鈴鹿を殺すことに何か意味を見出そうとした。意味を見出せば、俺はしょうがないと思えて彼女を殺すことが出来るかもしれない。俺も彼女も苦しむことなく終わらせられるのである。
でも、意味なんて見出せなかった。彼女を殺して何の意味があるのかなんてわからなかった。グラムの野望を阻止できるとしても、それは一時的なものであり、その一時的なもののためだけに鈴鹿一人の命がなくなるというこのことが俺は非常に気に食わない。
それは、俺が彼女に対して、最大の敬意を表してだからである。鈴鹿という一人の女剣豪が、俺にとっては人生を変えるほどの出会いであったはずである。だから、俺はそんな彼女の命を軽く扱えなかった。
彼女は尊い存在であり、そんな彼女の胸にこの刀を突き刺すことなんて出来ないのである。
「……殺せねぇよ」
俺はその一言に今までの鈴鹿への思い全てを詰め込めた。
俺の答えは決まってしまったのである。彼女に刀を刺すなんて、もう無理なことになってしまった。
「無理なんだ。鈴鹿を殺すなんて、俺には無理だ。鈴鹿が俺に教えてくれたこと、色々あんじゃん。剣術に、支えられることの安心さ、親がいるっていうこの感情も、何もかもあんたから教わったんだ。その恩も返さずに殺すなんて、俺には無理だよ」
俺は刀の先を地面へと向けた。俺は下を向き、自分の足元を見た。
「例え、意気地無しとでも、チキンとでも呼ばれてもいい。でも、俺には殺すことなんて無理なんだ!怖いんだよ!鈴鹿がいなくなるっていうのが……。だから、死なないでくれよ……」
無理な願いである。死にそうな人に対して、死なないでくれと言って、それが実現できるほど世界は優しく作られてはいない。無理と嘆いても、世界は一つも変わらない。それでも、どうにもすることのない俺は、どんなに訴えてもビクともしない世界に向かって悲痛の言葉を叫ぶのみ。
無理だとは知っている。それでも、そう自分の思いを声に出していたかった。だから、俺は無理を口にした。
俺の鈴鹿への思いを言葉で時という文書に綴り上げてゆく。自分の思いは止まらなかった。ありのまま、自分の思いを彼女に見せた。
俺は奇跡なんて信じるような
だけれども、今、俺はその奇跡を信じた。信じたかった。手のひらを返してでも、この現状を変えたいと思い、夢に
少年漫画とか何処ぞの王道ストーリーみたいに、俺は何かに助けてほしいと思っていた。
—————この辛い現実から俺は逃げたくなった。
「死んでほしくないんだ」
それでも俺の声は段々と弱々しくなってくる、現実から逃げられないと知り、俺の理想は
理想の残骸だけが残り、その上に立つ俺の足の裏は残骸が刺さり血だらけであった。
痛い。
鈴鹿への思いが心の痛みさえも
鈴鹿は俺を見て一瞬悲しそうな目をする。そして、その目が翻り、何かを覚悟したかのように、俺を見た。そして、ゆっくりと口を動かし、こう俺に聞いてきた。
「—————お前は、聖杯戦争をどう思っている?」
聖杯戦争をどう思っている?
俺の心には二つの思いがあった。感謝と憎悪である。
俺は聖杯戦争で過去のことを知った。それも前回の聖杯戦争で作られていて、今の俺がいるのは聖杯戦争が深く関わっているからである。だから、俺はセイバーや鈴鹿と出会えた。それは紛れもない事実なのである。
でも、聖杯戦争があるから、俺は失うんだ。得たものも、元からあったものも失ってしまう。
プラスとマイナスの感情が心の中で渦巻いて、訳がわかんなくなっていた。その内、俺は考えるのを止めて、見ようともしなくなるだろう。
「わかんない」
それが俺の答えだった。答えられるほど、俺の答えはまとまっちゃいない。だから、いつもみたいに抽象的で大雑把な答えしか言えなかった。何事にも目を
俺らしい返答を待っていたのだろうか、彼女はその答えを聞くと清々しい限りの笑顔を見せた。それは鈴鹿の中での俺の存在を遠回しに証明するものであり、少しだけ俺は言葉を詰まらせた。
「何、そう嫌がることはない。お前らしいじゃないか。それでいいんだ」
「嫌じゃねぇよ……。その、なんつーか、嫌っていうか……」
言葉で表現できない俺の気持ちが心の中に生じて、どうすればいいのかが分からない。人は言葉で事象を理解するからこそ、言葉を分からなければ俺はその心の中での事象を理解できなかった。
「なぁ、お前はどう思ってるんだよ。この聖杯戦争を」
鈴鹿に問い返した。俺には聞いておきながら自分で答えないのは少しズルい。鈴鹿は俺の質問を聞き、口を閉じて、少しだけしんみりとする。何を考えていたのか、その場の空気が硬く重くなる。
口を開けたのはそれから数秒後、白い歯を見せた。揚々に語り出す。
「私はこの聖杯戦争が好きだ。大ッ好きだ!確かにこの聖杯戦争はお前たちが考えるように嫌なことばかりが起きる。現実から目を背けたくなるほどに辛い。でも、得たものもある。私はお前と出会えた。それは、過去のどんな経験よりも、喜びよりも得難いものだ。その出会いは、私の中の世界を変え、私自身を変えた。聖杯戦争は殺し合いだ。だからと言って、それから逃げようとはするな。絶対に得るものがある。私がお前から得た
彼女の笑みは嫌になるほど
彼女と俺の矛盾が歯がゆい。歯がゆいのに、俺は彼女にそれを言えなかった。それを言ったら、俺は彼女の全てを否定することになってしまうから。
いや、もしかしたら俺の考えが矛盾しているのかもしれない。
探れば探るほど、俺の心は深くへと潜り込んでしまい、真実が見えなくなっていく。
彼女は少しづつ、俺に歩み寄る。まるで自分から俺の刀の餌食となりに行くように。
「この森は私の原点だ。鈴鹿御前という一人の女剣豪が生まれた場所。始まりの場所で終えることができるなんて思ってもないことだ」
彼女が歩くと、地に落ちた葉がパリッと砕ける。
「私はお前を誇りに思うぞ。こんなに優秀な弟子に育て上げることができたのだからな。師として、嬉しいばかりだ」
彼女の後ろ髪が揺れる。
「師として……いや、親としてだな。親として、子の成長を凄く実感した。まぁ、でも少しだけ大きくなってしまってあの頃のあどけなさが恋しいが……」
彼女は俺の目の前に来た。そして、俺の手にある顕明連の刃を手で握った。
「それでも、お前は私の子であり、私はお前の親である。その愛は年が経つにつれ、もっと大きくなってしまった。皮肉だな。子守なんて嫌がっていたはずなのに、今じゃもっとしたいと思える」
彼女の刃を握る手から、赤い血が流れる。そして、その傷口から段々と体が消滅していった。それでも彼女は握るのを止めようとはせず、その手を自らの胸の方まで持ってきた。刀の先が彼女の胸の前にある。
「—————私はお前に殺されたいんだ。お前の手で、全てを終わらせてくれ」
彼女はそう言うと前へと歩いたのだ。胸の前に刀が垂直にあるのに、彼女は自ら刺されるように体を動かした。そして、手を伸ばし俺にまた抱きつく。
「ハハハハ、なんだろうな。二回目の死はすんなりと受け入れてしまった。ああ、久しく忘れていた。この感覚は……あまり良くないな。怖い……」
彼女は生前、山に置き去りにされる記憶を思い出した。誰かに捨てられ、もう誰とも会えなくなるという寂しさがあったが、小さい頃の彼女はそれを表現できなかった。
今、彼女は誰に会えないから怖いのだろうか。
いや、それは考えるまでもなかった。
俺の握っている刀から、彼女の血が流れ出て、顕明連の力なのか、サーヴァントの体を構成するエーテルが崩壊していくように見える。刺されたところを中心とし、彼女の体は崩壊を始めた。
「ヨウ、忘れるなよ。私のことを忘れないでくれ。私はお前のことを忘れない。何回、生き返っても、絶対に忘れるものか」
彼女の声が涙声へと変わった。彼女の手の震えが俺にも伝わる。けど、それは俺も同じで、刀を握る手が小刻みに震えているのだ。
皮肉なことに、俺が倒した初めてのサーヴァントが鈴鹿であるという事実を受け入れることが辛くてたまらない。そればかりか、彼女の涙につられて、俺の目頭が熱くなった。
彼女は強く俺を抱きしめた。そして、最後の一言を心の底から絞り出すように叫んだ。
「—————私は、お前のことをいつまでも愛しているからな—————」
小さな叫びで。最後の力を振り絞っても 、小さな声にしかならなかった。彼女の声は俺にしか聞こえないほど、弱いものとなってしまった。それでも、彼女のその言葉は俺の心に刻まれるには十分すぎるほどであった。
その言葉を発した後、彼女の体を構成していたエーテルは風に流されてしまったかのように、ふわりと何処かへ飛んで行く。俺の目の前には誰もいない。俺がただ刀を垂直に持っているのだった。
—————その瞬間、俺の手に握られていた刀は彼女の形見となった。
俺は地面に尻餅をついて、今さっきまで起こっていた事実を頭の中で巻き返した。ありえないことが目の前で起きていたのだから。
それでも、俺の見ていた光景が本当の出来事だと証明されると、俺は手のひらを顔に押し付けた。そして、ただ泣きたいように泣き、叫びたいように叫んだ。生憎、その場所はアーチャーの固有結界の中であり、聞かれるのはセイバーくらいしかいなかった。
だから、俺は大声を出して声を上げ、
それでも、空は憎たらしいほど広く、そして、碧かった。
彼女の声がまた心の中で響き渡る。
「お前だけじゃねぇよ……」
その時、俺は俺の心を理解した。
そして、温もりは何処かへ消えた。
俺の腕の中にいた人はもういない。
冬の冷たい空気を抱きしめて泣いた。
「—————日和よ、聞こえるか。お前の子供は大きく育ったぞ。元気な奴だ。まったく、お前が発動した令呪のせいで、とんだ酷い目にあわされた。拘束力のない令呪とは、
鈴鹿ぁぁぁぁぁッ‼︎
ということで、鈴鹿さんは没しました。約10話かけて鈴鹿さんの死をお話しにしたので、嬲り殺しにした気分です(笑)。次に没するのは誰なのかが楽しみですね。
ちなみに、ヨウくんの握っている顕明連は触媒として用いられたものなので、鈴鹿が消滅しても限界しています。
次の回は紹介回です。ちなみに、雪方ちゃんとライダーはもう出てきませんので、載せておりません。あと、アーチャーのパラメーターに皆さんの目は飛び出てしまうほど驚くかと思いますが、それは本当です。
次回は明日投稿いたしますので、是非楽しみに待っていてください。