Fate/eternal rising [another saga]   作:Gヘッド

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余談:この織丘市の聖杯戦争には、一回につき一騎は絶対に日本人サーヴァントがいる。


写し鏡の固有結界

 俺は近くにある公園まで走っていた。道には結界のようなものが張られており、どうやら俺を聖杯戦争に関係のない一般人が視認することができないような結界のようである。その結界は公園の方までずっと伸びていた。

 

「アーチャー、あいつこんな器用なことも出来んだなぁ」

 

 俺は感心していた。魔術を使えることが、英霊にとって当たり前のことなのかはよく分からないが、この結界は現代の魔術師のスゴイ人でも早々簡単に出来ないんじゃないのかな。あいつ、もしかしたら弓兵じゃなくて魔術師のサーヴァントなんじゃねぇのかってぐらいスゴイ。

 

 俺は全然魔術なんか出来ないけど、魔術を少しは知っているつもりである。こんなすごくデカくて、精密に作られている結界はまず無い。

 

 街のすれ違う人全員、俺のことを一時(ひととき)も見なかった。俺が死に物狂いの必死な形相で走っているのに、誰も俺に視線をチラッと与えてはくれないのが少しだけ寂しさを感じさせる。

 

 俺は結界の中を通って、公園まで走った。

 

 冬の空気は冷たいのに、俺の体からは汗が出る。肌と服の間の空気が熱く湿度が高い。額と首が濡れて、靴下の中の指の間が湿ってきた。

 

 公園まではそんなに時間はかからない。家から公園までは一つも信号がないから比較的早く行けたが、ちょっと疲れる。ただ、やっぱり街中にいても、誰にも気付かれないのは少しだけ不気味に思えた。そして、それほどまでにスゴイ結界を張ることができるアーチャーの行動が何処か腑に落ちない。けれど、今はそんなこと考えている場合ではないので、それを無視して飲み込んだ。

 

 公園の中に入る。公園って言っても少しだけ広くて、そこら辺のおっさんとかが散歩することが出来るくらいの広さ。俺はそんな公園の中に鈴鹿とセイバーがいるんだと思って足を踏み入れた。

 

 すると、足を踏み入れたその瞬間、俺の目の前の景色がガラリと変わってしまったのである。

 

 たったゼロコンマ数秒の出来事。俺が公園へ入ろうと一歩足を踏み入れたその瞬間に世界が変わった。目の前に見える世界が、今自分がいる世界が変わったのである。

 

「何処だ?ここは」

 

 俺は目の前の世界に見覚えがなかった。さっきまで砂利の地面に、木でできたベンチ、滑り台という鉄の塊があったはずの公園が知らない場所に様変わりしたのである。

 

 目の前には木や草が生い茂り、土は茶色く、空は雲が一切ない快晴の空。気温も少しだけ暖かい。冬の気温、風景ではない。見るからにここは森林だろうか、山の中だろうか。何であろうと、この目の前にある世界が現実のものではないと理解できた。

 

「これも結界か……?」

 

 俺がそう呟いた。すると、頭の中から声がした。アーチャーの声である。

 

「ああ、そうだ。この街全体に俺の固有結界を敷いた」

 

 固有結界。これは彼の宝具の一つである。使用者の心象風景をそのまま映し出し、現実世界を塗り替えるという結界。

 

 しかし、アーチャーの固有結界は少し別物である。

 

「これは鈴鹿の心象風景だ」

 

「えっ?鈴鹿の?」

 

「ああ、俺の固有結界はある特定の人物の心象風景を映し出す。俺が今映し出している心象風景は鈴鹿御前というサーヴァントのものだ」

 

 アーチャー。彼は生前、ある神から力を盗み取った。その神はある物語に登場する大きな神である。そして、盗み取ったその力は『相手の心を読むことができる』というものであった。

 

 彼はその力を使って全てのサーヴァントの真名を知っている。セイバーがシグルドであることなど、出会ってすぐに見破った。それほどまでに強大な力なのである。

 

 彼は今、鈴鹿という一人のサーヴァントの心の中を読み、そしてその心象風景を映し出した。

 

 自分ではなく、相手の心象風景を映し出す固有結界を持つのは彼のみである。汚れなき鏡になれる彼はその結界を扱えた。

 

「まぁ、大丈夫だ。さっきの一般人に認識されないという結界があるだろう?その結界とこの固有結界を二重に重ねている。だから、一般人にはこの固有結界さえも認識されん」

 

 アーチャーはそうテレパシーのような魔術で俺にそう遠くから教えた。でも、俺はアーチャーから情報を貰うたびに、逆に分からなくなっていく。

 

 アーチャーという人の存在自体が矛盾の存在であるのだ。

 

 まず、結界を二つも同時に敷けること自体がまずおかしい。しかも街一面に結界を張るのには相当な技量が必要である。なのに彼はアーチャーであり、キャスターではない。そして、例え出来たとしても、するための魔力量は膨大である。

 

 俺はアーチャーに一つ疑問を抱いた。

 

 お前はアーチャーか?

 

 しかし、そう抱いた疑問は彼には筒抜けであった。彼は俺の心の中も読んでいたのだ。

 

「バーカ、俺はアーチャーだ。ただ、少しだけ特殊なだけのアーチャーだよ、俺は」

 

 けど、俺はそんなこと考えている場合ではない。俺は鈴鹿に合わねばならないのである。

 

「おい!鈴鹿に会わせろ!どうすれば会えるんだ⁉︎」

 

 俺は目の前にアーチャーがいないのにアーチャーにそう声を出して聞いた。アーチャーは俺のその必死さを笑うかのような口調をする。

 

「まぁ、そこで待っていろ。もうすぐ二人は来る」

 

「来る?」

 

「ああ。今、使い魔で追っかけ回しているところだ」

 

 アーチャーは遠距離から使い魔も操っていた。その使い魔で彼女たちを俺のいる所に連れて来ようという思惑らしい。

 

 つまり、今の俺な二人が来ることを待つことしかできないのである。じゃぁ、何で俺を家から離した?別に家で俺が鈴鹿とセイバーに会っても何も悪いことはない。なのに何で公園に場所を移動した?

 

 俺はそれをアーチャーに聞いたが、アーチャーは口を紡いで教える気がないようである。ただ、俺たちに悪いようにはしない、その一言だけで事を貫こうとしていた。

 

「じゃぁ、何で固有結界なんかを発動させた?」

 

「そりゃぁ、いい雰囲気になると思ったからだ。彼女にとってとても印象深い事柄が心象風景を作る。彼女にとっては涙を流すほど思い出の深いものだろう。まぁこの心象風景がどのようなものなのかは俺にもわからない。知りたかったら直接本人に聞け」

 

 彼はその言葉の後に「もう話すのはおしまいだ。時を有効に使ってこい」と俺に言ってテレパシーのような魔術を止める。まるで、自分はすることができなかったからというフレーズが聞こえたかのようだった。

 

 しばらくすると、彼女たちは本当に来た。セイバーが鈴鹿に肩を貸していて、鈴鹿は一人で歩くのも困難なように見える。

 

「まったく、何なんですか?いきなり歩いてたら使い魔に追われて、結界まで張られて……。これ、罠じゃないんですか?鈴鹿さん」

 

「いや、それでも進まねば……。ヨウに会うためなら、私は罠にもわざとかかってやる。そうでもしないと、ヨウには会えん。それに、この風景、どこか似ているような……」

 

 彼女たちは俺を探しているようであった。体力がなくなっている。もう消えるまで時間がないのだろうか。

 

 俺は彼女たちに声をかけた。

 

「セイバー!鈴鹿!」

 

 俺が声をかけると、彼女たちは俺の方を振り向く。そして、彼女たちの視界に俺が入ると、彼女たちは瞳孔を大きくした。

 

「ヨウ!」

 

 鈴鹿は俺に駆け寄った。手を広げ、嬉しさを前面的に表現して。彼女は俺に抱きついた。俺の首の後ろまで腕を回し、ほおを俺のほおに擦り付ける。涙を流しながら、彼女は「ごめん」の一言をずっと言っていた。

 

「おい、鈴鹿……、恥ずかしいって。セイバーが見てるからさ、離れてよ……」

 

「嫌だ。嫌だ嫌だ。もうヨウと離れたくない。もう悲しい思いなんてしたくない。怖い思いなんてしたくない……」

 

 涙ながらに彼女はそう言って俺から離れようとはしなかった。彼女の涙が俺の肩に流れ、少し温かい。震える彼女の手は俺のほおを触り、また一層強く俺を抱きしめた。

 

 離れたくない。そんな彼女の強い思いが感じられた。

 

 初めてである。こんなに弱い鈴鹿を見たのは。彼女の涙も、彼女の弱さも、彼女の本当の思いにも初めて俺は触れた。彼女のことを理解していたつもりだったけど、俺は理解など出来ていなかった。

 

 俺は幸せ者である。こんなにも鈴鹿に大事にされていたなんて初めて知った。

 

 俺の中での鈴鹿とは強い人だった。迷いのない太刀筋と男勝りな性格。親というよりかは、師匠という感じがした。そして少し近づきにくかったのである。強くて、聡明で、そんな彼女が本当の彼女だとばかり思っていた。だから、自分のことは自分で守れというような、放任主義の人、そんな格付けでいた。

 

 けど、違ったんだ。

 

 鈴鹿は俺のことをいつも気にかけていて、誰よりも俺のことを心配してくれて、母性的で、親しみやすい人。それが本当の彼女であった。

 

 こんなにも近くにいたのになぜ気づかなかったのか。

 

 幸せは近くにあるから気付かないんだ。遠くにあるから、手の届かないところに幸せが行ってしまった時に初めて幸せを認識して、日常という俺の幸せを愛せるようになった。

 

 俺は彼女が今まで与えてくれた愛の全てに感謝した。感謝しても感謝しても感謝しきれないほど大きいその愛がすごく嬉しい。

 

 俺だって怖かった。もう会えなくなるんじゃないかって思ってしまうと、焦燥感に駆られてしまっていた。だから、今、彼女が俺の目の前にいるっていう幸せを噛み締める。そして、俺も彼女を抱きしめた。

 

「ごめん……ごめん」

 

 何て言おうか迷っていたが、言葉が見当たらなかった。ただ、この言葉だけが俺の口の中から出てきた。他にも言う言葉があったんじゃないかって思う。だけど、俺はその言葉を言うしかなかった。

 

 他の自分の気持ちを言ってしまうと泣きそうになってしまうから。だから、この言葉だけを伝えようと思った。一言だけなら泣かずに済むだろうと。鈴鹿とセイバーの前で泣きたくはない。

 

 だけど、なんだか視界がぼやけてくるのである。目頭が熱くなり、鼻の筋に何かが通っていくのを感じた。声は震え、息が少しだけ引きつる。

 

 たった一言の言葉に、俺が鈴鹿に感じる思いが詰まっているのである。そんな重たい言葉を言っていたら、その言葉に詰まっている全ての思いを実感してしまい、胸いっぱいになってくるのでくる。

 

 たった一言でも、俺は伝えたい思い全てを彼女に伝えた。

 

 —————寂しいから、逝かないで。

 

 いつにもなく、俺は弱音を吐いた。本当だったら、見せなかったはずの俺。昔のことを、また再現してしまうのかと思うと、俺は幼くなってしまった。

 

 

 




アーチャーの素性が段々と露わになってきました。

ちなみに、前回の聖杯戦争に参戦していたサーヴァントは全員決まりました。次回からそのサーヴァントのこともざっくりと述べていきます。

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