Fate/eternal rising [another saga] 作:Gヘッド
アーチャーは俺の方を向いてこう尋ねた。お前は何であの決闘から逃げたのかと。俺は答えられなかった。自分のプライドとか欲求のために、鈴鹿の最後の望みをぶち壊した自分が惨めで醜い存在に思えてしまったから。だから、俺はそんな自分のクソみたいな理由を口にしたくなどなかった。
「俺ってさ、最低なことしたよな……?」
そう俺はアーチャーに問いかけた。
「あのな、俺の質問に答えずに、自分の質問には答えてもらえると思うなよ」
アーチャーは俺を見たが、俺はだんまりと口を閉じていた。答える気がないのを見ると彼はため息をつく。
「はぁ、これだから若者は面倒くさい。まぁ、いい。質問に答えてやる」
「それで、どう思う?」
「まぁ、俺からして見れば、別に最低なことをしたとは思わないが」
俺はアーチャーのその質問の答えに驚きを隠せなかった。別に嬉しいわけじゃない。ただ、俺の思っていた答えと違う答えに俺は動揺したのだ。
「俺には子供がいた。もちろん血の繋がった子供だ。だから親という立場上、鈴鹿というあの女の苦い気持ちも辛辣に分かる。俺がもしあの立場だったら、俺は自分の子に罵倒された方が逆に気が楽になるな」
「……えっ?それって、Mってこと?お前、ドM?」
「バカか、殺すぞ。……まぁ、でもその時は罵倒された方がいいんだ。相手に嫌われて、そうすれば自分も少しは相手のことが嫌いになるかもしれない。そうすれば、死ぬときに相手のことなんて思わずに死ねるかもしれないだろう?」
「は?そうなの?」
「ああ、そうだ。それに、罵倒して、子が自分のことを嫌いになってくれればそれでいい。そうすれば、子は自分なんか振り返らずに前を向いて歩いてくれる。親は自分のことなんか見てほしいとは思わない。子が前へと進む姿を見ていたいのだ」
……親ってそんなものなのか?
俺はそう思いながら三人の俺の親を頭の中に引っ張り出してきた。俺の両親と鈴鹿。俺はずっとこの両親を少しだけ恨んでたし、鈴鹿にだって直接酷い言葉を言った。それで、三人は救われたのだろうか。
俺が悩んでいると、アーチャーは空を見上げる。曇り空のその先を見ていた。そして、彼は少しだけ悲しい顔をしながらこう語る。
「でも、そう考えてしまう時点でまず無理なんだ。その考え自体が子を愛している証拠。そんな考えは幻想なんだ」
「幻想?」
「ああ、悲しき幻想。そんなこと、有り得るわけない。本気で愛した自らの子供をそう簡単に嫌いになれるか?いや、なれるわけがない。だから、親は子のために命を投げ出し、子を全力で守れる。鈴鹿だってお前たちのためにしたんだ。世界のためじゃない。お前のためだ。ヨウ」
俺のために命を投げ出す。そんなに俺には価値があるのか?俺は英霊じゃない。英霊じゃない俺は英霊である鈴鹿以上の価値なんてない。俺はただの一般高校生。そんな俺は彼女の価値以上の存在にはなれやしない。
「……あのな、お前はあの鈴鹿という女にとって子に等しい。彼女にとって、お前は誰よりも守りたい存在で、誰よりも尊い。自分を悲観するな、バカが」
「でも、俺はあいつ以上に価値があるのかよ?俺は英霊じゃない!あいつは英霊だ!俺とあいつは違う‼︎」
「だからどうした。人であることに変わりはないだろう。それ以外に比べることはない。命ある人、それ以外に何がある?英霊?ふざけるな。英霊などというそんな名は後世の馬鹿どもが勝手に名付けたものだ。俺たちは英霊である前に人だ。人だから、愛がある。英霊の名に溺れる者など英霊などではない。ただのクズだ。英霊なんて枷は俺たちにはいらない!英霊呼ばわりするよりも、人して認識しろ。それをしないことこそ、英霊にとって最大の罵倒だ!」
アーチャーは少しだけ熱が入ったように語る。冬の寒い空気の中に熱い彼がいた。何か、そのことに悲しい過去を思わせるような言葉を暗い空の中に残す。
少しだけ無言の時が流れ、アーチャーはまた口を開いた。
「お前だって同じだ。鈴鹿のことが好きだからこうやって鈴鹿のことを考えているのだろう。嫌いになれないから、いつまでもそこで座り込んで考えている。親が子を思うのなら、子は親を思う。いつの時代もそれだけは絶対に変わらん」
そりゃぁ、俺が鈴鹿のことを嫌いなんて思ったことない。……じゃぁ、俺は鈴鹿のこと好きなのかな。
俺は頭の中で俺と鈴鹿の思い出を思い出してみた。すると、いっぱい今までの記憶がフラッシュバックされる。それを実感すると、悔しく思えた。いっぱいあるってことは、俺の脳みそが鈴鹿との記憶を欲しがっていたからである。そして、それを大切に保管していた。
なぜ?それは考えなくとも分かるから。鈴鹿のことが好きだから。そして、鈴鹿がいつもいてくれたから、鈴鹿のことなんて今まで全然考えなかった。
今まで、近くに鈴鹿がいることは普通のことであった。普通のことであったからこそ、鈴鹿への恩も、愛も何も感じない。ただ、いるだけの存在としか感じなかった。
だけど、今、俺はなぜこんなにも鈴鹿のことを考える?鈴鹿がいないというこの現実を俺はどう受け止めている?
悲観している。鈴鹿っていう近くにいたはずの人がいないから、支えてくれないから、俺は折れてしまいそうなほど寂しい。
失って、初めて自分が愛されていたことを知った。
失って、初めて自分が支えられていたことを知った。
失って、初めて自分が弱いことを知った。
失って、初めて自分が幸せだったことを知った。
失って、初めて鈴鹿が恋しい存在だと知った。
「情けない面をするな。同情を誘っているのか?」
「……ちげーよ」
同情を誘ってなんかない。でも、俺は今、気持ちを全面に剥き出してもいいのではないのか?俺がしでかしたことは鈴鹿に対して最高の侮辱であり、これ以上の顔に泥を塗る行為などない。罵倒されて楽になったとしても、俺が俺を許せないのは目に見えていた。
ここまで自分を憎いとは思ったことがない。それぐらいにまで憎い。俺はあの時、鈴鹿になんて言葉をかけたのか。今、俺は彼女を『見損なった』となんて思っていない。本当はそんなことなんて微塵も感じていないのに。
心にあった本当の言葉を見ることなく、心にもない言葉を口にした。俺はその行為の罪深さを知った。そして、胸が死ぬほど苦しい。
マジで悔しい。鈴鹿が俺に与えてくれた愛情が悔しいほど嬉しくてたまらないのである。そして、その本当の気持ちを剥き出しにして伝えたい。
—————伝えたい、この思い。
俺がそう思った時、アーチャーは俺の膝を軽く蹴った。
「答えは決まったか?なら、さっさと行け。今、俺の使い魔をあの二人の所に寄越している。場所は……」
「二人⁉︎二人ってことは、鈴鹿もいるのか?」
俺のまるで何かを願うような顔を見て、アーチャーは少しだけ口角を上げた。
「ああ、この近くにある公園に二人を誘導した。この時間帯だが、俺の結界で他の人には彼女らの姿は見えない。大丈夫だ。行け」
俺はその言葉を信じた。敵のサーヴァントだけど、俺はこの時のアーチャーがとても偉大な人に見えたような気がする。
「ありがとう。恩にきる」
俺はそう言うと立ち上がった。さっきまで重くて縁側に引っ付いていた腰が簡単に上がったのには少しだけ驚かされる。俺は死に物狂いでその公園に向かって走り出した。
—————アーチャーを俺の家の庭に残して。
俺が家を急いで出たあと、アーチャーは家の中にいるのは一人だと確認した。そして、ボソッとこう呟いた。
「まったく、世話のかかるガキだ。……あのガキ、本当に気づかなかったのか?私は弓兵であり、魔術師ではない。だから、今の状況はおかしいと。嘘ばかりの男と分かったのなら、少しは疑わないのか?まぁ、使い魔を使っているのも本当だし、結界を張っているのも本当だが、そんなの弓兵のクラスで呼ばれたサーヴァントができるわけなかろう。ヒントは与えたつもりだったんだがなぁ〜」
彼はそう言いながら崩壊した蔵の方に歩み寄る。蔵からは穴が見えた。鈴鹿やセイバーが召還された場所へと通じる穴がある。彼はその穴を見て、フッと笑った。
「二人が会うのを手伝ってやったのだ。サービスだ!サービス。人生において大事な分岐点を失敗しないようにしてやったのだ。だから、少しぐらいモノを頂戴しても文句はないだろう」
彼は蔵の穴の中へと入った。
「—————俺の望みのために、お前の家の家宝、使わせてもらうぞ。ヨウ」
俺とセイバーはまだ知らない。この聖杯戦争はもう泥沼で、俺たちはその泥沼に巻き込まれていた。
聖杯を掴むために泥沼を作る者、聖杯を掴むために泥沼を排除する者がいた。
そんなこと、まだ知らなかった。
えっ⁉︎アーチャー⁉︎な、何をしでかすつもりなんだー⁉︎