Fate/eternal rising [another saga]   作:Gヘッド

43 / 137
そんなの、いらねぇよ

 地からはみ出た根っこ。葉が落ち、裸になった木の間をくぐり抜けて吹く風。茶色い土に細かく粉砕された枯葉。靴の側面は土色に汚れ、俺の手は赤くかじかむ。荒い息、その息が空気にあたり白くなる。両手に二振りの刀を持った彼女の髪が風に吹かれて揺れる。大地を踏みしめる時、土の擦れる音が静かな森の中でそっと聞こえた。

 

 彼女の持った顕明連の緑色の光が妖々しく光を放ち、その刀を振るとゆらりと怪しい光が動く。その瞬間、何かを打ちつけているかのような高い金属音が森の中に聞こえる。ぶっそうなその音と共に、俺の腕には重いものが乗っかってきたかのような衝撃がくる。膝を曲げると、さらに力が重くなる。その力から逃げるために、後ろへとステップを踏む。

 

 鈴鹿の二刀流とお付き合いしてから、はや数分。もう俺の体は悲鳴をあげていた。息が続かないし、目が乾く。

 

「なぁ、鈴鹿、ちょっと休憩にしない?疲れたんだけど」

 

「バカか」

 

 もう内心、さっさとこの勝負を終わらせたい。さっきまで『やってやるよ!』みたいな勢いで言ってたけど、あれ、実際はただのノリ。マジでもう無理。疲れた。死にそう。もうヤダ。やってられない。辛いのイヤだし、痛いのイヤだし、死ぬのはもう一番イヤだ。

 

 っていうか二刀流とかセコくね?小通連は重さを軽くすることもできるから、多分それで二刀流が出来るんだろう。……あ〜あ、小通連を鈴鹿から借りてれば良かったかなぁ。

 

 鈴鹿は息切れ一つしてない。別に余裕そうっていうわけでもないけれど、息切れ一つしていない彼女を見ると、すごく自分の弱さを直視しているようで辛い。

 

 最初から飛ばしすぎた。もう少し慎重にしていれば、まだ体力切れとかはなかったのかもしれない。とにかく辛い。もうイヤだ。

 

 と思いながらも、俺は刀を構える。鈴鹿の俺への殺気が尋常じゃないから、刀を構えなかったら死ぬ。確実に殺されちゃう。

 

「行くぞ、ヨウ!」

 

「お願いだからもうやめて!」

 

 俺の悲痛な叫び声は聞こえず、彼女は二振りの刀の刃を全力で俺に斬りこもうとしてくる。本当は俺に対しての思いは殺意の塊しかないんじゃないかってぐらいすごい連続攻撃をしてくる。俺は刀一本。しかも、近距離専門の刀じゃないから受け切れるわけがない。俺は何とか間合いを取ろうとするが、彼女の縮足は俺の開けた間合いを(ことごと)く潰してくる。

 

 彼女は俺と刀を交えるのが楽しいらしいが、俺は実際、楽しいなんて思ってない。むしろ、恐ろしいとしか思えない。彼女は楽しすぎて、満面の笑みで俺に斬りかかってくるから、その笑顔が俺にとっては恐怖そのものである。できるならば、交えるのは刀よりもアッチの方が……ウフフ。

 

「こら!何、変なことを想像してる⁉︎」

 

 彼女はまた小通連の重量を何トンもの重さにして俺に叩きつけてくる。俺はそれをギリギリ交わす。俺がギリギリ交わすと、小通連の刃は地面へと刺さり、地面にヒビが入る。

 

 これに当たったら、俺の体はどうなってしまうんだろうか。見た目詐欺なヤマトナデシコの鈴鹿はちゃんと俺に対して手加減するとかなさそうだしな。

 

 ……いや、待てよ。俺ってそう思うと凄くない?ここまで鈴鹿の本気をほぼ無傷で耐えているんでしょ?それって凄くない?サーヴァントを常人が数分間も相手しててこれだよ?

 

 俺は目を輝かせた。すると、鈴鹿は胸を張る。

 

「そうか、私の剣術がそんなに凄いか?」

 

「お前のこと褒めてねぇよ。いや、褒めてるけどさ、褒めてない!」

 

「よく分からんぞ!分かりやすく言え!」

 

「つまり俺が凄いってこと!」

 

「分からん!」

 

 食い違っていない二人の話を見て、セイバーは徹底的に傍観者に尽くそうと心に決める。そして、冷たい目で見守ろうとする。

 

 だが、そんな彼女でもこの決闘を見て学べるものは幾つもあった。圧倒的な力を誇るサーヴァントと、強化の魔術の補正しかない一般人。それでもここまでほぼ無傷でいることができる。負けというものは確実でも、その負けを引き延ばすという力がなくてはならない。弱いからそこでおしまいではない。弱いからこそ抗う力が必要なのだ。

 

 セイバーの悲しき伝説は呪いの指輪により悲劇に変えられた。その呪いは絶大な力を持ち、彼女の絶望は絶対的なものであった。それでも、何かに抗い絶望をしないその力さえあれば、彼女の人生はもう少しマシなものになっていたのではないか。

 

 バカみたいにどうでもいい話をしている俺を、彼女は見習うことが聖杯戦争で勝ち抜くには一番なのである。弱き者は弱き者としての戦い方を得て、初めて強くなれる。弱さを自覚する。そして、強き者に勝つよりも、時を稼ぐのだ。時を稼いで、絶対の強敵を削ればいい。

 

 —————そうすれば、絶対という言葉も揺らぐから。

 

 鈴鹿の攻撃はとてつもなく重い。小通連とかの能力とかを省いても鬼畜なほどである。だからって、彼女は無限ではない。彼女は英霊、つまり少なからず人であるのだ。神ではない。ならば疲れも出るだろうし、彼女の攻撃はいつまでも最高の攻撃を出せるというわけではない。彼女は俺に本気で刀を振ると言った。体力の消耗は激しい。彼女の力は弱くなってくる。それはもう段々と俺の目にも見えるようになっていた。

 

 ズル賢く、卑怯なやり方でいかせてもらう。そんな方法でしか勝てないし、それが俺だから。その知恵も全て俺の力。

 

 耐える。今はそれだけでいい。

 

 俺はまた歯を食いしばり、彼女の刀を受け切る。俺は力に押され、地面の土には俺の足跡が長くつく。俺の息は荒い。けれど、鈴鹿もそれは同じことだった。

 

 鈴鹿は楽しそうに笑うけれど、彼女はなぜ笑っていられるのか。単に、俺と戦うのが楽しいからっていう理由だけで笑えるなんてあり得るはずがない。彼女の笑みはどこから生まれるのか。キツイはずなのに、ツライはずなのに、苦しいはずなのに。

 

 そういうところは敏感なんだって、一応自負している。だから、分かる。目の前にいる鈴鹿は本当であり、本当ではない。それでも、俺はそれを告げなかった。もう少しだけ、彼女といたいから。

 

 —————まるで彼女がいなくなってしまうかのように思えるんだ。

 

 俺は鈴鹿から離れて、大通連の斬撃を放つ。けれど、鈴鹿には軽々と交わされてしまう。

 

「ヨウ!そんな甘い攻撃では私に勝てないぞ!」

 

 彼女はまた刀を縦に振る。俺はその攻撃から逃げようとしたが、俺は転けてしまった。木の根っこに引っかかった。今日二度目の尻餅をついてしまった。俺は立ち上がろうと手を地面につけた。

 

 でも、もう遅かった。彼女は顕明連を振り下ろす。

 

「クソッ!」

 

 彼女の刀を振り下ろすスピードと、俺が刀でガードするスピード、どちらが速かっただろうか。

 

 刀とは重い。それを重力に従うのと、逆らうのではとうに結果が見えていた。

 

 それでも俺は諦めなかった。例え負けるのだとしても、彼女の本気に付き合う気である。それは彼女が望んだことであり、俺が望んだことでもある。

 

 俺は彼女と本気で戦ってみたかった。だから、彼女が本気で俺に刃を向けるのが少しだけ嬉しかった。

 

 彼女は本気だ。

 

 そう思っていた。

 

 その時、彼女から悲しそうな顔が漏れた。まるでこの終わりを望んでいなかったかのように。

 

 素人から見れば分からなくても、俺には分かった。振り下ろすのが遅かった。

 

 その時、全てを察した。

 

 俺はポケットからあるものを取り出して、彼女の振る刀の前に取り出した。銀色に輝くその刃物で俺は彼女の刀を受け流した。彼女は驚きと安心が混じったような顔をする。目を点にしながらも、笑みを浮かべる。

 

 俺の手に握られた銀色の刃物。その刃物を見てセイバーはこう言った。

 

「バタフライナイフ⁉︎」

 

 そう。俺の手に握られていた刃物はライダーからこっそり盗み取っていたバタフライナイフであった。盗むことが得意な俺にとって、それくらいのことは容易いことであった。その刃物を何かあった時のために持ち歩いていた。

 

 銀色の刃を回転させ、彼女の振り下ろした刀を受け流す。上手く交わすと、俺はすぐさま体勢を立て直そうと彼女を魔術で強化した足で蹴り飛ばした。しかし、俺の蹴りを彼女は刀で受け止める。俺は握っていた大通連を彼女に向かって振り、彼女に斬撃を当てた。

 

 空気を切り裂きながら鈴鹿に向かって斬撃が飛んで行く。彼女はその斬撃さえも弾いた。俺は地面に手をつけて立ち上がる。

 

 俺が立ち上がると、鈴鹿はまたどこか嬉しそうな顔をする。その顔を見て、俺は理解した。そして、その顔が(しゃく)にさわる。

 

「おい、これは情か?」

 

 静かな怒りが俺の中から溢れ出た。情けをかけられたのか、彼女の言葉が嘘なのか、彼女の覚悟が甘かったのかは分からない。けれど、俺は彼女のその弱さのせいで倒されなかった。

 

 さっき、彼女は本気で俺に刀を振っていれば倒せたはずである。俺を殺すことができたはずである。殺すことはなくても、戦闘不能まで持ち込むことは簡単なことであった。

 

 では、なぜ彼女の刀を振り下ろすテンポが少し遅れた?

 

 疲れていたから?疲れていたなら、最後だと思える時ならなおさら頑張って終わらせようとはしないか?

 

 彼女は俺を倒すことを躊躇(ためら)ったのだ。俺に勝つことを拒んだ。それは彼女の言っていることと反している。彼女は正々堂々と本気で戦うと言ったが、今の彼女は本気で戦っているのか?本気で戦っていたら、そんな振り下ろすのを遅くするか?

 

 俺が負けると彼女は思い、彼女は俺に慈悲を与えたのか?それなら、なおさら殺意が湧く。俺はどんなに(ひね)くれた考えを持っていたとしても、一人の男である。一度決めたことは最後までやり通すし、これは俺の本気と彼女の本気のぶつかり合いのはずである。なのに、彼女はそこから逃げた。

 

 憤慨である。まるで自分が見下されて、敵に慈悲を与えられたかのようで、今ここにいるのが恥ずかしくて苦しくてたまらない。

 

 本気で戦わなければ意味がない。

 

「お前、なんであの時、スピードを緩めた?」

 

 俺はただ怒りだけがそこにあった。侮辱されたかのようである。

 

 そして、なおかつ一番腹立たしいことは、鈴鹿が鈴鹿らしくないことである。

 

 刀のことに関しては嘘なんてつかないし、決闘などの果たし合いなどのことには誠実な人であった。全てにおいて真剣で、全てにおいて全力でやる人だった。だから、俺にとって彼女はそう言う人なのだ。

 

 だから、今の行動は理解がし難い。

 

「見損なったぞ。鈴鹿!」

 

 俺のその怒りの顔は彼女の手を震わせた。刀を握っていた手が震え、少しゆらゆらと光が揺れる。

 

「迷いのある刀で手合わせをするのは失礼であり、愚の骨頂だって言ったのは誰だよ?お前だろ?鈴鹿」

 

 彼女の刀には迷いがあった。俺を斬ろうか、そうしないのか。もちろん俺は斬られたくはない。痛いのはイヤだから。だけど、だからって彼女には迷いなんて断ち切って欲しかった。

 

 彼女は迷いがありながらも俺に戦いを挑んだ。本気の目に見えたのは、その時だけの演技であったのだろうか。そして、目の前にいる鈴鹿に失望する。

 

「……違うんだ。これは、その……」

 

「違う?何がだ?どうせ勝つ気もないくせに俺に戦いを挑んだんだろ?……ふざけんなよ」

 

 俺はそんな彼女を見て、殺意しかなかった。刀を軽んじた彼女に軽蔑の目を使う。鈴鹿ではない鈴鹿が許せなかった。そして、なおかつそんな鈴鹿があんな事を考えているなんて思わなかった。

 

 セイバーはそんな俺に事を申すが、俺はそれを聞き入れなかった。

 

 これは俺と鈴鹿の二人の問題である。

 

 俺は早急に山を出た。そこに居合わせたくはなかった。

 

「……俺は帰るから」

 

「ちょっと待ってください。ヨウ、鈴鹿さんの話を聞いてあげてください」

 

 セイバーは鈴鹿を(かば)おうとする。しかし、それを鈴鹿が断った。

 

「……いや、いいんだ」

 

 彼女はそう言っていたが、彼女の顔はそんな風には思っていなかった。深刻そうに何かを考え、何かに悩んでいた。セイバーはそんな鈴鹿を見て、こう俺に言った。

 

「ヨウ。私、ここに残ります」

 

 俺は彼女を見た。彼女は俺の目を見返した。動じなさそうな目をしていた。

 

「……勝手にしろよ」

 

 俺は、まだ知らなかった。彼女がどう思っているかなんて。彼女がどれほど悩み苦しんでいたかなんて、知る(よし)もなかった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。