Fate/eternal rising [another saga]   作:Gヘッド

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そこには確かに愛がある
あんた、俺を騙したのか?


 夜、俺は台所で食器を洗っていた。夕食の時に汚れた皿を、丁寧に洗剤で汚れを落とし、それを水でゆすぐ。洗った皿は水切りして、俺は別の皿をまた洗う。冬場なので、水は温水である。手に温かみが伝わり、気持ちいい。

 

 俺が台所で皿を洗っている時、セイバーは庭で剣を振っていた。爺ちゃんが道場で使っている木刀をかっぱらって使っている。目の前に敵がいると思い込み、目に映る架空の敵をその木刀で斬り倒していた。

 

 彼女の剣術はこの聖杯戦争に参戦していて、少しだけ成長したようである。殺し合いである聖杯戦争に生き残るためには、強くあることが第一であり、彼女は日々着実に強くなっている。それでも、やはり今目の前にいる架空の敵がホンモノになった時は勝てるかどうかはわからない。いや、負けてしまうかもしれない。

 

 そしたら、彼女は今度こそ本当に……。

 

 俺は食器を洗い終えて、セイバーの所に行く。セイバーは身軽な動きをしている。ステップを踏み、剣を振る。その戦い方は少し独特だ。多分、森の中で暮らしてきた彼女にとって、足場がいっぱいあるような場所が彼女の戦いのスペースなのである。だから、ただ平らな場所だと彼女は本領を発揮できないのではないのか。まぁ、人を殺せるほどの勇気を持ったらの話であるが。

 

 セイバーは俺が来たのを知ると、俺に木刀を一本渡す。そして、セイバーは俺に木刀を向ける。

 

「ヨウ!手合わせ願いたい!」

 

 セイバーは真っ直ぐ俺を見ている。多分、人を斬ることができない木刀だからこそこんなことが言えるのだろう。確か、前にもこんなことがあったような。まぁ、でも答えは決まっている。

 

「絶対にイヤ」

 

 俺がそう言うと、セイバーは驚く。

 

「普通、私と戦いませんか?」

 

「いや、戦わねぇだろ」

 

「戦いますよ!ヨウだって剣士でしょう?」

 

「んな、ダルいのはイヤだね〜。それに、剣士じゃねぇし。武士だし。剣術だけじゃねぇし」

 

 俺は逃げる。戦うのが怖いとか、負けるかもしれないとかそんなことを考えてるわけじゃない。特に戦ったってデメリットもない。けど、今の俺は多分セイバーに本気を出せない。

 

 セイバーは可憐な花である。血と死しかないこの聖杯戦争に場所を間違えてしまった花である。そんな花は血と死しか栄養とできない。そんなのはあんまりである。だから、俺は彼女をこの凄惨な聖杯戦争から出してあげたい。花である彼女を鍛えたところで、何にも変わらない。いや、むしろ彼女はこの聖杯戦争に執着する。強くなり、大地に根を張り、引っこ抜くのには力がいるし、最悪花を傷つけてしまう。だから、彼女は何もしなくていいんだ。

 

 花は俺が守るから、花は綺麗に咲いていればいいんだ。

 

 俺がセイバーの誘いを蹴ると、屋根の方から聞き慣れた声が聞こえた。

 

「そうだ。ヨウは別に剣だけではない。弓だって、槍だって少しできるぞ。もちろん、その他の武器も一通りな。ただ、ヨウは剣が少しだけ他のに比べて秀でているだけだ」

 

 俺たちは屋根の方を振り向いた。そこにいたのは鈴鹿であった。

 

「鈴鹿⁉︎何でここにいる?」

 

 俺の頭の中にはクエスチョンマークが何十個も浮かんできた。鈴鹿は神零山から出られないはずである。なのに、なぜ鈴鹿がここにいるのか。

 

 という疑問もあるが、そんなことよりも、何で俺が他の武器も扱えると鈴鹿が言うのか。扱えるっちゃぁ、扱えるけど、凡人よりも少しだけ上手な程度である。上手いと言われるほどのものでもないし、ハードルを上げられると少し困る。

 

「いや、俺、そこまで上手くないよ。剣の扱いはまぁまぁだけど、他はそんなにねぇ……」

 

 なんか、自分で自分のことをバカにしているみたいで悲しくなってきた。……そうですよ、俺は家事と剣以外はそんなに秀でたことはありませんよ。武士としては失格ですよ〜。

 

「なっ⁉︎そ、そこは、私の話に合わせろ!ヨウ!」

 

 鈴鹿も鈴鹿で、堂々と俺のことを言っておきながら、その当の本人に否定されて赤面している。これは恥ずかしい。セイバーは笑みを浮かべて勝ち誇ったような顔をする。

 

「あら?結局剣しかできないんですか?じゃぁ、剣しかできない武士ですね」

 

 うっぜぇぇぇぇ‼︎これが俗に言うドヤ顔かっ‼︎あのセイバーに見下されているっ‼︎すげぇ、屈辱‼︎

 

 ……いや、待て待て。クールにいこう。こんなの俺じゃない。鎮まれ、鎮まれ。今、言葉を向けるのはセイバーじゃない。鈴鹿だ。鈴鹿。

 

 俺は目をシリアスモード用にキリッとさせる。二重まぶたにする。

 

「おい、鈴鹿。お前、なんでここにいる?あの山から出られないんじゃなかったのか?」

 

「ん?ああ、その件か。—————あれは嘘だが」

 

「えっ?」

 

「なんだ?気づいていなかったのか?私はてっきり気づいていたと思ったんだが」

 

「いや、待ってくれよ。……嘘、ついてたのか?」

 

「ああ、そうだ。今まで話したことも全部嘘だぞ。山から出られないことも、私が幽霊ではないことも全部嘘だ。……まさか、本当だとでも思ったのか?」

 

 え?なんだよ、それ。今まで俺に嘘をついてたみたいな言い方は。山から出られないのは本当じゃなかったのか?今まで俺に嘘をついてきたのか?俺への笑顔は偽りなのか?俺は今までずっと信用してきたのに、信用できる奴だと思っていたのに。

 

 鈴鹿は少しやつれていた。辛そうである。というより、消えそうなのだ。体が少しだけ透けている。ホログラムのようであり、いつもよりも存在が薄い。悲しそうな目で俺を見ている。まるで俺を(あわ)れんでいるみたいに。

 

「……なんで、俺に嘘を吐いた?」

 

 俺はいきなりの事態にあまり対応できていない。ただ、怒りだけが湧き上がってくるのを感じた。今までずっと俺の信用を影で笑っていたであろう鈴鹿に対しての怒りは膨大であった。

 

 今、目の前にいるのは鈴鹿自身だが、いつもの彼女ではないと分かる。それは鈴鹿が変わったのではない。俺が鈴鹿を見る目が変わった。

 

 鈴鹿の一言で今、俺は鈴鹿に怒りを持った。今までずっと俺に優しくしていてくれた鈴鹿が憎く思えた。鈴鹿が何を思っているのかは知らないけれど、なんで嘘をついたのか知りたかった。孤独であった俺に手を差し伸べてくれた人である鈴鹿が、今までずっと俺を騙していた。そして、それに気づかなかったという自分に怒りが湧いた。

 

「—————あんた、俺を騙したのか?」

 

 俺はその時ある音を聞いた。ブチッと何かが切れる音が聞こえた。まるで目に見えない、何か温かくて大事なものが切れた。俺と鈴鹿を繋いでいるものが切れた。

 

 セイバーは俺に声をかけた。彼女は俺を過去の自分と照らし合わせた。鈴鹿への目が変わっていた俺がそのままではいけないと彼女は思った。自分と同じ運命(みち)をたどるかもしれないと彼女は悟った。

 

「ヨウ、少し落ち着いて」

 

 セイバーの声は俺には聞こえなかった。鈴鹿だけを見ていた。俺に嘘をついた鈴鹿だけをじっと見ていた。まるで何かに取り憑かれたように、怒りだけに任せていた。さっきセイバーに渡された木刀を握りしめた。

 

「なぁ、鈴鹿。あんた、何しに来た?まさか、これだけ言うためにいたわけじゃねぇだろ?」

 

「まぁな。それだけのために、お前に会いには来ないからな。それだけのためなら、お前がまた来た時に教えてやればいいからな」

 

 鈴鹿はそう言うと蔵の方を見た。蔵の方はまだアーチャーが爆破させた残骸が残っている。まだ、片付けはしていないからである。俺は面倒くさがって片付けなかったし、爺ちゃんも理由があるらしく蔵の残骸を片付けなかった。

 

 鈴鹿はそんな蔵に向かってため息をついた。

 

「この蔵のせい……か」

 

 彼女は背中に背負ってある3本の剣のうちの一本を選ぶ。彼女の剣はどれも大振りの剣であり、一本しか持てない。彼女はその剣を両手で握り、その蔵に剣を振ろうとした。

 

「おい、何してんだ?」

 

「何って、瓦礫を片付けるだけだが」

 

「ちょっと待てよ、普通俺の方が……」

「うるさい」

 

 俺の話を断ち切る鈴鹿。鈴鹿は俺のことを一切見ようとしない。蔵の瓦礫の山を見ている。少しだけ急いでいるようである。何か、やらなければいけないことをするために来たとでも言うような面構えであった。やつれた横顔が見える。何かに耐えている彼女。そんな彼女に俺は怒りを見せていた。

 

 彼女は一振りの刀を両手で持って、その刀を横に振った。軽やかに、止まることなく、スッと風を切る音が聞こえた。

 

「振り払え、大通連(だいとうれん)

 

 彼女の持つ刀が(くう)を切り裂く。すると、彼女が空で描いた剣先の軌道が繋がり、そして瓦礫の山に向かって飛んで行く。

 

 斬撃が、物理法則を無視して瓦礫の山に当たった。その時、瓦礫が真っ二つに斬られたのである。全ての瓦礫が、その斬撃によって断たれた。

 

 彼女の名は鈴鹿御前。『天女』、『鬼女』と呼ばれ、伝説化された女武士である。

 

 悲しき女武士(たれ)のために嘘をつく?涙がほろりと頰を伝う。

 


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